

Yasuhiro Nakamura
中村 康弘
1972年神奈川県生まれ。東京農工大学農学部環境資源学科卒業後、大阪府立大学農学部昆虫学研究室に進学。(財)自然環境研究センター、岐阜県立森林文化アカデミーをへて、現NPO法人日本チョウ類保全協会事務局長。
中村 康弘 さん(現NPO法人日本チョウ類保全協会事務局長)
多くのチョウが日本から消え去ろうとしている。日々の生活のやりくりの中で考えなくてはならないことが多い人間にとって、小さな生物の行く末に関心を払うことは少ない。
一方で「自然が大事だ」という声が日増しに高まっている。頭の中に宿った「自然」を大事にしても、小さなものの命を守ることにつながらないのでは、本当のエコロジー意識とはいえないかもしれない。
今回、登場いただくのは、NPO法人日本チョウ類保全協会で事務局長を務める中村康弘さん。なぜチョウを守るのか。ひとりひとりがどのようにして環境問題に取り組むことができるかについて尋ねた。
生物の多様性を守ることだといえば、いちおうの答えにはなりますが、実は、それを簡単に説明することは難しいのです。
近年、生物多様性という言葉が注目されています。かつてなら自然環境の保全、自然保護などと言われていたことです。生物の多様性と聞いて、いったい何を指すかわかりますか?

そうだと思います。生物多様性というのは、さまざまな自然があって、いろんな種類の生物が住んでいるということです。森林や草原だとか細かく見ていけば、それぞれごとに生息する種類が違います。それらが生態系の多様性を生み出しています。
言葉で説明すれば、生物の多様性の大事さを多少はイメージできるかもしれませんが、イメージは多様性の現実そのものではありません。
チョウが240種類いるといっても、多くの人はアゲハチョウやモンシロチョウくらいしか知りません。自然は大事だと思いはしても、自然から人間が離れているから実際を知らないわけです。
240種類のチョウ、それぞれが違った環境を必要とするわけですから、チョウを守ることは大きく見れば、自然を守ることにつながると思います。
例えば、モンシロチョウはキャベツを食べます。アゲハチョウの幼虫はミカンやサンショウを食べます。こうしたチョウが飛んでいれば近くにキャベツ畑があったり、果樹園やサンショウといった樹木があることが分かります。それぞれのチョウは生息環境を代表していますから、チョウの保全は環境の保全につながるといえます。
そうです。生物はそれぞれ特徴をもっています。長い年月をかけて環境に適応し、現在の自然環境にすんでいるのです。
いま国をあげてトキを守ろうとしていますが、トキを守ることは、トキが餌場にしていた水田環境や周囲の山々を守ることになります。つまり、かつて日本にあった里山の環境を取り戻そうという試みにもなります。
私は鳥ではなく、チョウに着目しているわけですが、ひとくちにチョウといっても、それぞれの種類で特色が異なります。
たとえば、草原はかつてであれば、牛馬の餌や敷き藁、茅葺き屋根の茅などを得るために利用されていましたから、草原性のチョウが生息できたのです。
しかし、人間によって草刈りが行われなくなるに従い、一帯は森林へと移りはじめました。そうした変化の中で絶滅しつつあるチョウがいます。専門的な調査を行わないと、なかなかチョウの生息環境を守ることにつながりません。

その質問に答えるのもとても難しいです。正直に言えば、本当に人間が困るのかどうかわかりません。
たとえば、トキがいなくなって何か起きたかといえば、少なくとも佐渡で人間の生活に悪影響があったわけではありません。
生物の絶滅で人が恐れるのは、「人間の生存環境に影響を与えるのではないか?」ということです。
でも、一種類の生物がなくなっても生態系全体に影響を及ぼすことは、現実にはなかなか起こりえない。
オオウラギンヒョウモンというチョウが日本の95%の市町村で絶滅しました。だからといって人間の生存に悪影響を及ぼすから「オオウラギンヒョウモンを守れ」といっても、説得力をもちません。
人間だけが生存していくなら、必要のない種類もあるかもしれません。稲がなくなると日本人は困りますが、道端の雑草がなくなっても困らないように。
しかし、「あらゆる生物には生きる権利がある」という価値観もありえます。
人間が生きるためなら、「ほかのすべてを絶滅させてもいい」というのは、いかにもやり過ぎだと思う感性。倫理的な価値の基礎には、そういうものがあると思います。
人間も自然の一部だからということを、「だから好き勝手にやってもいいんだ」と開き直りに利用する場合もあります。人は自然の一部かもしれませんが、科学技術を発達させ、とても一部とは言い切れない存在になってしまった。環境に対し、傲慢の限りを尽くしているのが現状です。

