橋本 健二さん(武蔵大学社会学部教授)
2000年代に入ってから貧困や経済格差を論ずるメディアが増加した。最近では、一時期は使われなくなっていた「階級」「階級社会」といった言葉を用いて、経済や社会問題をとらえる論も目にするようになった。今回お話をうかがったのは武蔵大学の橋本健二教授だ。従来の貧困問題には長期的な視点が欠けているとして階級社会について多くの書を著している。階級とは何か。階級社会の行く末とは何かについて尋ねた。
どの国の社会、いつの時代にも格差はあります。たとえば経済力の違い、政治に対する影響力、あるいはライフチャンスの差などです。
近代社会では経済力が宗教的権威や政治権力から離れて、独自の大きな影響力をもつようになり、ここから他のさまざまな格差が派生する構造を生んでいます。特に、経済的な資産の所有や職業が重要な意味をもっています。
どのような資産を持ち、どういう職業に就き、経済活動においてどういう役割を担っているかによって、所得だけでなく権力や社会的影響力の差が発生します。
階級とは何かといえば、資産や職業の違い、一言でいえば経済的な地位による差に注目して、社会の構成員を分類した概念といえます。
資本主義社会において、資本をもっていて他者を雇う立場の人々を資本家といい、雇われる立場の人々を労働者といいます。このふたつが基本の階級ですが、現実にはすべての人が二種類に分かれるわけではなく、両方の性格を併せもつ人々もおり、これらの人々を中間階級といいます。

階級(class)という言葉はヨーロッパ系の言語ではごく普通の日常用語ですが、日本の場合、社会主義イデオロギーの影響力が強かった時期に多用されたため、特定の政治的立場にもとづく用語とみなされる傾向がありました。このため、階級という言葉を用いることに慎重になったのが最大の理由でしょう。
さらには高度経済成長期の後半から1970年代にかけて、日本は格差の小さい社会だったことも影響しています。高卒の工場労働者と大卒のホワイトカラーの格差はせいぜい1.5倍程度で、双方とも終身雇用に守られ、それなりの生活を定年まで続けられました。
また、大企業の経営者は、現在では億単位の報酬を得るのも当たり前ですが、当時の年収は一般の労働者の数倍程度でした。このためあまり格差は目立たず、階級というような「社会の成員は何種類かに分かれる」とはっきり意識させるような言葉を必要とすることが少なかったのでしょう。
80年代に入ってから、女性を中心に非正規雇用が拡大し始めました。このため多くの女性の所得が低迷するようになり、ここから格差拡大が始まりました。この非正規雇用の増大が、格差拡大の最大の要因のひとつです。
特に貧困に陥るケースが激増したのは単身女性でした。結婚しなかったり、夫と離別・死別した女性も、それまでなら中小企業の事務や工場の工員などとして正規雇用で働くことにより、それなりに生活できました。
しかし80年代に入ると、非正規雇用のパートとしてしか働けない女性が多くなりました。他方では男性と同じようなキャリアをたどって活躍する女性も増え、女性の内部での格差が大きくなりました。格差拡大はここから始まったのです。
それは格差拡大が始まってもしばらくの間は、「結婚して家族を形成し普通に暮らしていくこと」が可能だったからでしょう。当時、男性ならばたいてい正規労働者になれました。だから女性も、ともかく男性と結婚すれば、自身の生活が保証されたわけです。
夫と妻と子どものいる、いわゆる「標準的」な家族を形成している人たちには、格差拡大の影響は及ばず、そのため多くの国民の目には、単身女性の貧困化が映らなかったのです。
高度経済成長が終わり、1970年代に起きたオイルショックによる不況から立ち直る過程で、企業は減量経営を進めました。そのため正社員の採用を一定程度に抑え、代わりに低賃金で雇える非正規雇用を増やし始めました。その多くが女性でした。
そもそも日本の企業には、中年以降の女性を継続的に雇用する習慣がありませんでした。高度経済成長の中盤くらいまで、多くの女性は学校を卒業すると一旦は就職するものの、結婚や出産を境に退職し、その後は復職しないと考えられていました。その後、必要があって働き始める場合には、パート労働といった非正規労働しか用意されていなかったのです。単身女性は生活のために働き続ける必要があったのですが、働く環境は劣悪なものでした。

