

Izuru Sugawara
菅原 出
1969年、東京都生まれ。中央大学法学部政治学科卒。97年、アムステル大学政治社会学部国際関係学科卒。東京財団リサーチフェローを経て、現在は国際政治アナリスト。
菅原 出 さん(国際ジャーナリスト)
イラク戦争の開戦前、「イラクは大量破壊兵器、生物・化学兵器を保有し、核開発を行っている」といった情報を、私たちはアメリカのメディア経由で、繰り返し聞かされた。
しかし、戦後、それらがまったくの間違いであることが明らかになった。「イラクはアルカイダのテロリストを支援している」。そんな情報も飛び交ったが、これもまた事実無根であることが分かっている。
「対テロ戦争」の名の下に遂行された戦争には、それを正当化する根拠がまったくなかったのだ。アメリカはなぜ正当性のない戦いに走ったのか。
ありもしないイラク脅威の情報を吹き込み続けた人物がアメリカを戦争に導いたという。その男の名は、アフマド・チャラビ。
国際ジャーナリストの菅原出さんは、『戦争詐欺師』を出版。その中でアフマド・チャラビをはじめ、アメリカをイラク戦争に駆り立てた派とそれを阻止する派の凄まじい暗闘を描いた。
自衛隊がイラクに派兵されるなど、イラク問題は日本とも縁が深い。今一度、あの戦争は何だったのかを検証してみたい。
アメリカ社会で伝統的に力をもっていたのは、白人のアングロサクソン系でプロテスタントだった「WASP」と呼ばれる人たちです。
ただ、アメリカはそもそも移民で成り立っていますから、いろんな国から人がやってきます。そうした歴史の中で、ドイツにナチス政権が誕生した第二次世界大戦前の頃から、迫害を避けるためにユダヤ系の移民がヨーロッパからたくさん移住しました。
彼らは育った国において、知識階級に属する人も多かったため、アメリカの知識社会でも重要な地位を占めるようになりました。その中の一部やその第二世代の知識人の中からネオコンと呼ばれる知識人たちが出てきました。

ネオコンがすべてユダヤ人というわけではありませんが、ネオコンの思想にナチスによるユダヤ人虐殺の経験は大きな影響を与えています。ホロコーストを体験した人なら、ヒトラーのような独裁者が現れたなら、強い力をもった国家に介入して助けて欲しいと思うのは、当然のことだと思います。
そのような経験を背景にして、ネオコンは、「人権を迫害し、少数民族を弾圧しているような国家に対してアメリカは積極的に介入すべきだ」という理論をつくりあげていきます。
それが正義感の強いアメリカ人の一部に受け入れられ、外交・安全保障の世界の一つの流れになっていきました。
こうした考え方は昔からあったのですが、アメリカとソ連が対峙する冷戦が終わったことが、彼らにより積極的に作用しました。
冷戦終了により、超大国と呼ばれる国家はアメリカ一国になり、さらに旧ソ連圏の国々に民族紛争や独立闘争が増えてきたことで、ネオコン派は考えます。「アメリカは世界にもっと民主主義と自由経済を広めるべきだ。人権弾圧している国に積極的に介入すべきだ」。そのネオコン派が政権の中枢に躍り出たのが、ブッシュ政権だったのです。
1979年にイラクの隣国のイランで革命が起き、国王が追放され、イスラムを国教とする国家になりました。それまでイランはアメリカの中東における最大のパートナー=同盟国でした。ところがそのイランが一夜にして反米の最右翼の国家になってしまった。
80年にサダム・フセイン率いるイラクがイランに戦争を仕掛けますが、イランを潰す絶好の機会だと思ったアメリカはイラクを積極的に支援し、イラクが化学兵器を使用しても抗議しませんでした。
88年にイラン・イラク戦争が終結しますが、イラクは戦争にあたって膨大な負債を抱えた。
イラクとしては、クウェートやサウジアラビアなどのアラブ諸国を代表してイランと戦ったという考えがあったにもかかわらず、イラクの戦後復興にクウェートはフセインが望むような支援をしなかった。そこでクウェートを侵攻した。

