

Seiichi Kitayama
北山 晴一
1944年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程満期退学。パリ第3大学専任講師などを経て、89年から立教大学教授。主な著書に『官能論』(講談社)、『衣服は肉体になにを与えたか』(朝日新聞社)、『世界の食文化16フランス』(農文協)など多数。
北山 晴一 さん(立教大学教授)
たとえば派遣労働が貧困問題と結びついていることが多くの人に認識されるまで、劣悪な労働も自己責任の文脈で理解されていた。
いわば「やる気」の問題で、決して社会構造の歪みとして把握されることはなかった。全体を見渡す視点を探る努力を放棄したとき、もっとも簡単なのは、個人に責めを帰することだ。そうして私たちは互いを分断し、孤立に陥り、不安に怯えている。
だが、わざわざ自らの生を否定する考えや仕組みに加担する必要はないはずだ。互いが幸せでいられる社会をつくる上で、本当に個人が負うべき責とは何だろうか。
日本社会にある思考のひとつに、「社会を変えるためには、ひとりひとりが生き方を変える必要がある」というものがあります。それはひとつの真理ではあるけれど、その一方で、「社会を変えないと、ひとりひとりの生き方は変わらない」というのも真実なのです。
たとえば、大学院で育児問題やワークライフバランスを研究している学生がいます。望ましい解決法を探しているけれど、個別の解決の仕方を探っても解決にならず、全体の枠組みをどうにかしない限り、変わらないことがわかったといいます。

そうです。働き方が幸福感と大いに関係していると思いますが、そのうえで日本経済の特徴を挙げると、中小企業が経済基盤を支えているということです。
中小企業は少人数経営が多数を占め、人員に余裕がありません。
だから社員に子どもができて産休や育休を取ろうとすると、ほかの人に負担がかかるため、辞めさせて新しい人を雇おうとする。
そういうことでは少子化が進むと頭でわかっている人でも、いざ現場で突き付けられると、子どもができたことを「困ったことだ」ととらえた反応をしてしまう。これは個人の努力でなく、働き方の仕組みを考えないと改善できない問題です。
そうは思いません。なぜなら、たまたま消費が落ち込んでいるだけで、私たちが消費の論理の中に完全に組み込まれている事態に変わりはなく、そこから抜けられないからです。
私たちの買う商品のほとんどは規格化されていますが、少しでも差があるモノに価値を見出し、それを買うことで満足を得ます。人と違う存在でありたいが、完全に違ってしまうと評価の対象外になるから、少しの差を競う。これが消費の論理です。
この論理から完全に自由になることは限りなく困難です。しかし、容易に変わらない構造だということを理解して初めて対策を講じることができます。
自助努力だとか個人の生き方のレベルだけで物事を考えていては、社会がどういう枠組みを形成しているのかわからないままです。
消費は冷え込んでいても、たえず別の価値の消費において、私たちは差異化されています。そうした世の中であることを認識しないといけないと思います。
それに相変わらず経済の再浮上を狙う人たちは、人と差別化できるものを「いかに買わせるか」を目論んでいますが、当然これは従来通りの消費の論理を強化するほうに向かいます。

営利目的でないビジネスの台頭です。ソーシャルビジネスと呼ばれる形態は、サブプライムローンの破綻に代表される投機的な経済ではありません。いい例がバングラデシュのグラミン銀行が始めたマイクロクレジットです。(注1)
ソーシャルビジネスの発想は、たんなる経済発展を考えるのではなく、経済の仕組みそのものをいまと違ったものにしようとしています。社会の仕組みを考えながら自分の暮らしも立てて、人の暮らしの改善にもつなげる。ぜひ発展してほしい動きです。
現状のビジネスで求められるコミュニケーションは、効率よく自分の意思伝達を行うことだと思いますが、そこでは、効率よく伝えられないものの存在が忘れられています。
コミュニケーションは「伝えるべき情報」があって、それを伝えるということだけではないはずです。
自分がどういう人間であるかをいくらかでも伝えようと試みようとすれば、ときに非効率的なものにならざるをえない。
利潤だけを追求する企業論理に則った情報を伝えようとすれば、ムダな情報は省かれますが、一見ムダと思われている中に、人の生き方として大事なものが詰まっているのです
コミュニケーションは、それなりの時間の積み重なりの中で深みや厚みが生まれるのだと思います。
それらは限定された時間の中で考えたらノイズですが、そう思う限り、ノイズの中にあるいいところは見えてこない。
たとえば、文章もそうです。句読点や「てにをは」の使い方を間違えている学生がいました。けれど「この人の息づかいが、この句読点の区切りをもたらしているのだな」と気付いたとき、整序された文章にはない意味が理解できるようになりました。
これまでの教育の中で彼はまったく評価されてこなかった。でも、彼は自分の文章の質がわかったことで、いわゆるスタンダードな文章も書けるようになりました。

