

Kiyofumi Nakajima
中島 清文
1963年、栃木県生まれ。東京大学経済学部卒業後、住友銀行(現・三井住友銀行)に。徳間記念アニメーション文化財団の事務局長を経て、2005年、三鷹の森ジブリ美術館館長に就任。
中島 清文 さん(三鷹の森ジブリ美術館館長)
ジブリといえば、日本のアニメーションを牽引する作品を輩出していることで有名だ。三鷹の森ジブリ美術館は、ジブリ作品の世界を堪能できる空間だが、2年前に館長に就任した中島清文さんは、前職が銀行員でアニメーションにあまり馴染みがなかったという。転身後の方針やいま手掛けている事業への意気込みをうかがいました。
3年前、私は銀行員から転身して、ジブリ美術館で働きはじめました。そのときから企画展示にかかわってきました。その当時、ロシアの映像作家ユーリー・ノルシュテインさんの作品やイギリスのクレイアニメーションを紹介してきました。
私はもともとアニメーションをあまり見ていなかったんですが、かかわってみると、アニメーションの奥の深さを知りましたね。大学時代にバンドをやっていたので、イベントに向けてがんばるというのも好きだったので、企画展示という仕事自体も性に合いました。
せっかくアニメーションの面白さを知ったのだから、これは美術館の外に向けて発信したほうがいいなと思うようになりました。というのも、世界にはまだまだ多くの人が目にしていない良質なアニメーションがいっぱいあるからです。
たとえば、宮崎駿監督が若い頃、影響を受けた作品も、日本ではあまり知られていなかったりします。
そこでライブラリーで展示するだけではなく、作品そのものを配給したり、DVD発売を行う中で紹介していこうと考えたわけです。
まず一作目がユーリー・ノルシュテインさんの弟子にあたる、アレクサンドル・ペトロフさんの「春のめざめ」でした。彼の前作「老人と海」がアカデミー賞の短編アニメーション部門でオスカーを受賞しているんです。印象派の油絵が動くような、すばらしい作品です。
そして今夏「アズールとアスマール」を紹介していきます。ミッシェル・オスロ監督の作品です。彼の前作「キリクと魔女」は1998年に公開され、フランスでは大ヒットしました。ただ、日本のアニメーションに慣れた人にとっては、「見なれない絵」なので、誰も配給しようとしなかったんです。それを高畑勲監督が翻訳、演出をして、日本に紹介しました。その御縁で「アズールとアスマール」を紹介することとなったわけです。

中世の北アフリカのイスラム世界が舞台です。アラビア人の乳母に育てられたヨーロッパ人で青い瞳を持つアズールと黒い瞳を持つアスマールを軸にした話で、成長したアズールが乳母に聞かされていた話の真実を尋ねてヨーロッパから海を越えて、イスラムへ渡ります。しかし、そこでは青い瞳は不吉で呪われた目とされていました。
かいつまんで言えば、一面的なものの見方に固定され、思い込みや偏見、差別を人は抱きますが、それも場所が変わればまったく逆転するものでしかない価値観であることが多いものです。
多面的にものを見られないと頑になるし、そもそも価値観に優劣があるわけでもない。わかりあって手をつないでいく大事さを伝えている作品です。
偏見にとらわれていると合理的な判断ができないわけですが、これはいまの日本にも当てはまることではないでしょうか。一方向のものの考え方をしていると、どんどん変な方向に行ってしまう。時代にマッチした話だと思います。
私には、高校生の息子がいますが、見ているとなんとなく同じ趣味をもったグループ単位でかたまって、互いに壁をつくり、排斥しあっている感じがします。子ども同士の小さな世界の中でもそういうことが起きているみたいですから、たくさんの人に見てほしいです。

