

Tetsuya Ando
安藤 哲也
1962年、東京・池袋生まれ。明治大学卒業後、有紀書房に入社。書店営業で全国の書店を歩く。00年、オンライン書店bk1へ移籍。02年まで店長。04年、楽天ブックスの店長に就任。06年11月、NPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ)を立ち上げ、代表に選出・就任。
安藤 哲也 さん(NPO法人ファザーリング・ジャパン代表)
安藤哲也さんといえば、品揃えの豊富な大型書店の攻勢を前に元気のなかった町中の書店を復活させ、その後はオンライン書店bk1の立ち上げを振り出しに、楽天ブックスで活躍されるなど一貫して本にまつわる仕事をされてきた人として有名だ。その安藤さんがいまもっとも力を注いでいるのはFathering(ファザーリング)だ。Fatheringとは父親であることを楽しむ生き方。
働くことから「お金を稼ぐ」以外の価値がすっぽり抜けて久しい。次世代を担う子供を育てる観点から働くことを含めたライフスタイルを見直す時期にいま差し掛かっているのではないだろうか。
自分の中ではつながっていることなんです。僕には10歳の娘と7歳の息子がいて、間もなく第三子も生まれます。この10年、主体的に子育てに関わり、楽しんできましたし、今後も楽しみたいと思っています。
実際、子育てに関わることで世界が広がりました。保育園で知り合った人が仕事に結びついたり、こうやってNPO活動につながっていくなど会社勤めだけでは得られないネットワークや仕事のフィールドを作ることができました。つまり、育児に関わることは子どもの成長だけでなく、自分にとってもメリットがたくさんあることを知ったのです。
育児は「義務」である前に「楽しい権利」。子どもとともに自分も成長できるチャンスなんです。「こんなメリットのある楽しいことを世の中のお父さんたちは何でやらないんだろう?」と思いますね。

日本は古くから「父親は仕事、母親は育児・家事」といった図式があり、現在もそれでよしとする人々が多いですが、現代では女性の就労率が高まり、家庭環境や社会の構造が変わりました。また地域社会が崩壊して育児が孤立化し、母子密着が過ぎて虐待などの問題も起きています。
つまり従来の考え方ややり方ではうまくいかないケースが多いのです。女性が結婚して子どもを産んでから、自分の思い描いていた生活イメージとパートナーの男性の考えに食い違いがあると気付いても遅い。男性の古い価値観を「Windows95」に例えると、古いOSのまま子どもという新しくて厄介なソフトを立ち上げた途端、パソコンがたちまちフリーズしてしまうようなものです。そうならないためにも「子どもができたら、まずOSを入れ替えよう」とファザーリング・ジャパンでは男性たちに伝えています。
まずそれが当たり前だという考え方をやめませんか。そうやって僕らが得てきたものって何でしょう?企業は儲かっていても満足感が高いのは経営者だけで、働いてばかりの僕ら一般社員に幸福感はあまりないと思います。生活は一見豊かになったけど、長時間労働で家族のコミュニケーションは減り、夫婦や親子の問題は激増。大切なものを日々失っている感じがします。
男性(父親)の家事・育児にしても「家族サービス」という言葉や、ママの仕事を「手伝う」「シェアする」というのももうやめませんかと言いたい。義務的にやっているうちは全然楽しくないし、苦楽を共にしてこそ家族なんだと思いますよ。仕事ももちろん大事だけど、それだけでは人生楽しくない。仕事で成功したって育児で失敗したら何にもならない、と多くの人は感づいているはずです。だから仕事と生活の調和(ワークライフ・バランス)という考え方が出てきた。働き方の見直しをしてもっと効率のいい働き方をし、仕事一辺倒の生き方から脱却し、大切な家族と過ごす時間を増やし、毎日に幸福感の持てる生活をひとりひとりが考えないといけないと思います。
いま若い父親を中心にマクラーレンというブランドのベビーカーが流行っています。イギリスのブランド商品ですが、そういうファッションから入るのも悪くない。けれども子どもとの普段の暮らしの中にこそ、モノでは味わえないパパとしての喜びがあるのです。子どもの健全な成長のために自分は父親としてどうあればいいのか。地域社会のために市民としてどういう考えを持っているのか。広く次世代のために何をしていけばいいのか。子供に寄り添って生きていけば、そういうことが問われます。子どもの防犯問題は関心が高いですが、大きな事件があったときだけ考えるのではなく日頃から問題意識を保つことが重要で、そのためにはなるべく子どもと一緒にいて子どもの目線に立って世の中を見ることです。
父親のライフスタイルはブランドのベビーカーを押すといったファッションだけでなく、哲学をもったスタイルであって欲しいですね。

