

Megumi Kurosawa
黒澤 めぐみ
東京都生まれ。大妻女子大学家政学部卒業、銀行に就職。退職後、フリーランスのフォトグラファーとして活動を始める。2009年、NSC東京入学。フォトグラファーと俳優活動を行う。
黒澤 めぐみさん(フォトグラファー・俳優)
綿密に計画し、予測し、実行する。そういう生活設計が奨励されている世の中ではあるけれど、計画した通りに人生がうまくいくわけではないし、安泰さを手に入れても、それが自分のやりたくないことなら何のための計画だったのかわからない。「やりたいことをやる」と宣言した途端、周囲から「人生は甘くない」という声も聞こえてくるが、本当にそうだろうか。今回、登場いただく黒澤めぐみさんは銀行の社員から一転、フォトグラファーとなり、さらには俳優の道を進んでいる。マイルストーンには「やりたいことを優先する」が刻まれているようだ。
将来について特に考えてなくて、だから何を仕事にして食べていこうという計画もありませんでした。学生の頃はひたすらダンスだけをしていて、次のイベントに向けて格好いいものをつくろうといった、短いサイクルでしか考えていませんでした。
そんな状態で銀行に入ったわけですが、給料をもらえるし、それで生活できるので、「これで自立できるんだな」と思い、その途端なんだか無敵になったように感じたんです。
私の仕事は外為業務で、会社には自分専用の机とパソコンがあって、一日ごとに仕事を覚えていくわけで、そういうことすべてが新鮮で楽しかった。いま思えば、会社員ごっこの楽しさだったかもしれないと思います。実際、2ヵ月くらいで飽きてきましたから。それくらいからなんとなく生きることについて考え始めたように思います。
ちょうどその頃、身近に漫画家を目指している人がいて、まだプロではなかったけれど、彼は24時間を漫画に費やしていた。それがすごく羨ましかった。

正直いうとジェラシーを感じました。「私だって、やりたいことが見つかったらそれくらい情熱を傾けられる!」という思いが湧いてきて、この身ひとつで何かを生み出すことについて考え始めました。
当時の私は、彼の没頭しきっているライフスタイルのほうに憧れたのかもしれませんが、とにかく会社に毎日通うというような暮らし方ではなく、自分の手で何かやれることに邁進している姿を羨ましく感じたのは確かです。
銀行の仕事にノルマはなく、服装もわりと自由で働きやすい環境でしたし、何十年と働いている人もいました。でも、自分はそうなれるかな?と思ったとき、はっきりと「できそうにもない」と感じました。そうすると漫画家の知人のこともあって、余計にそわそわし出した。
じゃあ何をやろうか。自分は文章を書くのも絵を描くのも好きだし、写真も撮っていて、それなりに器用にやれた。けれど「これで行く」という確信がもてませんでした。だったらとりあえず全部やろうと思って、写真と文章と絵のサンプルをもって出版社に持ち込みにいったんです。たまたま行った先の編集者に「写真がいいね」と言われ、じゃあ写真にしようと決めました。「写真で食べていけるよ」と言われたから本気にして、すぐに辞表を出しました。
はい。なぜか「これで生きていける」という手応えを感じましたね。仕事はありませんでしたが(笑)。
とりあえずボーナスと退職金でカメラを買って、それまで会社へ行っていた時間がすべて自分のために使えることにうれしくなりました。24時間をフルに使うなら何を撮ろうかなと考えていたら、そういえば築地は朝早くからやっていたことに気づいて、朝早くに出かけて撮り始めました。
そのとき豊洲移転反対のデモが偶然あって、その様子を撮っていたら週刊誌が使ってくれました。その頃はまだ報道写真というジャンルがあることも知らなかったけれど、掲載されてお金がもらえて「これで私もプロになれたな」と思ったので、じゃあ次は違うものを撮ろうと考えました。

これもたまたまですが、写真雑誌を見ていたらお祭りの写真が載っていたので、浅草の酉の市を撮りに出かけました。ところが現場に行くと女装している人たちがいて、その人たちを撮っていたら、「肖像権というのがあるから勝手に撮ったらいけない」と怒られて、「撮るなら私を撮りなさい」と言ってくれた。それが奈々子さんという方でした。奈々子さんは、身体は男だけど心は女という認識をもっていて、結婚して子供もいて、男だけれど、女でもあるような人です。
奈々子さんを撮らせていただくようになって、ずいぶんな数になりました。何かに応募してみようと思いたち、2007年のCanon写真新世紀に「二重性活」というタイトルで出したら準グランプリ賞に入選しました。
荒木さんには「写真のことがわかってなくてもいい。その人への興味だけで撮っているのがいいんだよ」と言われました。たしかに私は撮影技術について取扱説明書と本を読んだだけの独学です。荒木さんにそう言われたので、「あ、これでいいんだな」と自信を得ました。あと、賞をもらったことでよかったのは、受賞きっかけにいろいろ撮らせてもらう機会が増えたことですね。

