

Kazuo Tanabe
田部 和生
1975年生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。ソフトバンク、リサイクルワンなどを経て、2006年より、環境保全とビジネスという観点を両立させるべくエコスタッフ・ジャパン設立に参画。
田部 和生 さん(エコスタッフ・ジャパン代表取締役)
エコな暮らしやロハスといった口当たりのいい言葉をうたう商品を買えば、私たちは環境に負担をかけないですむのだろうか。むしろ廃棄物は増えるばかりではないだろうか。
あらゆる欲望に答えるべく生み出された商品の数は、さまざまな廃棄物を生み出している。時折、ニュースで見る不法投棄の問題に憤りを覚えても、その元凶は私たち自身でもある。
今回登場いただいた田部和生さんは、産業廃棄物処理・資源リサイクルを安心して任せられるネットワークをつくろうとしているエコスタッフ・ジャパンを立ち上げた。その取り組みのアイデアや事業について尋ねた。
毎日の私たちの生活の中で廃棄物は出ていますし、それを処理している人もいます。廃棄物と聞くと、不法投棄の問題などもあって一般的には、あまりいいイメージではありません。
でも、きちんと仕事をしている人も確かにいますし、比率としてははるかにこちらの方が多いのです。まじめにやっている人ほど表には出てきません。というのも、廃棄物や資源リサイクルに関する業界では、どの会社が信頼のおける取引をしているか、またどのように仕事(処理・リサイクル)を行っているか、情報公開が非常に遅れているからです。
そこで私たちは、廃棄物の処理や資源リサイクルの業務に関する基準を統一し、わかりやすく紹介し、全国どの場所でも、また廃棄物のどの品目でも、同じサービス品質で廃棄物処理・資源リサイクルを行うブランドをつくろうと思い立ちました。

まず全国の優良な廃棄物処理企業をネットワーク化することから始めていますが、加盟するための基準を設けています。会社としてISO14001を取得していることや、経営者の方には、品質向上や法令遵守に関する誓約書にサインをすることなどです。その他にはサービス品質の基準として、マニフェスト管理の徹底を求めています。
マニフェストとは、産業廃棄物管理表制度のことで、産業廃棄物を排出した事業者が最終処分まで把握することを義務付けたものです。
排出事業者が廃棄物を収集する運搬業者や処分業者に廃棄物を任せきりだと、それがどう処理されているかわかりません。そこで産業廃棄物管理票(マニフェスト)を発行し、委託した廃棄物の最終処分までの流れを常にわかるように把握し、不法投棄を防止しようとするものです。
しかし、そこでもやはり問題になってくるのは、産業廃棄物を排出する企業にとっては、どこが信頼するに足る企業なのかがわからないところです。
私たちは一定の基準をクリアしないと加盟できないし、基準以下になれば、加盟を取り消す仕組みによって信頼を担保します。ESJという共通のブランドの元に全国にある優良企業をネットワーク化し、共通の教育を実施し、サービスの品質を標準化しようとしています。
主に、最終処分場や中間処理施設といわれるものを運営する企業です。最終処分場とは、廃棄物の再資源化や再利用の難しいものを埋め立て処分するところです。中間処理施設とは、最終処分に持って行く前に、再利用できるものを選別したり、埋立しやすいように破砕、圧縮したりする施設で、いわゆるリサイクル施設もここに該当します。その他としては、収集運搬事業者があげられます。これらの施設に持ち込む人たちですね。この3つがこの業界では主な事業者です。
一般的には、その違いもなかなか知られていないので、まずはそれぞれの加盟企業の担当者の顔がわかるように、ESJ認定マネージャー制度というものをつくりました。会社は違っても、担当者が受けている教育が高レベルで全社同じものであれば、安心できます。それに環境省の行っている業者の優良性評価といって、情報開示や法令を守っているかどうかを問う制度がありますが、これをきちんと行っているかなどを弊社のホームページでわかりやすく紹介することにしました。このような試みを通じて、各社の「安心安全」を推進・紹介し、ひいては業界のブランド化を目指しています。
廃棄物のサービスブランドという構想は、実は業界から切実な要求があって立ち上がったのです。業界の内部から「変わりたい」という考えがあって始まっているところがおもしろいと思います。
いまそれぞれの企業は代替わりの時期で、二代目に事業が継承されつつあります。特に若い経営者は昔から「自分たちの仕事は正当な評価をされてこなかった」と思っていた人もいます。
たとえば実家がごみ処理をしていたが故に、いじめられたりした経験を持つ人もいますから、その頃から業界を変えたい、イメージを変えたいという考えを強く抱いている人もたくさんいます。また、初代の社長は中卒だったけれど、二代目の経営者は大学を卒業し、一部上場企業で勤務経験を持ち、海外に留学したりするなどした人も多いのです。当然環境問題にも意識が高く、それだけに不法投棄している事業者と同じ扱いをされたり、同じイメージを抱かれるのはおかしいといった考えを持っています。

