田中 秀臣 さん(上武大学ビジネス情報学部教授)
いつまで経っても回復の兆しを見せない経済状況。昨年末に話題となった派遣切りの問題からようやく貧困問題が耳目を集めるようになったとはいえ、抜本的な雇用状況改善や不況に対するてこ入れは遅々として進んでいない。
「本当の貧困に比べれば日本の若者は幸せだ」「若者に働く気がないことが問題だ」という識者や経営者がいる。そうした中、経済学者の田中秀臣さんは若年の失業者数は景気に連動していること。したがって、需要の増大こそが必要だとして、俗論的な若者論を退ける。
働いて暮らす。ごく当たり前のことが脅かされるようになったのはなぜなのか。そして、閉塞感に満ちた社会で生きる上で何が必要なのだろう。田中さんにうかがった。
格差是正のための雇用に関する議論が正規雇用・非正規雇用に区切られて行われがちですが、そもそも雇用形態はいろいろあっていいし、誰もが会社員になる必要はないでしょう。
注視すべきは、いまは様々な生き方が可能にならない不況のただ中にいることです。社会にお金が回っていれば、自分のやりたいこともイメージしやすいけれど、現状のように不況だとそうもいかない。
若い人の行き場がなくなっていけば、次第に硬直した生き方しかできなくなってしまいます。

ここ20年間、先進国でバブルは無数に起きては弾けていますから、バブル経済崩壊自体はそれほど大きな問題ではありません。しかし、日本の過ちはバブル経済の崩壊後、すぐ景気回復させることなく、不況を10数年も続かせたことです。
その上、97年にアジア経済危機が起きたことでさらに状況がまずくなった。何が起きたかというと、企業は従来の雇用のあり方を完全に変えてしまった。
それまでは正社員の間で不景気のショックを和らげるような処置を行っていました。いわゆる企業内失業です。実際には仕事がないからクビでもいいけれど、関連会社に出向させたり、職場を変えるなり、なんとか仕事を与えていましたが、それも不況で不可能になりました。
はい。そこで企業は安いコストで働いてもらえる人を猛烈な勢いで雇い始めました。それが派遣労働やパートといった非正規雇用です。いままでの正社員中心の企業社会はこうして崩れたわけです。
いいえ、そんなことはありません。それを説明するには、バブル経済がなぜ崩壊したかについて話す必要があります。
崩壊要因はふたつ。まず大蔵省(現・財務省)が「総量規制」といって不動産の取引を大枠で規制したこと。そして二つ目は日本銀行がお金の量をものすごい勢いで引き締めました。なぜかというと、当時サラリーマンの生涯賃金でも買えない住宅がいっぱい建っており、それでは所有格差を生んでしまうから、どうにかしないといけない。そのようにマスコミは報じていました。そのような状況を受けて大蔵省と日本銀行は、強行に政策を行い、バブル経済を終焉させました。問題は、それをそのまま放置したことです。

本当のところはわかりません。株価や土地の価格が上がるのは悪いことだと思ったせいかもしれませんが、私は官僚的な判断が大きく働いたと思っています。
官僚的とは、前任者の行ってきたことをなるべく変えないということです。それが官僚の優秀性の現れだと官僚たちは考えています。
バブル経済をともかく懲らしめ、経済を大きく落ち込ませた。そういう政策を行った中心人物がいたら、その後に続く人たちに求められるのはネガティブな勢いをフォローする優秀さです。つまり不況を継続することが官僚の優秀さの証明に事実上なってしまったのではないでしょうか。
こうして10数年間、前任者のやっていたことを踏襲し続けていたので、いつまで経っても景気を大幅に改善するような新しい大胆な政策は行われなかったのではないかと思います。
政治家は政策にあまり詳しくなく、専門家は生まれにくい。だから巷でいう政策に通じた政治家とは、元官僚か官僚の意見をよく代弁できる人です。そういう人たちが政策の策定に関わってしまう。
実際、何度も経済回復のチャンスはありました。アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)が21世紀になって早々、「日本みたいに長期的な不況に陥ってはならない」と自分たちへの警告を込め、日本の施策の失敗をレポートにまとめました。その中には、「日本経済は何度も復活のチャンスはあった」と書いています。チャンスのたびに日本銀行は官僚的な判断に基づいて行動してしまった。
いまの日本銀行総裁は、バブル経済を大きく落ち込ませた人たちの弟子にあたります。現在の経済の低空飛行はなんら問題ではないと思っているかもしれません。