子どもができたときに、育児に主体的に関わりたいと思いました。そのためにはまず時間が必要だと思ったので、自宅と保育園と職場を小さい半径で結び、その範囲は自転車で15分圏内と決めました。往来堂(注2)を出店したばかりの忙しい頃でしたが、保育園通いは楽しみでした。保育園で熱を出したときも僕が引き取りに行き、そのままおぶって書店のレジに立ち、夕方に奥さんが会社から帰ってきたらバトンタッチし、また仕事をしていました。
こういうのって、通勤するのに1時間半かかっていたら無理な話。その頃、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)という言葉もありませんでしたが、結果的にそういうことをやってたんですね。それが僕のOSの入れ替え方だったんでしょう。
社会に対する意識についても、親になって変わりましたね。子どもの目線で物事を考えるようになりました。いま社会全体に子どもを大切に育てようという雰囲気が感じられないですね。ベビーカーは道を通りにくく、電車には遠慮して最後に乗り込む。この前も乗ろうとしたら扉がしまってベビーカーが引きずられる事件が起きましたが、ああいうのは欧米ではちょっと考えられない。子どもが健全に育っていく環境を大人が保証していない。その大切さも教育では教えない。そういった社会の問題点について父親になってから気付きました。
確かに家族を養うのも父親の役割です。昔は仕事だけしていればよかったのかもしれないけど、現代は社会環境や家族のあり方が変化し、それだけでは通りません。共働き家庭では家事育児にコミットしなければ、家は回りません。
子どもとの関係性においても、思春期に子どもが問題を起こしたとき、幼児期のふれ合い不足で子どもと基本的な信頼関係が結べなかった父親が急に出て行っても、現代はまったく説得力を持たないでしょう。従来の父親は、「子育てはおまえに任したはずだ」と奥さんに言ってきたわけですが、いまそんなこと言ったらキレられて離婚ですね。
確かに転職しやすい社会になりましたが、それも「競争社会では生き残るために資格取得が必須」といった風潮に翻弄された結果のような気がします。若いうちはそれでいいのかもしれないけど、結婚して子どもができたら自己中心的な転職ではなく、家族の幸福を考慮したライフスタイルを手に入れるようなギアチェンジをすべきです。
しかしお金とかブランドといった価値観に拘り、子どもにも「勝ち組になれ」と声高に言う父親が増えていることには暗澹たる気持ちになります。一昨年、奈良県で、父親から医者になるべく猛勉強を強要された息子(高校生)が放火して家族を殺してしまう事件がありましたが、これは父親の子育ての最悪の結末と受け取りました。
僕は当時、六本木ヒルズで働いていたのですが、事件は地方の名士の家だけに起きた特別なことではなく、勝ち組と言われている有名企業で働くサラリーマンの家庭でもこれからは普通に起きるのではないか、と思いました。