企業に復職したいと考えていた女性も多くいたと思いますが、まだまだ男女平等の考えは根付いていませんでした。
ただし当時の日本には、膨大な数の農民や自営業者がいて、多くの女性はこの領域で働いていました。ですから、結婚したらみんな主婦になったわけではありません。専業主婦になるのは、サラリーマン家庭の女性が中心でした。
減量経営による非正規雇用の増加が1980年代後半のバブル経済の時期まで引き継がれ、全体として雇用は拡大したものの、正社員の増加はそれほどでもない状況が進んでいました。それでも大多数の成人男性は、正規労働者として就職できました。
バブル経済崩壊後の97年、不良債権問題が深刻化すると、多くの企業の業績が一気に悪化しました。それまで企業は正社員の採用を一定にし、非正規雇用を増やす手法で対処してきましたが、この時期から正社員の採用そのものを減らすようになります。こうして非正規雇用の需要が急速に拡大しました。
人件費を削減するには、非正規労働者の範囲を女性だけでなく、男性にも広げる必要が出てきました。そこで従来なら正社員になれたはずの若者たちの一部が、非正規雇用者になることを余儀なくされるようになりました。こうして男女を問わず、一度も正社員を経験せずに非正規雇用者として企業に吸収される若者が生まれ始めたのです。
それでも最初のうちは、まだ労働者の雇用安定を重視する考えが強かったため、不安定な非正規雇用の象徴である派遣労働者もごく一部の職種に限定されており、「雇用の柔軟化」も、それほど進んでいませんでした。
ところが01年からの小泉政権で規制緩和が進み、派遣労働が04年に原則自由化され、98年から始まっていた雇用の流動化が加速されました。
労働者派遣法が制定された当初、派遣労働は一部の専門職種に限定して導入するのが建前でした。現実には事務機器操作や書類の整理など、それほど専門的でない業務が含まれていましたが、限定されていたのは事実なので、それほど深刻な事態になるとは考えられていませんでした。
ところがその後になって、派遣の範囲はどんどん拡大されていきます。特に小泉政権下では、製造業への派遣が解禁され、これによって決定的に若者の雇用が悪化しました。後から考えれば、制度の基本的な設計の部分で、範囲が拡大されないような仕組みを確保しておくべきだったと思います。
いいえ、予測できたことだと思います。なぜならイギリスをはじめとした海外に先例があり、雇用の自由化が貧困を促進させることは明確だったからです。むしろ自民党政府は、貧困が拡大することもいとわずに、雇用の流動化を進めたのです。おそらく、格差拡大と貧困の増大に対する世論の反発が、これほど大きくなるとは予想していなかったのでしょう。
アメリカは先進国の中で最も貧困層の多い国ですが、その背景に雇用安定に積極的ではない政府の態度を見逃すわけにはいきません。
さらに言えば、日本の派遣労働の原則自由化は、アメリカ政府の要求によって行われました。アメリカ企業が日本に進出したときに使い勝手のいい、いつでも雇用できて解雇できる労働者が欲しい。そのために導入されたわけです。日本の財界も渡りに船としてこれを歓迎しました。