そうです。しかし、何もしないで居直っていることを国民は知らない。国民は日本銀行の金融政策について詳しくないから、「銀行の利子率が高いほうがいい」などと思ってしまう。
「利子率が高い」ということは、預金よりも銀行の貸すお金の金利が高くなるということです。当然、新しい事業を行おうとして、銀行からお金を借りる人たちは困ります。不況のときは金利を下げないといけない。
「いま金利はゼロに近い。だから手を尽くしているのではないか」と思う人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。
お金の量を増やすことができます。血の足りない人に輸血するのと同じで、経済を循環させるためにとても大事です。金利がゼロでもお金をどんどん市場に供給すればいい。
いまアメリカやイギリスは完全に景気転換の局面に入りました。市場に大胆にお金を供給したからです。比べて日本は経済にブレーキをかける政策しか行っていません。
小泉政権は、経済に血液を循環させるのではなく、ともかく緊縮させた。小泉元首相の唱えた構造改革とは、「財政を再建して赤字を減らし、無駄なことをやりません」ということでしたが、無駄なことをやらないとは、無駄なお金を使わないということ。
無駄なお金と無駄でないお金のすべて含めて、経済全体にまわるお金を増やさなくてはいけなかったと思います。交通事故で血が吹き出て血液が足りない状況なのに輸血せず、いちいち血液の質を比べるようなことをしてしまった。
ええ、それなのにみんな熱狂し、自民党は郵政民営化を争点にした選挙で勝ってしまった。
厳密にいうと民営化には難しい問題がつきまとい、専門的な知識が必要です。しかし、普通はそこまで専門知識を学ぶ努力をしないものです。それを「合理的な無知」といいます。「私が知らなくても、そういうことは日本銀行とか偉い人に任せておけば大丈夫だ」というわけです。
問題は、その合理的無知につけ込む頭のよさをもった人がたくさんいることです。自分たちの都合のいいようにするため、みんなが聞き易いスローガンを唱える。すると、国民は「何かいいこと起きるかもしれない」と支持してしまった。ここに国民の側の問題がありますね。
自民党が大敗した今回の選挙もそうでしたが、10%程度の有権者が政党の支持を変えただけで、劇的に政治が変化してしまう。小選挙区制度の怖いところです。

政治家たちは合理的無知に乗じるポピュリズムの魅力を知ったため、しばらくはそうした動きは政界に期待できないでしょう。
あまり希望はもてません。日本銀行は、政府と協調しないといっているし、政府も腰が退けているからです。その理由は、日本銀行法を変に解釈して、「政府は日本銀行の政策に口出ししてはいけない」と思っているからです。
確かに法律では、日本銀行の政府からの独立は謳われていますが、それは政府と目的をすり合わせた上での、手段に関する独立性です。目的を一緒にするのは、日本銀行の独立性を脅かすことではない。ところが政治家はろくすっぽ法律の内容を吟味していないのに自主規制してしまう。
日本銀行は戦前の関東軍(注1)みたいな状態ですよ。誰も口出しできない。だからといって専門家の集団かといえば、そうでもない。
世界中の中央銀行はだいたい経済学を学んだ人がスタッフの9割以上を占めていますが、日本銀行で政策を決定している人は、各業界代表や新聞記者とかまったく経済学の下地のない人たちが全体の半分を占めています。
記者会見で「私は金融の素人ですから」などという始末で、世界中から笑われています。
プロがプロとして機能していない。若い人に言えることがあるとしたら、なんであれプロになって欲しいですね。あとは英語を学んで欲しい。日本で報道される海外からの経済ニュースは、独自のフィルターで変えられていることがしょっちゅうあります。できれば海外の情報に直接触れたほうがいい。
自分たちの生きている社会はどういうものかを知ることです。それは日本だけを見ていてもわかりません。戦前の日本人は日本しか見ていなかったから、中国とロシアを破った大帝国で、優秀な民族で、いちばんいい国だと思っていた。
実際のところ、ロシアとの戦争についてはお金もなくて、お手上げの状態で、アメリカが調停に入らなければ、どうにもならなかった。
けれども、日本国民はロシアに勝ったと思っていたからポーツマス条約の締結を譲歩と受け止め、日比谷焼き討ち事件(注2)を起こした。日本が大きく誤った第一歩です。
いまは昔のようにさすがに日本は世界に名だたる国だとか言いませんが、その代わりなのか、政府も企業もエコを推奨し、支持する人も増えています。

