

Ken Miyauchi
宮内 健
1968年、東京都生まれ。明治大学政経学部卒。多摩大学大学院経営情報学修士修了。業界新聞紙記者、経営誌編集者を経て独立。企業経営活動や組織改革、働き方の変革を中心に執筆活動を行っている。
宮内 健 さん(フリーランスライター)
多様な働き方をうたっていた人材派遣会社が、給料の天引きや偽装請負などから厚生労働省により業務停止命令をくだされたことは記憶に新しい。働き方の自由度の高まりは、企業にとって都合のいい働かせ方でもあった現状が明るみになりつつある。宮内健さんは、これまでに1000社近い企業を取材し、労働の変遷について着目してきた。当たり前のようで、実はよくわからない働き方について尋ねた。
まず、いま話題のフリーター問題で言えば、個々の企業に関する議論はともかく、原因はマクロ経済の失敗にあります。1990年代後半から高い給料を得ていた管理職をはじめとしたサラリーマンの解雇が盛んに行われました。いつまでも景気は良くならず、業績不振のため企業は労務コストを削らなくてはならなかった。そこで何を削るかとなったとき、高齢者や高い給料をもらっていた人を辞めさせていくとともに若い人の採用も絞り込むようになった。それがフリーター問題の根っこにあります。

24歳で大学を卒業後、27歳までインドやネパールを旅して、ぶらぶらしてました。当時は90年代半ばで大卒の就職率が悪くなっていった時期。僕は自分の選択で旅を選んだのでちょっと事情が違いますが、多くの人が働きたくても働き先がなかったというのは気の毒な話です。これは景気を浮揚させられなかった政策の失敗であることは明かです。
けれど経済政策が失敗しようが何だろうが、人は生活していかないといけない。では、どうすればよかったのだろうと思っても、仕事がないのだからそう簡単にはいかない。
それに僕もそうでしたが、27歳までぶらぶらしていると、その後、景気が回復したといってもなかなか仕事にありつけないわけです。
まだ、旅もアジアから出ていないし、「もっと先まで行かなければいけない」と思っていたのですが、旅先でバックパッカーの人たちを見ていると20代後半までは元気だけど、30歳を超えた人たちは、まったく好きなことをやっているはずなのに魅力的じゃないことに気付きました。何でだろうと思ったとき、旅先ではいろんなことを経験した人であっても、日本では仕事を通じて役に立つことをしていないという実情がわかりました。
旅をしている人の日本での仕事といえば、日雇いくらいしかない。そこで「これはちょっと手に職をつけないと社会性がなくなるな」と思いました。
昔から新聞記者になりたいと思っていて、そういう業種を受けまくったけれど、どれもこれも駄目。もう今月で決まらなければ、西表島のサトウキビ畑で働こうと本気で思っていたら、たまたまある業界紙の記者に採用されました。
ただ、その会社はむちゃくちゃ給料が安かった。初月給が7万円。取材経費も出ない中、「毎日3件取材行ってこい」と言われるなど、実家で暮らしていたからなんとかなった。いまでいうワーキングプアに近いところにいました。
ひとつだけ良かったのは、仕事だけはいっぱいあってスキルと経験をつけられたことです。日雇い系の仕事だと、長くやっても現場の人と仲良くなるだけでスキルがつくとか、キャリアを形成することができない。それだと年をとって貧困化するしかありません。
入社してから給料も含めひどい実態に気付いて、こんなところにいたくないと思ったけれど、辞めてもどこかに入れるわけではない。さんざん就職活動で落とされてその辺はよく自覚していましたから(笑)、履歴書に書いたとき、転職の材料になるくらいはいようと決めました。つまり自分を法定賃金以下にディスカウントして働くかわり、スキルと経験を手に入れようと考えたんですね。
幸い仕事そのものはとても楽しかったので、会社にいる時間は出社と退社時だけ、後はずっと外で取材をしていました。町場の不動産会社の社長に話を聞くことが主な仕事で、そういう人たちの話は非常におもしろかったですね。
それまではあまり経済に縁がなく、どうでもいい話だと思っていたのですが、取材で出会う経営者たちの話を聞くにつれ、その生活感というか、食うために必死な様子や何とか稼いで社員を食わす気概とそれによって起こされる七転八倒の話が実におもしろい。経済ってこういうことだったのか!というような驚きを感じました。
経済とは、人々の営みの集積だということに気付いたわけです。それからはせっせと取材に励みました。最初は小さい会社ばかりだったけれど、ジャスダック上場あたりの会社を取材するようになると、もっと大きな世界の話も出るようになり、都合2年半で1000人近くの経営者に話を聞きました。
ただ、必死になって仕事をしていたら体を壊してしまいました。それで会社を辞め、1年間旅に出ました。東京からバスと船を乗り継いで台湾から香港に入り、雲南、チベット、ウイグル、パキスタン、アフガン、イラン、トルコのイスタンブールまでほとんど陸路で動いていたら1年がかりになったのですが、30歳になる前に行っておかないと次に進めないという思いがあったのです。

