阿部 公祐 さん(株式会社ファンデリー代表取締役)
生活習慣病の低年齢化、メタボリックシンドロームなど、食に対する関心が高まりを見せる一方、食品の安全を脅かす偽装や毒物混入などの話題が事欠かない。健康な食事はどう確保したらいいのだろう?そんな時代のニーズを受け、プロの栄養士が献立を考え、食事を宅配するサービスをはじめた企業がある。阿部公祐さんは27歳で、健康食の宅配サービス事業を行う「ファンデリー」を起業した。
一時期の起業ブームは落ち着いたとはいえ、若い人の間では起業志向は確実に定着した。今回は食の問題や企業のあるべき姿について尋ねた。
いちばんの違いは、商品お届け時にカウンセリングを行う「カウンセリングデリバリー®」です。従来のサービスだと、栄養士が計算した食事を届けることはあっても、栄養士が車に乗って直接各家庭に食事を届け、その際に生活習慣病など疾病を抱えた方へ食に関するカウンセリングを行うことはありませんでした。
2001年に営業を開始した時は、食事の材料だけを届けていました。忙しい人のためにバランスのとれた食事を提供したいという考えはあっても、そのサービスと疾病とを結び付けていませんでした。まだまだ病気を持っていた人のことをよくわかっていなかったのです。
多忙な人の食事の準備をサポートしていたわけですが、栄養士が電話で栄養について相談を受けたり、メニューを考えたりといったように、ばらばらにサービスを提供するのではなく、もっとトータルにサポートできないかとは思っていました。
あるとき、お客さんから「糖尿病になって食事に困っている」という相談を受けました。そこで疾病対策の宅配があってもいいことに気付いたわけです。
栄養士の仕事をメニューの計算だけに終わらせず、お宅までうかがって、トータルに健康や食の問題についてカウンセリングしようと考えました。

実を言うと、それほどありませんでした。ただ、食からビジネスを展開すると、多くの人にいろんなサービスを提供できる可能性を感じていました。はじめの頃は、個食化が進むと食事で困る人もいるだろうから、そういうサポートをしたら喜ばれるのではと考えていました。
ただ、それもいまから思えば、食に対するこだわりや問題意識というほどではありませんでしたね。
損害保険の社員として、代理店設置の提案を行っていました。いろんな会社に営業へ行き、「「福利厚生として保険の団体扱制度を利用すると、社員の保険が安くなりますよ」と提案し、契約をとる仕事を3年ほどしました。
飛び込みの営業も行ったのですが、ベンチャー企業だと、社長と直に話をするとうまくいくことが多かった。ベンチャー企業の社長は、やはり夢を語ったり、目に力のある人が多く、ちょっとミーハーではありますが、「自分もいつか会社経営をしてみたいな」と思うようになりました。
ナスダックジャパン設立の際に行われた、ソフトバンクの孫正義さんの講演を聞きにいったのですが、終わった後、「自分もチャレンジしたい」という気持ちがすっかり固まっていました。
そうはいっても自分の特技は水泳とピアノくらいで、それでは仕事にはならない。自分のモチベーションが続くような、毎日わくわくする仕事を事業にするにはどうしたらいいだろうと考えました。外せないと思ったのは、生活する人の応援になるような仕事をしたいという点でした。
そこで思い付いたのが、栄養士という食事の専門家の提供するメニューとカウンセリングが日本全国に毛細血管のように広がっていくというサービスだったわけです。
家族に反対されました。「せめて同業の会社で勉強してから独立したらどうか」と言われました。私の試みが無謀だというわけです。
ただ、同業から学んでいては、従来の業界のやり方を超えることはないだろうと直観的に思っていましたから、同業から学ぶという方法はありえないと思いました。

食事の宅配を行うという業態で他社と明確な差別化ができませんでした。おいしくて価格も安いというのがいちばんわかりやすいポイントですが、おいしさは考え方によって異なり、また価格も流通経路や仕入れ先によって変わります。それらの基準では、他社と比べて特徴的な要素がありませんでした。
冒頭の話のように糖尿病のお客さんの声で、食事は性別や年齢、疾病によっても異なるし、ひとりひとりカスタマイズすることが必要だと気付いたわけです。
縁の下の力持ち的な存在で、あまり接客する機会はありませんでした。そこで私は栄養士の仕事をウェディングプランナーのようにしたいと思いました。もっと人と関わる場所で仕事をしたいという思いを抱いている栄養士もいますから、健康をプランニングする仕事なら、やりがいを持てるのではないかと思ったわけです。でも、実際やってみるとたいへんだったようです。
資格や知識があっても、訪れた先のお客さんが高齢者だと、それだけでコミュニケーションが成立しません。
つまり、挨拶がちゃんとできないとか、そういうレベルが問われるわけです。栄養の知識がそのままお客さんの要望に応える力にならないわけです。
カウンセリングでは栄養に関する知識だけではなく、トータルの能力が問われます。

