

Nobuto Hosaka
保坂 展人
1955年、宮城県生まれ。新宿高校定時制を中退後、教育ジャーナリストとして活動。1996年の総選挙で社民党東京比例区で当選。昨年8月の総選挙で落選。現在、総務省の顧問を務める。
保坂 展人さん(前衆議院議員)
昨年、民主党政権誕生とともに、国内最高額となる4600億円の総事業費を費やした八ッ場ダム建設の中止が表明された。公共事業の見直しと政治主導という意味において、民主党政権の試金石ともいえる懸案事項だ。今回、お話をうかがった保坂展人さんは96年の総選挙で社民党から立候補し、当選。在任中の質問回数は546回を数え、「国会の質問王」といわれた。昨年8月の総選挙で落選したものの、長らく公共事業チェック議員の会の事務局長を務め、また議員立法の提出回数も多いなど、現政権の先を行く活動を個人的に行っていた。今後の政府の動向について尋ねた。
旧建設省(現国土交通省)が1952年、利根川の洪水対策のため、群馬県長野原町を流れる吾妻川にダム建設の計画を発表しました。このとき地元住民のほとんどは猛烈に反対しました。それでも国はダム計画を一方的に推進しましたが、そのうち判明したのは、流域の吾妻川は硫黄などを含む強酸性の水質のため、飲用水にも農業水にも適さないことでした。
そのため計画は頓挫したかに見えましたが、今度は上流に大量の石灰を投入し、酸性の水質を中和する工場と石灰生成によるヘドロを溜めるための品木ダムをつくることで、再び八ッ場ダムの計画が浮上。この間、57年経っていますから、一世代が交代していることになります。
昨年、政権交代した時期は、ちょうど生まれ育った家が湖面に沈むため、住民たちが新しい造成地への引っ越しを行おうとしていた頃にあたります。そこにダム建設中止という決定がいきなり出てきたものだから、住民は戸惑っている。それが実情だと思います。

「7割」というのは「事業予算の7割を使った」という意味です。工事の進み具合と関係ありません。総工費4600億円の7割は3220億円で、あと1380億円を投入すれば、ダムが完成するというのは国土交通省の官僚の詭弁です。そもそも当初は半額以下の予算(2100億円)で建設されるはずでした。
それが今やダム建設に関わる諸々の事業費は地方負担分や利払いを含めると8800億円と見積もられ、しかもそれ以上増える可能性は大いにあります。
そうです。最大の問題は何かと言うと、国土交通省と自民党を中心にした地域の政治や社会システムが、ダムをつくらないオルタナティブな選択を示し、その上で地域をつくり直す発想を持つこともないまま、57年も経ってしまったことです。
地域の有力者がダム建設反対から賛成に切り替わるにあたり、公式に貰う補償とは別の様々な利得を受けていました。ただ、誰もダムができて欲しいとは、本音のところで思っていません。今に至っては、心身ともに疲れ果てたというのが正直な気持ちではないでしょうか。
ポイントはダムができた場合、町に固定資産税が支払われる等の代償支援がありますが、建設中止ならば、そういう補償の仕組みがないことです。それが示されないうちは、住民は事業中止に反対の姿勢を崩さないと思います。
はい。昨年、前原誠司大臣が現地を訪れた際、住民が大臣と会わない一幕がありました。私は裏でそういう演出を先導していたのは、国土交通省であり現地のダム工事事務所だと推測しています。
その証拠として言えば、前原大臣が事業中止を宣言した後、ダム工事事務所の所長は、自民党や公明党の視察団に対し、その必要性を力説しています。あるいは「中止と言っているけれど一時的なことで、必ずつくります」とまで言っている。そう聞き及んでいます。

ダム建設事業の施策を担っているのは、国土交通省の河川局です。彼らが計画を見直さないのは、地元の住民のためにダムをつくるわけではないからです。
ひとつのダムをつくることに一兆円近い税金が投資されていますが、それによってご飯が食べられる人がおり、天下りできる人がいます。国土交通省河川局を中心にダム王国というものができあがっており、そうしたシステムが八ッ場ダムを求めているのです。
彼らの言い分からすれば、予算の7割にあたる3220億円を使ったダムを中止するのであれば、ほとんどのダムは今後つくれなくなる。直接的に自分たちの利害関係にかかわってくる問題ですから、何としても推進したい。
今までの自公民政権では絶対にありえなかったことですから、八ッ場ダムの事業中止を打ち出した成果は大きいと考えています。
公開の場でそれぞれの事業が検討された形態は、情報公開の上で意義は大きいと言えます。ただ、そもそも仕分けが全部されたわけではないし、八ッ場ダムのような工事を来年も行うかどうかは含まれていません。仕分けの基準を策定しているのが財務省なので、財務省の思惑や意図が色濃く反映したのではないかという懸念もあります。
官僚だから悪いわけではなく、むしろ、これまでの政治が悪かったのです。悪い政治を補完するように官僚が政治から見えないところで、国土交通省のダム建設に見られるようなシステムを築いたのです。