これは私見ですが、タバコのポイ捨てと一緒で、絶対になくなることはないと思っています。ただ、まじめな人は携帯灰皿を持っています。こうなったのもここ10年の話です。それと似ているのではないかと思います。だからこそ教育や啓蒙が大切で、やり続けること、それが最も重要だと思います。
たとえば、これまでだと業界が特に興味を抱いてきたのは、廃棄物の破砕能力は時間あたり何トンだとか、機械を何台持っているかといったことでした。しかし、私たちの取り組みは違って、顧客満足や住民とのコミュニケーションをどう行うか。そのためには、どういう社内教育が必要なのかといったソフト面で、徹底的に人に焦点を当てています。
また、廃棄物を回収する運転手に向けたマニュアルでは、車両に搭乗する前のアルコールチェックから、挨拶の励行、積み込み時のハザードの点灯、飛散防止カバーの掛け方など、細かくガイドラインを設けています。これらはひとつの企業がやっていたとしても、業界としてまだ統一されたサービス基準というものはありません。とても長い時間がかかるかもしれませんが、こういった取り組みが始まっているということは画期的なことだと思います。
いえ、むしろ逆に応援してくれました。というのは、そういう流れが主流になれば、不法投棄を行うようなダークサイドの人は出て来られなくなります。むしろ、熱い思いで「もっと自分たちの仕事を見て欲しい」と思っている人はたくさんいます。
処分場が足りていないのは事実ですが、一方でゴミの量が減ってきているのも確かです。そのためにも、リサイクル施設を増やし、安心できる企業を明らかにしていきたいと思っています。
この業界の変化は激しくて、10年後どうなっているかわかりません。環境問題への関心の高まりから、若い人がどんどん入って来ています。若い女性が廃棄物の営業を行うなど、昔なら想像つかない変化が見られますし、それはやはりやりがいを感じているからでしょう。私も新しい動きを体感しているところです。

高校生のとき、社会科の先生が環境問題について話していて、自分たちの生活の場所を自分で汚しているという点に何か違和感を覚えて、それが心に残っていました。
その頃は、将来は海外で働きたいと思っていたので、大学は国際関係の学部に進もうと決めました。大学に入ってから、環境と海外とビジネスを結び付けられないかなと思いました。ただ、私の就職活動の頃にはあまりそういった切り口での仕事はなく、商社でODA関係の仕事に取り組むとか、国際開発コンサルタントとか、自分なりに調べて見つけましたが大変な就職氷河期で思うように就職が決まるようなものではありませんでした。ただ、絶対にそういう仕事がもっと出てくるはずだとは思っていましたが。
法律の改正で2000年くらいから、環境ビジネスを切り口としたベンチャー企業が出て来ました。リサイクルワンという企業を知って最初に驚いたのは、黒字を出していたという点です。ソフトバンクの時にもITベンチャーの立ち上げを経験していましたが、サービスを自らつくって、継続的に利益を出すということはとても困難なことです。
それにリサイクルワンでは、一流大学を卒業し、一流のコンサルティング会社にいたような人たちが、廃棄物処理の世界に飛び込んで事業を起こし、最新のコンサルティングを行っていたわけですから、おもしろくないわけがありません。
どんな企業も事業である限り、利益を出さないと生きていけません。しかし、それを売上や利益至上主義といったようにやり過ぎるとビジョンとの間で摩擦を起こしかねません。そのバランスの難しさを痛感した時期もありました。
投資した見返りを求めるのは当然だとしても、今の日本では永遠に、しかも急速に右肩上がりの成長を描ける事業というのは余りないのではないでしょうか。事業計画書などの書類ではきれいに描けたとしても、結局働くのは現場の人たちであるという真実は変わりません。必要以上に仲良しグループになってしまってはダメですが、やり続けること、存在するということがしっかりと価値となる事業スタイルもあるのではないかと思います。