とりあえずお金がなかったのと、仕事を無性にしたかったので、中小企業の経営者向けの雑誌の編集を始めました。その2年後、フリーになり、『働き方 働かせ方』を書きました。
望ましい働き方をはじめ、「働くこと」についての議論があります。そのときにビジネス誌で「この会社はうまくいっている」という取材を行い、それをまとめる仕事が多かったわけですが、その一方で、働く側の怨嗟の声はなくならない。じゃあ実際のところはどうしたらよいのだろう?
結局、働く側と経営者は利害の対立しやすい関係にあります。社員の負担を増やすことによって会社が儲かる部分はあるし、逆に社員の要求をすべて呑んでいたら会社は倒産してしまう。でも、両者が対立したらいいビジネスは生み出せないし、どちらもハッピーになれない。Win- Win の関係をやっていく道はないものか。それにあてはまりそうな企業をピックアップしてみて、両側に聞いたらおもしろいかなと思って書きました。
個人にとって価値観の共感できる会社で働くことはどんな時代でも非常に大切なことです。ただ、以前の生産者主体で、「上」の指示・命令に従って社員が動くという運営スタイルを指して「会社の価値に順応すること」というのであれば、その部分はだいぶ変わったと思います。
生産者主体だった経済が消費者主体に変化して、いまは「何がお客さんにとっての価値なのか」を考えないと、どんな業界でもすぐお客さんが離れていってしまいますから。旧来の「司令塔があって全体を動かす」よりも、小さなチームが目の前の変化に対応するスタイルに移行せざるをえなくなっています。
そうなると個人の裁量や活躍できる場面も増え、結果として仕事をする上で楽しい環境になっているのではないかと思います。ただし、より個人の責任を問われることにもなっているので、きつくなっている側面もあります。
いずれにせよ、そういう質的な変化を行わないと会社が潰れる危機感を経営者も抱いています。
たとえば、高知県にネッツトヨタ南国というトヨタのディーラーがあります。高知という地方にある会社ですが、サービスの品質がとても高くトヨタの全ディーラーの中で顧客満足度が9年連続1位という企業です。日曜日になるとお客さんが数百人やって来ます。別に車を買う目的ばかりではありません。
そこでは何をやっているかというと、朝食サービスとかコンサート、各種のイベントといった顧客との良好で長期的な関係づくりです。従来の自動車販売はエリアを足でまわる訪問営業が主流でしたが、それはやらない。そのスタイルだと車を買う予定のない人にとっても、営業マンにとってもストレスになるからです。だから一般にディーラーは離職率が高いのですが、ネッツトヨタ南国は非常に離職率が低く、社員満足度が高い。つまり、この会社は顧客の満足度も従業員の満足度も非常に高く、かつ利益もきちんと出しているのです。
経営者は「自分はこの会社を何のためにやるか」と突き詰めて考え、「働く人を幸せにすることが大切だ」と思い至ったそうです。次に「どういうときに人は働くことに幸せを感じるのか」と従業員にアンケートを取った。そうすると「お客さまに喜ばれたとき」ということがわかりました。そこで現在のコンセプトができました。つまり従業員の満足を高めるために顧客満足度の向上を追求し、収益性も高い会社になったわけです。僕はその事例で知ったのは、「人間は自分にとって好ましいことをやるとすごい力を発揮する反面、嫌なことをやり続けることはできない」ということでした。

