合田 真さん(日本植物燃料株式会社代表取締役)
『バイオ燃料』という語を聞いたことはあるだろうか。『バイオ燃料』は、植物を原料にした燃料で、太陽光発電や風力発電などと共に持続可能な社会に欠かせない再生可能なエネルギーと言われている。だが、持続可能な社会に、現代の生活水準の維持を期待しているなら、どうやら誤りのようだ。石油ピークを迎えたとき、とりわけ先進国はいまの産業、政治、社会システムを維持できないからだ。日本植物燃料株式会社の合田真さんに、石油ピークによって何がもたらされるかをうかがった。
専門家の間で最も石油ピークの可能性が高いと指摘されているのが2010年です。これには様々な説があり、すでに過ぎたという人もいれば、2020~2030年頃だという人もいます。はっきりしているのは、長い目で見れば数十年は誤差に過ぎず、人類が利用できる地球の石油資源は限られていることです。

いいえ、石油ピークを超えたらすぐに石油が枯渇するわけではありません。「石油の減耗」が問題なのです。つまり、石油が存在することと、それが「使えるかどうか」は、まったく別の話です。
少し考えて見てください。初期の油田は、地面を掘れば石油が自噴してどんどん出てきますが、生産が進むにつれ、採掘深度が深まり、油の粘性が高まるなどの理由で、同じ生産量を産出するためには、より大きなエネルギーが消費されることになりますよね。
ちなみに、油田の石油総生産量は(下図参照)釣鐘型のピークを描きます。ピークを超えると産出のためのエネルギーが加速度的に増えるため、実質的に使用できる石油も加速度的に減少します。つまり、同じ量の石油が産出されても、実質的に使用できる量は急減して行くのです。
下図のGrossは総生産量、Netが使用できる石油の量です。石油ピーク後は、掘るために使われるエネルギーが大きくなり、そのためのエネルギーは掘り出された石油から使われるので、実際に使用できる石油の量は大幅に縮小する訳です。釣鐘型の曲線は、ハバート曲線と言われ、アメリカ国内の石油生産についてのピークオイル(1970年ごろ)を予測したハバート氏の名前に由来しています。

急減を理解するにはラビット・リミットというたとえが分かりやすいと思います。つまり、「人間が食料であるウサギを捕まえて食べるとする。その時、ウサギを捕獲するために使うエネルギーが、ウサギを食べることで得られるエネルギーを上回ってしまった。その場合、人間は生きていけない。ウサギが存在しても、捕まえて食べる意味がない」ということです。石油が存在することと、それを人間が資源として活用できることは異なるのです。
そうですね。仮に150年かけて培ってきた文明であっても、10年程度で急激に衰退する可能性もあると私は思います。
10年ほど前ですが、スリランカのコロンボには5つ星のホテルが3つくらいあって、冷暖房が備わり、水もお湯もすぐに使えました。そのホテルの消費電力は、コロンボ全体の消費電力より多いと言われていました。これは少し誇張された話だとしても、そういう便利な設備が日本には当り前にあります。
こんな快適な生活を享受できる生活は、奴隷が存在した時代なら、なんと60人を使っているのと同じと言われています。奴隷60人分の働きをしてくれているのが石油というわけです。
極論ですが、石油ピーク以降を想定したとき恐ろしいのは、一歩間違えると現状を維持するために第二次世界大戦以前のような資源獲得のための戦争が世界規模で起こり得ることです。
エネルギーのムダ遣いをしないのも大事ですが、「本当に必要なことは何か」を考え、選択することが重要だと思いますね。
たとえば、現状の日本の農業は機械化され、化学肥料を使い、石油なしでは維持できない産業になっています。
これまで日本は工業製品を売り、外貨を稼ぎ、石油を買っていたわけですが、石油が減ると余剰エネルギーが減るので、本当に必要なもの以外を作ったり買ったりする余力が下がり、工業生産も減少すると思います。工業社会が傾けば、農業の顧客であった都市生活者は減少し、産業としての農業も縮小すると予測されます。
石油ピーク以降は農業ではなく、自給自足に向けた「農」が増えるのではないでしょうか。生き残る上でそういう選択も大事だと思います。
私はアフリカによく行くのですが、アフリカの農家の9割は自給自足のための農を行っています。それと比べて日本の農業は近代化された結果、石油に依存し、簡単に言えば、10のエネルギーを投入して5の生産物を得ている状態です。エネルギー収支としてはマイナスです。でも、アフリカだと1のエネルギー投入で2の生産物を得ています。
日本は10を生産し、アフリカは2しか生産しません。だから、日本の農業のほうが進んでいるように見えます。けれども石油ピーク以降は化学肥料を大量投入し、収量を上げる農業は難しくなって行きます。
エネルギー収支でいえば日本よりもアフリカのほうが、断然プラスであり持続可能です。農業が象徴的ですが、ひとりひとりがいかに生き延びていくか。そこに立ち返った選択が今後求められると思います。