15年くらいフランスで暮らし、日本社会を外から見るようになったせいでしょう。フランスでは異邦人でしたが、帰国してからは、常識を理解しても違う言い方をしたので、変人扱いです。
フランスの生活で、精神的に不安定になったことがあります。「自分は何者なんだろう」と考え続けていました。自分を認めてくれる人が周囲に誰もいないため、考えることでよけいに不安になりました。
けれど、「いま・ここ」にいる自分が自分であって、どこかに「あるべき自分」がいるわけではない。それがわかったとき不安から解放されました。
そのころは「そんなこと研究してどうなるの?」と言われるような、食やファッションといったテーマを図書館にこもって調べていました。いまでこそアカデミックな研究対象ですが、当時は社会学や哲学の扱わない領域でした。でも、自分のしたいことをやっていく中で喜びが得られました。
また「いま・ここ」にいる自分しかいないのだけれど、「誰かがどこかで自分を見ている」という感覚も得られたように思います。
いまの世の中、多くの人は「自分が孤独だ」と感じているでしょう。それは「誰かが見てくれている」ということがわからなくなっているからです。
いつ出会うかもわからず、特定できず、前もって具体的に確認できる存在ではありません。しかし、人生において、自分の知らないところで自分を見ていてくれる人がいて、そういう人と突然出会います。
蔦森樹さんというジェンダーの研究者がいます。蔦森さんは『男でもなく女でもなく』という自伝を書かれました。いまより許容度のない時代に性別を越える生き方を選択された。
私は蔦森さんの本の解説を書いたことがありますが、そこで「どんなに孤独な状況にあると自分で思い込んでいるときにも、実はどこかであなたを助けてくれる友人が待っていることを、われわれが多くの友人に助けられて生きていることを教えてくれる作品」だと書きました。
こういうことを書いたのは、蔦森さんが多くの人々の支えの中で生きてこられたことを知ったからです。
たとえば生命倫理学の第一人者である星野一正さんがある場所で、蔦森さんについてこう紹介しました。「ここにいる蔦森さんは私のとても大切な友人です」。
星野さんはあるとき蔦森さんのことを知り、本を読み、交流をもつようになった。蔦森さんの倍以上の年齢ですが、とても敬意を払っていました。
また、そのほかに例を挙げるなら01年、新大久保駅で起きた事件です。男性がホームから転落した際、韓国人の留学生とカメラマンの男性が飛び下りて助けようとし、轢かれました。人は効率だとか損得で動いているのではない。そのことを人々にわからせてくれました。
自分を助けてくれようとする人が前触れなく人生で現れるのです。それが人が生きているということの証かもしれません。
ムダと思えるようなおしゃべりをしたり、利害関係のない付き合いをすることだと思います。ボランティアでもサークルでもいいですが、特に金儲け以外の活動をすることが大事ではないでしょうか。
ただし、そういう活動では、金儲けにつきまとう利害損得の問題はクリアーされても、立身出世といった名誉や地位をほしがる人との軋轢は避けて通れません。
けれど、活動に関わる人たちが、本来の目的を改めて理解し、立身出世以外の価値が大事だと思えば、変わってくると思います。
そのとき大事なのは、互いの意見が違えば、相手を敵のように思いがちですが、それぞれの意見や立場は異なっても、共通の目的があることを理解すること。
違いを際立たせるのではなく、共有できる価値を認識すれば、考えが違っても手を携えられます。

そうだと思います。「自分はふだん認められていない。だから不幸だ」という感覚があるのでしょう。そこで承認欲求が現れ、人の足を引っ張ろうとする。
「自分を認めてくれている」という感覚があることがやはり重要になってきますね。
人が認められるにあたって、本当に必要なのは、たんなる言葉による評価ではありません。言葉以外の身体的な感覚として、信頼感が得られたかどうかが重要です。
子どもの頃はナルシズムのような「世の中にいるのは自分だけ」と思える時期があります。
それが続くと問題ですが、自分に対する無条件の肯定を通じ、信頼が醸成される経験は、人の成長にとって欠かせないと思います。
そうすれば、大人になってから、たとえ棘のある言葉を他人から投げかけられても、受け入れたり、棘をなくしていく余裕が生まれるのだと思います。
[文責・尹雄大]

(注1)
1983年に創設されたグラミン銀行が導入したサービス。貧困層を対象にした無担保融資の事業で、当初は融資対象を女性に限定。また5人を1組としたグループ編成は、女性のつながりの薄かったバングラデシュ社会に相互扶助の働きをもたらし、貧困層の生活向上に確実に寄与した。無担保でありながら貸し倒れ率2%と極めて低いところも注視されており、現在では、先進国がマイクロクレジットを取り入れるなど、世界的に影響を与えているシステムである。
北山 晴一Seiichi Kitayama
1944年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程満期退学。パリ第3大学専任講師などを経て、89年から立教大学教授。主な著書に『官能論』(講談社)、『衣服は肉体になにを与えたか』(朝日新聞社)、『世界の食文化16フランス』(農文協)など多数。
【北山 晴一さんの本】

『衣服は肉体になにを与えたか』
(朝日選書)

『世界の食文化16フランス』
(農文協)