八ッ場ダムはかろうじて見直しを始めましたが、私がこれと並び注目しているのは、諫早湾干拓事業です。97年に水門が閉じられ、堤防工事が始まりましたが、有明海の漁獲高は激減しています。
科学技術振興機構は、この事業を「失敗百選」のひとつに挙げ、「有明海異変に少なからず影響を与えたと言われ、ノリを始めとする漁獲高の減少をはじめ、水産業振興の大きな妨げにもなっている」と指摘しています。
しかし、農林水産省と長崎県は漁業被害と干拓被害についての因果関係を否定しています。長崎県の民主党は「この事業は断固正しい」として、「水門は絶対に開けない」というような、従来の自民党と同じ姿勢を崩していません。
それもそのはず、この事業はもともと長崎県選出の西岡武夫参議院議員の父で長崎県知事だった竹次郎氏が提案したもので、親子で推進している事業だったのです。
薬害肝炎問題で注目を集めた福田衣里子さんは、この選挙区の民主党の候補でした。菅直人副総理は事業中止に積極的な発言をしていましたが、福田さんの応援演説に際し、諫早湾干拓問題にまったく触れませんでした。
政権交代をして「日本が変わった」とはっきり言えるとすれば、八ッ場ダムの事業が中止され、諫早干潟の門が開いたときだと思います。
マニフェストのいう学校理事会の全貌が明らかになっていませんが、教育委員会や学校システムが疲弊しているから「制度を変える」ことに力点を置いている印象をもっています。
しかし、市民的自由を問題にするなら、まずは東京都の公立学校で行われている、「職員会議で教員が手を挙げて発言してはならない」という類いのことを取りやめる。それが先決ではないでしょうか。
いわゆるゆとり教育は政策論としてはよかったと思います。なぜなら黒板に教師が板書し、生徒は机に座って授業を受けるスタイルは明治から変わっておらず、日々成長する子どもの学び方として、明らかに時代に合致していないからです。いまの世の中に明治から変わっていないものを探すのが難しいでしょう。子どもや教師が学校から離れて研究でき、意欲的なプログラムで勉強に取り組める教育が行われるべきです。
ジャーナリスト時代を踏まえて言えば、現行の学校教育は「いかに自分がつまらない存在か」を子どもに知らしめ、そして決して高望みせず、自己肯定感情を低くさせるよう働きかけています。内在的な学習意欲や挑戦欲を発露することができない不幸があります。そういう土壌に学校理事会をくっつけてもあまりいい結果をもたらさないでしょう。

