

Mica Kobayashi
小林 美佳
東京都出身。大学卒業後、司法書士事務所、弁護士会に就職。司法書士事務所に勤務していた2000年8月、性犯罪被害に巻き込まれる。その経験を踏まえ、性犯罪被害者自助グループ運営に携わっている。
小林 美佳 さん(性犯罪被害者支援活動「みかつき」)
たとえば、私たちは長らく「いたずら」や「痴漢」という言い方をすることで、性犯罪の加害性をまともに扱うことを避けてきたのではないだろうか。そのことで、被害者を人知れず苦しむという孤独に追いやってきたのかもしれない。
性犯罪は、加害者がまず弾劾されるべきなのに、なぜか被害者が問題にされがちだ。曰く「挑発的な服装をしていた」「隙があった」と。さらには「誰にも話してはいけない」と、たしなめさえする。まるで悪いのは被害者であるかのように。
小林美佳さんは2000年8月、帰宅途中に道案内を装った男ふたりに性的暴行を受けた。事件から8年、小林さんは顔と名前を公表し、事件の顛末を語りだした。
出版直後から同様の被害を受けた人からのメールが続々と寄せられ、その数は1000人にのぼるという。反響の大きさは、他人事と思っている事件は、実は私たちが知らないだけなのかもしれないことを示唆しているようだ。
いったい性的犯罪とは、どういう経験を被害者に強いるのか。小林さんが尊厳を取り戻すまでの道のりとともに尋ねた。
まず、驚いたのは1年足らずで約1000人の方から感想をはじめとしたメールをいただいたことです。しかも、その大半が被害経験を持っていました。改めて「こんなに同じ経験をした人がいるのだな」と考えさせられました。
当初、誹謗中傷や嫌がらせを危惧していたのですが、まったくなかったので、意外と世の中は温かいのかもしれないとも思いました。

連絡をいただいた方は、中学生から60歳までと幅広いですが、被害に遭った年代でいうと10代が圧倒的に多い。一般的かどうかはわかりませんが、私に寄せられたメールから受けた印象では、中学生だと身内や近隣、高校生だと見知らぬ人というところが傾向として見られます。
はい。いただいたメールのうち8割を占めているのが、「初めて他人に明かした」という内容です。あとは親や友人といった近しい人に話してみたけれど、そこで受け入れて貰えなかったから、それからいっさい口を閉ざしているというケースが多いです。
話を聞いて欲しくて口を開いたのに、「誰にも言ってはいけない」というようなことを言われた経験のことです。
「誰にも言ってはいけない」ような「恥ずかしいこと」をしたのは、「自分が悪い」からだ。そういうふうに思って、自責の念を強めていく被害者が多いのです。
なぜでしょう。私にもはっきりとわかりません。わからないけれど、被害に遭った直後から「恥ずかしい」「誰にも言えない」と思ってしまいました。
なぜそう思ったのかと尋ねられると、力で人を征服しようとする加害者の気持ちが植え込まれたせいかもしれません。
あるいは、隠すことや我慢することを美徳とする社会の規範が、被害者の葛藤を招くのかもしれません。
少なくとも「恥ずかしいから言うのをやめなさい」と周りが言えば、やはり自分の被ったことは「恥ずべきことなんだ」と自然に思わされるのではないでしょうか。被害者のそうした心理を見越して、犯罪を繰り返す加害者もいます。

事件から2週間後くらい経って、母に事実を話そうとしたけれど、「襲われたけれど何もなかった。逃げてきた」となぜか嘘をついてしまいました。そのとき母は「よかったじゃない」と答えました。
本当のことを話せるまで何か月もかかったのは、自分の身に起きたことを認めたくないし、認められなかったからです。フラッシュバックが起こって眠れなかったり、体が硬直したりするような症状が続いていました。
様子がおかしいことは、親もわかっていたと思います。ただ事件から4か月ほど経った正月にもなると、表面的には大丈夫になったように見えたから、母はもう娘は平気だと思っていたかもしれません。
だから、神社の境内を歩いているときに私が事実を話したら、母はすごく怒りました。そして、「もう聞かない」といって足早に私から離れ、普段はお酒を飲まない人なのに、甘酒を買って飲み始めました。
当時、私が嘘をついたから、いちばんに打ち明けなかったから母は怒ったのだと思いました。
ええ、母だからわかってくれると思っていて、その期待と逆のことを言われたので、打ちのめされました。当時は恋人がいたからまだよかった。信頼できる人がひとりもいないと死を選ぶ人もいます。
でも、おそらく母としては、娘が嫌な目に遭ったことを受け入れられなかったから、パニックになったのだと思います。
これまで性犯罪の被害について誰かに打ち明けられたことがないから、どうしていいかわからなかったのでしょう。
まず母について言えば、私がいまのように事実を公表するようになってから理解してくれるようになり、仲良くなりましたし、「嫌な目に遭ってない?」と尋ねてくれ、ちゃんと心配していることを伝えてくれるようになりました。
私の場合、「自分に非はない」と確信の持てる事件だったので、比較的回復が早かったのかもしれません。道を尋ねられたから教えようとした。そうしたら車に連れ込まれ、被害を受けた。
確かに事件からしばらくは、「私が道を教えたのがいけなかった」「人を信じたのがいけなかった」と思っていましたが、どう考えても、やっぱり自分は悪くない。それなのに「隠さないといけない」と言われる。
周囲に「私は悪いのか」と相談して回った時期があるのですが、誰ひとり「悪い」という人はいませんでした。だから自分に対してではなく、「隠せ」と言うような目に見えない圧力に疑問を感じるようになりました。
もうひとつの要因としては、私のケースのように、知らない人からの加害のほうが、はやく立ち直る傾向があるからだと思います。
これが見知った人からの暴力だとなかなか回復できないことが多い。「一緒についていったからだ」と、被害者のほうが非難されることもあります。
さらに近親者が加害者だと、家族にすら言えません。だから自傷を繰り返したり、精神的に不安定になって入院したりすることも多いのです。

被害の内容を知ろうとせず、ただ「忘れなさい」と、とにかく社会や周りとのバランスを取ることを被害者に要求するからではないでしょうか。
「みんな人に言えないことを抱えている」「辛い目にあっているのは、あなただけじゃない」などと、私も言われましたが、本当に納得がいきませんでした。
事件直後、当時の恋人が犯人探しを行い、また母から「危ない目に遭った」と聞いた父が見回りを行っていました。後日、私が父に「何もしてくれなかった」と詰ったとき、「おまえのために毎晩、見回りをしていた」と話してくれたことで、知ったのです。
ここはとても難しいのですが、彼らが「私のため」にやってくれていたのは確かです。けれど、それは「犯人のことばかり考えていた」とも言えるわけです。実際、私はその間、孤独でした。当時の気持ちから言えば、犯人探しよりも私の話を聞いて欲しかった。
犯人が捕まっても私はすっきりしないし、むしろ会わないといけないかと思うとよけいに恐い。そのすれ違いが私と彼らの間にあった。
だから被害者が身近にいる人に言いたいのは、まず被害者が「何を欲しているのか」を尋ねて欲しいということです。
なんで距離が近いのに、こんなにすれ違うんだろうと思っていました。関係が近ければ近いほど、間に横たわる溝は広く深い。むしろ距離のある人のほうに優しさを感じたのは確かです。
たとえば、親が被害を受けた子どもを守ろうとして、事件や犯人のことについて一切話さないように接したとします。
けれど被害者が自分の身に起きたことを聞いて欲しいと思い、また、話した上での理解を望んでいたら、親は守ろうとしている我が子をスポイルしていることになります。被害者の思いを身近な人が取り逃がしているわけです。

