

Hitomi Kamanaka
鎌仲 ひとみ
映像作家。早稲田大学卒業と同時にドキュメンタリー制作を行う。カナダ、ニューヨークで活動後、フリーの映像作家として活動。主な作品に「ヒバクシャー世界の終わりに」「六ヶ所村ラプソディー」 「ミツバチの羽音と地球の回転」など。
鎌仲 ひとみさん(映像作家)
「持続可能な社会」という語を聞く機会が増えている。しかし、それはある日突然もたらされるものでもなく、誰かがつくり出してくれるわけでもない。社会の成員ひとりひとりがいまの社会とは異なる世の中を願い、できることを始めたとき、現実化の一歩を踏み出すようなものだろう。ドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」は、そうした社会の到来に必要な発想の転換とそれがもたらす変革について、エネルギー問題を通じて描き出している。監督の鎌仲ひとみさんに社会変革に必要なアイデアと行動について尋ねた。
通常のジャーナリズムの視点からすれば、スウェーデンと日本を理想と現実のように対立的に描き、「日本は遅れている」といったようにして問題を明らかにしようとするのでしょうが、そういう考えはありませんでした。
そもそもスウェーデンがいかにして持続可能な社会づくりに向けて舵を切ったかを探るために撮影を始めました。だから日本とスウェーデンを対立的に捉えるつもりはなく、しかも作業を進める中で原発問題を抱える祝島の問題と出会ったのです。
原発が建設されれば海は壊れます。そうでなくとも、いまみなさんが思っている以上に日本の海は荒れているのです。海洋生態系の破壊と山の荒廃はつながっています。
さらに山や海が荒れたのは、エネルギーを大量に消費している私たちの暮らしの成り立ちそのものがかかわっています。環境の荒廃の原因を探るにも海や山といった特定の地域の問題だけを取り上げて語ることはできません。すべてがつながっています。
そうした関係性の全体を見ながら、どのようにバランスを取ることが望ましい社会なのか考えてみましょうよ、という気持ちでつくりました。

スウェーデンは25年くらい前まで経済的に停滞していました。しかし、1980年代以降、社会問題をひとつひとつ解決する中で活気づいてきました。そこで、なぜチェンジメーカーが生まれるようになったのかについて興味をもちました。
やがてスウェーデンが1989年に持続可能な社会を構成する上で4つの条件、ナチュラルステップを掲げたことが変革に寄与したとわかりました。
その条件とは1、地中から掘り出した物質の濃度が自然の中で増え続けない 2、人間社会が作り出した物質の濃度が自然の中で増え続けない 3、自然が物理的な方法で劣化しない 4、人々が自らの基本的ニーズを満たそうとする行動を妨げる状況を作り出してはならない—といったものです。
自分たちの使う水や空気を汚すことなく暮らしていく。こういう考えが共有され、現状の社会を変えることに対し、みんながポジティブになれたのです。
無自覚に原子エネルギーや石油などの化石燃料を使い続けることで成り立つ生活は、そう長く続けられない。いまの暮らしは続かないと国民に理解されたからでしょう。実際、すでに石油ピークを迎えたと言われています。ともかく大量にエネルギーを消費し続ける社会は持続可能ではないから、転換をはかろうとしたのです。
はい。脱原発だけに関心があったわけではありません。それは持続可能な社会をつくる上でのプロセスのひとつに過ぎません。スウェーデン社会の変革は、「人類が生き残れるかどうか」という普遍的なテーマを投げかけていると思えたから、撮影しようと決めたのです。

いまのように石油を使って飛行機を飛ばすようなことは、少なくとも30年後には不可能になっているでしょう。ナチュラルステップが実践され始めたのは、生活様式の変革がもたらす生活の質の低下よりも、自分たちの生活に及ぼすメリットのほうが大きいと理解されるようになったからでしょう。
たとえば日本は年間20兆円かけて化石燃料を買っていますが、そのお金を国内の再生可能エネルギーの開発と活用に投資すれば、地域が活性化します。そういうメリットが理解されれば、人々の意識も変わるし、関連のビジネスや事業も起きるでしょう。
ただ、人間は新しい事実を知った時、頭でわかってもなかなか身体がついていきません。だから経済成長し続けてきたほんの40年くらいの時間がこれから先も続くと思ってしまう。続いて欲しいと願ってしまう。
でも、もう変えないといけないんです。なぜなら経済成長のもたらしたものは、結局のところ環境破壊だったからです。しかも一度、破壊された生態系を取り戻すことはほとんど不可能に近い。この事実を知らねばなりません。
成長さえすれば本当にいいのか?ということをもっとみんなで議論する必要があるなと思います。従来のようなやり方で成長しないといけない。そういう考えが国民の前提になっているのなら、先のない話だと思います。
中国電力の社員が祝島の漁民に向かって「一次産業ではやっていけないでしょう」と発言していて、その様子が「ミツバチの羽音と地球の回転」に映っています。これなども「従来の経済構造を変えるわけにはいかないし、変えたくない」と思いこみ、それを守ろうとしている人を象徴しているのではないでしょうか。

