

Hiroshi Michishita
道下 裕史
岩手県生まれ。69年日本リクルートセンター(現リクルート)入社。82年にアルバイト情報誌『フロム・エー』を創刊、編集長に就任。2000年リクルートフロムエー取締役退任後、「エグゼクティブフリーター」を自ら名乗る。
道下 裕史 さん(エグゼクティブフリーター)
現在、フリーターといわれる人は、400万人を数え、15~34歳の9人に1人がフリーターだと言われる。格差社会や下流をキーワードに語られる際、フリーターは非常にネガティブな意味合いで捉えられがちだ。
道下裕史さんは、アルバイト情報誌『フロム・エー』を創刊し、フリーターという言葉を生んだ。当時、どういう考えでフリーターという言葉を思いつき、そして、現在のフリーターを取り巻く環境をどう捉えているのかを尋ねた。
私がフリーターという言葉をつくったのは20年くらい前です。そのときイメージしていたのは、学校を卒業したけれど、すぐに就職せず、自分のやりたいことのためにバイトをしながらがんばっている人たちでした。
たとえば「映画監督やカメラマンを目指そう」という夢は、就職すればなれるものではありませんよね。当時、私は情報誌『フロム・エー』の編集長をしていましたが、夢に向かってがんばっている若者をフリーランスで自由に動けるアルバイター、つまりフリーターと名づけたわけです。

文部省(現・文科省)の学校基本調査の卒業後の進路統計を調べたところ、年々「無業者」層が増えていることに気づいたからです。進学も就職もしない人は、いったい何をしているのか調査しました。
当時は、女性だと家事手伝いが多かったのですが、それ以外に、たとえば出版の仕事がしたくて、とりあえずどこかの編集部にもぐりこんで使い走りをするといったように、卒業したけれど、就職でも自営でもなく、けれど、何かやりたいという思いを持っていて、そのための手がかりを探している人たちがいることを知りました。やりたいことをかなえるレベルに持っていくまで自分を鍛えている。そういう期間として認識している人が多かったように思います。
ちょうど飲食業は大規模なチェーン展開が始まる時期だったので、それに貢献できる人という意味でフリーター歓迎という求人広告をたくさん行いました。産業界としてもフリーターに期待するところは大きかったのです。
そうですね。たんにやりたいことが決まっていないからフリーターをするといった、モラトリアムとして過ごす人が増えたので、イメージは悪くなってしまいました。
最初に考えた当初の私の思いとはかけ離れてしまったので、非常に残念です。しかもいまではフリーターはニートとならんで、成熟を拒否する人というイメージがあります。
しかし、実態はどうかと言えば、企業から見ると、フリーターをいかに活用するかは非常に重要で、大きなマーケットになっています。現実にフリーターに働いてもらうことが前提で成り立っている産業は、サービス業をはじめたくさんあります。なかでも飲食業は大部分がフリーターです。
悪いイメージがついている一方、実際は企業からすると外せない存在になっています。またフリーターの社員化を考える企業も増えているので、モラトリアムといったネガティブな部分しかないわけではありません。

そういう時期はありませんでした。ただ、仕事を始める前に何に向いているかいろいろ調べました。でも、職業の実態はなかなかわからないし、まわりに聞いてみても実感が持てない。そうして調べている中、リクルートという会社を知り、ここがいろんな企業の紹介や就職のための企業紹介をしていたので、リクルートに入ったらたくさんの企業の実態がわかると思いました。多くの企業を知れば、自分に合う仕事が見つけられるんじゃないかと思ったわけです。
体が弱いので、漁師にはなれないと思っていました。かといって、人付き合いも苦手だったので、正直何に向いているのかわかりませんでした。
理由は二つあります。まず、私は岩手の田舎から出てきたわけで、東京に来て、ちゃんと会話できるかどうか心配でした。それと田舎と違っていろんな人がいるから、うまく人と接することができるか心配でした。けれど、これらは克服するしかないとも思っていました。
克服の方法はいろいろあるけれど、一番過酷なのは、いろんな人のいる東京で営業をすればいい。ハードルが高いけれど、それで鍛えられたら早く克服できると思ったのです。
実際に働きだすと、人材採用の広告を取るいわゆる飛び込み営業という新規開拓のため、1日中あちらこちらまわって、話を聞いてもらうことが仕事となりました。
当時、リクルートといっても知名度がありませんから、「陸ルート」と勘違いされ、運送会社と思われたりしたこともありました。ほかにも、水をかけられたり、塩をまかれたり、けっこう大変でしたよ。
経営者や担当者になかなか会えないことがわかって、何らかの形でコンタクトとれる方法はないかと考えました。そこで毎日の新聞を見て、人材採用や教育研修に関する記事を切り抜いてコピーし、連絡先を書いて訪問先に置いてくるようにしました。受けとった会社の70%は読んでくれていたようです。切り抜きの記事を読んだ社長のうちの8%くらいは反応がありました。「もう少し詳しく聞きたい」と言われるようになりました。
しかし、私は新聞記事以上の事実を知らないので、今度は新聞社に連絡して、詳しく教えてもらうようにしました。新聞社は通常クレームの電話はあっても、そうやって尋ねられることは少ないようで、とても親切に教えてくれました。そこで聞いた内容を営業先の社長に話すと「よく知っているね」と言われ、そこまでいって初めて「ところであんた仕事は何やっているの?」という話になりました。その段階まで進めば、だいたいは仕事をいただきましたし、新たにほかの経営者を紹介してくれるようになりました。そういう経験の中で営業っておもしろいなと思うようになりました。