そうです。ただ、この会社がイベントをしょっちゅうやっているからといって、どこの企業もそういうことを行なえば、必ず人が来るわけではありません。そこに行けば楽しいから人はやって来るわけです。車を売り付けるわけではないにもかかわらず、結果的に数字に反映される。むろん、車自体の品質の高さとディーラーの提供するサービスのクオリティがあってのことですが。
ネッツトヨタ南国の例でいえば、やり方の押しつけや熱血指導の類はありません。接客方法やイベントも社員が自分たちで考えて実行し、反省してさらにブラッシュアップを続けている。自律的に社員が働くのは、お客さまに喜んでもらうことで自分たちも幸せになるという価値観が一人ひとりに浸透しているからでしょう。そうでなければ、本当に質の高いサービスの実現は難しい。
一方で、価値観やビジョンがろくなものではない、そもそもまともに考えていない会社もあります。だから、その会社の価値観やビジョンに賛同できるかどうかが、働く上でとても大切な基準になると思います。根本的に価値観の合わない会社なら、さっさとやめたほうがお互いのためです。
自分を把握することで言えば、「自分で理解している」と思っているほど、自分を理解してない。それを前提にするのがいいと思います。
20歳前後だと、いろいろ経験しているといっても限られています。「これが好きだ」といっても、本当に好きかどうかはわからない。自分が自分のことをいちばんよくわかっていなかったりします。
ということは、もっといろんな可能性が自分にあるということなので、それに気付くためには、いろいろ冒険するしかないと思います。
旅もそうですが、もっと細かいことでいいと思います。たとえば、新しい店に入ってみるとか。やったことのない体験をいっぱいやってみる。それが自分にとって居心地がいいのか。おもしろいのかそうでないのか。やってみて初めて感じることができます。その自分の感じた感覚を大切にしながら、次のステップへ行く。それを大事にするといいんじゃないかと思います。
自分の感じることを大切にすれば、オリジナリティを生み出せるかもしれない。感じて、考えて、行動する。そこで感じたことに基づいて、また考え、行動する。面倒だけど、やってみると楽しい。それが自分を知っていくことになるんじゃないかと思います。
人によって志向は違うから、公務員みたいな働き方が向いている人もいます。だから、いろいろ試してみて、感じて、考える中で、「こうだ」と思えばそちらに行けばいい。
ただ、ビジネスだと新しいものを生み出していかないといけないのは確かです。そうしないと、いまはすぐ利益が上がらなくなりますから。そうした場で働くにしても、自分ひとりですべてやろうとしないことが大事ではないでしょうか。新しいものごとを発想することの得意な人がいたら、その才能を支える側に回ることもできるのですから。