少なくとも市場経済が何より重要だという考えはなかったと思います。だから弱者が負けて強者が勝つという経済ゲームを回避し、弱者は救われるシステムをつくりあげました。誰でもそこそこの生活ができる社会です。
つまり事業に失敗しても自殺する必要がない。シングルマザーになっても職を失っても、老人になっても病気になっても死なずに済むセーフティネットが用意されています。
経済成長を目指してお金に必死にならないと生きていけない社会ではなく、住居や医療の保証という基本的な豊かさが社会に備わっています。
日本はものが溢れ、便利で豊かだし、暮らしやすいかもしれない。ただし、ある層から別の層に移行した途端、違う風景が見えてきます。たとえばシングルマザーや失業した人にとっては、日本はものすごく冷たい社会に感じられるでしょうね。
日本はセーフティネットをかなぐり捨て、それを機会均等とか自己責任と言い繕っています。機会は決して均等ではないし、がんばってもなんともならないことはあります。だからこんなにホームレスがいるわけだし、年間3万人も自殺する人がいるわけでしょう。

祝島では誰もホームレスにならずに生きていけます。それは地域の中で互いがあるものを融通して生きているからです。
たしかに日本独特の保守的な価値観はありますよ。女は黙っていろとか。それまで大事にしていた伝統を壊されたくないとか。なかなか自由に生きたい若者には窮屈かもしれない。そういう意味では別にユートピアではありません。
ただ、村落が長年培ってきた暮らし方つまり、そこにある資源を守りながら手間をかけて利用していくあり方は、スウェーデンの試みと大差なく、持続可能性という点では同じだと思います。唯一、エネルギーを自分たちの手でつくり出すところはスウェーデンと違います。祝島の住人の中には原子力発電所でつくられた電気は使いたくないということで、太陽光パネルをとりつけるなどしている人もいます。
いま祝島の住民と島から出ていった人たちの出資でファンドをつくり、エネルギーの自立に向けた事業に投資しようという計画があります。そういうことが日本中の村々で起きる可能性があるのではないかと思います。
自分たちの暮らす地域にある潜在的な資源をいきなり100%活用するのは難しい。そうではなくマイナスがあれば、1%ずつでも減らしていくことが大事だと思います。やればやっただけ変わります。
このようなやり方が重要なのは、自分たちの手でできる経験が共有されていくからです。スケールは小さくても、誰もが参加でき、自分たちの技術や人材で暮らしを変えていける。それが「自分たちにメリットがあるんだ」と本当に理解されたとき世界の見え方が変わってくると思います。
政府や行政に任せればいいと思っていたことも、自分たちの力でできると思ったとき、ブレイクスルーは起きると思います。
エネルギー問題について言えば、電力会社自らが変わることを期待できません。でも電力会社に「再生可能エネルギーを使えるようにしろ」と選択肢をつくるよう迫ることは、顧客の立場からできます。
自治体も地域でエネルギーをつくりたいと思っているかもしれません。青森県の人は年間1000億の石油を買っていますが、行政や地元の起業家が再生可能エネルギーで発電事業を始めたら、電気代を徴収できるだけでなく、周辺事業の創設によって雇用も生まれます。エネルギーの自立は、ひとつひとつの地域の活性化をともなっていくと思います。

前回「六ヶ所村ラプソディー」という原子力産業をめぐるテーマで作品をつくりましたが、その撮影過程で核燃サイクル事業が現実には破綻し、放射性物質が環境汚染することがわかりました。それを知った100万人が再処理工場の稼働中止の署名を届けても、国の決定を覆すことはできなかった。そういうことをブレイクスルーしたい。
ひとりひとりが責任をもった議論を行い、自分たちの暮らしを自分たちで決められるようにしたい。自分たちの未来を誰かに預けることはできないですからね。
いっぺんに変革できないからエネルギー政策の転換の上では、政権交代も前向きな要素のひとつと思っています。いまの政権でも政策がいっこうに変わらないなら、また何かを変える。少しずつでも変えて行く。私たちみんなが生きられるような持続可能な社会に向けて変えて行く。いたってシンプルな話でしょ?
山村で生まれ育ちましたが、子供の頃から小さい村で一生を送るつもりはまるでなく、いずれ外の世界に行きたいと思ったので、町にある塾で英語を勉強しようと思いたちました。母に相談したら、「そんなことはムダだ」と取り合ってくれず、父に話したら理解してくれ、週に一度町まで送り迎えしてくれました。中学生のときにはある程度のコミュニケーションができるようになり、世界観が変わりました。
あとは親のいうことを聞かなくなったことが大きいですね。経済的に依存したままでは自分の将来を決められてしまうので、まず自立しようと思いました。だから高校卒業後に就職し、親から経済的に自立して暮らしてきました。自分の人生については、親の意見より自分の意志が大事です。
大人はいろんなことを言いたがります。私が「映画監督になりたい」と言ったとき、100人くらいが「おまえなんかには無理だ」と断言しました。
誰がなんと言おうと、自分の感じていること、やりたいことは信じたほうがいい。他人が自分の人生を生きてくれるわけじゃありませんから。
自分で決める。その感性を信じる。そのためにはやらなければならないことがたくさんあるけれど、それはひとつひとつやっていけばいいんだと思いますよ。
[文責・尹雄大 撮影・佐藤類]

Hitomi Kamanaka
鎌仲 ひとみ
映像作家。
早稲田大学卒業と同時にドキュメンタリー制作を行う。「スエチャおじさん」により文化庁の助成を受け、カナダ国立映画製作所へ。その後ニューヨークでメディア・アクティビスト集団「ペーパー・タイガー・テレビ」に参加。95年の帰国以来、フリーの映像作家として活動。主な作品に「ヒバクシャー世界の終わりに」「六ヶ所村ラプソディー」 「ミツバチの羽音と地球の回転」など。
<「ミツバチの羽音と地球の回転」公式ホームページ>
http://888earth.net/index.html