話ができるよう、人と接することができるために始めた営業でしたが、多少自信ができると、もっと自分から人に提案できるものを持たないといけないと思うようになりました。相手のニーズにいかようにでも対応できるよう情報や知識を身に付けないと思うと、いろんなことが勉強の対象になりました。新聞やテレビも常に情報源だと思うようになると、ますます仕事が楽しくなってきました。
もともとがいろんな企業を見たら、自分に合う仕事も見つかるだろうと考えて働き出したので、「いずれ違う道に行こう」と思っていました。だけど、ずっと同じ会社にいたわけです。いま思うと40歳くらいで違う道に進んだほうがよかったと思っています。
60歳で定年を迎え、その後は年金で暮らすという生活は、予測が成り立つ世界で、未知の要素はあまりありません。とにかく新しいことをしたい。そこで50歳でフリーターになろうと思ったわけです。
その頃からエグゼクティブフリーターを名乗り始めました。自分でフリーターという言葉をつくったけれど、そのイメージがよくなくなった。その責任も含めて、「こういうフリーターもいるぞ」と世の中にメッセージを発したかったわけです。シニアフリーターにしようかと思いましたが、それだとリタイアの印象があるので、エグゼクティブフリーターにしました。

私の場合、消去法で考えたことがよかったと思っています。自分が嫌だと思うことを選択の中から消していく。嫌いなことをするより、得意なものを伸ばした方がいいと思います。
高校生ならばやりたいことはたくさんあるし、その反面、不安もあるでしょう。自分は何ができないのか。何に向いていないのか。そこでわかりやすい基準は、「好き・嫌い」だと思います。
「好き」というのはどういうことかといえば、仮に音楽が好きだとしても、その中身を追求したらどうでしょうか。音楽を聴くことが好きなのか。それとも演奏するのが好きなのか。好きといっても中身はいろいろです。それを明らかにしていく中で「好きなことを仕事にするためにはどうしたらいいのか?」を考えられるようになります。その過程が大事なんだと思います。
私はそれでいいと思います。なぜかというと、好きでないと長続きしないからです。何か無理をするにしても、嫌いなものはどうしても続けることが難しい。「なぜこれをやらないといけないのか」と思うと、どうやってもエネルギーが出てきません。嫌いだから力は湧いてくるはずもない。
むしろ、好き嫌いは大事な要素だと思います。それは単純に「好き・嫌い」でわけたままにしておくこととも違います。どこが好きで、何が好きか?と考えることが大事なのです。

まずは好きならやってみる。歌手になりたいと思うなら、それに向けて懸命に努力してみる。でも、うまくいかない。そう自分が感じなら、周りも言ってくれます。そこで自分の決断が必要です。歌手はやめるけれど、音楽が好きだとしたら、歌手だけが音楽ではないと発想を変えてみる。歌手以外の音楽の仕事をやろうと思ったら、「自分には何ができるだろうか?」と考える。音楽というジャンルの中には、いくつも仕事があります。
誰もが望んだ夢の通りのプロになれるわけではありません。ただ、その世界でできることは、たくさんあります。
私が高校生のとき、何になりたかったといえば、まったくはっきりしていませんでした。ただ、東京というこれまでまったく経験したことのない世界で仕事ができたらいいなと思っていたくらいです。
不安と希望はいつも同居し、混在しています。わけるのは、けっこう難しい。だから常に「いま何が不安なのか」「いま何が喜びなのか」と自分に問いかけてみるといいと思います。私も田舎から東京に来までにそういう問いかけをしてきましたし、いまでも同じようなことを日々行っています。問いかけて、不安のもとは何であり、それはどういう不安なのか。そして、喜びも追求してみる。するともっといろんな可能性が広がってきます。
自分がそういうことをしない限りは、ただ不安と希望が混在した状態でしかありません。解決の糸口を探るには、やはり追求することが大事だと思います。

Hiroshi Michishita
道下 裕史
岩手県生まれ。69年日本リクルートセンター(現リクルート)入社。求人広告営業、調査、広告・営業促進などを経て、82年にアルバイト情報誌『フロム・エー』を創刊、編集長に就任。87年には公開映画『フリーター』をプロデュース。その後『ガテン』『じゃマール』『あちゃら』などの創刊に携わり、2000年リクルートフロムエー取締役退任。組織にとらわれないフリーな立場で活動する意味を込めて「エグゼクティブフリーター」を自ら名乗る。おもな著書に『エグゼクティブフリーター』(ワニブックス)など。
【道下 裕史さんの本】

『エグゼクティブフリーター:現実をおそれない自分らしい生き方』
(ワニブックス)