染谷 恵二さん(アナウンスプロダクション染谷代表取締役)
映像を中心にしたメディアの隆盛により、一時は衰退を危ぶまれたラジオがインターネット上で聴けることから再び注目を集めている。今回、登場いただく染谷恵二さんはラジオ業界で一貫してスポーツ中継の実況を続けてきた。的確な表現とは何か。また何に注目して報じることが聴き手に伝わることになるのか。あまり知られることのない現場の話をうかがった。
アナウンサーとして30年間の経歴がありますが、野球やボクシング、アメリカンフットボールと、だいたいのプロスポーツを中継してきました。ラジオのスポーツ実況は目に見えないため、アナウンサーはさぞかしたくさんしゃべっていると思うかもしれませんが、実はそうではありません。何が重要で何がそうでないか。情報の取捨選択ができないとき、多くの言葉を費やすものなのです。
スポーツをはじめ報道は中立公正では決してありません。自分の立場から物事を伝えますが、その際、物事の重要度を考えた上でないと、たんなる思い込みをしゃべることになり、聴いている人をとんでもない方向にミスリードしてしまう可能性があります。
そういう点で、30年の間のアナウンス業界の変化を挙げるとすれば、ここ10年くらいは印象や雰囲気を重視し、聴き手に行間を読ませようとする傾向が強まっていると感じます。

はい。衝撃的な光景を伝えるならば、以前であれば表現する言葉、どういう修飾語を使うかに注意が払われました。いまは絶叫し、声を張り上げるといった声の強弱が重視されます。
たとえば「すごいホームランだ!」と叫んでも、そのすごさは本当には伝わりません。実況しているアナウンサーにとって衝撃的であっても、聴いている人には伝わらない。それでも雰囲気を伝えることはできるかもしれませんが、言葉のプロであるならば、もう一歩踏み込んで何がどうすごいのかを伝える義務があります。
また、ラジオ中継に聴き手が関われる機会も減っています。ピッチャーが投げたボールをキャッチャーがとる。その距離は18.44メートルですから、140キロで投げたら0.4秒で届きます。
いまの主流の実況では、「振りかぶって投げた。ワンバウンド、シュート」といった具合で、聴いている人に推理させない。それが野球中継の醍醐味でもあるのに、アナウンサーが大半の情報をしゃべり尽くしてしまって、聴取者の娯楽を奪っています。
細かい描写や試合の流れを克明に追うには、たくさんの情報を与えないといけないと思い、いたずらにもっている情報をぜんぶ放り出し、その結果、情報過剰になっています。それでは聴き手は「自分がラジオを聞いている」感覚になりません。
情報をたくさん知ったところで、それは必ずしも正誤を見分けるセンスにつながらないと思います。その上で松井秀喜の話を紹介します。
私は松井を高校時代から追いかけていて、メジャーに行く前は彼の実況を担当していました。メジャーに行く1年前の春先、松井は極度のスランプに陥り、まったく打てなくなりました。
そこで彼はコーチや恩師をはじめ、いろんな人に自分のバッティングフォームの何が問題かを尋ねました。ジャイアンツのあるOBが松井を呼んで、「右肩が下がって、膝も腰も回転が悪い」と23カ所にわたる欠点を指摘しました。松井はまじめに聞いていましたが、それを知った別のOBは「ピッチャーが投げる間に23カ所をいちいち考えている暇などない。言われたことを忘れろ」と言った。
松井の欠点はまじめゆえに、人の意見を聞き過ぎるところです。アドバイス通り忘れた結果、もっとスランプになってしまった。
とうとう松井は自分を高校時代から撮影していたカメラマンにまで相談した。カメラマンは「一日だけ時間をくれ」といって10数年間撮った膨大な写真を徹夜して調べ、翌日松井にこう言いました。
「僕は専門家じゃないけれど、どうも君のユニフォームの右側のシワが一本多いような気がする」。

ピッチャーに向けて身体が突っ込みバランスを崩している証拠です。松井はそれを聞いて涙を流し、その日の試合で2本のホームランを打ち、スランプを脱しました。
OBの言ったことは専門家のレベルであっても、松井にわかる言葉として伝わらなかった。でもカメラマンの単純な一言が伝わった。
ラジオ中継も実況レベルを高くすることが良いことだと思いやすい。けれども、誰のために何を放送しているのかを忘れ、職人的な能力を磨くことに専念しては、聴き手の理解と遊離したものになってしまうのではないかと思います。
はい。印象深い選手がふたりいます。ひとりは1984年に開催されたロサンゼルスオリンピックの柔道で、決勝戦において日本代表の山下泰裕と対戦したエジプト代表、モハメド・ラシュワンです。彼は決勝戦の際、負傷していた山下の右足を攻めなかった。そのためエジプト国内では、勝負にこだわらなかった姿勢や相手を庇う態度が失礼だと非難されました。
ふたりめはジム・アボットというメジャーの選手です。彼は生まれつき右手がありませんでしたが、投手としてノーヒットノーランの記録を達成しました。
しかし、その後スランプに陥ります。彼に対する攻略として、対戦チームはバントを多用するようになったからです。ボールの処理はグローブを持ち替えないとできない。でも、そんなことを気にしていたら思い切り投げられません。
メジャーはノーヒットノーランを達成した彼に非情な勝負の論理を突きつけたわけです。勝負の世界はそういうものです。
ジム・アボット自身も常々「自分を障害者だと言って欲しくない。その評価は自分で下すものであって他人ではない」と話していました。
ふたりの選手の姿勢は、どちらも正しいと思います。ただ伝える側が「怪我を攻めるのはかわいそうなことだ」とか「障害者だけどがんばっている」といった意識を前に出しては、正しい報道はできないと思います。
マスコミは必ずキャッチフレーズをつけたがり、そのことで一元的な理解をさせようとします。ふたりの選手の事例からいかに自分の報道姿勢が脆弱だったかを思い知らされました。