会社の理念として、お客さまの健康を心から願うことを掲げています。かつて行っていた保険の仕事では、テクニックで契約を獲得することはできました。けれど、それはつまらないなと途中から思うようになったのです。
お客さんの喜びを本気で願っていないと、結局は顧客の前と会社の中で言う内容が違うということになってしまいます。
「健康になって欲しい」と心底思っていれば、いろいろな提案が思いつきますし、契約が取れた取れないという成績の事を気にしないでも強い気持ちを持ち続ける事ができます。まずは、自分が相手に与えるという姿勢が大切です。
本当に喜びを覚えるのは、多くの人に無条件で喜んでもらえたとき。たんに数字をあげても、それは会社の中での価値観だけの話です。本当の意味での満足感が働く人の真の動機づけになるのだと思います。
社員時代、数字をあげることに関しては、どこの業界にいっても通じる自信がありました。なぜなら先方に提案するとき、相手が何を考えているかにあわせて提案できたからです。会社への不信感を考えている人が相手なら、それを払拭する話だけをするといった具合に。
いまの時代、自分に役立つかどうか、得かどうかで自分の行動を考えがちです。でも、物事を大きく変化させる事ができる人は、「これだけやったから見返りがある」というような考えを持っていません。
テクニックや口先だと、その場はよくても続きません。人間性を高めるところで仕事をすれば、たとえうまくいかないことがあっても、苦しみだけに埋没することはないと思います。
「世間様」といういい方がありますが、世間にとって良くなる流れに乗って事業を行うことも重要です。ビジネスも長い目で見ると社会のためになるかどうかで判断したほうがいいのだと思います。

この数年、創業しても消えていく会社をいくつも見てきました。やはり続く会社は哲学があります。それは自分のためだけではなく、社会に対する働きかけがあるかどうか。それがあると簡単に潰れることはないでしょう。
社会のニーズだけを考えるなら、武器弾薬や大麻だって需要があります。ニーズがあるからだけだと哲学になりません。社会がいい方向にいくという前提がないと、たんなる利益の追求になります。
私も若い時には目先の利益を追ってしまうことが多く、上司に「それは違う」といわれても、ぴんときませんでしたが、今となってはその時の上司のアドバイスに感謝しています。
受験や就職では点数がものをいいますから、ある意味、数値で人生を通過できました。けれど、社会は100点満点中の得点を競うのではなく、もっと違う尺度で計られます。それは、たまたまテストができた程度の目盛りではありません。
たとえば、仕事の取引では、商品のメリットや特徴を説明しただけで、契約はいただけません。信頼だとか「この人と取り引きすれば、何か楽しく仕事ができそう」といった利益以外の喜びへの期待があってはじめて成立するものだと思います。
数値化できるようなカタログスペックを持っても仕方ない。どういうふうに自分の幅を広げるかは、やはり日々の経験しかありません。
特に若い頃、「こうしたら、こうなる」といったような法則や答えがあるように思うかもしれませんが、そういうものはどこにもありません。
だから、若いときに失敗が大いに許されるのだと思います。時代がどうあれ一所懸命やっている人をないがしろにする人を私は見たことがありません。
ひねくれているとチャンスは離れていく。素直な気持ちでいたら、だいたいの人は助けてくれます。
目先の答えというような、細かいことを気にするよりも、大きい課題を求めることが自分の幅の広さにつながると思います。
個人的には、大義があれば人はどういう状況でもチャレンジしていけると思っています。「自分以外の何かのため」というものがあれば、がんばり続けられる気がします。何かがよくなるような大義を立てることが必要なのではないかと思います。

今後は情報公開がいっそう問われます。原材料がどこから来て、どこを経由したのか。食品工場の製造ルールの公表、問い合わせ窓口の設置、栄養成分の明示もより必要になるでしょう。
宅配していると毎日のように「原材料を教えてください」という問い合わせがあります。これは原産国の問題ではなく、情報公開の問題です。どんなに大企業が扱っているからといって、それがただちに安全性につながりません。食べてみるまで信頼性はわからない。安心を担保するには情報公開しかありません。
家で食に気を配っていても、外食だとつい塩分を摂りがちですから、利用する店のメニューの内容がわかれば安心することができます。ひとつひとつのメニューの写真を撮り、アレルギー表示をするのはたいへんな作業ですが、知りたいと思う人は多いので、それに応えたいと思っています。
アイディアは誰もが考えることができます。それを実現するかどうかは、コミュニケーション能力にかかわってきます。実行に必要な助力を得るための論理や人間性、協調性といった総合力です。
勉強ができてすべてうまくいくなら、進学や受験勉強だけ頑張れば良い事になりますが、総合力は勉強だけでは身に付きません。
高校生のみなさんに勧めたいのは、クラブでもサークルでも組織に入ったら役割を担ってみることです。責任者になることで、いろんな考えの人をまとめたり、交渉したり、声かけの必要性がわかってくるはずです。そういう中でときに失敗する経験が大事だと思います。転び方を覚えることで、立ち上がる方法を学ぶことができるからです。
[文責・尹雄大]

Kosuke Abe
阿部 公祐
1972年埼玉生まれ。96年学習院大学経済学部卒業。保険会社を経て、00年9月に株式会社ファンデリーを創業。
<ファンデリー>
http://www.fundely.co.jp/