とにかくなんであれ話を聞いて欲しかった。誰も何があったのかを尋ねなかったからです。「襲われた」といったら、それがどこまでを指すのか。何をされたのかを聞く人がいなかった。聞いてはいけないと思うのかもしれませんが。聞いて欲しい。聞かずに理解はできないと思います。
キャッチボールになるような会話がしたかったのですが、当時はそんなふうに冷静に思えず、とにかく「なんで誰もわかってくれないの」という思いでいっぱいでした。
被害を受けた人から「死にたい」とか「私には価値がない」といった一行だけのメールが来ることがあります。それを見ると「あのときの私の状況だ」と思います。
なんでもいいから思いを誰かにぶつけたい。自分で受け止めきれないから、誰かに助けを求めたい。だから、せめてそれにはちゃんと返したいと思います。求めても得られない手応えのなさに悲しい思いをしていましたから。
テレビを見ていても普通に卑猥な表現があったりします。そういうのを見聞きすると腹立たしく感じる一方、自分もかつてはそれを普通に受け入れてきていたのだなと思います。
確かに事件までは、性的な冗談を笑って聞いていた自分がいました。でも、いまはそれを笑えるものとしてメディアは発していいのかなと思います。
それも地域差がかなりあるのではないかと思います。たとえば、以前、地方の県警主催の講演を依頼されました。打ち合わせの段階で担当者に「被害を受けても、届け出られない人がいることを知ってもらいたい」というとキョトンとして、「でも、警察は被害届けを出してくれないと何も始まらないのですよ」と真顔で返されました。
それはそうなのですが、「届け出られない」という事情や背景を汲める警察になって欲しいということが理解されない。
被害者は現場検証の際、等身大の人形を使って、被害状況を再現しないといけません。そういうことを非常に苦痛に感じています。でも、「証拠を採るためには再現してもらわないと仕方ないですから」と何の疑問も持ってはいない様子でした。
これが警視庁だと「そうですね。そういうときは女性の刑事を同行させたほうがいいですね」と話がスムーズに進みましたから、地域差があることを踏まえておかないといけないなと思いました。

まずは情報が足りないから補うことが必要です。被害者は病院もカウンセリングもぜんぶ自分で探して、選択しないといけない。
被害直後は、体の心配を最初にして欲しいし、それで少しは安心できます。けれど、アフターピル(緊急避妊ピル)を処方している病院も少ない。簡単に中絶してはいけないという考えからなのか、処方しないところも多い。
また、メンタルについても、公的機関やNPOによる性暴力被害の窓口があっても、開設されている曜日や時間帯が決まっていたりします。
アメリカだとSART(Sexual Assault Response Team)という、性暴力対応のチームが24時間体制を敷いています。被害者が連絡すると、警察や医師、カウンセラー、看護師が集まり、必要な治療や証拠採用、聴き取りも同時に行います。
被害者にとっては、自分のために人が集まることで安心感が得られますし、事件直後に誰かが助けてくれたという印象は、被害者を孤独に追いやりません。回復の度合いは違うと思います。
日本ではそうした連携がまったくないため、被害状況について警察でもしゃべり、裁判でも何度も説明を求められ、たいへん苦痛です。
何をされたかなど言葉にするのもおぞましいのに、「本当にここでこうされたんですね」と聞かれます。そういう苦痛を減らす制度が欲しいですね。
初めてセックスを知った時は、誰しもそれなりにショックを受けたと思います。けれど、それを忘れて、大人になるということは、「セックスを楽しむことだ」と思うのは、ちょっとおかしいと思います。
何も若い人にセックスを毛嫌いして欲しいわけではありません。ただ、セックスは許された間でこそ可能なことで、だから自分だけの楽しみの追求はすぐに暴力になってしまうことを知って欲しい。
いま私は、アメリカで性犯罪被害を受けたカメラマンの大藪順子さんと組んで、性暴力をなくそうというキャンペーンを行おうとしています。とにかく力で他人を支配することは格好悪いし、みっともないという考えを広めたい。レイプもののAVを見て興奮するなんてみっともないと思って欲しい。
与えられている状況を楽しいと思うだけではなく、「何か変だな」と少しでも感じたのなら、その自分の感覚を信じてみる。そういう態度が必要なのではないかと思います。
[文責・尹雄大]

Mica Kobayashi
小林 美佳
東京都出身。大学卒業後、司法書士事務所、弁護士会に就職。司法書士事務所に勤務していた2000年8月、性犯罪被害に巻き込まれる。その経験を踏まえ、性犯罪被害者自助グループ運営に携わっている。著書に『性犯罪被害にあうということ』(朝日新聞出版)。
<性犯罪被害者支援活動「みかつき」>
http://www.apple-eye.com/micatsuki/index.html
【小林 美佳さんの本】

『性犯罪被害にあうということ』
(朝日新聞出版)