まず「貧困とは何か」を考えないといけません。20世紀初頭まで、貧困とは「生存不可能なまでに貧しい状態」を指しました。しかし、人権概念の浸透によって、単に生存できるというだけではなく、その人の住んでいる社会において、最低限認められるべき生活様式を実現できるか否か、ここに貧困の基準を設けるべきだという考えが主流になりました。
貧困とは、生存可能なカロリーが得られない状態だけを意味するのではありません。たとえば日本国憲法は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定しています。飢えないだけではなく、「健康で文化的」でなければならないのです。この考えにたって現在の生活保護や貧困研究は行われています。
「発展途上国よりましだ」と考える人々が、どの発展途上国を想定しているのかわかりませんが、おそらくは人間らしい生活ではなく、生物学的に生存できるかどうかを貧困の基準にしているのでしょう。
経済のグローバル化によって外国人労働者や移民が増え、先進国の中にも発展途上国と同じような性質の貧困が生まれるようになっています。発展途上国の貧困が解決されるべき問題であるのと同じく、先進国の貧困も解決されるべき問題なのです。
以前、経団連の副会長が「この程度の格差は当然だ。飢えて死ぬような人がたくさん出るのはいけないが、そこまでひどい格差ではない」と発言しました。これなどは20世紀初頭のレベルの非常に遅れた考え方であり、人権感覚に欠けているとしか言いようがありません。
さらに言えば、経営者としても失格です。労働者を犠牲にして利益を上げるような経営なら、誰にもできます。労働者の生活を守りながら利益を上げるのが、有能な経営者というものでしょう。
先進国には先進国なりの生活様式がありますから、たとえば発展途上国の貧困者には、交通費やスーツ、ネクタイはあまり重要ではないかもしれません。しかし、日本ではそれらがないと就職試験すら受けられないでしょう。そうした費用は贅沢ではなく、最低生活費と考えるべきです。
具体的な数字として示すのは、計算方式や家族構成によって変わるため、難しいのですが、OECD(経済協力開発機構)の試算によると、ひとり暮らしの場合で、年収149万7500円が日本の貧困ラインとされています。

必ずしもそうではありません。09年度の最低賃金は、全国平均で時給713円にすぎません。仮に正規労働者として週40時間、年間2000時間働いてもこれでは年収は140万強で貧困ラインを下まわります。
実際、正社員でありながら貧困になる人が増えています。現在の非正規労働者を正規労働者にすれば、すべての格差問題が解決されるというわけではありません。
雇用が安定し、労働者間の格差が大きくなかった時代には、労働者はみんな利害を同じくする仲間だという図式が成り立ちました。しかし現在は、資本家の配当や収入が巨額化しているだけでなく、同時に雇われている労働者間の格差も大きくなっています。ここに目を向ける必要があります。
現実に製造業の現場では、ほぼ同じ仕事をしても正社員なら年収7〜800万、派遣労働者ならせいぜい2〜300万という大きな格差があります。労働者の間にも、利害の対立があることは否定できません。
他人を犠牲にして人並み以上の収入を得ることを、経済学では「搾取」と言います。これまで格差を告発する立場の人は、「大企業の資本家階級が労働者を搾取している」と強調してきましたが、高給取りの正規労働者は、派遣等の非正規労働者を搾取する立場にあります。資本家を問題とするだけでなく、労働者の格差を同時に縮めていかないと貧困解決にならないでしょう。
資本主義社会の基本の階級は、資本家階級と労働者階級ですが、20世紀に入って資本家階級の仕事の一部を請け負って代行するエリートたちと普通の労働者が分離しました。
エリートたちは給料を貰って働く労働者でありながら、これまで資本家が行っていた経営や開発、意志決定の一部を担い、資本家と労働者の中間のような位置を占めました。かつて中間階級とは、農民や自営業のような人を指しましたが、新しく登場したこれらエリートは「新中間階級」と呼ばれています。
さらに世界的な雇用の流動化によって、先述したように労働者間に分断が持ち込まれました。
不安定な雇用状態にある人たちは、これまで当り前だった最低限の労働条件や生活水準すら確保できない状況となり、新しい下層階級—アンダークラスを形成するようになりました。これまで資本主義社会の一番下の階級と思われていた労働者階級すら、アンダークラスを支配し、搾取する立場になるかもしれないのです。
アンダークラスが本格化に出現してから10数年が経っていますが、私の試算ではアンダークラスは約800万人。おそらく今後20年で1000万人を越え、有業人口のうち15%程度を占めるでしょう。
かつてアンダークラスは例外的な少数派でしたが、今日ではまとまった層を形成しています。被雇用者が新中間階級と労働者階級、アンダークラスに三分され、放っておくと三者間で激しい利害対立が起きかねません。08年に起きた秋葉原の連続殺傷事件の加害者は派遣労働者でしたが、彼のネットでの書き込みを読むと、対立構造から生まれる悲劇の可能性を示しているように思えます。

