

Kumiko Kato
加藤 久美子
ドキュメンタリー制作者。「あんにょん・サヨナラ」共同監督。フィリピンの元「慰安婦」をテーマにした『あなたは14歳の時何をしていたのですか?』、「9・11」以降の暴力と日本の自衛隊のイラク派遣への疑問を投げかけた『どこへ?』制作。
加藤 久美子 さん(ドキュメンタリー制作者)
戦前、日本軍に徴用され、戦死した韓国人や台湾人がいます。彼らは遺族の知らないうちに「靖国神社」に神として合祀されています。靖国問題は複雑だとされています。そんな中「あんにょん サヨナラ」は、遺族の「父の名前を返してほしい」というストレートな思いを軸に靖国神社とは何か?を問うています。いったい問題を複雑にしているのは何なのか。共同監督である加藤久美子さんに尋ねました。
もともとは、日韓の市民団体同士のつながりの中で、戦後60年に日韓共同で何か作品ができないかという話が持ち上がりました。韓国側から靖国神社の合祀問題(注1)についてのドキュメンタリー映画の製作はできないか?という提案がありました。それを聞いた時、「難しいな」と思いましたが、韓国側の金兌鎰(キム・テイル)監督は「あんにょん・サヨナラ」というタイトルをすでに考えていました。
「あんにょん・サヨナラ」とは、「こんにちは・さようなら」の意味です。つまり、これまでのつらい過去にはさよならを、手をつなげていける未来にこんにちはという気持ちを込めてつくりたい。その金監督の思いを聞き、靖国問題だけでなく、アジア全体を考えるものとして日韓共同で制作できると思いましたし、関わりたいと思いました。
日本ではいろんな意見がありますが、韓国では靖国神社は侵略の象徴だということは大前提です。受け手だけでなく、作り手も意識が両国では異なります。そうした中で同じ目的を持って共同製作することができるのか?という思いがあったからです。でも、何回も話し合いを積み重ね、誰に何をどう聞くかを決めていく過程で、互いがどう感じているかがわかってきたことが、問題の理解につながっていったと思います。
いちばん驚いたのは、日本が予想以上に怖がられていることで、それが戦争体験世代だけではなく、いまの若い世代にとってもそうだということです。最近の日本の動向が、「戦争のできる国家になるための努力をしている」というふうに見られているようです。

この作品の韓国側の主人公である李熙子(イ・ヒジャ)さんのお父さんは、朝鮮半島が日本に占領されていた時代、日本軍に徴用され、中国で戦病死し、靖国神社に合祀されました。彼女はそのことを1997年になって知りました。お父さんが日本の軍国主義の象徴である靖国神社に合祀されていることに怒り、靖国神社に申し入れに行きますが、相手にされませんでした。熙子さんにすれば、侵略戦争の加害者を神と称える靖国神社の理屈は理解できないでしょうし、まして戦争に動員された被害者であるお父さんを無断で合祀するとは侮辱以外のなにものでもないでしょう。そういう思いを抱いている人に「死んだ人は等しく神なのだから、勝手に合祀の取り下げはできない」という靖国神社の回答はとうてい満足いく内容ではなかったと思います。
私も彼女に会うまで、朝鮮人や台湾人が靖国神社に祀られている事実を詳しく知りませんでした。けれど、そうした経緯を聞いて、率直に「熙子さんのお父さんが祀られるのはおかしい」と感じ、だから、そういうことをまずこの映画を通じて知ってほしいと思いました。

初めは戦争を知らない若い世代がいいのではないかと日本側スタッフで検討していました。そんな中、合祀取り下げを求めた訴訟の支援者でもある古川さんが適任ではないかと金監督から提案がありました。日本では、どちらかといえば市民運動をしている人に対して「特別な人」という印象を持ちがちです。だから、若い世代は彼に共感するだろうか?と思いましたし、たしかに古川さんは日韓の友好関係を求めている人ですが、映画の中でどれだけいい日本人が出てきても作品として説得力があるだろうかと疑問に感じました。
けれど、これから日本と韓国、アジアとの関係を考える上で、人と人との関係が大事になっていくわけで、韓国側のスタッフはそれを表したいという思いがありました。
最初は戸惑いを覚えましたが、小泉首相の靖国神社参拝や閣僚の歴史認識の発言だとか、報道を通じてそういうことを耳にしがちな韓国では「日本はどっちを向いているんだ?」というふうに見えることがわかって、そういう中で「こういう日本人もいる」ということを知らせることも必要ではないかと思うようになりました。そういう意味では古川さんが主人公になってよかったと思います。
金監督の人柄や思い、そしてコーディネーターの努力もあって、ちゃんと話をしてくれました。もちろん理解できないこともありますが、私たちは議論をしに行ったわけではありません。とはいっても、突っ込みたいところはいろいろありました。総体的に物事を一方向しか見てない感じがしました。
「歴史をどう見るか」は恣意的なので、一方向で見がちなところは双方にあると思います。でも感情的に悲しいとか、家族の死を悼むことについては、みんなが共感できると思います。靖国神社の存在や「太平洋戦争は侵略戦争ではなかった」とかいろんな意見があるのでしょう。個人的には、「なぜ侵略戦争だったというコンセンサスができないのか」という思いはありますし、被害者が被害意識を持つのは当然だと思います。それは私たちがどうこうできる問題ではないのですから。
一方向の意見や思惑からではなく、記憶をもとにすることが大事なんだと思います。つまり「どういうふうに感じているか」を話し合って、積み重ねていく。信頼関係ができてはじめて意見できることがあると思います。
(注1)靖国神社には、台湾や朝鮮半島出身者の戦没者が合祀されている。遺族の中には、被植民地の人間が宗主国の侵略戦争に狩り出されただけでなく、神として祀られることに屈辱を感じ、合祀取り下げを求めて裁判を起こしている人もいる。