勝負の世界にインサイドストーリーはつきものです。たとえばジャイアンツの原辰徳が引退するとき、もう足首が動かない状態になっていて、泣きながら練習していました。私はそれを知っていたけれど放送では言いませんでした。お涙頂戴は必要ないと思ったからです。
それに原は毎打席いちばん打てるゾーンを空振りするわけです。アナウンサーがそれを伝えれば、本当の野球ファンなら「なぜ打てないのだろう?」と考えるものです。
10年前はジャイアンツ戦のテレビ視聴率は20%ありました。いまは開幕直後で8%です。野球離れというよりも、人々が作為的な演出や飾られた言葉に飽きた結果だと思います。
さらに歪曲した方向に新しくするのではなく、立ち止まってみる勇気がないからテレビの視聴率が下がり続けているのかもしれません。いまテレビ業界では経費削減から生放送を増やしていますが、安易に時間と空間だけ埋めればいいという考えで制作しているようでは問題です。伝える側の立場を検証する視点も重要だと思います。
私が大学生の頃、学園紛争の最中で、成田空港の三里塚闘争を見に行ったことがあります。当時の写真やフィルムを見ると闘争初期は機動隊が楯をもち、農民や学生を棍棒で殴っている姿が多い。
ところが闘争後期は学生が機動隊に火炎瓶を投げているシーンをよく見かけます。初期の映像を見た人は「官憲は怖い」と思う。それを知らないで後半を見た人は「学生はなんて無謀なんだ」と思い、学生が悪者に見える。
印象が変わってしまうのは、闘争が始まった頃、取材も自由で農民や学生側に入れたため、向こうから官憲側を撮っていたからです。しかし、後半になるとバリケードに入れなくなり、報道陣は機動隊側から学生を撮っていた。
撮る行為は一緒でも、撮る位置が違うだけで与える印象がまったく異なります。どの視点から自分がものを見ているか。それを認識しないと伝わるものも違って来ます。
これはその人の生き様の問題とも関わることであり、自分のポジションを自覚することがないと、ただ世の中の動きに流されるだけになります。

自分の生活の中でよく使い、しかもいちばん便利なものをたった一日でいいから止めてみる。人は自分が何者かわからないことを恐れます。だから、いろんな媒体によって自分の中を埋めようとする。
目が覚めたとき誰しも時計を見ます。時計のない世界はありえないと思っています。でもなくなっても意外と平気かもしれない。そのとき自分の知らない自分が見えてくるかもしれない。そうして常識やものの道理を疑ってみるのもひとつの手だと思います。
あるとは思えませんし、自分の立ち位置がわかるまで失敗の連続でした。そういう意味で私を変えてくれたのは、世の中に知られていない人たちです。ラジオ日本に入社し、初めて中継したのはイースタンリーグの試合でした。その頃、ドラフト外でジャイアンツに入った選手がいました。
彼の仕事は2軍選手のボール拾いとボール磨きです。ボールは革だから洗うと縮みます。だから丁寧に拭いて乾かし、汚れを消しゴムで落とさなくてはいけない。彼はひたすらそれをやっていた。期待されていたバッターだったけれどケガが多く、とうとう解雇されました。
スーパースターになると期待されながらも、1軍にもあがれなかった。ジャイアンツに残してきた足跡といえば、たったひとつの消しゴムです。
次の仕事はコンクリートミキサーの運転手に決まっていました。青春の思い出である消しゴミをもっていきたいけれど、決別しないと次の人生を始められない。「野球中継する上でこういう存在がいたことを覚えておいて欲しい」とジャイアンツを辞める際、私に消しゴムをくれました。
挫けそうになるとそれを見ます。すると勇気づけられます。華やかな世界の華やかさに惑わされず、しっかり伝える必要があるんだなと思わされます。

歴史に名を残した人も日の当たる場所だけを生きたわけじゃない。本人の語る成功談の中にも眉唾な話はあるものです。それも含めて人間ですし、同じようなところが自分の気持ちの中にもあるでしょう。普通の人も偉人も多面的な人格をもっているものです。
いまの世の中、浮世離れした人や言動を許せず、多面的なところを認めない傾向がありますが、そういうふうに自分を守っていたら外からやってくる新しいものを受け入れられません。それは楽ではあるけれど窮屈だし、殻に閉じこもっていることで得られる安寧さだから、必死に侵されまいとします。
だから、良識に囚われないノーガードの人がやってきたら恐怖してしまう。守りに入っている人から見た自然体の人は恐れと不安の対象です。でも、同時に外に出てみたいような誘惑にかられる魅力も感じるはずです。
そうですね。だから思い切って背伸びするのも手だと思います。子供の頃、近くに住む大学生に哲学書をもらったことがあります。書いてあることはわからないけれど、その中に示されていた問題をいまでも覚えています。
タイタニックが沈む際、最後の救命ボートにひとりしか乗れない。「自分と妻、子供、両親がいるのだが、誰が乗るべきか。あなたはどうするか?」という質問でした。その本の答えは「自分が乗る」でした。
人によって異論はあるでしょうが、そのとき「生きるってなんだろう」と強烈に思わされ、急に身近になりました。
懸命に背伸びすることで手の届くものや人との出会いがあるのではないか。そう思います。
[文責・尹雄大 撮影・佐藤類]

Keiji Someya
染谷 恵二
1955年栃木県生まれ。アナウンスプロダクション染谷代表取締役。元ラジオ日本の編成局チーフアナウンサー。1978年にラジオ関東に入社以来、スポーツ中継を中心に活躍。