

Sohei Okada
岡田 壯平
1953年7月東京生まれ。両親とも役者で世田谷区育ち。
私立明星学園小・中・高卒業をし、上智大学文学部英文学科、早稲田大学理工学部建築学科を卒業。一級建築士の資格も持つ。作家建築家を目指すも結婚をきっかけに断念し、映像翻訳の仕事へ。
岡田 壯平 さん(映画字幕翻訳家)
映画のセリフがぐっと胸に迫り、楽しいとき、苦しいとき、ふっと蘇りその言葉を噛み締めたことはないだろうか。胸を撃つセリフは必ずしも原語を直訳すれば生まれるわけではない。映画に感じ入った心をどうにか伝えたい気持ちがないと始まらない。映画字幕翻訳家の岡田壯平さんは、もともとは建築士という異分野の仕事をしていたといいます。この世界に入ったいきさつをまずは尋ねました。
それが結婚を考えていた彼女に「明日のお米がないわよ」と言われたことがきっかけなんですよ。

話せば長いんですが、両親が役者だった影響から映画好きで、だから英文科へ行って、ヘミングウェイとか映画の原作になっているような小説を読みたいなと漠然と思っていました。ところが大学受験に失敗。それで浪人中に書店で参考書を探していたら、たまたま建築のコーナーに迷い込んで、書棚をのぞいていたらフランク・ロイド・ライト(注1)の本があった。それを開いたら…すばらしい建築ですよ!それで決まった。こりゃ建築しかないなって。それまでにもテーブルや家具をつくったり、木造住宅の模型をつくったりしていたので、なんとなく興味はあったんです。
ただ僕は数学ができなかった。英語をみっちり仕込んで、アメリカではあまり数学が評価されないから向こうの大学の建築学科に留学しようと思った。ところが留学のための面接を受けたら、「いくらなんでも因数分解くらいできないと無理だ」と言われて、頭を抱えちゃった。なぜって僕は因数分解もできなかったからね。どうしようかと思ったけれど、いろいろ調べたら他大学に編入できることがわかったので、中学レベルの数学から始めて早稲田大学建築学科に入ることができた。
普通は卒業後、設計事務所に入るなどして下積みをしてから独立するんですが、僕は最初から旗揚げした。自信なんかなかったけれど、とにかくやってみたらなんとかなるかもしれないって思った…けれど、なんともならなくて、そうこうするうちに2年半くらい経って、でもお客はつかない。それである日、彼女に「明日の米がないわよ」と言われ、ドキッとしたわけです。「このまま建築の仕事をしていたら結婚ができない。どうしよう!」。
そこで日本語版制作をしていた東北新社にセールスして、アルバイトの仕事もらって、それで気が付いたら字幕を翻訳するようになったわけです。食べるために選んだ仕事だから必死でした。
当時、レンタルビデオ店が町中にできつつあった頃で、店の棚を埋めるためにビデオ字幕の需要はたくさんあった。最初は吹き替えのための翻訳を勉強しつつ、ビデオ字幕の手伝いもしていました。仕事に慣れ、諸先輩の紹介でビデオのための字幕翻訳から、公開される映画の仕事をするようになりました。
生活のために始めた仕事でしたが毎回新しいドラマを見られるわけだし、楽しいもんでした。

まず翻訳者の原稿を預かって誤字脱字のチェックをします。それから絵とあわせてずれているところはないかをチェック。それをビデオの画面に字幕を入れる作業を行う人に渡します。字幕を入れた仮映像を見て、検討し、さらに直しを入れて完成です。
学校に行こうかと思いましたが、考えてみたら明日の米に欠くくらいだから通うお金がない。しょうがないから営業したんです。でも、そのほうがよかったですね。実践的だし、そのうえお金も貰えるわけだから。仕事をすればスキルアップになるし、もっと信頼される仕事をしたいとか意欲もわきます。下積みの期間は3年で、振り返れば苦しいことより楽しい思い出が多いです。お米も買えるようになったし(笑)、結婚もできましたしね。始めて3年目には、レンタルビデオの出荷数も減ったので、独立して劇場映画の仕事を始めました。

ハート!英語を完璧に理解できて、日本語表現が完璧でも、それだけだとただのコンピュータです。私は先輩からこう教わりました。「とにかくどんなにつまらないドラマでもひとつくらいいいところがある。そこを見逃して平板に訳したのではプロではない」。「ここは何かひっかかる。ここで何かを表現したいんだろう」というポイントを見つけて、そこを重点的に訳す。それでこそプロだというわけです。つまりはそういうことで、ハートに響いた感銘をいかにうまく日本語で表現できるか。感銘する心を持つことが重要です。
そうはいっても、どうよいところを探しても見つからない映画や何が言いたいのかわからない映画もあります。場合によってはボタンの掛け違えで、自分の持っている先入観が映画を見えなくしていることもあります。そういうときは苦しいですね。ポイントを見つけて翻訳しようとしてもそれが見つからないのは苦しい。
だけど二度と同じ映画を見ないわけで、おもしろい短編小説を次から次に読んでいる感じだから体力的には大変だけど楽しいですよ。
(注1)
アメリカの代表的な建築家で、ル・コルビジェをはじめとした近代建築の四大巨匠のひとり。日本の旧帝国ホテルを設計したことでも知られる。
養うも何も自分に問いかけたらいいだけですよ。誰だってハートは持っているでしょ?だからいい映画はみんなに受けるわけだし、何万人という人が見るわけです。誰にだってハートはあります。訓練することなんて何もなくて、ただあることを自覚するだけでいい。
こういうことは若い人には伝わりにくいかもしれませんね。僕だっていまみたいなことを翻訳の上で十分に実践できるまでに10年かかりました。