「低成長もエコでいい」と思わせようとしているのではないかと考えてしまいます。経済は人間の行うことです。長らく続く不況は政策のミスによるところが大きい。自然のせいでも、一部の人の言うように外国のせいでもありません。
リーマンショックによる金融危機による不況が始まって2年。日本の大手新聞は報じませんが、先進国の中で日本が最も深刻な不況に陥っています。アメリカが震源地で次にイギリスに波及したにもかかわらず、日本は両国より落ち込んでいる。
過剰なエコで貧しさに喘ぎ、ロストジェネレーションを再生産してはいけない。このままでは若い人がどんどん貧しくなってしまう仕組みが放置されてしまいます。
エコも結構。けれども世界全体がどう動いているかを冷静に見る上で経済は重要です。経済成長とエコは違った方向に作用し、一方を高めると一方が抑制されます。若い人には、どこでバランスをとるかを考えることにもっと着目して欲しい。
孤独です。私は28歳からの2年近く、いまの定義でいえばニートでした。周囲には、大学院へ進学すると言ってはいました。けれども、教授になる確率はどう考えても低いため、「なれるわけない」と思い、ある意味、将来への望みを失ってぶらぶらし生きていました。
昼に起きて寝ぼけ眼でご飯を食べ、図書館へ行く。いまのようにネット上の友だちもなく、まったくのひとりだから、誰ともしゃべらない。
その経験がよかったとすれば、常に孤独だったことです。自分を冷静に見るには孤独になる必要があります。
いま難しいのは、本当の孤独を手にすること。孤立した人はいますが、それは孤独とは違います。
だから孤独を見据える上でいまの若い人に言えるとしたら、機会があれば海外へ行ってみて欲しい。
ネット上では、中国や韓国を批判する言説を多く目にしますが、ではそういう人たちが実際に現地に行ったことがあるか。あるいは友だちがいるかといえば疑問です。足を運ぶ、そして理解する。そういう努力をしていない人は知的に貧しい。だからこそ日本以外の視点で自分を、日本を見てみる必要があります。高校生の皆さんには、そういう経験をぜひして欲しいですね。
(注1)
戦前、日本の中国からの租借地であった関東州(遼東半島)の守備、と南満州鉄道附属地の警備を目的とした守備隊を前身とする。後年、独断で満州事変を起こすなど、中央政府のコントロールの効かない存在となった。
(注2)
日露戦争が膨大な戦費を支出したにもかかわらず、賠償金が得られなかったことに憤懣を抱いた国民が1905年9月5日、日比谷公園で集会を行い、その後、交番や新聞社を襲うにいたった。
[文責・尹雄大]

Hideomi Tanaka
田中 秀臣
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科単位取得退学。現在、上武大学ビジネス情報学部教授。専門は経済思想史と日本経済論。主な著者に『雇用大崩壊』(NHK出版)、『不謹慎な経済学』(講談社)、『最後の冬ソナ論』(太田出版)など多数。
<Economics Lovers Live>
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/
【田中 秀臣さんの本】

『雇用大崩壊―失業率10%時代の到来』
(NHK出版)

『不謹慎な経済学』
(講談社)

『最後の『冬ソナ』論』
(太田出版)