あまり先行きへの不安を感じないですね。会社を辞めたときも失業保険が出る3ヵ月間は、「私にくれた猶予なんだ」と思ったくらいです。失業保険が最後の給付された月になっても、まだレギュラーの仕事はありませんでしたが、たまたま立ち寄った呑み屋で酔っぱらった人たちを撮っていたら、隣にいた人が編者者で、「実はいま酔っぱらった姿を紹介する企画を考えていて、撮影できる人を探していたんだよ」と声をかけられ、連載が決まりました。
それまでも「きっとなんとかなる」と思って、アルバイトもせずにフラフラと街を歩いては写真を撮っていた中での出会いでした。しかも、その企画の撮影料が家賃とぴったり同じだったので、「やっぱり写真をやれということだ!」と、さらに自信をもちました。わくわくするところへ向かってみる中での人との出会いによって、行くべき場所へ導かれた気がします。
それにさっき話した漫画家志望の彼もその頃にはプロデビューで連載を抱えていたので、「ほら、やっぱり間違いないじゃないか」と思ったのも大きいですね。悶々とするより飛び出したほうがうまくいく。自分の選択に疑いをもつよりも、やりたいことをやったほうがいいじゃないかって。
自分が「気持ち悪い」と思うことは、どんなに周囲がいいと言っても手をつけたくないし、よくわからないけれどおもしろそうで、気になってしょうがないことに足がつい向いてしまいます。
たとえば町で気になって仕方のない人と時々すれ違うことがあります。だいたいおじいさんやおばあさんが多いのですが、なぜそう思うのかわからないけれど、追いかけて撮影させてもらいます。そういう人とは友だちになるのですが、一緒にいると子供の頃、空想の世界をいっぱい広げて、そこで飽きずに過ごせたみたいな感覚になれるんです。一緒に現実の町を歩いていても、不思議な世界にいる感じになってしまいます。
だからあまり深く考えないというよりも、私が考える以上に考えている私がいるんじゃないかと思います。ちゃんと気になったり、そわそわする私がいる。「なんだかこれを考えるとわくわくするな」というところを優先してやっていくと、結局すごく楽しいことになっていくし、思わなかった道が開けていくし、「ああ、こういうことだったんだ」みたいな形で、最終的に辻褄が合います。なんというか、生きていくって、それしかないんじゃないかと思います。

私が銀行を辞めた頃も失業率の高さとかいろいろ言われていて、そういう世間的な動向は、同じ時代に生きている限りもちろん影響はあるけれど、私にとっては風景という感じがします。私の生活の中にある条件のひとつであって、影響はあっても、その中でやっていくことのほうに楽しさを感じてしまいますね。
だから努力している感覚はありません。写真にしても、やりたい思いはあった。けれど、それが仕事になるのか、どういう形になるものかわかりませんでした。
わくわくするものに手を出しても、最初に思っていたのとは違う結果になるかもしれない。けれど、それならそれで違うものにつながっていくと思います。もし、やりたいことがわからなくて悶々としている人がいたら、くだらないことでも、気になることでも誰かの真似でもいい。とりあえず試したら試したなりの形になります。
撮っているうちに撮られるほうになるのもおもしろそうだなと興味が湧いてきて、吉本の劇団に入りました。年3回の公演に向けて稽古しているんですが、演技の勉強を始めてから写真が変わったと思います。演技が入ってきたから私の中で写真が半分になったわけではなくて、両方がちゃんとある。
私自身どこに向かっているかはわからないけれど、たしかなことは、私は写真を撮るために生きているわけでも、演技をするために生きているわけでもないことです。ただ、それらをやるとすごく幸せだし、なにより調子がいい。
けれども演技の勉強を通じてわかってきた問題があって、これまでの自分は興味ある人には近づくけれど、興味ない人には近寄らなかった。きっと写真も自分の理解できる世界だけで撮っていたところがあるんだと思いますが、それが演技に出てしまうようです。
反射神経に任せて自分のタイミングでパッと言葉を返すのではなく、いろんな人の気持ちのつながりを感じた上で表現することが足りない。脚本家にそう指摘されました。
そこで劇団に集まった全員に興味をもつという、これまで苦手にしていたことを試してみたら、意外に楽しくて、なんだか新しい自分が出てきた感じがします。自分をわかっているつもりでわかっていなかった。
「この人、面倒だな」と思って、その場からさっと逃げるのではなく、「なんでそう思ったの?」と興味をもってみたら、意外と楽しくて、指摘されたことの意味がわかってきた感じがします。私の中で新しい発見があったように思いますね。

そうですね。私がこれまでずっと関心をもっているのは自分自身で、自分がどう変化するのか。いまどう思っているのか。前はこんなこと思っていなかったのにな。そういう変化を見るのがおもしろい。
10代だと毎日を退屈に感じることも多いかもしれないけれど、悶々とする自分を楽しんでみたり、いまやりたいことがなくて悩んでわけがわからなくなっている自分を素直に生きてみればいいんじゃないかと思います。その上では何をやってもいい。みんながいいと言っている映画を見たり、本を読むのでもいいし、かたっぱしから当ってみて、何も思わなかったらそれでいい。ひたすら何かに出会うまで見てみる。揺さぶられて地に足つけていられないくらいのものに出会うまでやってみる。そういう時間があることそのものが、自分に変化をもたらす意味のあることだと思います。
[文責・尹雄大 撮影・佐藤類]

Megumi Kurosawa
黒澤 めぐみ
フォトグラファー/俳優
東京都生まれ。大妻女子大学家政学部卒業、銀行に就職。退職後、フリーランスのフォトグラファーとして活動を始める。2007年 「Canon写真新世紀2007」準グランプリ受賞。2009年、NSC東京入学。フォトグラファーと俳優活動を行う。