7月21日(土)より、シネマ・アンジェリカほか全国順次公開、
(C)2006 Nord-Ouest Production - Mac Guff Ligne - Studio O - France 3 Cinema -Rhone-Alpes Cinema - Artemis Production - Zahorimedia -Intuitions Films - Lucky Red
違う見方をする人間同士が仲良くやっていくためには、まず全部を受け入れる必要はないと思います。
無条件に受け入れなくてはいけないと思い込むのではなく、相手の違いを知ることが大事なんじゃないでしょうか。人と人、国と国、民族と民族の理解は、今日明日で変えられものじゃありませんが、わかりあって手をつないでいけたらいいなという願いは、誰しも持っていると思います。
「アズールとアスマール」では、街の風景にイスラム教のモスク、キリスト教の教会、ユダヤ教のシナゴーグが描かれています。大変象徴的な絵です。歴史的にもイスラム世界ではそれらは共存していました。違いはある。それを前提にして受け入れる。それが大事だと思います。
日本は外来文化を受け入れることをずっと行ってきたので、宗教対立やそれに根ざした差別観はピンとこないのかもしれませんが、話を身の回りに照らして考えると、けっこう身近に起きている問題ではないでしょうか。趣味趣向に走って、その世界の中で閉じこもって、違う世界観を排斥しがちなんじゃないかと思います。
ここ30年で日本はたいへん豊かになったわけです。そのことでがんじがらめになったところも大いにあると思いますし、世の中に「こうあるべきだ」という考えがはびこっている気がします。それをつくっているのが大人なので、子どもが悪いわけじゃありません。
大人が子どもに「行儀良くしてなさい」と、ひたすら問題を起こさないように、安全に生きるようにさせてきた。
たとえば公園から危ないと思われた遊具や見通しの悪い環境は全部なくしてしまった。囲われたところや人間につくられた社会の中でしか行動できないようになるのは、当たり前です。
いまの大人が「いけないこと」として叱られてきたことを自制した結果、いまは「これもダメ。あれもダメ」というような囲われた箱庭になってしまった。ずいぶん風通しが悪くなったなと感じています。

そういうのを持ったことがありません。自分はずっと目の前のことだけを懸命になってきたタイプです。たとえば大学受験も周囲が頑張っていたから負けたくないな、と思って一生懸命勉強しました。就職でも、絶対にこの仕事をやりたい、という明確な目標を持っていたのではなく、目の前のことに懸命になっていた結果、けっこう大きな仕事をさせてもらったりしました。
宮崎吾朗監督が「ある人生と、する人生がある」と話されていて、宮崎駿監督なんかは「する人生」で、自分が何か新しいことをしていくタイプ。「ある人生」は、すでにあるものを使って、何かをしていく。私は後者のタイプですね。
根っこではあると思いますよ。やっぱり嫌いなことにはがんばれないですからね。ただ、人はそれぞれなので、「何かになりたい」と思って努力する人もいれば、そうできない人もいます。
何か目標を持つことがいいことで、それを「持ちなさい」と周囲が言い過ぎるために、何もできてなくなってしまっている。そんな人が増えているんじゃないかという気がします。明確に将来のビジョンを持てる人はそう多くはいないでしょう。そういうことを考えるのは大切でも、見つからないからといって別に嘆く必要もない。
たいていは目の前の延長で考えるしかなくて、いまスポーツをやっているなら、それを懸命にやってみる。何かひとつの分野でうまくできるようになれば、次のステップが見つかるものだと思います。
わからないからやらない。知らないからやらない。自分ができる範囲は、これだけだから、それ以上はやらない。そうではなく、初めて知ったのなら、その新しいことをできるように工夫してみる。留まることがいちばんよろしくないと思います。

これも目の前の仕事をやっているうちに人との縁があって、それを活かしたらここへ来たという感じです。
最初は自分の過去の知識とノウハウをどう活用できるかを考えました。それも事務局長という管理畑にいたからですが、それが館長となってからは、そうした自分の得意分野を封じないといけなくなりました。自分の得意なことだけをやっていたら、全体を見渡す仕事はできません。つい、自分の知っていることをやりたくなりますが、それだと未知のことはできない。だから毎回勉強ですね。アニメーションを見るのもそうだし、人に会うのも勉強です。いまもいろんな世界を学んでいる最中です。
銀行員時代にバブル崩壊後の不良債権の処理をしていました。これは体を壊すほど大変な目にあいましたし、ノイローゼになるかと思いました。でも、おかげで少々のことではへこたれない経験になったと思います。何事も限界までやることは、すごく大切だなとは思います。
それはぶつかってみないとわからない。悩まないとわからないと思います。ずっと大人になってもぶつかる問題だと思います。いまも「あ、こういう考えをする人もいるんだな」という驚きはあります。
あるとき「価値観はひとつでない」と気付いたら、いろいろわかることがあるんだと思います。うまくいかなくて悩む。そうした経験以外に人のことを知るのは難しい。大事なことは、価値観が違っても、そういうときに話を聞いてくれる人がいるかどうかだと思いますよ。

(c)Museo d'Arte Ghibli
入場は日時指定の予約制
チケットはローソンのみで販売
0570-055777
Kiyofumi Nakajima
中島 清文
1963年、栃木県生まれ。東京大学経済学部卒業後、住友銀行(現・三井住友銀行)に。徳間記念アニメーション文化財団の事務局長を経て、2005年、三鷹の森ジブリ美術館館長に就任。
三鷹の森ジブリ美術館
http://www.ghibli-museum.jp/
「アズールとアスマール」
http://www.ghibli-museum.jp/azur/