田中 冨久子 さん(横浜市立大学名誉教授)
男/女であれば、自然に、男/女らしい考え方や振る舞いをするものだと思いがちだが、実はそうとはいえない。脳の性差研究の第一人者である田中冨久子さんは、こういった、いわゆる男/女らしさは、生物学的/先天的な男/女の特徴のうえに、社会的/文化的に期待される考え方や振る舞いがすり込まれてつくられるという。しかもそのすり込みは脳によって仲介されるのだという。
どうやらわれわれは、ある特定の社会や文化がもっている男と女の考え方や振る舞いへの期待を人間の本質にもとづいているものと勘違いしているようだ。人間の本質ではなく、「男は仕事、女は家庭」という言葉に象徴される男性優位の社会がつくりだした規範にもとづいて期待しているらしいのだ。では、社会的/文化的に期待される男女像とはどんなもので、そして、それをとり除いたときの男女の違い、つまり生物学的/先天的な性差はどこにあるのだろうか。
性と聞くと、一般的に見かけの「男か、女か」といった違いだけで決まってくるように思いがちですが、そんな単純に分けられるものではありません。
私はいわゆる古い脳の性差について研究してきました。古い脳とは、辺縁系と間脳、延髄などを含んだ脳幹のことで、その役割は生命を維持し、種族を保存することです。
女性の古い脳は月経周期をつくりますが、男性の古い脳はつくれません。また、女性の古い脳は女性を小食にしますが、男性の古い脳は男性を大食にします。女性の古い脳はあまり攻撃を好みませんが、男性の古い脳は攻撃が好きです。それは、古い脳には性があって、生物学的/先天的な構造上の違いがあるからです。
けれど、それだけで男女の性差のすべてを語ることはできません。というのも、古い脳をとり囲む大脳新皮質をはじめとし、海馬も含めた新しい脳には先天的な性差がないはずなのですが、社会や文化が男性と女性に対してもっている別々の期待があります。これが、人間がオギャーと生まれてから育てられていく過程で、新しい脳に性をつくってしまうと考えられるからです。

新しい脳の研究者は多くの場合、性という視点に興味がありませんから、研究の変数に取入れることは無いに等しいのです。そのせいか、確たる根拠もなしに、「女はおしゃべりだ」とか「地図が読めない」といった、一般受けしそうなことを言う研究者もいます。もちろんまじめな研究者が多いのですが。
「地図が読めない」の根拠は、雄ネズミと雌ネズミの空間認知能力を評価する迷路学習での差だと思います。
迷路学習とは、八方に経路をもつ八方迷路の各経路の先端にチーズを置き、中央にお腹を空かせたネズミを入れ、間違いなく8回だけ経路に入って8個のチーズを食べることを学習するまでの日数を調べる実験です。毎日学習させますが、ネズミは、その迷路のおかれた実験室の壁にある物や、机などをたよりに、空間的な位置を覚えて行きます。
ネズミは最初のうちは、すでにチーズを食べてしまった経路に再度入ってしまったりと、間違いが多いのですが、やがて迷うことなく隣り合わせの経路に順番に入り、チーズを取れるようになります。雄ネズミだと12日くらいで学習しますが、雌ネズミだと16日もかかります。
そういう知見がベースになって、「女性は地図が読めない」というような結論になったのだろうと思います。
ところで、10年以上前のことですが、硬いものを食べないと脳の発達が鈍る、という主張がありました。私たちは、地図にしても、硬い食べ物の効果についても、「本当にそうだろうか」と考え、実験を行うことにしました。
ネズミの餌はとても硬いのですが、私たちの研究グループは、餌をすり潰して粉にし、生まれて1か月くらいした離乳期の雄ネズミと雌ネズミに食べさせました。そのように養育して成熟したネズミでは、迷路学習にかかる日数が、雌ネズミも、雄ネズミと同じ12日になったのです。なんと、雌ネズミの頭が良くなったのです。
この数年後、追加実験を行いました。硬い餌で育て、成熟した後でも、しばらく粉の餌を与えると、雌ネズミの空間認知能力は雄ネズミと同じになることを確かめました。
新しい脳の働きは、いくらでも変わります。これは、新しい脳には可塑性と呼ばれる性質があるからです。可塑性とは環境からの刺激が変わると、それに応じて神経細胞同士の連絡、つまり神経回路が変わるという性質のことです。
ロンドンのタクシー運転手の海馬は、すごく発達しているそうです。海馬が記憶に重要な役割を果たしていることは今や有名ですが、空間認知にも役立っています。
タクシーの運転手たちは、ロンドンを走り回って、ある意味、迷路学習しているうちに海馬が大きくなったのでしょう。海馬については、学習すればするほど、新しい神経細胞が生まれることまでわかってきていますので、可塑性のほかに細胞の新生も新しい脳の特徴といえるでしょう。
これに対して、古い脳は可塑性がなくて、先天的に決められた通りの神経回路しか動かせないのが特徴です。
はい。生まれつきではなく、ある環境でできてしまう。また、別の環境になると変化もします。
男女に異なる振る舞いを期待する社会や文化を作り出したのは、約1万年前のわれわれの祖先の新しい脳ですが、前にも言いましたように、新しい脳そのものに生まれつきの性差があるという証拠はありません。人間の新しい脳は、環境に反応していつでも変わっています。
だから男女の育つ環境が異なれば、環境からの刺激が異なり、当然違う神経回路ができるでしょう。また、社会や文化が違えば、これによって作られる新しい脳の神経回路も違うでしょう。

