

Atsuo Takanishi
高西 淳夫
1956年福岡県出身。早稲田大学理工学術院教授。米国マサチューセッツ工科大学客員研究員、イタリア聖アンナ大学院大学客員教授を歴任。2000年冬には世界で最も権威のある英国の青少年向け公開科学講座「クリスマス・レクチャー」講師を担当。
高西 淳夫 さん(早稲田大学教授)
人型ロボットの開発において、世界のトップを行く日本。中でも早稲田大学は60年代から二足歩行ロボットの開発に取り組むなど、研究の先鞭をつけてきた。いったいどういう思いでロボット開発に取り組み、そのことで社会、人間はどう変わるのだろう。早稲田大学工学博士である高西淳夫教授に尋ねた。
はい、それを心身統合メカニズムの研究と呼んでいます。人間はもちろん体がないと生きていけませんが、同時に心もあります。この体と心とは別々にわけられるものではなく、両方が混然一体となって、社会生活を営んでいます。
これまでロボットは産業ロボットのように「早く動く」とか「精密に組み立てられる」とか、そういう方向で進めばいいとされてきました。自動化の生産ラインではそれでかまわないのですが、将来ロボットが工場を出て、人と関わる場面になれば、そういう機能だけを果たせばいいわけではありません。
たとえば、同じことを人が言っても「はい」という人がいたり「はーい!」と答えたり人がいるように、ロボットにも言葉の裏にある心的な要素を求められます。真の意味で人にマッチしたロボットを考えると、そういう心的な面もロボットの中に入れていかないといけないでしょう。

故加藤一郎教授を中心としたグループが60年代前半から世界で最初に人型ロボットの研究を開始しました。そういう歴史があるので、やはり人型を開発したいという思いはあります。二足歩行するとか、人と同じような声帯のメカニズムを持っていてしゃべるとか。あるいは人と同じ顎を持っていて、ものを噛むとか。人体の全体をそのまま再現し、ロボットを完成させるのはとても難しい。いまできるのは、体の一部の再現でしかありません。
しかし、それによってこれまで二足歩行はどういうものかと、いろんな研究がありました。いろいろ説明はあっても定量的な説明ができていませんでした。つまり、数値に置き換えて、誰もがわかるような説明は行われてませんでした。それが人型ロボットの開発で、人の機能の再現ができるようになりつつあります。そういう研究によって、ロボット工学的な視点から人を解明していこうとしているところです。
大昔から「人は転倒する前に足を出すから倒れない。この連続が歩行だ」といった説明はありました。でも、それでいきなりロボットを歩かせられるようにはなりません。というのは、そういう説明の中には、定量性がないからです。
仮に15度傾いたときに、足を10ニュートンの力で振り出せば倒れないといったように定量的にはわかりません。
ロボットは、たとえばJIS7000の超々ジェラルミンを使って、250ミリ±50ミクロンの精度でつくり、150ワットのモーターで電流を何ペア流すとどれだけのトルクになるかとか、全部定量的な部品を組みあわせ、数値を与えて、全体としての定量性を持たせています。
また、コンピュータのプログラムも一種の論理列で定量性が高い。こういうものを統合してできあがったものは、定量性の塊です。そこで定量的な仮説を、「こうしたら転倒しないだろう」とプログラムし、ちゃんと歩けたら仮説が実証されたわけなので、昔から行われていた二足歩行を定性的な説明を超えた次元で説明できることになるわけです。
二足歩行の何たるかが厳密にわかってくれば、それで得られたモデルで義足やリハビリ法を開発できます。また、椅から立ち上がるときにスムーズに立ち上がれるとか、そういうことが必要な人のためにモデルの利用が可能です。
人がロボット工学的にわかるということの効果ははかり知れません。ほかにも咀嚼ロボットの開発で、人の顎のメカニズムがわかってきました。そこで顎関節症を治療するロボットを開発していくといった試みを行っています。人型のロボットの研究と人のための装置開発は、いわば車の両輪です。

どちらもあります。二足歩行の例だと、ロボットの制御によっては、つんのめって倒れそうになります。人だと何気なく無意識に歩けているのに、ロボットはそうではありません。そこで人でいうと靴底に当たる部分がよくないんじゃないか。滑りを検出して滑らないようにする制御が必要だとか、アイデアが浮かんできます。
また、問題を明らかにする中では、自分で前後左右に歩いたり、わざと滑ってみたりとか。問題意識がはっきりすると、自分に跳ね返ってきて、新しいアイデアを絞り込んでいきます。
不安定についてはあまり考えません。基本的に安定だけを考えました。それは科学的なものの見方は、シンプルなほどいいからです。野球選手がボールを投げるとして、ピッチャーによって軌道はさまざまです。でも、ボールそのものは製品として同じだから、どういう角度で初速度を与えて投げ、どういう方向で回転しているのかがわかれば、あとの軌道は風が吹かない限り同じ動きをします。つまり運動の方程式に立ち返れば、同じ結果になります。
ロボットの制御も複雑に考えません。どれだけシンプルにすれば、すべてのことが包括的に見ることができるか。そういうふうに考えます。そうなると安定か不安定よりも、軌道計画に着目します。足で踏んでいる時に地面にでこぼこがあったとして、その情報をもとに次にどういうふうに足を踏むか。
あるいは先に障害物があって、いきなり避けるのではなく、事前に避けるための予備動作を始める必要があります。そうなると、ある程度の未来値をロボットの中でつくっておかないといけません。
どう動いたらいいかという軌道計画と、そうやって計算していたのとは違う環境だったときに、転倒しないようなリアルタイムの制御も必要です。このふたつの視点で研究することが重要だと考えています。
日夜失敗を繰り返しながら、いつも努力することが結果的には、成功に結びついています。経験をすることで新しい発想も生まれてきます。ロボットと寝泊まりし、一緒に暮らすくらいの気持ちで研究に向かっていかないと、ブレイクスルーはなかなか起きません。
それに周辺技術の発展も見落とせません。ロボットは、広い技術領域の集約されたものです。関節には特殊な軸受けがあったり、強靭で軽い材料が必要だったりします。モーターには、ネオジウムという世界一の磁力を誇る磁石が使われていますが、そのことで大きい力が出せるようになりました。また、バッテリーの性能も向上し、リチウムイオン電池を搭載して、外から線をひかなくても歩けます。コンピュータもいまから10年前なら何億円もかけないとできなかったものが、いまやノートパソコンで処理できます。それらを集大成したのがロボットですから、ひらめきだけでなく、技術分野の発展に注視する努力も必要です。