辞書や百科事典で調べてもわからないと医者の友だちに聞いたり、専門家に直接尋ねます。そのほうが確実です。たとえば「電気ショック」という言い方は、医療現場で俗語を使うわけないから絶対におかしいと思った。だから脳外科の友だちに聞いたらそれは「除細動」ということがわかった。つまり死にかけると心臓が痙攣し、細かく動くので、それを電気のショックで除く。だから除細動。専門家に聞いたほうが早いし正確ですね。
そうはいっても文脈によっては電気ショックでいい場合もあります。町中の会話で除細動なんて言ったらかえっておかしいでしょう。
あります。とにかく好きでないとできませんね。単純な言葉でくくって申し訳ないけれど。やっぱり好きでないとね。
僕が東北新社にいたとき、ほかの制作会社にいわば他流試合みたいに行かされたことがありました。そこで出会った翻訳者は天才的にうまかった。本当にすばらしいし、歯が立たなかった。だけど、彼は翻訳よりも結婚式の司会をするほうが好きで、それを仕事にした。だから、必ずしも天才的な人がこの仕事をやっているとは限らない。好きだからやれるわけです。どんな天才でも興味を持たないと続けられない。翻訳を好きで、努力できるのならその仕事を続けていられる。だから好きでないとできない。何が好きか漠然としかわからないならまずは飛び込んで経験してみる。それで本当に好きかどうか確認してみたらいいと思います。
僕が高校生の頃、夢中になったのはバイクとジャズでした。バイクで通学していたから16歳から乗ってます。ジャズのほうは、吉祥寺のジャズ喫茶に入り浸って、コルトレーンやマイルスを聴いていました。映画も何となく興味があって原著を読みたいから英文科を選んだだけ。高校生の頃から20代前後は、自分が何をやりたいかなんて漠たる思いしかなかった。だから何でもやるのがいいと思います。

不安を覚えるのは当然だと思います。若い人から人生の進路について悩みを聞く場合、たいがいは「本当にプロになれるかどうか」で、それを気にしてますね。翻訳家を希望する子が50人いたらプロで食べていけるのは2人くらいです。これはセンスや才能の問題じゃない。
かつての仲間にずば抜けた、人目をひく翻訳をする人がいました。でも彼は2年でこの世界から消えました。締め切りが守れなかった。才能は買われていたけれど、決定的なのは社会性がなかった。センスがあっても社会性がないとダメなんですよ。原稿ができあがって、それを受け取って作業する人が次に控えていて、全体の進行のスケジュールがある。最初でつまづいたらすべてがおかしくなってしまう。
だから50人のうち2人というのは、才能以前にちゃんと約束を守れる人で、熱意があるかどうか。そこなんですよ。本当に好きか。そういう人が残ります。残りの48人に才能がないわけではなく、たまたま好きの度合いがちょっと低かっただけ。そういう人にとっては、翻訳以外にもっとほかに好きになれることがあるんじゃないかな。

映画の翻訳は楽しいから好き。設計のほうは友だちの家や自分の家とかの設計は個人的にしてます。
それにしても後日談があって「明日のお米がない」には騙されたんです。その発言から10年くらい経って、彼女に尋ねたら「あら、今日はないから明日買いにいけばいいと思って言っただけなのに」って言われました。あのまま続けていたら、今頃は第二の安藤忠雄になっていたかもしれないって思いますよ!
Sohei Okada
岡田 壯平
1953年7月東京生まれ。両親とも役者で世田谷区育ち。
私立明星学園小・中・高卒業をし、上智大学文学部英文学科、早稲田大学理工学部建築学科を卒業。一級建築士の資格も持つ。作家建築家を目指すも結婚をきっかけに断念し、映像翻訳の仕事へ。東北新社でアルバイトとして働きながら吹き替え翻訳、字幕翻訳を修業し、先輩翻訳者の方々の紹介で映画字幕翻訳の仕事へ。趣味はジャズを聴くこと、バイク、スキー。
心に残る字幕翻訳:
「レオン」「ショーシャンクの空に」「コーチ・カーター」「トラフィック」「許されざる者」「フォーガットン」「ライディング・ザ・ブレット」「リプレイスメント」「バーティカル・リミット」等々。