

Takeshi Shigematsu
重松 健
1965年生まれ、愛媛県出身。幼少期からモトクロス、ロードレースを体験し、アメリカ横断でドラッグレースに出会う。1999年渡米、AHDRA(オール・ハーレー・ドラッグ・レース・アソシエイション)第2戦に初出場、初優勝を飾る。2008年4月、370.34キロというワールドスピードレコードを樹立。
重松 健 さん(ドラッグ・レーサー)
スタートから4秒後には、300キロに到達。ドラッグレースは、わずか400メートルあまりをいかに最速で駆け抜けるかを争う。地上をロケットの付いたバイクが這うその加速はすさまじく、一瞬にして観客の目の前からかき消える。
重松健さんは、そうしたレースに果敢に挑戦し、アメリカでの大会に初出場で優勝を手にした。好きなことを諦めることなく試行錯誤しているうちに出会った競技での活躍。それに至るまでの道のりやドラッグレースの魅力について尋ねた。
非常に明快です。止まった状態から2台のバイクが約400メートル走ります。どちらが先にゴールするかで勝ち負けが決まります。16台参加して争われるトーナメントですから、4回勝てば優勝です。
そのバイクですが、排気量は3000ccあって、重さは270キロくらい。長さは後ろにひっくり返らないためのバーを含めると6メートル以上あります。
ただ速く走ると聞けば、単純に見えますが、レーサーは、まっすぐ走らせるためにバイクの上で常に格闘しているんです。ちょっとでも蛇行するとタイムが遅れるので、いかにまっすぐ走るかが重要です。
コース幅は広く、全面にトリモチみたいなものが撒かれています。みんなが走るラインに溶けたタイヤのゴムが付着していて、その後輪の幅を走れば、いちばんグリップがいい。その幅から少しでも外れるとタイムをロスしたり、スピンしたりします。
レース中は、前輪が常に浮いた状態なので、いわば300キロ以上を一輪走行で走っているわけです。

映像で見ると、一瞬で終わってしまって呆気ないんだろうなと思うでしょうが、ナマで見たらすごい迫力ですよ。地面や空気が揺れます。たぶん初めて見る人はあんぐり口を開けてしまうと思います。
ドーンと音がしたと思ったら目の前にいない。320キロまで4秒で、それでだいたい200メートル地点です。
この前のレースで最速レコードを出したんですが、ゴール地点で395キロ出てました。たった400メートルの距離で、そこまで加速するわけです。だから、乗り初めの頃は、記憶がありませんでしたね。
350キロくらいだと目の端で捉えた飛び去って行く光景は灰色で、370キロを超えると風景が前の方にせり出す感じで、黄色くなります。それと加速している間は速さを感じず、むしろブレーキをかけてから速度を感じます。
ヨーロッパ、オーストラリア、カナダでも盛んです。日本でも行われ、全日本選手権もあります。ただドラッグ専用のコースが仙台しかなく、しかも速いクラスが走れるコースではないところが残念です。
父がバイクのディーラーをしていて、無類のバイク好きでしたから、物心ついたときには、周囲にバイクがあった感じです。
私が初めてバイクに乗ったのは5歳で、父親の運転するハーレーの後ろに乗せてもらいました。ハーレーは振動が心地よくて、乗っている間にすっかり寝てしまいました。それがバイクとの最初の出会いです。今でもはっきり記憶しています。
9歳になって、父から「もう乗れるだろう」ということで、90ccのオフロードバイクを与えられ、それまで自分にとって一番早い乗り物は自転車だっただけに、そのスピードにびっくりしました。それからは毎週のように専用コースに出かけ、乗っていました。
モトクロスの四国選手権のエキシビジョンに大人に混じって出たりもしました。テクニックはかなわなくても、長い昇りのコースになると、体重が軽いだけに、そこだけ速かった。初レースは結局は最下位でしたが。
オフロードレースでは、滑りやすいところを走ります。バイクに乗る基本を学ぶことができ、そのときの経験がいまに活きてますね。

練習中の事故で肩の靭帯が3本切れました。その頃、スーパークロスといって、野球場の中に大きなジャンプ台をつくるなどしたコースで行うレースが流行り出して、それに備え練習をしていた矢先に、全治半年の怪我をしたわけです。
小さい頃からバイクのレーサーになりたいと思っていたものの、ちょうど自分の将来に悩んでいた時期でした。当時、19歳でモトクロスのプロとしてやっていくには厳しい。体力の必要な競技だけに選手生命が短く、15歳くらいで活躍しておかないといけないんです。
少しモトクロスへの熱が冷めていたこともあり、また以前からアメリカへ行きたかったこともあって、怪我が治ってしばらくしてからバイクでアメリカを横断する旅に出ました。
友達がサンフランシスコにいたので寄ったら、たまたま4輪のドラッグレースが開催されており、誘われて行きました。驚愕しましたね。観客席にいた大きなアメリカ人が揺れ、手にしていたビールの半分くらいが震動でこぼれてしまうんです。そんなにスピードの出る物体を見たことがなく、まるでロケットが走っている感じがしました。
しかも、整備中のエンジンを見たら、F1のようなテクノロジーの詰まった高性能エンジンでなく、古典的なエンジンでそこにまた痺れました。
燃料がガソリンではなくニトロメタンという、一種のロケット燃料です。燃えながら酸素が発生するので、宇宙でも燃えます。これを入れると単純にパワーが3倍になります。タバコをオイルに入れても燃えず、圧縮をかけて初めて爆発する燃料です。
そのレースを見たことをきっかけに、ドラッグレースにはまりました。とりあえず帰国し、まずはアメリカにあるハーレーのメカニックスクールに通うことにしました。その学校に通う間にドラッグレースを見にいったりするようになりました。
とにかくエンジンの音と振動で体がすくみ、「本当にこれに乗ろうとしているのか」と思うと、手足が震えました。乗れるようになるまで恐かったんですが、初めてきれいに乗れてからは楽しくなりました。
そのときはプロになろうとは思ってなくて、そのバイクを日本に持ち帰って、レースができたらいいなというくらいのものでした。
ところが全米のレースに初めて出場したにもかかわらず、優勝してしまいまして、天才じゃないだろうかと思いました(笑)。その後2年くらいは、全然勝てなくなったわけですが。