それは不可能でしょう。というのも、基本的にバイオ燃料の原料であるパームやトウモロコシなどはエネルギーの塊である化学肥料を使って栽培されているからです。弊社が栽培しているJatropha(ヤトロファ)という植物については、エネルギー収支がプラスで栽培出来る可能性があります。
しかし、エネルギー収支が高く、値段が安く、豊富にあった石油と比べると、ごくごく一部を補うに過ぎません。
全くないわけではありませんが、国全体の合意に至っていないと認識しています。多くの先進国は、基本的に施策の軸足を石油ピーク後の社会ではなく温暖化対策に置いていて、そのための新エネルギー開発に取り組んでいます。
温暖化対策も石油ピークの備えになる部分はあるでしょうが、石油文明の存続の可否という問題の本質からは外れていると思います。
公害や気候変動などは、石油文明の行き過ぎから生じる問題です。比べて石油ピークは、石油文明そのものの終焉です。石油ピーク後、石油消費が減れば、気候変動対策に向けた二酸化炭素などの削減目標は自然に達成されます。二酸化炭素を排出したくても、不可能になるからです。

アメリカでしょう。アメリカの統合軍司令部(US JOINT FORCES COMMAND)が2010年2月18日にレポートを出しているのですが、それによれば陸軍は今後3年で4000台の電気自動車を装備し、空軍は2016年までに航空機燃料の半分をバイオ混合燃料に転換。さらに海軍は、石油ゼロの攻撃グループを2016年までに編成する計画を明らかにしています。
彼らは2012年までに石油ピークを迎え、2015年には最大で1日あたり約1000万バレルの石油不足の可能性を示唆しています。いまの世界の一日の石油消費量が8000万バレルですから、1割以上が不足します。そのためアメリカ軍は石油依存から脱却した陸海空軍の再編を急いで行おうとしているのです。
アメリカは第一次、第二次世界大戦では国内の石油を使用し、勝ちましたが、実は1970年代に石油産出のピークを経験しています。その後の中東における戦争が石油利権のためと決めつけることは出来ませんが、アメリカは石油の重要性を強く認識しています。石油があったからこそアメリカ軍は強かったし、石油を守るために存在していたともいえ、石油文明の象徴でもあります。
そのアメリカ軍が石油から脱却しようとするとは、後世に教科書に書かれるくらいのすごい転換だと思います。
日本も、なぜ第二次大戦への歩みを止められなかったのかを思い起こし、過ちを繰り返さないためにも石油資源がなくなる事態に対し、近隣諸国とともにきちんと備えるべきではないでしょうか?
正直言ってわかりません。ただ、人類は石油に頼らずとも生きてきた歴史があり、たまたまこの150年くらいは、石油による余剰エネルギーに基づいて社会を構築し、その結果、人口がものすごく増えました。石油なしに現在の人口を維持することは難しいので、徐々に減少すると予測されています。
石油ピークの次に工業および食料生産のピークが続き、医療をはじめ社会インフラが低減し、幼児と高齢者の死亡率が高くなり平均寿命が下がると予測されます。その結果人口は減りますが、これらの事態を避けるためには大変な努力が必要です。
しかし、単純に前近代に戻るわけではなく、ITインフラなど必要なものは残ると思います。現状はエネルギー収支が不均衡なので、これからは本当に必要なものにエネルギーが振り分けられる社会になると思います。
今後、右肩下がりの社会になって行く中で、何を大切にするのか。いかに周りと助け合い、日々を楽しく送れるようにするのか。しかも、大きな混乱なく均衡点まで着地させるシナリオを描き、それに向かって努力することが不可欠だと思います。