私は広島出身で、原爆に関する教育が盛んでした。でも、それは被害者から見た歴史なんです。ところが、その国内の被害のことですら、東京に出てきたら共有されていないことに気付き、びっくりしました。その頃から戦争についてはひっかかっていました。
また大学では開発経済を学んでいて、フィリピンに行ったのですが、そこで戦争体験者から戦時の被害や慰安婦のおばあさんの話を聞く機会があって、そうした実際の話が重く響きました。私は日本人としてどう接していいかわからないし、日本人であることから逃げたいとも思いました。でも、彼女たちは明るくて、泣きながら自らの体験を話した後、笑っていっしょにご飯を食べ、踊ったりすることができた。それに私は救われたし、親しみを覚えました。それからこういう事実を知らせたいという思いが出てきました。
その後、フィリピンから日本に元慰安婦のおばあさんを招いてワークショップを開いたのですが、そのとき記録用に撮影したビデオの編集をやってみることになりました。映像との出会いはそれがきっかけです。

過剰に反応する人は一部分を取り上げて反日と言っているに過ぎません。映画の中で登場する女性がこう言っています。「本当の愛国心は戦争を二度としないように考えていくことだ」と。
アジアの中で日本がどういう役割を果たしていくか。その理想像と違うから反日と呼びたがるのかもしれません。
日本は戦争を60年間しませんでした。戦後補償を免除されて経済活動に専念できたからこその平和でもあります。資源もなく、周りと仲良くしないと先がない。力で押さえるのではなく、外交を機能させてうまく関係を築くことが求められています。そう思うと靖国神社は日本がアジアの中でどういう役割を果たすかという問題と密接に関係していると思います。
アメリカでは一般的には東アジアの国際関係についてあまり知られていないため理解が難しい部分もあったようですが、映画祭で上映していただいたり、大学の講義で映画を上映したいなどのお話も受けたりもしました。
日本では、映画を通して実際の被害者の気持ちが伝わってきた、靖国神社について知らない事実を知り、何が問題かわかった、などの意見をたくさんいただきました。
韓国では日本のイメージはあまりよくないのですが、この映画をみて平和を愛し活動する日本人の存在を知り日本のイメージがよくなった、などの意見をたくさんいただきました。

A級戦犯の問題はあくまで一部であって、靖国神社の果たしてきた問題は分祀で解決しないと思います。靖国神社には宗教施設ではない歴史があります。戦前は軍の機関だったのですから。
仮に分祀しても、彼らの理屈からすれば、分祀とは神社の中に別の座を設けて祀るという意味なので、靖国本体から霊がなくなるわけではありません。つまり一般的にいう分祀とは違います。
また普通、霊璽簿に記された名前を取り除けば、それで祀られた霊は外されると思いますが、靖国神社の見解によれば、個別の霊を抜き出すことはできません。
こういう話がありました。韓国に住んでいる元軍属の方が靖国神社に合祀されていることがわかって、取り下げるよう申し入れを行いました。ところが靖国神社は「霊璽簿から外すことはできない」と回答しました。生きているにもかかわらず祀られているのはおかしいと訴えたところ「招魂祭を行い霊璽簿に名前を書き入れる儀式は行ったが、生きていれば、その儀式のときに魂がこないから問題ない」というのです。もともとの霊璽簿を修正することになったら取り下げ求めている人とかを認めることになるから例外は認められないんでしょう。
できるだけ一次情報に接してほしいです。誰かが分析した情報やインターネットの書き込みではなく、物事自体に触れてほしいですね。誰かがこういったということを引用する情報はたくさんあります。そういうことは一面だけを取り出していることが多い。だから、「もとは何か」と尋ねてほしいです。
インターネットの検索で上位に出てくることが世の中のすべてではない。まずは自分で考えること。既にある情報に接することと考えることは違うと思います。

Kumiko Kato
加藤久美子
ドキュメンタリー制作者。「あんにょん・サヨナラ」共同監督。
フィリピンの元「慰安婦」をテーマにした『あなたは14歳の時何をしていたのですか?』、「9・11」以降の暴力と日本の自衛隊のイラク派遣への疑問を投げかけた『どこへ?』、『No War on Iraq』、『60年の悲しみ——浮島丸事件と靖国合祀』制作。
「あんにょん・サヨナラ」:
http://www.annyongsayonara.net/sayo/index.htm