私も単純に「お金儲けをしたい」と思い、ガリガリ働いたこともあります。お金儲け自体は全く悪いことではないですし、堂々と宣言すればいいと思います。ビジネスの世界でやりたいこと、計画を形にするというおもしろさを味わうこともできました。
私の場合はそれと同時に、やはり環境事業をやりたいという考えもあったので、「お金のためだけに働くのもおかしいな」と思ってはいました。
結局、「誰と働きたいか」や自分なりの「ビジョン」が重要なのではないかと思います。私がまず振り出しとして、ソフトバンクに入ったのは、いまほど有名でなかった時代ですが、孫正義さんの「これからこうなる」というビジョンを聞いて、それがすごく響いたからです。そうなる事が目に見えるようでした。それに加えて、一緒に働くことになった同期や先輩も素晴らしかった。
ともかく、お金のためだけに働くことはできないにしても、ビジネスというキーワードは重要だと思います。NPOや国の機関という選択もありましたが、自分でサービスをつくり、自分で食べられるようになっていくプロセスは、サステナビリティ(持続可能性)そのものです。国際協力や地域開発も自立を目標としていますから、そういう部分もビジネスは含んでいると思います。それだけ自分で食べられるようになるのは難しいことで、まして付加価値を出し、人を雇うことは大変なことだと思っています。
まず現場をとことん見ることです。高校生の人たちに分かりやすく言うと、いろんな人に会う事でしょうか。いろんな人に会って、話をして「こうなりたい自分」を探してみる。そして、それだけだと現場に埋もれてしまうので、自分のやっていることを客観的に見ることも大事です。まずは自分なりの考え、ビジョンを創り上げる。
たとえば、いま手掛けている事業は将来性のある内容だと思っていますが、東京だから成り立つものだとも思っています。情報も人も集まり、官公庁も近くにあるという場所だからこそできる。そういうこともいろいろ経験する中で得たものです。
ただ経験するだけでなく、アンテナを張ることも大事です。第六感というのでしょうか、アンテナを張っていると、「いま動かなきゃ」というのがわかるようになりますし、そのとき動けるかどうかが大事になってきます。ビジョンを具体化するという意味では自らが動かないと何も変わっていきませんからね。

響く自分がいないと始まりませんが、私の場合、どんな経験がそれを可能にしたかというと、やっぱりまず「自分で徹底的に考える」ことがあったからだと思います。大学生の頃は日記も毎日書いていましたし、日によっては一冊のノートを使いきるくらいでした。自分の中の思いを噛み砕いてこそ、人に話せる中身もできてきます。だから闇雲に経験すればいいというわけではありませんね。
高校生のとき、環境に関心を持ったこと。それに海外で働きたいと思ったことで、漠然としながらも方向が定まり、それから逃げずに考えてきたから、いまの自分があります。もちろん挫折もいっぱいありましたけど、全部つながっていることをやっていると思います。
事業に関してはとにかく横の仲間、加盟企業を増やしていくことです。いまは安心できる事業者を集めている段階で、そのコンセプトを理解してもらうために時間をかけています。行く行くは、海外、世界を相手にした事業を行いたい。日本企業の優れた技術を世界のために役立てるような仕事ができればと思っています。
スポーツでしょうか。自分はバスケットをやっていましたが、経験することで自分の才能のなさがわかってよかったと思っています(笑)。若いときは特に何かができないと、「これすらできない自分はダメだ」と思いがちですが、そうではなくて、「これは自分に向いていないだけ」と思えばいい。私もいろんな経験の中で、何が向いていないかがわかったし、だからこそやりたいことがはっきりしました。高校生のみなさんにも勧められることがあるとしたら、いろいろ経験して、普通にやれること、やりたいことをまずやればいい。何をするにも明るく前向きに取り組む姿勢があれば、チャンスも開けてくると思います。

(注1)
香川県の豊島において、大量の産業廃棄物の不法投棄が16年に渡って行われ、1990年に兵庫県警が摘発したことから発覚したものの、不法投棄の実態は不明であったことから、公害等調整委員会が大規模な実態調査を行った。その結果、約56万トンの廃棄物が投棄されていたことが判明した。
Kazuo Tanabe
田部 和生
1975年生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。ソフトバンク、リサイクルワンなどを経て、2006年より、環境保全とビジネスという観点を両立させるべくエコスタッフ・ジャパン設立に参画。産業廃棄物処理や資源リサイクル業界をより「安全・安心」なものにするべく、サービスの高品質化、ブランド化をはかっている。
<エコスタッフ・ジャパン>
http://www.ecostaff.jp/