石油ピークによる文明の転換を踏まえ世界を見ると、現状のシステムの綻びに気付きます。実際には価値が担保されていないものであっても、過去にあった信頼とみんなが事実から目を背けている。このふたつの要因からかろうじて価値が保たれているのです。それは石油に依存した生活だけでなく、お金にも言えます。
ギリシャやポルトガル、スペインの経済危機からわかるのは、お金という紙切れに対する信頼が本当になくなるとき、収支上の数字が合わなくなるよりも本質的な財政破綻が起き、経済システムそのものが破局を迎えるということです。
崩壊が始まって蓋を開けたら、みんなの信じていたものの裏付けは、本当は何もなかった。さまざまな領域でそういうような綻びが徐々に明らかになり始めている気がします。
他方、お金はなくても食べ物があれば人は死にません。死なないラインを確保出来れば、経済不安を必要以上に心配することはなく、パニックを防げると思います。
世界中でバイオ燃料の需要が高まったとき、ブラジルだけが他国に輸出できる余力があります。
ブラジルは基本的には産油国ではないため、1970年代の石油ショック以降、継続してバイオ燃料の開発を行って来ました。その当時は現実的に対応が必要だった訳ですが、石油ピークを見越したものであったとも言えると思います。
日本は70年代以降、太陽熱発電や太陽光発電と一通りの開発を行いましたが、80年代以降は熱心に取り組まなくなりました。産業が育ち、円も強くなり、石油が安く手に入るようになったからです。
2003年頃の話ですが、たまたま知り合いがバイオディーゼルのサンプルをもっていて、植物油で車が走ることにおもしろさを感じたからです。
これは誤解している人がいると思いますが、バイオエタノールとバイオディーゼルは別物で、エタノールの原材料はさとうきびやトウモロコシです。それらのデンプンを糖化し、糖をもう一度発酵させてアルコールをつくり、さらにアルコール純度を高めてエタノール99.99%にしてガソリンと混ぜて使います。
バイオディーゼルはディーゼルエンジン用で、アルコールではなく菜種や大豆などの油脂作物を絞った油が原料です。油を処理して、ディーゼルエンジンの燃料とします。
当時はまだ石油ピークという言葉は知っていても、本当の意味で理解しておらず、「バイオ燃料は将来的に必要だろう」というくらいの考えでした。
いまとなっては、大雑把な認識しかなかったからこの事業に関われたと思います。というのは、見識のある専門家であれば、バイオ燃料の事業化はどう計算しても収益にならないことがわかるからです。そこは若かったし素人なので「おもしろい!」と「世の中に必要なこと」という思いで飛びついた。
事業として成立するかはわからない。けれど、必ずいつかの時点で世の中に必要になるし、誰かがやらないといけないといまでも思っています。

菜の花やひまわりでバイオ燃料をつくろうと日本国内をまわりましたが、生産規模が小さく、また国の補助金に依存して栽培していたので作ることを諦めました。そこでマレーシアに飛び、パームオイルを利用したバイオディーゼルを買い付け、日本で売り始めました。
軽油に混ぜたバイオディーゼルは既存のディーゼルエンジンに問題なく使えます。
現在は、Jatropha(ヤトロファ)と言う油糧作物を育てています。乾燥に強い特徴を持ち、食料生産と土地利用で競合せず、エネルギー収支的にも価値があると思っています。
しかし、石油のすべてを代替できるほどの生産量を求めることは難しく、一助に過ぎません。
政治家ならば、国民にいままでの生活を諦めて、次の一歩を踏み出す必要を訴えないといけない。しかし、それを正面から掲げても票は取れないからあまりやりたくはないでしょう。
石油ピーク以降の暮らしは、いまより良くなるわけではありません。だからといって悪くなるとも限らない。物事の捉え方、どういう生き方を選ぶかによって良し悪しは変わります。
そういう意味で、いまの若い人は私の世代と違い、受験勉強していい大学に進学すれば、それなりの企業に就職して安定し、快適な生活を送れるという人生観をもっていないと思うので、石油ピーク以降の変化について理解しやすいのではないでしょうか。
理解した上で無気力にならず、自分たちがこれから生きて行くために何が本当に必要なのか。自分で問わないといけない。大切なのは、どの時代でも、自問自答です。私も答えはもっていません。まだ石油ピーク以降の社会像について具体的に語れませんが、いまの仕事は次の時代に役立つ可能性があると確信しています。
先述した通り、バイオ燃料の原料作物としてJatropha(ヤトロファ)に注目していますが、熱帯・亜熱帯系の植物のため日本で栽培できるのは沖縄のみです。土地代と人件費を考えると、栽培を試みているフィリピンと比べたら土地代は10倍、人件費は最低賃金ベースでも40倍です。いまのところ日本での栽培を事業として成立させるのは難しい。ただし、沖縄を研究開発の核にすることは意味があると考えています。
ともかく日本がバイオ燃料を必要とするときのために最低限の手は打っておきたいし、それが将来の混乱や争いを防ぐ上で役立てばいいと考えています。
たとえば、日本のある島では供給電力の50%以上が風力や太陽光といった再生可能エネルギーと聞いています。モデル作りのためにこの島などで、100%再生可能エネルギーを達成したい。
風力や太陽光発電のみでは電源として不安定なので、安定化のためにディーゼルエンジンが必要です。そのための燃料としてJatropha(ヤトロファ)を使用したいと考えています。
たとえ小さい規模でも具体的で現実にできる事例をひとつひとつ積み上げていきたい。その上で、世界に広げていけたらいいなと考えています。
[文責・尹雄大 撮影・佐藤類]