イラクがクウェートを越え、サウジアラビアまで侵攻したら、世界の石油の大部分をイラクが握ってしまう。その危険性から、アメリカはこれまで友好関係にあったイラクを叩くことになったわけです。
湾岸戦争は後のイラク戦争につながる人物の発言力を増すきっかけをつくりました。それが亡命イラク人のアフマド・チャラビです。
反フセインを掲げる亡命イラク人の組織「イラク国民会議」の指導者です。彼はイラクの裕福な家庭に生まれましたが、革命により国外に亡命。ヨルダンで銀行を経営するなど、ビジネスマンとして生きていました。
しかし、銀行業務の不正疑惑からヨルダンを追われてロンドンに亡命しました。その頃から、おそらく政治運動を新しいビジネスと考え、携わるようになったのでしょう。
特に湾岸戦争を境に、反フセイン活動を組織することでCIA(アメリカ中央情報局)から資金を得られるようになると、それを自分の生きる糧にするようになりました。
つまり、反イラク政府活動が92年頃からチャラビのライフワークになったというわけです。そこでチャラビは、「すべてのテロの背後にフセインがいる」「イラクには秘密のテロリスト訓練所がある」「大量破壊兵器を保有している」といったイラクの危険さをワシントンに向けて訴えた。ワシントンには彼のメッセージに共鳴する政治家や戦略家たちが数多く現れ、ブッシュ政権が誕生すると、このグループのメンバーの多くが政府の要職に就きました。こうしてイラク戦争にいたる道筋がつけられたというわけです。
だからこそ詐欺師なんです。元国務副長官のアーミテージは、イラク戦争をめぐってはチャラビと敵対したのですが、97年頃までは彼を支持していた。私はインタビューの際、アーミテージに「なぜ支持したのか?」と尋ねたら、「イラクの民主化をはじめ、話の内容に非常に説得力があり、“こいつならイラクを民主化できるんじゃないか”と思った」と答えました。
また、チャラビを知っている外交官や元外交官も口を揃えて「彼はチャーミングで話がうまい。応援したくなる」と言いましたから、騙すことに関して天才なのでしょう。
特にマスコミがよく騙され、「イラク大量破壊兵器疑惑」報道をたくさん流した。するとブッシュ政権高官たちが、それを引用して発言をする。政治家たちが報道を信じて「イラクを攻撃する」と決めてしまうと、結局、情報機関もそれに流されて、そうした政策の裏づけとなるような「インテリジェンス」を作成することになるのです。
チャラビやネオコンからすれば、「はやくイラクを叩けばいいのに」という思いがあったでしょう。彼らにとってアフガン戦争が喜ばしいとしたら、アメリカが軍事力を行使したという事実です。一国が軍事行動を取るのは、そう簡単なものではありませんから。

アフガン戦争に関しては、国際的な正当性があったと言えるでしょう。9.11を起こしたアルカイダがアフガンにいるなら、そのテロ集団を匿うアフガンを攻撃するのも仕方ないという理屈です。
実際に「アルカイダには手を焼いている」国が世界中にたくさんありました。国連の常任理事国である中国は新疆ウイグル族自治区に、ロシアはチェチェンに独立を求めるイスラム過激派勢力を抱えており、これらの組織はアルカイダとつながりがあった。だから中国もロシアもアルカイダを叩くことには反対しない。イランもシリアも同様に反アルカイダだった。だからアフガンでは国際的な連合がつくれたのです。
けれどイラクは、9.11のテロとまったく関係がない。イラク戦争には、他国にとっては支持する大義名分がありません。
アフガン戦争を主導したのはCIAや国務省で、彼らはアルカイダに焦点を絞った戦いを望み、ターゲットを限定することで多くの国の協力を得ました。
イラク戦争は、それとは根本的に違って、ネオコン派や国防総省が「イラクを攻撃する」という政治目標を実現するための戦争でした。当然そういう戦争に同調できる国は限られてきます。
そこで国防総省は独自に情報を収集、分析して、イラクとアルカイダのつながりを示す「証拠」とされ、政策に結び付けられました。
この過程で信憑性の低い情報を提供したのがチャラビのようなイラクと戦争させたがっていた人たちだったのです。
ブッシュ前大統領のお父さん(第41代大統領)が湾岸戦争でフセインを倒さなかったのは、軍事的に封じ込めれば済むと思ったからです。本当に打倒してしまったら権力の空白ができ、国内秩序が崩壊してしまうことを恐れた。そういう現実的な判断からフセイン政権を延命させたのです。
ネオコンはイラクのような「ならずもの国家」などは先制攻撃してでも潰すべきだと考え、戦争を遂行したものの、戦後にイラクという国を統治する考えは毛頭なかった。フセインを倒したら、チャラビに引き継がせればいい。それだけです。
戦後の統治に莫大な費用と人材、エネルギーをかけることなく、「スモール・イズ・ビューティフル」でアメリカは撤退し、亡命イラク人に権力を移譲すればいいと考えていた。
アーミテージは「あいつらは戦争を知らないから、ああいうことをしたんだ」と言っていました。