そのほうが多いです。でも、思った通りにならないからチャレンジする価値があります。フルートを演奏するロボットを開発しましたが、フルートはクラリネットのようにリードがないので、音を出すこと自体が難しい。あえて難しい楽器を選んだことで、チャレンジのしがいもあります。
二足歩行もそうで、そこにチャンレンジしてきたことが、現在の技術に反映しています。いま、博士課程以上の研究者が100人以上いるイタリアのロボット研究所や台湾の台北工科大学などで、早稲田大学の開発した技術を使って二足歩行ロボットをつくっています。成果が外に広がって、インターナショナルな共同研究に発展しつつあります。
こういう状況は、私が学生の頃は、まったく想像していませんでした。世界と提携とかよりも、目の前でつくっているロボットが町中を二本足で闊歩する。そういうイメージを実現したいと思っていました。そう考えて研究をしてきたら、私たちの価値を周りが認めてくれるようになりました。
一般的には、日本では考えられないような抵抗感があるようです。アメリカのマサチューセッツ工科大学の教授で、人型ロボットの研究者は、脅迫手紙を送りつけられていたと聞きました。ロボットの研究者にすれば、人型のロボットをつくりたいのは自然な気持ちです。でも、人が人をつくるとは、神の摂理に背くと思う人もいます。確かに、日本のほうが研究しやすいというのは事実のようです。
そういう意味では、現在いろんな文化背景の中で、科学技術が発達して、それぞれの地域で問題を引き起こしています。イギリスでは遺伝子操作は、あまり問題になりません。むしろ品種改良で速い馬や様々な犬をつくるなどしてきた歴史があるため、ES細胞の研究も盛んです。
しかし、日本ではどうかというと、欧米では一般的な臓器移植についても抵抗があります。臓器移植法が施行されて10年以上になりますが、まだ50件くらいしか手術例がありません。一方、ドイツでは、ひとりの外科医が1500人以上、心臓移植を行っています。ドイツからすれば日本は、いわば臓器移植を公式に否定している国です。
ところが、日本では人型ロボットの開発は悪いと思わない。けれど、欧米ではそうはいかない。将来的には、日本の事例が参考になって変わっていくかもしれません。日本のアニメが世界中でジャパニメーションとして席巻し、アニメやロボットに対する考えも変化していると思います。
数年前に、イタリア人の留学生を、私の地元である中野の「まんだらけ」というマンガやフィギュアなどを売っている店に連れて行ったことがあります。店前に張り子のロボットがあって、「これは自分が子供のときに見て、入れ込んでいたロボットだ」と非常に喜んでいました。しかも「自分がいま人型ロボットを研究しているのは、このアニメの影響だった」と。つまり日本的なアニメの中で培われた発想やストーリーが彼等の中に刷り込まれつつあるわけです。そういう意味では、日本のアニメはある意味、日本と海外が仲良くするための素地をつくっていると思います。

自分の興味を持ったものに制限をつけないことをお勧めしたいです。自分から手かせ足かせをはめないこと。私は高校生の時、力学に興味を持ったので、大学の教科書を買って勉強しました。高校までの教科書で勉強するというのはスタンダードとしてあっても、興味があれば、どんどん進めていったらいい。そして、いろんなことを経験すること。私はアマチュア無線の免許を中三でとって、ほかにも電子回路を設計したり、エンジンで飛ぶ飛行機をつくったりするなど、とにかくものづくりが好きでした。そうした経験がロボットの製作に反映していると思います。
本を読んで考えることも重要ですが、体を動かすことで生まれるひらめきも重要です。いちいち本の内容を思い出して事に臨んでいては、世の中の問題を統合的にとらえられません。経験して、インスピレーション豊かに発想する。それが大事だと思います。

Atsuo Takanishi
高西 淳夫
早稲田大学理工学術院教授。
1956年福岡県出身。88年本学専任講師、90年助教授、97年教授。90~91年米国マサチューセッツ工科大学客員研究員、98年3月~4月イタリア聖アンナ大学院大学客員教授。2000年冬には世界で最も権威のある英国の青少年向け公開科学講座「クリスマス・レクチャー」講師を担当。
著作に『マイロボット』(読売新聞社)、『人間型ロボットのはなし』(日刊工業新聞社)などがある。
「Takanishi Laboratory」http://www.takanishi.mech.waseda.ac.jp/
【高西 淳夫さんの本】

『ワボットのほん〈4〉ヒューマノイド・ロボットとは』
(中央公論新社)

『人間型ロボットのはなし』
(日刊工業新聞社)