ドラッグレースは最速を競うレースではありますが、一回走って、次のレースまでに路面や天候は変化するので、それを読みながらマシンをセッティングすることが大変重要になってきます。
天候だけでなく、対戦相手を考えてセッティングする戦略が必要です。1ラウンド勝つごとに20ポイント与えられ、そのポイントが多ければ年間チャンピオンです。ポイントの接近している相手との勝負では、相手はこの対戦に賭けているのか。それとも優勝を目指しているのか。そういう心理を読んでセッティングしなければ負けます。
また、その日その時の天候や湿度に影響されるので、実際に走ってみないと路面の状態もわからない。だから、それに備えた練習ができない。いわば本番が練習です。
反射神経を鍛えるために卓球をやってますよ。あとは、メンタルがレースの勝敗をわけるといってもいいので、とにかく落ち着くためのルールと言いますか、グローブは左手からはめるといったことを決めています。少しでも不安な要素があるとレースはうまくいきません。集中力が勝負ですね。
意外と落ち着いてます。後輪が滑り、コースを外れ、壁にどんどん迫ったことがありますが、わりと冷静に対処できました。コンマ数秒でも考えてしまっては、壁に激突します。
そういうときは、何とかしなきゃと思うことなく、とにかく自分が行きたいほうを見ます。人は見たほうに行こうとするので、不安なことを考えるのではなく、自分がするべきことを優先すれば、危地を脱することができます。

爆弾を抱えたようなバイクにまたがっている時点で危険といえば常にそうです。
一度、タイヤが滑って飛んでいく状態になりかけたことがありました。地面を足で蹴って体勢を立て直したこともあります。340キロ出ている時点でブレーキが効かなくなったりしたこともありますね。
何らかの形でバイクに携わる仕事をしているとは思っていましたが、ドラッグレースとは思いもしませんでした。
モトクロスを断念したのは、ひとつの挫折でしたが、それが後にいい教訓になったと思います。
ドラッグレースを初めてすぐに優勝したけれど、その後なかなか勝てず、しかも事故になりかけたために、初めてドラッグバイクに乗る恐さを感じてしまいました。辞めようかと思ったこともあったのですが、そのときモトクロスを断念したときのつらかったことを思い出し、ここで辞めたらもっとつらいだろうなと思いました。
恐怖心は考えてもなくならないので、いまはレースをしている楽しさに注目しています。楽しさが上回っている間は、選手をやれると思いますね。
そう思うと、自分のやりたいことをできるのは幸せなことだなと思いますし、周囲も私のやることに応援こそすれ、反対はしませんでしたから恵まれているなと思います。そういう人との出会いが、自分のやりたいことを後押ししてくれるんだろうと思います。
ただ、そんな人との出会いは、求めて手に入るわけではないのが難しいところですね。
とにかくやれと言いたいです。それで食えるかどうかは誰にもわからない。ただ、わかることは、「始めないことにはわからない」ということです。悩むことも大事。と同時に踏み出すことも大事です。そこから始めないと何も新しいことは生まれないと思います。
アメリカへ旅に行きたいと思っていた頃、以前、アメリカに住んでいた人に相談したら、「自分の殻を破りなさい」と言われました。その言葉はいまでも印象的です。人のことを気にする前に、自分のやりたいことをやるのが大事なんだと思います。
自身の目標は、最速のタイムと年間チャンピオンになることです。最終的には、東京のお台場で世界一決定戦をできたらいいなと思っています。

Takeshi Shigematsu
重松 健
1965年生まれ、愛媛県出身。幼少期からモトクロス、ロードレースを体験し、アメリカ横断でドラッグレースに出会う。1999年渡米、中古マシンを購入し、数回練習後AHDRA(オール・ハーレー・ドラッグ・レース・アソシエイション)第2戦に初出場、初優勝を飾る。2008年4月、370.34キロというワールドスピードレコードを樹立。自己ベストは6.245秒 395.50km/h。
<重松健オフィシャルサイト>
http://www.crazytak.com/
<HDJ正規ディーラー ハーレーダビッドソンブルーパンサー>
http://www.bluepanther.jp/