

Takao Saito
斎藤 貴男
1958年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。イギリス・バーミンガム大学修士(国際学)。日本工業新聞記者、『プレジデント』編集部、『週刊文春』記者などを経てフリー。主な著書は『機会不平等』(文春文庫)『強いられる死 自殺者三万人超の実相』(角川学芸出版)など多数。
斎藤 貴男 さん(ジャーナリスト)
派遣切りに端を発したという秋葉原で起きた連続殺傷事件。昨年末に吹き荒れた一方的な派遣労働の解約など、労働のあり方が事件や社会不安の背景に強く影響を及ぼしている。方々から聞こえるまともな暮らしと働き方への要望によって、ここ10年あまり進められてきた構造改革と新自由主義の弊害がようやく理解されるようになった。改革に反対するのは抵抗勢力。そんな言葉がシンボリックに語られていた頃から、ジャーナリストの斎藤貴男さんは新自由主義に疑いの目を向けていた。改めて新自由主義とは何であったか。構造改革は日本社会に何をもたらしたのか、についてうかがった。
規制緩和が弱者と強者の格差を広げていくのではないかという感覚は、90年代の前半からありました。レーガン政権のアメリカ、サッチャー政権のイギリスは80年代に新自由主義を標榜、改革を行っており、日本にもその事例は情報として伝わってきていても、実態までは、はっきりとわかりませんでした。
ただ、客室乗務員が派遣に切り替わり出していて、業務内容は正規社員と同じでも待遇が悪くなったため、生活が苦しくなっている。そういう話を90年代前半の日本でも断片的に耳にするようになりました。
私は93年から1年間だけ、イギリスのバーミンガムという都市に留学したのですが、住む部屋を探すため街をまわったら、1キロ四方くらいの範囲なのにまるで雰囲気が違う。きれいな家が並び、安心して住めそうなところがあるかと思えば、見るからに危険でいつ犯罪が起きてもおかしくない不穏な地域がある。それ以前のイギリスを知らないので、いちがいに比較できないにせよ、たしかにサッチャリズムの現実の一端を感じました。

企業の人件費が高くなったため、国際競争力が落ちてしまったことを踏まえ、日経連の報告書は、人件費を抑えるべく、従業員を3つのカテゴリーあるいは階層に分ける方策を提案しています。ひとつは「長期能力蓄積型」、次に「高度専門能力活用型」、最後が「雇用柔軟型」です。
そうです。企業が雇いたいときに雇い、クビにしたいときにクビにできる従業員です。
私は構造改革を全否定する気はありません。考え方としてはありえると思うし、終身雇用に戻せという考えでもありません。実際、戻せるはずもない。企業経営が立ち行かないから改革が必要というのはわかる。その方便として労働の非正規化も選択肢としてはありえるでしょう。
しかし、そういう施策を進める人の思想や発想がまっとうなら、という前提があってのことです。

新自由主義の真の姿をはっきりと見た思いがしたのは、教育改革について取材をしたときです。構造改革を進める人たちの根底にあるのは、恵まれた環境に生まれ育った自覚の伴わない、異常な選民意識とそこからくる差別意識でした。
たとえば教育課程審議会の元会長だった三浦朱門氏は、私の取材に対して「できん者はできんままで結構」。「限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです」と言い放ってくれました。物理学者の江崎玲於奈氏は「ある種の能力の備わっていない者が、いくらやってもねえ。いずれは就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの子供の遺伝情報に見合った教育をしていく形になっていきますよ」といい、その内容は優生学そのものです。
私が彼らともともと懇意だったとか、インタビューの名手で普通だったら聞けない話を引き出したというのならいいけれど、初めて会った人間に、いとも平然とそういうことを口にするわけです。これまでのエリート層と違ってきているなと思いました。
いつの時代もエリート層は選民意識をもっていたろうし、彼らのインナーサークルでは、それこそが一般的な考えだった。ただ、最低限の嗜みとして、人としてあまり乱暴なことはいわなかった。
たとえば、大学卒業後、私は日本工業新聞に入り、鉄鋼業界を担当する記者になりましたが、業界に特化した新聞のため、ふつうの新聞社ならそれなりの実績がないと会えない新日鉄や日本鋼管の社長に取材することができました。
彼らは強烈なエリート意識の持ち主でしたが、対極に学力が低いとか勉強する気が人がいたとしても、それは当人だけのせいではなく、社会階層や家庭環境の要因もある。そういうことを知っていました。
私は若造だったから、何よりもまず彼らのエリート意識に反発を感じたのですが、教えられること少なくなかった。とにかくエリートは鼻持ちならない奴だと一方的に決めつけられない要素をもっていました。
けれど、教育改革を進める人たちには、自分たちと違った環境で生きている人への頓着がいっさいなかった。強い立場の人があまり威張ってはいけないなど、子どもでもわかる話なのにね。