主流に乗っているときは心地いいのですが、いつまでもそれが続く保証はありません。若い時の成功体験は人生を劇的に変えてくれるけど、それだけに依存したり、安住していてはダメ。常に成長を心がけることが肝心です。
そのチャンスが「父親になる」ということです。父親業を楽しんでいる人は、本業以外にネットワークや仕事の領域も広く、引き出しがたくさんある。つまり「人間の幅」が出てくるのです。逆に仕事ばかりしている人は、そこ以外の世界を知らないから年をとると「つまらない人」になります。
先日、ある大学の授業で、男性の育児の楽しさや子育てが自分を成長させてくれる可能性について講義したら、学生の反応がものすごくよかった。ワーカホリックな自分の父親以外のモデルを見てないので衝撃だったのだと思います。その多様性を知ることが、将来自分らしい父親像探しにつながります。
育ててもらった恩はあるけれど、父親のやり方・考え方を自分がそのまま真似てやる必然はない。社会は変わったんだと認識し、自分が父親になったらまずその身近で古い価値観を疑ってみる必要があります。また同じ会社に小さな子どもがいながら残業で家に帰らない先輩がいても「そういうもんか」と思わず、子育てしたいのなら自分なりに最善の方法を見つけていくことです。仕事で成功しても子育てで失敗したら意味がない、とまず自分の考えを変えないといけない。
これからの生き方(ライフデザイン)を想うとき、自分ひとりだけの問題ではなく、自分を軸に家族、地域、社会全体がどういうふうになればいいのかを考えることが重要です。父親は特にそれが必要だけれど、できればそれは10代の頃から少し考えておいたほうがいい。会社はお金儲けの仕方は教えてくれてもそういうことは教えてくれません。「よき親になりなさい」とか「よき市民になりなさい」と会社の上司は言いません。自分がそうではないのだから言えるわけありません。
たとえば六本木ヒルズで働くことにある種の人は憧れるかもしれないけれど、三食を会社の食堂で食べて夜遅くまで仕事するなんて、いわばブロイラーみたいな生活です。健康にもよくない。そうやって会社に拘束されて長く働くことが偉いという価値観はそろそろ止めにしないといけない。多くの父親は多忙を理由に育児ができないというけれど、そういう人は午前中ネットサーフィンして夜になってから仕事をしていたりする。僕は毎日夕方6時に退社しても、売り上げを向上させました。短い時間に効率よく濃度ある仕事をするのがいい。子育てや趣味などいろいろなことが出来るし、会社だってそのほうが残業代やオフィスの電気代もかからないからいいでしょう。

僕の父親は、昭和3年生まれの公務員。典型的な家父長型の父親でした。子どもの教育には口を出していたけど、日常的な子育てに関心はなかったと思います小学校5年でビートルズに出会って、「ジョン・レノンのラブ&ピースの世界がなぜ我が家にはないんだろう?」と僕は思ってしまった。ジョン・レノンはミュージシャンとして初めて育児休暇をとった人です。「自分も子どもができたら、ああいう父親になりたい」と何となく10代の頃からぼんやり思っていた気はします。
でも、20代の頃は仕事が楽しくてそんなことは忘れてました。30歳で本屋になって、毎日レジに立ってファミリー客を見ているうちに、「子どもってかわいいな」と思うようになりました。そして35歳で子供ができて思い出したのは、やっぱりジョン・レノンでした。
僕が子どもの頃とは時代も変わって、父親が仕事をしながら子育てをしても受け入れられる。その芽生えはあると感じ、そういう社会を望むならば、まず自分がなろうと思い、僕なりの子育ての楽しみ方を模索しはじめたわけです。
学生の頃はミュージシャンになるのが夢でした。でもその夢は破れてしまい、音楽の次に好きなのが本だったので出版社に飛び込みました。8年、出版社にいましたが流通の方が面白そうだと思い、30歳の時に書店員になり、35歳で往来堂書店をつくりました。その後は時代の流れに沿ってオンライン書店へ移ったりしましたが、常に自分の中で興味ある仕事をしてきただけなので、転職とかキャリアアップという意識はあまりありません。楽天にも4年いましたが、あそこでやりたいことはもうやったので在籍している理由がなくなり、辞めました。
確かに飯のタネは必要ですが、やりたくもない仕事をしていては自分が腐るだけ。子どもにとってもそんな父親は嫌だと思うんですよね。