ある人が「このチョウを守ることが必要だ」といっても、違う考えをもつ人もいます。その違いがもっとも明らかになる場面が開発の現場です。
開発を優先する人は、チョウの生息環境を潰してもいいと考える。関心のない人は、チョウに価値を見いださない。
そういう人が多数であったのが、これまでの世の中でした。民主主義社会では、多数の意見が反映されますから、当然そうなるでしょう。
けれども、そろそろこれまでの社会のあり方を見直して、ひとつひとつの生物に目を向けていく必要があるのではないかと思いますね。
いま、早急に活動をしないとあるチョウがいなくなってしまう場所が全国で200ヵ所ぐらいあります。すぐに全部の環境を復元、維持はできないですから優先順位の高いところから保全活動を行っています。
まず現場に行き、地域の公民館で住民を対象にした説明会を開催したり、行政に説明に行ったりします。貴重なチョウが生息していることを知ってもらって、その保全に協力してもらっています。
活動を始めた頃に比べたら、いまは田舎でも都心でも自然環境を守ろうという気運は高まっているので、私たちの活動に賛同し、ご協力を頂ける方は増えてきています。

財団法人 自然環境研究センターで研究員をしていました。それ以前は大学院でヒョウモンモドキという絶滅の危機にあるチョウの保全の研究をしていました。学部生の頃は、林学を専門にしていて、熱帯雨林の問題などにも関心がありました。この頃は、青年の環境NGOの「A SEED JAPAN」(※バックナンバー参考:http://www.mammo.tv/interview/archives/no090.html)で活動もしていました。
そうした経験で骨身に沁みたのは、研究者であれば具体的な活動は制限されるということです。研究者は研究し、発表につなげる。NGOは物事を動かし、社会を変えるために活動する。NGOでの経験は、いまの活動を行う上でずいぶん役立ったと思います。
具体的にやらなくてはいけない活動が数多くあるのに研究職では片手間にしかできません。だから2004年にチョウを守る団体を立ち上げたわけです。
日本におけるNGOやNPOは、欧米と違ってボランティアに近いような、お金を生み出さない活動と思われています。そうした状況で、十分に保全がなされていないチョウを相手にした活動を行うとしたわけですから、ためらいや不安はありました。
ただ、誰かがやらないといけないと思っていました。どうなるかわからないけれど、とにかく始めたという感じです。
何か問題があったとき、「あいつが悪い」「これが原因だ」と問題点を指摘することまでは誰でもできます。次に必要なのは、自分で変えようと思うこと。
文句を言っている段階では、誰かの責任にしていればいい。自分がやるとなれば、ひとりで全部のことはできないから、できることを選びとらなくてはいけない。
誰でも自分が大切だと感じるものがあるはずです。それを大切にしていくことが、世の中全体をよくしていくことにつながると思います。大切なことは、問題をほかの人の責任にしないことから始まるのではないでしょうか。

「成功しないといけない」という考えに襲われている若い人もいるかもしれません。でも、たとえば社会的、経済的に成功したとされる企業の実態が明るみになると、愕然とすることが最近多いですよね。
人材派遣会社の社長が一時期もてはやされましたが、はたして企業の実態はひどいものでした。お金はいっぱいあるかもしれないけれど、とてもすばらしいとはいえない行為をしていました。
社会の主流のような価値があっても、そこに何かおかしさを感じる人は大勢いると思います。だから、いまの世の中でもてはやされているようなことがあっても、それをただ受け入れるのではなく、「自分の価値観は何か」を比較する中で見ていく必要があるのではないでしょうか。ひとりひとりが考えていくことが大事だと思います。そうでないと、たとえ成功を手に入れても、たんに人を搾取しているだけのことになりかねません。
小さい頃からただチョウを追いかけていただけですよ。ただ、大学で環境の活動に参加しいろんな人と出会い、議論する中で貧困の問題や環境問題を知るようになりました。いろんな問題を知り、なんとかしないといけないと思ったと同時に、自分はすべてを解決できないのもわかりました。
その中でできることは何か。小さい頃からチョウには馴染みがあったから、消えていくチョウをなんとかしたいと思いました。
それぞれ人の能力は違うのだから、それなりにスタンスを決めて、やっていくしかない。やるべきことは、お金の多少に左右されることではないと思います。
自分の活動は広まって欲しいとは思いますが、万人に社会を変える意識をもって欲しいとはいえません。様々な人がいるわけですから。
子どもに「夢をもて」という大人がいます。それが競争社会になんの疑いももたずに参加しろということなら、子どもは大人を反面教師にして欲しい。
夢とは社会のあり方を見つめたり、理想を抱けるような世の中にしたいという方向にあるのではないでしょうか。
これまでの開発一辺倒の考えが見直され、多くの人が自然環境の大切さを感じ始めています。いまやっと時代が変化しつつある。ひとりひとりが理想に向けた模索ができたらいいなと思います。
[文責・尹雄大]

Yasuhiro Nakamura
中村 康弘
1972年 神奈川県生まれ。
東京農工大学農学部環境資源学科卒業後、大阪府立大学農学部昆虫学研究室に進学。(財)自然環境研究センター、岐阜県立森林文化アカデミーをへて、現NPO法人日本チョウ類保全協会事務局長。
【日本チョウ類保全協会HP】
http://japan-inter.net/butterfly-conservation/