はい。教育改革に努める人たちに共通して尋ねたのは、「親がリストラされ、教育どころではない家庭に酷な方針ではないか」でした。
それに対し、ふたつの答を想定していて、ひとつは「壊そうとしているのは、結果の悪平等であって、機会の平等ではない。だから心配するな」。
もうひとつは、「教育機会の均等なんて知ったことか」という暴言の類。蓋を開ければ、全員が後者を回答しました。「そもそもみんなが大学へ行く必要などないから、教育改革によって早い段階で選別したほうが、勉強できない人にとって幸せだ」というわけです。
向いていない勉強を子どもにさせるのは、社会の生産性を阻害する。早い段階で分を弁えさせるべきという発想です。一般論としてはありえても、一人ひとりが強制されなければならない義理などあってたまるものですか。ここに新自由主義の本質を見ました。
90年代までの日本社会を象徴する言葉に「一億総中流」というのがありました。総中流といっても、女性は男性の補助的な仕事しかできなかったり、部落差別や在日朝鮮人への差別もありましたから、現実は問題だらけです。しかし、高度成長とそれに続いたバブル経済によって社会全体にお金がまわり、あらゆる階層にとっての恩恵がそれなりにあったことも確かでしょう。
バブルが崩壊し、構造改革を進めなければならなくなったときに起きた問題は、指導的立場の人たちの多くが企業社会のみで育った人だということです。
どこまでいっても企業の論理や組織人の発想から抜け出せない。そのため極論かもしれませんが、企業や組織の論理が社会のすべてだと思えてしまう。人間の尊厳への関心が欠落しているのではないかと思います。

とんでもない。私も40歳になるくらいまでは、真剣に考えたことなどありません。新聞社を辞めてからは、週刊誌の記者をしていたこともあって、世の中の問題よりも、目前の事件など、与えられた仕事で手いっぱいでした。
ただ、新自由主義の問題に出会ってから、それなりに考えるようにはなりました。その経験の中で思い返すようになったのは、自分の生育環境ですね。
親父はシベリア帰り(注1)で、戦争が終わって11年目の1956年の末に帰国しました。しかも私たち家族が住んでいた家は、池袋のサンシャイン60、つまりかつての巣鴨プリズン(注2)のごくが近くにあったんです。
池袋は闇市の代表的な町で、駅前には傷痍軍人がいつも立っていましたし、同じ世代の人より戦争を背負い、戦争の痕を見る家庭で育ったといえます。それだけに親父は戦争について口をつぐんだ。シベリアの前は満州で関東軍の特務機関にいたというから、悪いことをしていたのかもしれません。あまりしゃべりたくないんだろうなと子ども心に思っていました。
親父は高等小学校しか出ておらず、鉄屑屋を営んでいました。朝鮮戦争のときに同じ仕事をしている人は、特需で大儲けしたそうですが、親父がシベリアから戻ってきたときは、朝鮮戦争も終わり、業界の秩序もできあがって、社会的、経済的に上昇する余地もなくなっていた。
教育改革を進める人たちに話を聞いている時、そういう親父の人生やうちのような家庭は、見向きもされていない。それどころか、ただ単に利用し奉仕させるだけの対象として見られているんだなと思いました。
心の襞や心情に陰影がないほうが、ある意味では強いからでしょう。たとえば、安倍前首相や麻生首相、石原慎太郎東京都知事らの発言からうかがえるのは、「俺と国家は同じで、俺の日本が潤うために犠牲者が生まれることは当たり前だ」という発想です。それを疑っていないのだから、「間違っている」と指摘しても通じない。人間としての最後の最後には脆い人達に違いないと信じたいのですが、そこで何も考えていない人、他者に対する想像力が決定的に欠けている人=リーダーシップがある人なのだと思う人が現れてもおかしくない。
そんな人に同調し、弱肉強食だの優勝劣敗だのというのであれば、理屈をもって理解を求めるのは大事だけど、時と場合によっては、暴力をふるってもいいんじゃないかとさえ思いたくなってしまいます。なぜなら、彼らの理屈は「勝ったほうが偉い」のだから。
動物の優勝劣敗は、個の肉体の闘争のみで、家柄なんか関係ない。人間の世界で優勝劣敗をいう人は、本当の個人の実力で勝負していない。
新自由主義というものは、所詮一部の人間にとって都合のいいだけの、獣にも劣る発想です。唾棄すべきものでしかないと思います。