やはり実際に仕事をしてはじめて「ビジネスは面白い」とわかったので、志向はけっこう変わることに気付きました。「これは嫌いだ」と思っていたけど、食べたらおいしかった。そういう経験は誰しもあるでしょう。
明確に自分の進む先を見つけている人はいいけれど、そうでないなら食わず嫌いしないほうがいい。だから、就職浪人みたいなことをするより、とりあえず会社に何年か勤めて、そこで一人前になってから行きたかったところに転職する道もあります。とりあえず仕事してみたら、それが面白くなることだってあります。だから空白の時間があるなら経験しておいたほうがいいと思います。
自分としては、あまりつながっていない気がします。たんに旅はやっておかないと先に進めない感じがしたんです。ちゃんと燃焼しておかないと次へいけない感覚がありました。いまあの頃の年に戻っても旅へ行くでしょうね。
旅先のインドで入院したり、ネパールで襲われて、ナイフを出されたりと、いろいろありましたが、そうした旅行経験がいまに役立ったとすれば、やはり価値観の多様さに触れたのは確かです。
インドでは、たかられ通しで、最初は腹も立ちました。けれど、みんな食べるために必死だということに気付いてからは、たかられたらやっぱり怒るわけですが、それはそれとして受け入れられるようになりました。
いままでに会ったことのない多様な価値観に会った経験で、取材に行ってもびびらなくなりましたね。
個人が組織に自分を預け過ぎたり、優先順位を見失ったりしている面もあるでしょう。ただ、日本の会社の組織風土だとなかなか頼まれた仕事を断れない側面があるし、誰かが断ってもその仕事は消滅せずまじめで頼まれたら断れない人に振られるので、結局特定の人の負担が大きくなりがちという構図もあります。個人の生き方の問題もありますが、そういう仕事のバランス関係にしてしまった部署の責任者、経営者の責任は大きい。だから、人材派遣会社社長の奥谷禮子氏が「過労死は自己管理の問題」と発言しましたが、経営者としてはあんな発言をしてはいけない。
いまの若い人は会社に忠誠心がないと言う人もいますが、それはある意味健全なことです。きちんと自己を持ち、やることやってやりがいやお金などの対価をもらう。そういう関係をひとりひとりがつくらないといけない。
いまIC(インディペンデント・コントラクター)の取材をしています。普通だと、ひとつの会社と雇用契約を結んで、給料をもらうわけですが、ICだと複数の会社と雇用契約ではなく、業務委託契約を交わします。そういう仕事の仕方が増えています。
従来の働き方と質的に違うのは、雇用ではなく、ビジネスの関係だということです。専門性の高いスキルを持った人がプロジェクトごとや1年単位で仕事を行っています。
そういう人たちの中に、かつて会社員時代に過労で倒れて、突発性難聴になった人がいます。ところが、いま倒れた頃より働いているけれど、むしろ「体調がいい」と言います。なぜかというと、自分の裁量で仕事ができるからです。自由度が高いということは、好きな仕事に集中できる。人間関係の調整にかまけなくていいから楽しい。
そういうふうに自分にあわせて仕事をつくれる状況が生まれています。そのためには自分の仕事を認めさせる結果を示さないといけないから、簡単ではありません。ただ、そういう仕事のあり方もあるといった視点をもって能力を磨いていれば、働き過ぎて自殺するような事態は起こらないと思います。
何か困っている人がいたら、できる範囲でいいから手伝ったほうがいいですね。その理由は、仕事の基本は誰かの困りごとを解決して喜んでもらうことだから。しかも、そうやって何かを手伝った人とは、共通体験を通じて人間関係が深まりやすい。お互いにどういう人間で、何ができるのかを理解しあえます。すると、自分が困ったときに力を貸してくれたり、「こういうことならあいつに任せてみよう」という機会が舞い込んだりする可能性が広がります。最初から他人の力をあてにしてはまずいですけれど。
逆説的ですが、とりわけフリーランスのように一人で働くには、個人の能力に加え、多くの人たちの助けがなければできません。有機的な人のつながりができると、一種のセーフティーネットのようにもなるし、単純に嬉しくもあります。その意味では、人生をより豊かにする手段とも言えますね。

Ken Miyauchi
宮内 健
1968年、東京都生まれ。明治大学政経学部卒。多摩大学大学院経営情報学修士修了。3年間のアルバイトと海外旅行生活を経て、業界新聞紙記者に。その後、経営誌編集者を経て独立。企業経営活動や組織改革、働き方の変革を中心に執筆活動を行っている。主な著書に『働き方 働かせ方』(旬報社)。
<「雇われない働き方」研究室>
http://www.kenzow.net/workstyle/
【宮内 健さんの本】

『働き方 働かせ方―社員と会社の新しい関係』
(旬報社)