だからといて、彼らが反省していると思ったら大間違いで、悪いことをしたなどと思っていません。CIAや国務省の横槍で、自分たちのやり方を最後まで貫けなかったから、うまくいかなかっただけであるといまだに言っています。いまは政治力を失っていますが、今後盛りかえす可能性は十分あるでしょう。
中東政策では、これまでイスラエルを無条件に支持していましたが、オバマ大統領はイスラエルに強硬姿勢をとっています。彼がやろうとしているのはバランスを取り戻すこと。イスラエル一辺倒からアラブ諸国との均衡をとろうとしています。
もともと北朝鮮への優先順位は高くありませんでした。だからこそ北朝鮮は危機をエスカレートさせてアメリカを交渉に引き込もうとしています。アメリカもそれをわかっているからまともに相手にしていない。
ジョーンズ国家安全保障問題担当大統領補佐官が北朝鮮問題について、ロシアとの関係によって対処することを強調しています。アメリカ一国ではなく六ヶ国協議、特にロシアと協力し、核兵器や兵器に転用可能な核関連物資の新しい管理体制をつくろうとしています。
核燃料、核廃棄物の国際的な管理システムを構築することによって圧力をかけていくスタンスです。万が一のときの緊急事態に対する準備は整えますが、それは戦争の準備などではなく、ブッシュ政権のときのような軍事力を使った脅しでもない。

いいえ、以前は教師になろうと思っていました。けれど、大学1年のときにテレビを通じ、ベルリンの壁の崩壊や湾岸戦争などを目撃したことで、ダイナミックな現実と比べ、所属している国際政治学の講義をつまらなく感じました。
その頃、国際問題のジャーナリストの講演会にいったことをきっかけに、その方と個人的なつながりを持ち、情報分析の方法を勉強するようになりました。そういう経緯で国際政治に興味を覚えましたが、特に国際情勢の舞台裏でどういう権力闘争があったかに関心があります。
たとえば「あの人は秘密結社に入っている」といった話を好む人がいますね。その手の話に限らず、背景のわからない事柄を手軽に説明する上で、陰謀論は便利なツールです。
でも、現実はそんな単純なものではないし、リアリティは経験しないとわからないものです。
妄想と現実は違う。インターネットだけで分析する人は、どうしても自分の仮説、妄想に偏りがちで、現実とのギャップがでてきます。それを修正するには現場にいくしかない。
私が取材でワシントンに行ったりするのは、とてつもない新しい情報が得られるからではありません。すでに出ている話やだいたいどこかで聞いた話しか得られないときもある。
しかし、実際に政策の現場の人たちと会って話をすることで、自分が想像していたことと現実の違いを肌で感じる。そうすることで自分の想像とリアリティの間の距離を縮めていくのです。これをやらないと、仮説や想像がどんどん肥大化して妄想になってしまいます。
私は大学卒業後、オランダに留学したのですが、オランダ語を勉強しないとビザがとれず、しかも1年以内に国家検定試験に合格することが条件だった。いま思えば、相当厳しい条件でしたが、「無理だ」なんて決して思わず、寝る時間を惜しんでただひたすら取り組みました。
「よし、やるぞ!」と思った時点で、可能性が開ける。「あー、この条件じゃ無理だ」と最初に思っていたら、きっと試験には受かっていなかったでしょう。これは何についてもいえるんじゃないでしょうか。
ある意味、いまの時代はチャンスも多いと思います。確かに金融ショックで未曾有の不況です。でも、インチキな商売がもうできないことが明らかになったのだから、長期的にはいいことでもあるのです。
「こんな時代だから、不況だから、あれは無理だろう、これくらいにしておこう」などと思わないことです。「無理」と思ったら可能性はなくなります。
こういう時代だからこそ、目先の利益にとらわれないで思いっきり好きなことに取り組む姿勢が大事なんだと思います。
[文責・尹雄大]

Izuru Sugawara
菅原 出
1969年、東京都生まれ。獨協高校、中央大学法学部政治学科卒。93年よりオランダ留学。97年、アムステル大学政治社会学部国際関係学科卒。東京財団リサーチフェローを経て、現在は国際政治アナリスト。主な著書に『戦争詐欺師』(講談社)、『外注される戦争 民間軍事会社の正体』(草思社)、『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』(草思社)など。
【菅原 出さんの本】

『戦争詐欺師』
(講談社)

『外注される戦争:民間軍事会社の正体』
(草思社)

『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』
(草思社)