私は鉄屑屋という社会的には下層の家庭で生まれたので、昔は「高い階層にのし上がりたい」という気持ちもあり、一流企業のサラリーマンになってみたいとも思いました。
かといって、勤め人の家庭ではないから、誰かの部下で、指示を受けて仕事をしている自分の姿を想像できなかった。どんな分野でもいいから独立したいという気持ちが最終的には強かったからフリーランスになったのだと思います。
高校生のみなさんに無責任なことは言えないけれど、いまの時代に全員が安定して生きていくことは無理だと思います。これは一歩間違えると新自由主義の考え方とどこがどう違うのかわからなくなってくるのですが、やりたいことを見つけて徹底的に努力しないとつらい人生になるかもしれない。ただ、私の考えが新自由主義と決定的に違うのは、雇われることが努力の向かう先ではないということ。
いまの学校教育の目標はエンプロイアビリティの涵養でしかありません。つまり、いかに雇われやすい人間になるか、なれるのか。
食えなければ始まらないのも現実なので、その考えのすべてを否定するわけにはいきません。でも、いかに安く文句を言わず使役されるかを目指すのは、やはり悲しすぎる。
全般的にキャリア教育というものは気に食わないけれど、キャリア教育を施されるのではなく、自分で築いていく必要はあるでしょう。
どのみちイバラの人生ならば、せめて自由に、面白い人生を目指す生き方だってあるのだということです。独立独歩の生き方は厳しい。割にあわないこともあるけれど、生き方として一考の余地があると思いますよ。
(注1)
第二次世界大戦末、ソビエト連邦軍が満州に侵攻。日本人捕虜をシベリアに抑留、強制労働に使役した。シベリア帰りとは、抑留から帰国した人を指す。
(注2)
戦後、GHQによって接収、極東国際軍事裁判の被告人とされた戦争犯罪人が収容された。東條英機ら戦犯の死刑が執行されたことで知られる。
[文責・尹雄大]

Takao Saito
斎藤 貴男
1958年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。イギリス・バーミンガム大学修士(国際学MA)。日本工業新聞記者、『プレジデント』編集部、『週刊文春』記者などを経てフリー。主な著書に『カルト資本主義』(文藝春秋)、『機会不平等』(文春文庫)、『石原慎太郎よ、退場せよ!』(共著・洋泉社新書y)、『強いられる死:自殺者三万人超の実相』(角川学芸出版)など多数。
【斎藤 貴男さんの本】

『機会不平等』
(文春文庫)

『石原慎太郎よ、退場せよ!』
(洋泉社新書y)

『強いられる死:自殺者三万人超の実相』
(角川学芸出版)