生後4、5ヶ月の赤ちゃんが発するバーバーとかアーアーというような喃語(なんご)と呼ばれる音声に対して、母親が音をまねたりして話しかけるのは、男の子よりも女の子のほうが多い。そういう心理学者の報告があります。
女の子の方がお母さんとコミュニケーションする機会がたくさんあれば、言葉の発生が早くなる可能性は高いでしょう。子どもの育て方についての差が影響しているのかもしれません。女性の方がコミュニケーション能力が高いのもこれと関係しているとも言われています。
古い脳、新しい脳ともに性差がないと主張する研究者もいますが、古い脳は、ネズミでもサルにおいても完全に違いますし、また、性同一性障害の研究を通じてわかったことですが、男女では違う神経回路が古い脳にできていると私は思っています。
「自分は、男/女だ」という性自認に関わる分界条床核という場所が古い脳にあります。どうやらここで「自分は、男/女だ」と感じているようです。この認識は、普通は、生殖器が男性なら男、生殖器が女性なら女で、このことを性同一性といいますが、まれに一致しないことがあって、性同一性障害と呼ばれます。
男女とも分界条床核で自分の性を感じているのですが、それぞれ大きさが違って、女は男の半分くらいだということがアメリカの研究者が報告していました。
一方、オランダの研究者が、生殖器は男だけど「女だ」と感じている性同一性障害の人たちの分界条床核を調べると、女性のサイズしかありませんでした。