そういう風潮は、半分はつくられたものだと考えています。ネット右翼的な書き込みは、小泉政権とともに増大し、安倍政権の退場とともに縮小した傾向があります。
私は、当局側に朝から晩までネットに書き込むことを仕事として行っていた人が明らかにいたのではないかと思います。高いコストをかけず、人を雇って行っていたかもしれません。
いつの時代も、どの国にも権威によりかかって自分を美化したい。自己を国家と同一化し、厳しい状況にいる人、障害者や外国人を叩く現象は見られます。
しかし、日本におけるそうした風潮が一切の現実対応力を持っていないと明らかになったのが、一昨年末の派遣村の一件でした。しきりと「労働組合のやらせ」といった書き込みがネット上に見られましたが、自己責任を主張する人たちの派遣村に対する抗議行動は実際にはありませんでした。
むしろ、派遣村ができたとき、社会には「互いの苦しい問題を助けあって解決しよう」というステージが出現しました。そのステージが政権交代の足場になったのではないかと思います。
小泉政権下の新自由主義のかけ声のもとに喧伝されたのは、お金のあるなしは自己責任であり、金がないのは努力していないせいだという考えでした。それがいいと思った人は、小泉政権の誕生当初に人生をステップアップする道がうっすら見え、夢を描けたかもしれない。
けれど、自己責任論に酔い、「弱い人は転落していい」と見下ろす側にいたつもりの人も、ここ数年で「実は自分が見下ろされていた」ことに気づき出したと思います。
規制緩和と自由競争で誰が得をしたのか。企業の内部留保は増大しました。しかし、経済格差は開き、生存すら困難な人が増えています。
もしも自己責任で終始するなら政府などいりません。生き死にが自己責任なら政治家にとって、これほど楽なことはありません。
みんなが順調に生きられるはずもない。だから社会保障の基本思想は相互扶助なのです。病人がいたら健康な人が支える。こういうことを足蹴にしていた傾向がここ10年来ありましたが、弱者を笑っていた人も舞台転換すると笑えなくなった。
強調したいのは、自己責任ではどうしようもないから政治があり、医療保険があり、社会保障制度があるということです。
学校教育の中で行われているいじめや体罰といった問題を取材し、講演活動を行ってきました。ある程度反響を呼びはしたものの、現実は何も変わりませんでした。
1986年2月1日、鹿川裕史君が<俺だってまだ死にたくない。だけどこのままじゃ「生きジゴク」になっちゃうよ>という遺書を残し、自殺しました。私の本が彼の鞄の中にありました。このとき、いじめ自殺は大きな話題になりました。
それから8年後、大河内清輝君が首をつって亡くなったときもいじめ問題は騒がれました。本を書いても、講演をしても、子どもたちが追いつめられた状況は変わらなかった。
子どもたちが相談できるホットラインの必要性を痛感していた頃、イギリスにチャイルドラインという24時間フリーダイヤルでかけられる電話があることを知りました。そういうものが日本でもできないだろうかと考えていたとき、政治家にならないかという誘いがあったので、政界に進むことを決めました。
チャイルドラインはいま日本中で実施され、年間20万本の相談を受けています。これは政治システムの中で提案したことにより実現しました。
政治プロセスの中でアイデアを実現させ法律を定めることができます。政治家はいわば社会の医者です。処方箋を出すことができる。そこが重要だと思います。

私は16歳で内申書の内容を争う裁判の原告となったことがきっかけで、学校教育を適当に切り上げましたが、だからこそいまの仕事ができていると思っています。
確かに学業を早めに切り上げたことで数学や英語が不得意ですが、それを上回る利点があります。それは自分の頭で考えることができることです。日常的にそうしなければ、生きていくことができませんでした。
「国会の質問王」といわれ、在任中の質問回数は546回にのぼりましたが、これも自分で考えることを終始やっていたから、次にどのポイントを突いたらいいかがわかるようになりました。
政治は無定形です。明日のことはわかりません。総理が明日、辞任するかもしれない。全体の動きを見て、流れを読むことが求められます。学校教育の中では鍛えられない力が必要です。
そうです。だから生きる上では、誤りを恐れないことが大切です。いずれによせ人は必ず失敗するものです。失敗をしない人は成功もしない。
政治家に案外多いのは、「わからない」と言えない人。だから学べないのです。官僚は、「釈迦に説法で、先生には口幅ったいですが、○○という制度がご存知の通りございまして…」という説明をよくするのですが、そう切り出したときに、「それ知らない」と言える政治家は実に少ない。「あの議員は、こんなことも知らない」と思われるのが嫌なのです。
小さな失敗を積み重ねて学べばいい。そのことをリピートして、くよくよする必要もありません。
新しい時代はとっくに始まっています。それに応じるには、「学力が下がったから教科書を厚くしよう」というような教育の仕方では間に合わない。
自分で考え、無数の可能性を探り、仮説を立て、それに賭ける。ひょっとしたら、その選択は間違っているかもしれない。でも、その間違いを補正することも必要なのです。間違わない人は、人生を構築する力量がつかないでしょう。
[文責・尹雄大 撮影・佐藤類]

Nobuto Hosaka
保坂 展人
1955年、宮城県生まれ。中学在学中、政治・社会問題を取り上げた新聞を創刊するが、校則違反とする学校と対立。高校受験時の内申書に記載されたため5つの高校に不合格となる。16歳から内申書裁判の原告となった。新宿高校定時制を中退後、教育ジャーナリストとして活動。1996年の総選挙で社民党東京比例区で当選。昨年8月の総選挙で落選。現在、総務省の顧問を務める。
<公式ホームページ>
http://www.hosaka.gr.jp/
<「どこどこ日記」>
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto