

Shoji Segawa
瀬川 晶司
1970年神奈川県生まれ。神奈川大学法学部卒業。大学卒業後、システムエンジニアとして働きながらNEC将棋部に所属。2005年将棋界で61年ぶりとなるプロ編入試験に合格。プロ棋士となる。
瀬川 晶司 さん(将棋棋士)
将棋のプロになるのは狭き門を潜らないといけない。瀬川晶司さんはプロ入りへの道をいったん絶たれ、サラリーマンになったものの夢を諦めず、2005年、将棋界で61年ぶりとなるプロ編入試験6番勝負を勝ち抜き、ついにプロ棋士となった。またNECと所属契約を結び、企業所属棋士となるなど従来にない活動も行っている。プロへの道を諦めなかった原動力、将棋への思いを語ってもらった。
そんな大きい変化はないです。ただ、プロの世界に少しずつ慣れてきて、アマチュアのときに見ていた世界とは違うなという思いはあります。
僕も昔、奨励会(注1)でプロを目指していたので、プロの生活世界を何となく知ってはいても、実際にプロとして戦ってみるまでは、ぼんやりしてわからないところもありました。
まず、プロとして将棋を指してみてわかったのは、アマチュアは勝てばよかったし、誰かに見せるわけでもなく、自分の楽しみでやればよかった。負けたらしょうがない。プロも勝つことは大事ですが、ちゃんと内容のある将棋を指さないといけない。その意識が違います。
将棋は相手に勝たないといけないゲームですが、プロの場合、相手は敵でもありますが、同時に棋譜(注2)という作品をつくるパートナーでもあります。相手といい将棋を指し、いい作品をつくるという意識をプロになってから持ち始めました。

まったく持っていませんでした。奨励会では、指す将棋を誰かに見せることはなかったし、どんな手を使っても勝たないといけないという考えでした。
プロも勝たないと残っていけませんが、棋譜をファンに見てもらって、その内容にも満足してもらう。精度の高い将棋を指していかないといけない思いがあります。
もちろん持っています。アマチュアに戻って、プロ相手にいい勝率を収めましたけれど、その勝因は楽しんで指せたからだと思います。のびのびと指せたし、それが自分の将棋に合っていた。だからいい成績を収められた。
奨励会のときは、縮こまっていて負けたくない手ばかりで負けていて、将棋を楽しんでいなかったですね。
プロを目指す以上、楽しむものじゃないという考えがありました。苦しんで勝つものだと。それがいまはなく、楽しんで別にいいじゃないか。無理に苦しむ必要はないと思っています。
確かにトレーニングは苦しいこともありますが、楽しんで指すことが自分のスタイルだと思いますし、それを崩すと前に戻ってしまうのではないかと感じています。
奨励会に入りたての頃は、楽しむ気持ちはありました。ただ、8割が辞めていく世界ですから、日に日に誰かが去っていく姿を見ていると、「楽しんで指していては生き残れない」という思いが強くなり、我慢比べのような将棋を指すようになりました。
たとえば、将棋では詰みといって、一手詰めの局面などがありますが、奨励会でもプロでも、そこまでは指さない。その前に負けを認めて、投了するんですが、いつも頭金で一手も指さなくなるまで、「負けました」と言わない人がいたそうです。
ある人がその理由を訪ねたら「相手が心臓麻痺を起こして死ぬかもしれない」と。それくらい勝ちたい。投げたら終わりだし、何が起こるかわからない。そういう気持ちを奨励会員は持っています。でも、いまはそんなので勝ってもしょうがないと思ってます。
将棋の上達法は、実はアマチュアもプロもわかっていません。僕も日々どうやればいいのか考えてます。たぶんある程度までは自分の好きな方法で強くなれます。僕も最初は近所にいたライバルと将棋をひたすら指しているうちに強くなりました。ある程度時間をかけたら強くなれます。
将棋にはいろんなトレーニング方法があって、詰め将棋のような頭のトレーニングや棋譜並べといって、いままでプロが指した将棋を自分で再現します。あとは実践です。
これは羽生善治さんの受け売りですが、強くなる方法はいくつもあって、結局は山があったらいろんなルートがあるのだし、たどり着くところは一緒であれば、情熱をもっていいと思った方法に取り組むことで、ゴールに着くんじゃないかと思っています。
どうやったら強くなれるかを考えるより先に、自分の信じた方法を情熱を持って継続することが大事なんじゃないかと思います。
勝負では、そのふたつが入り交じっています。決められた制限内で考えることには限りがあります。そのときに大事なことは、「なんとなく感じる」こと。「これがいいんじゃないか」「こうやるしかない」という理屈抜きに思う直感が大事で、その直感はいままでの経験なんですよ。
プロなら一目という手があります。この局面を見たらこの手しかないというものです。将棋の手は何十通りもありますが、局面を見たら「これしかない」というのが直感で浮かびます。いままでのトレーニングの積み重ねで浮かぶので、修行は直感を鍛えるためにあるようなものです。感覚はすごく大事です。
プロの第一感のすべてが正しいとは限らないです。僕がそのとき指していた手は、一目はよさそうな手ではなかった。
けれど、考えたらその局面ではそれしかないような、いい手だった。プロの感覚の盲点を衝いた手になったんです。
理屈をいうと、効率の悪い手です。持ち駒の桂馬をあるところに手放すので、一目損な手です。
でも、次に使う手が味のいい好手になるので、それを防ぐ手がないというところで評価が変わりました。たまにそういうことがあります。

序盤、中盤、終盤とわかれていて、終盤は最後の詰みの部分ですが、序中盤では終盤までとても読めないので、4、5手先を想定して、自分のほうが優勢だからこの手を選ぼうとか思っています。
相手の思考を先取りして指しているわけで、だからお互いに読み合いで、自分の想定した局面が盲点に入って苦しい局面だったりすれば、相手が読み勝っていることになります。
将棋は人によって形勢判断が異なり、同じ局面でも「あっちがいい」という人もいれば、「こっちがいい」という人もいます。だから局面というものが実現するんです。
人によって楽観派と悲観派がいたりします。僕は楽観派ですね。自分ではそう思わないんですが、周りからするとそうらしいです。形勢判断がかなり甘いようです。
負けを認めて首を差し出して、「すっぱり切ってくれ」という場面があるんですが、でもそこで切りにいくと万が一でも間違える可能性があるので、絶対に負けないような、真綿で首を絞めるような勝ち方もあります。苦しんで負かされるので、そういうのを「友達を失う指し方」といいます。
局面が見えないときは、そんな指し方をすることもあります。ただ、いまはそういう勝ち方を見ても、気持ちいいものでもないので、すっぱり勝ちたいと思います。
村山聖さんという若くして亡くなった棋士が、「将棋は頭の良さを競うゲームではなく、心の強さを競うゲームだ」と言っています。
将棋を指していると苦しくて、もうだめだという局面が必ず訪れます。そこでいかに耐えられるかが大事です。もうだめだと思ってしまったら本当に勝負は終わりですから。そこで「まだ何か考えればチャンスはあるはずだ」と気持ちを持ち続けられる人が勝ち残れるのです。
定跡に詳しいとか詰め将棋が強いとか。そういうのももちろん大事ですが、最後まで諦めない心が重要です。

いまで言えば、応援してくれる人がたくさんいるので、その声は自分の力になります。自分ひとりで戦ってはいますが、応援があるから簡単に諦めるわけにはいきません。
節目にいい人との出会いがあったこともあります。小学校のとき、将棋の強さを誉めてくれた先生との出会いがなかったらプロ棋士になってないと思います。誉められたのがうれしくて、熱中する原因になったわけですから。父の存在もそうで、好きなことをやれといつも言ってくれたのも大きいですね。
人の期待に応えられる人間になれないと思っていました。三男で体も小さく、いじめられていましたし、学校でも目立たず、だから自分が有用だと思ったことはないです。ただ、将棋が強いと誉められ、自信を持てるようになったことが、「ほかのことでもやればできるんじゃないか?」と思うきっかけになりました。
しばらくはなんで駄目だったのか考えていましたが、時間が経つにつれ無念さは薄れていきました。たぶん、また将棋を再開したとき、切り替えがあったと思います。
退会したときは、将棋を見たくないし、将棋をやらなければ26歳で社会に放り出されることもなかったと恨みもしました。
でも、その後、大学へ進んだ頃には、プロになれなかったのは努力が足りなかっただけで、将棋を恨むのはお門違いだなと思うようになりました。だから将棋を趣味として楽しみ、勉強して、就職しようと考えました。

ふつうは2割くらいですが、楽しんでプレッシャーもなく指していたおかげだと思います。むしろプロにプレッシャーがかかりますから、それに助けられたところもあります。
技術的には僅差なので、気持ちの持ちようは勝負に影響を与えます。僕の場合は、のびのび指せたのでよかったのだと思います。
まず、当時は将棋のプロになるにはある年齢を超えると絶対になれない決まりがありました。大学から将棋を覚えて強くなった人もいますが、制度上、絶対にプロにはなれない。年齢だけでなれないのはおかしい。実力でプロを目指せるのが本来の姿ではないかと思いました。そういう気持ちがあったから、プロになりたいと手を挙げることができたと思います。
若いほど有利とは思いますが、絶対ではありません。年をとってから強くなるケースもあります。体を動かすスポーツとは違って、若い人が有利とは限りません。有利に働くのは、将棋しか考えないで済むからというのもあるでしょう。年をとると家族とか考えることも増えますし、頭が柔らかいだけではないと思います。
月に2、3局の公式戦がありますが、全力を尽くして結果を出さなくてはならない重要な対局です。2週間前に対局通知がきて、戦う相手がわかります。その日から戦いは始まり、相手の研究をし、どの戦い方でいけば有利かとか考え、対局日に体調がベストになるようにします。
ただ、体調を整えるといっても必ずはないので、規則正しい生活と、あまり好きではないのですが、ジムに週2日くらいで行くようにしています。終盤は疲れがたまるので、そこで集中力を発揮できる体力がないといけませんから。
負けをひきずっていたら、次に進めないので、負けたらその日に忘れるようにしています。敗因がわかったら次の試合に向ける。ただ、プライベートの出来事では、そうでもないかもしれません。

あまり周りと比較する必要もないと思います。自分は自分ですから、そのとき自分のできることをやればいいと思います。
僕は27歳で大学に入りました。周りは若いし、やっぱりちょっと後ろめたいというか、自分だけ年上で気にしたんですが、実は周りは自分のことを気にしていなかった。
それをバネにがんばる人もいますけど、人は他人のことをそれほど気にしていないものです。
人は人で、それぞれ優れたものを持っています。閃きの部分で負けていても、ほかの部分で勝てることもある。違う部分で勝負するというか…そもそも勝たないといけないのかなと思いますけど。
自分には見えなかったいい手の見える棋士がいます。自分は見えないんですが、そういう自分で勝負するしかないんです。確かにそういう人の存在を見ると「あーあ」と思いますよね。
でも、将棋には序盤、中盤、終盤とあって、自分の勝負する場所がいくつもあります。終盤の詰みではかなわなくても、序盤の構想で勝てばいい。部分的には負けても総合で勝てたらいいと思っています。
だから、ある部分で無理矢理やるよりも、ほかの部分で勝っているところを探します。駄目だと思ったところにつっかえていたら、その人には絶対勝てないですから。自分の勝つ要素を見つけて、勝負に臨むようにしています。
だから、自分を知ることが大事です。自分はこういうところが優れているとか。話がうまいとか。いろんな要素があると思います。
将棋についての僕の特徴は、序中盤で優勢にして、リードしながら終盤を切り抜ける感じです。あまり大逆転という将棋ではないと思います。
アマチュア時代は、僕は終盤が強いと思っていました。終盤の逆転で勝っていたと思っていましたが、プロ相手では終盤だけでは勝てない。そこで序中盤の研究をするようになったらそれが好きになった。
そういう意味では、序盤にいろんなことを考えるようになりました。たぶんプロになりたての頃の10倍くらい考えていると思います。
ただ、考えてもその勝負にすぐ直結するかというと、また話は別なんです。結局、将棋はどんなに読んでも指すのは一手だけで、ほかに読んだ手はその勝負では無駄になります。
でも、読んだ手はいつか蓄積されて役に立ちます。そのとき考えたことが役立つ日があります。アマチュアやプロになりたての頃は、一回の勝負に勝つためだけに将棋を読んでいましたが、いまはその勝負に勝つのはもちろんですが、自分のレベルアップというか、全体的に見たときのレベルアップのために、この勝負では役に立たない手も考えるようになりました。
僕の残した棋譜が棋士人生をつくるので、そうだと思います。指す以上は新しい定跡を見せていきたいですし、そういう手を指すためにもたくさん考えないといけない。だから序盤からいろいろ考えることが多くなったというのはあるでしょうね。
プロ棋士は頭の中に盤がありますから、道を歩いていても、電車に乗っていても、この局面ではどうすればいいかとか考えることができます。家で盤を出して考えるのを含めると、10時間くらいは考えてますかね。ひとりでいても飽きることがないです。でも、ときには気晴らししたいなぁと思うときもありますね。
[文責・尹雄大]

(注1)
日本における将棋のプロ棋士養成機関。かつては26歳までに4段に昇級しないと退会しなくてはならなかった。
(注2)
対局者の行った手順の記録
Shoji Segawa
瀬川 晶司
1970年神奈川県生まれ。神奈川大学法学部卒業。大学卒業後、システムエンジニアとして働きながらNEC将棋部に所属。2005年将棋界で61年ぶりとなるプロ編入試験に合格。プロ棋士となる。
主な著書に『泣き虫しょったんの奇跡』(講談社)『後手という生き方』(角川書店)など。
<瀬川晶司のシャララ日記>
http://segawa-challenge.at.webry.info/
【瀬川 晶司さんの本】

『泣き虫しょったんの奇跡:サラリーマンから将棋のプロへ』
(講談社)

『後手という生き方:「先手」にはない夢を実現する力』
(角川書店)