古い脳の性は、情動の機能においても性差を引き起します。特に、怒りや恐れ、快や不快などの情動やそれにともなう行動には性差があるのです。この情動の性差こそが、社会的/文化的に期待される「男らしさ/女らしさ」の基本に横たわっていて、男性優位社会を正当化するものになっているのだと思います。
まず、情動について説明しましょう。情動をつくるうえで重要な部位は扁桃体で、ここを壊されたサルは蛇を恐れなくなります。この場所は恐怖をあたえる刺激によって活性化されるだけでなく、喜びや悲しみをあたえる刺激、快感をあたえる刺激によっても活性化して、それぞれの情動をつくります。そして、恐怖は逃走行動を、喜びは笑いを、悲しみは涙を、快はそれに近づくなどの行動をわれわれに起こさせます。
また、扁桃体は、ストレスになるような刺激によっては怒りという情動をつくり、われわれに攻撃行動をおこさせます。攻撃行動の起こしやすさ−攻撃性は、われわれに順位や縄張りをつくらせたりする最も基本的な心です。われわれは、「あいつよりは自分の方が上(下)だとか」とか考えがちだし、自分の家というものは他人に侵されまいとしますよね。扁桃体はこういう心をつくるのです。
つぎに、この攻撃性に性差があるかどうか。これは研究者の論争の的ですが、扁桃体に分泌されるドーパミンの量が多いと攻撃的になることもわかっていますので、私たちの研究グループはドーパミンの量を調べてみました。
その結果、雄ネズミのほうが雌ネズミよりもドーパミンの量が格段に多いことがわかりました。
人間でも男性の方が女性より攻撃的なのは、生物学的、つまり先天的だという考えが強いのですが、生まれてから、社会的にそのように育てられてしまうのだという考えもあります。私たちのこうした研究結果からは、攻撃性は、女性と比べて男性のほうが生物学的に高いと考えていいのではないかと思います。
でも、あとでも話そうと思いますが、育てられる過程で、男の子の攻撃性が社会的に強化されるという考えも否定できないことでしょう。
古い脳は新しい脳とつながっています。だから、「お腹が減ったから食べたい」という欲求−これは本能と呼ばれ、情動と同じく古い脳、特に視床下部という場所が司っています−が起こっても、「どこで何を食べる」だとか、「めったやたらなところで食べない」という規範を持って視床下部をコントロールするのは、新しい脳のなせる技です。
生後、育っていく過程で、家庭や社会の規範によって新しい脳に構築される神経回路がこの技を発揮します。情動も、扁桃体が強く活性化したら暴力的になります。
しかし、過度な暴力が「いけないことだ」というのをわかっているのは新しい脳です。「わかっている」といっても、生後、育っていく過程で、特に子ども同士の遊びを通じ、また、しつけなどを通じて新しい脳につくられる神経回路によってです。
育っていく過程での子ども同士の遊びはこの意味でとても大切です。動物も「ころがり遊び」という仲間同士もつれあって遊ぶプロセスで、相手を痛めつけすぎないことを学んでいきます。
子どもの時の乱暴な取っ組み合い遊びは、大人の攻撃行動への架け橋ととらえられていて、一種の攻撃行動なのです。ですから、男の子のほうが女の子よりも遊び好き、という特徴があります。これは動物でもそうですし、人間でもそのように見えますよね。
大人の順位や縄張りを目的とした攻撃とちがって、子どもの取っ組み合い遊びの目的は行動自体にあります。ただただ快感を求めて行われるといっていいでしょう。これが大人の攻撃行動の演習となっているのです。
しかし、いまの日本社会では、子どもの時期にそういう演習をする機会が減っています。特に男の子では、思春期になって男性ホルモンによって扁桃体が活性化したとき、それを抑えることができにくくなってしまうことが考えられます。その頃までに仲間との遊びや親からのしつけを通じ、新しい脳が扁桃体をコントロールする技を学んでおかないと、攻撃の加減がわからなくなります。
その一方、大人たちは生まれた子どもの性別によって赤ん坊の扱い方を変える、ということもあります。男の子の扱いは両親とも荒っぽい。大きくなるにつれ、男の子には取っ組み合い遊びを奨励する。男の子の荒っぽい行動をほめそやす。そうすると、男の子では、ますますそういった行動が助長される。両親の、子どもの性別に応じたこういった行動の違いが、行動の性差をつくってしまうだろう、という指摘があります。
ですから、誕生の時には行動に性差がなかったのに、その後の社会的/文化的な扱いの違いが子どもの行動の性差を助長するということを無視はできないと思います。