今日では、有名大学を出たからといって安定した雇用が手に入ったり、新中間階級になれるとは限りません。
高度経済成長期からバブル経済まで、大卒者は新中間階級、高卒者は労働者階級になるといった対応関係がはっきりしていました。ところが今日では、高卒であれば正社員になることは難しく、労働者階級とアンダークラスに二分される傾向にあります。
また大卒者は、新中間階級になる人が多いものの、販売・サービスなどの労働者として働いたり、フリーター、つまりアンダークラスになる人もいるなど、進路が多様化しています。
就職できないのは本人の能力がないからだ。努力しないからだ。やる気の問題だと、自己責任論を唱える人がいます。
自己責任論が前提にしているのは、「社会は変えられない。だから自分が努力するしかない」という考えです。
これは基本的な認識において誤っています。なぜなら一定割合の人がアンダークラスに振り分けられ、貧困に陥るのは、社会がそういう仕組みになっているからです。
アンダークラスのフリーターが努力して這い上がり、周囲にその努力を賞賛されたとしても、その人の代わりのアルバイトが調達されてそこに入れられるだけです。構造は変わりません。それは自助努力で解決できる問題ではなく、社会の仕組みがもたらす問題だということを理解しなくてはなりません。
誰しも貧困になりたくないでしょう。だから勉強するなり、職業的能力を身につけたいと考えるのは当然で、その努力はすべきです。
けれども「自分さえ安定した生活を手に入れればいいのだ」とは考えて欲しくありません。
「社会は運命でも神に与えられたものでもなく、変えることができる」というのが、近代になって経済学・政治学・社会学などの社会科学が生まれたときの発想の核心でした。貧困の拡大を前にして、「社会は変えられない、自分が努力するしかない」などという無力感にとらわれていてはいけません。
能力を身につけたから高い給料を取って当然だという考え方は、一見すると正しいように見えます。しかし、どういう能力に対していくらの賃金が妥当かを定める絶対的基準などありません。
そもそも、人が能力を身につけたからといって、自動的に成果が生まれ、富が形成されるわけではありません。実はその成果は、ひとりの能力で成り立っているわけではないのです。
ある技術者が画期的な発明をしたとしても、工場の製造工程がなければ、社会に広まることはありませんし、利益を生むこともありません。彼らの貢献は、現場の工場労働者、流通業者や販売する人、さらに社会の安全を守る人、労働者を育てたり、その健康を維持する人、これらの人々を支える家族や地域社会などがあって初めて成果になるのです。そうであれば、その利益は、社会全体で分かち合うべきものではありませんか?
いまの社会の仕組みがそのままならば、常に貧困に陥る若者は毎年生み出され続けます。
だから自分が努力すると同時にこの社会の仕組みを理解してどういう問題があるか。どう解決できるかを考えて欲しい。自分の将来だけではなく、社会の将来にも目を向けて欲しいと思いますね。
[文責・尹雄大 撮影・佐藤類]

Kenji Hashimoto
橋本 健二
1959年、石川県生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。静岡大学助教授を経て、現在、武蔵大学社会学部教授。主な著書に『「格差」の戦後史』(河出書房新社)、『階級社会』(講談社)、『居酒屋ほろ酔い考現学』(毎日新聞社)など。
【橋本 健二さんの本】

『「格差」の戦後史:階級社会 日本の履歴書』
(河出書房新社)

『階級社会』
(講談社)

『居酒屋ほろ酔い考現学』
(毎日新聞社)