イメージだけで比較するのをやめることです。出版社ではとかく編集が偉いという風潮がありますが、営業力のない編集者は使い物になりません。行きたくない営業に回されたからといって腐らずに、まずは営業の最前線で営業力を鍛え、それから編集に行った方が優秀な編集者になれることも多々あります。
あと仕事を「こういうもんだ」とルーティンワークにして、思考停止になっている先輩を反面教師にすることです。新しいことをやろうとしないどころか、部下の試みを否定する人もいますが、そういう小さい人に取り合わず、常に外に向かって仕事をするべきです。
社内で自分をインスパイアしてくれる上司と出会えるかどうかはとても大事ですが、それは自分では選べない。でもだんだんと選ぶ技術を身に付けることはできます。それは自分の中に基準をつくることです。
企業の不祥事問題が起きるのは、内々だけで通用する掟に従ってしまうからですが、ちょっと冷静に考えれば、それは「インチキ」でしかないことは誰でもわかります。企業内不文律に抗うためには思考停止にならず、「それは人(父親)としてできない」と思える確固たる基準や倫理感を自分の中に持つことだと思います。そんなことで一生を棒に振るなんてつまらないし、第一、人として情けないですよね。
失敗をたくさんすることですね。10~20代はバカやって失敗してナンボでしょ?いまの世の中は若い人を含めてとかくリスクヘッジし過ぎます。人間関係でもそう。傷つくのを恐れてあまり深く関わろうとしない。人は交わって、喜びあったり、喧嘩したりして成長するものです。それをやらない、自ら回避しちゃうからコミュニケーション力が衰え、すべてが表面的になり、体温の低い世界で生きてしまうんじゃないでしょうか。
でもそれは大人たちがそうだからという部分もあります。いまの子どもたちが父親に心を開かない、信頼できないのもそういう父親のあやふやで人間味を感じない振る舞いや生き方に原因があると思います。笑わない子が最近増えていますが、そういう子のお父さんはやっぱり無表情で覇気のない生き方をしていますね。自分はそうありたくないし、ファザーリング・ジャパンも世の中に笑っている父親がもっと増えればと思い活動しています。いま10代の人も、将来、自分が親になることをポジティブに想像し、このことの意味を理解してもらえたらと思います。

(注1)「よい父親」ではなく「笑っている父親」を増やし、それが働き方の見直し、企業の意識改革、社会不安の解消、次世代の育成に繋がりという考えをもとに、さまざまな事業を展開しているソーシャル・ビジネス・プロジェクト。
(注2)96年、東京・千駄木に開店した書店。書店入り口に雑誌ではなく書籍を置くレイアウトなど、その手法は従来 の書店とは異なり、20坪程度の書店ながら出版業界の注目を集めた。http://www.ohraido.com/index_n.cgi
Tetsuya Ando
安藤 哲也
1962年、東京・池袋生まれ。明治大学卒業後、有紀書房に入社。書店営業で全国の書店を歩く。94年、東京・大塚の田村書店の3代目店長に。96年、東京・千駄木の往来堂書店をプロデュース。初代店長を務める。00年、オンライン書店bk1へ移籍。02年まで店長。その後、糸井重里事務所を経て、03年、NTTドコモの電子書籍事業へ参画。04年、楽天ブックスの店長に就任。07年10月退社。06年11月、父親子育て支援・自立支援事業を展開するNPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ)を立ち上げ、代表に選出・就任。07年11月より、絵本ナビ取締役(非常勤)も務める。
<Fathering JAPAN>
http://www.fathering.jp/index.html
<絵本ナビ>
http://www.ehonnavi.net/home01.asp