人間はもともと肉食のサルから進化したという学説を、オーストラリア出身のレイモンド・ダートという学者が提唱しました。私にすれば、彼は肉食文化の人間だから、「人類の先祖は肉食だ」と信じていたのだと思います。
でも、チンパンジーを観察すると、チャンスがあれば肉も食べるけれど、主に果実を食べ、タンパク質は昆虫から取っているのだそうです。
そういう研究からすると、200万年前の人類の祖先は、木の実を採集し、夜中に肉食動物が食べ残した死骸の骨髄を食べていたらしいという近年の学説のほうが現実に近いと思います。
最近の学説では人間は狩る側ではなく、肉食動物に狩られていた可能性が高いということです。採集に頼る経済だったというのが妥当だと思います。人間はそれほど強くなかったし、細々と暮らしていたのが本当ではないでしょうか。
長い人類の歴史のなかでは、ダートの言うような肉食の人類もいたことは確かでしょう。主にヨーロッパで栄えたネアンデルタール人は肉を主食にしていたようですが、そのためもあって絶滅してしまい、いまの世まで生きている、つまり、われわれ現代人は、当初は果実、そして下っては穀物などに頼ってきた人類です。
「狩猟することで人類は進化した」というような男性研究者の描いてきた歴史を見直す必要があると思います。
15万年前のミトコンドリア・イブという最初の人類の末裔と思しき部族の人々は、今もアフリカに住んでいますが、狩猟採集経済を営み、男女に上下関係がありません。アフリカから出て行き、世界中に散らばった現代人たちはずっと狩猟採集経済で生きたけれど、1万年前に、それぞれの地で定住し、農耕を開始しました。それによって大きく社会構造が変化し、男らしさ/女らしさを作り出したのではないかと思っています。
採集経済だと、食料を求め、季節ごとに移動します。女性は赤ん坊に授乳しながら移動したと思われます。また、授乳している間、女性は排卵しなくなりますから、自然の避妊になったでしょう。おそらく長距離移動がストレスになり、排卵も不規則になったはずで、30日周期の排卵はなく、季節排卵だったと考えられます。
実験室のサルは良い環境で、餌も与えられるから、人間と同じく30日周期で排卵しますが、野生のサルは、一年に1回くらいしか排卵しないようです。
アフリカでいまだに採集生活している部族にもそういう現象が見受けられ、女性は子どもを次々と生まなくてはならない状況にはありません。野生に近いのです。
世界に散らばった大部分の現代人では、定住して農耕社会を形成したことで、貧富の差ができ、また男女の違いが上下関係でとらえられるようになってしまったようです。女性は1、2年の間隔で子どもを生むはめになり、男性に依存しなくては生活できなくなり、社会的な活動から遠ざけられるようになってしまった。

「男は仕事、女は家庭に向いている」としばしばいわれ、これは生物学的/先天的な特徴に沿った男女の違いだとされています。
でも、これは、約1万年前に人間がつくった社会の構造が、「男が社会経済を支配し、女が家庭で出産と育児をする」という仕組みだったため、それによってつくられた社会的/文化的規範、男女の性別役割、が現在まで維持されてきただけのことです。つまり、社会的・文化的につくられた性、ジェンダーです。
しかしながら、この社会的/文化的性は、決して現在も受け入れられるべきものではありません。世界は社会的/文化的な性差を排除した男女平等な社会形成に向かっています。
ところが日本は世界の主要58カ国の男女格差のランキングで38番目なのです。
どのようにしたらよいのでしょうか。新しい脳の性によってつくられる性別役割が、再び、次世代の新しい脳に性をつくり、そして、社会的/文化的性を再生産します。新しい脳が社会的/文化的性をつくるための仲介をしているといえます。だからこそ、新しい脳のレベルで発想の転換をする必要があるのだと思います。
これまでお話しした脳の働きを考えると、新しい脳をうまく活用すれば、男女平等の社会をつくることはそれほど困難なことではないと思います。
[文責・尹雄大]

Fukuko Tanaka
田中 冨久子
医学博士、横浜市立大学名誉教授。専門は生殖生理学、神経内分泌学、脳科学。特に脳の性差の第一人者。著書に『がんで男は女の2倍死ぬ』(朝日新書)、『女の脳・男の脳』(NHKブックス)、『脳の進化学』(中公新書ラクレ)など多数。
【田中 冨久子さんの本】

『がんで男は女の2倍死ぬ:性差医学への招待』
(朝日新書)

『女の脳・男の脳』
(NHKブックス)

『脳の進化学:男女の脳はなぜ違うのか』
(中公新書ラクレ)