

Tetsuya Takahashi
高橋 哲哉
1956年福島県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。20世紀西欧哲学を研究し、政治・社会・歴史の諸問題を論究。フランスの哲学者、ジャック・デリダの研究でも知られる。主な著作に『靖国問題』(ちくま新書)『戦後責任論』(講談社学術文庫)など多数。
高橋 哲哉 さん(東京大学大学院教授)
戦争で死んだ魂は靖国神社に祀られる。戦前の日本人の生死の意義を決める役割を靖国神社は果たして来た。小泉首相の再三に渡る靖国神社参拝を機にその是非をめぐり議論が起きているが、その論点が見えにくい。今回はベストセラーとなっている『靖国問題』を書いた高橋哲哉さんに「靖国神社とは何か?」について尋ねた。
私は20世紀のヨーロッパの思想を研究し、その影響も受けてきました。20世紀のヨーロッパでは2度の世界大戦、特にナチスドイツの登場によって、ユダヤ人に対するホロコーストあるいはショアといった、それまでのヨーロッパ文明が否定されるような蛮行が行われてしまった。戦争、暴力といった衝撃が20世紀後半の思想に深く影響を及ぼしています。
学生の頃、フッサールの始めた現象学を勉強していて、フッサールもユダヤ系のためナチスに迫害された人物ですが、彼はヨーロッパが危機にあることを認識していました。しかし、フッサールの弟子、ハイデガーは『存在と時間』を書き、20世紀のヨーロッパ哲学に最大級の影響を与えたほどの人物ですが、その彼がナチスにコミットしてしまった。いまでもハイデガーとナチズムをどう理解するかは問題になっています。
それからドイツで戦後初めて戦争責任論を展開したカール・ヤスパースという哲学者は1945年秋、「罪について」という講義を大学で行い、それを出版しています。ドイツの政治レベルで確立された戦争責任論の萌芽が既にそこにありますが、虐殺の対象になったユダヤ人の側でもたくさんの哲学者を輩出し、私が影響を受けたジャック・デリダというフランスの哲学者もユダヤ系で、彼の思想の根底には戦時中に受けた暴力を引き受けたところがあります。
このように西洋哲学では、戦争や虐殺、暴力の問題がテーマ化されています。私は日本人ですし、似たような問題が日本とアジアの関係の中に存在していることを知っていました。それを哲学の研究者として無視し、ホロコーストやナチズムを議論しているだけでいいのか?という自省があったのです。

90年代になって日本とアジアの関係の問題が新しく問い直され始めたからだと思います。80年代までの東西冷戦構造の中では、日本による戦争や植民地支配の被害者のあげる声はなかなか表に出てきませんでした。それは被害国の民主化が十分ではなかったこともあります。それが90年代になって出て来るようになり、それに反応する動き(注1)が日本の中でも出て来ました。そういうものの中で日本人として問題を引き受けるべきだろうと思いました。歴史認識や日本の戦争の死者をどう考えるか。小泉首相の参拝をきっかけに社会的問題にもなったので、自分の考えをまとめてみたいと思いました。
靖国神社は戦争で亡くなった将兵を祀っているわけですが、もっと大きな括りで見ると、戦前の大日本帝国がつくった国家神道(注2)という装置の一部として存在していました。つまり国民の精神を戦争に向けて動員していくシステムだったのです。軍の将兵の戦意を高揚させるのも勿論ですが、死ねば国民の最高の模範になり神となって祀られる。つまり英霊になるわけです。だから戦死はむしろ誇りに思うべきことだ。そうやって遺族の感情を宥め、戦死を肯定させていった。さらに一般の国民には、英霊が日本国民の最高の模範なのだから「彼らに続け」というメッセージを発しました。そういう形で日本国民、植民地の人たちも巻き込んで戦争に邁進させて行く精神的な装置でした。
1940年代には思想・良心の自由、信仰の自由は存在しなくなり、仏教やキリスト教も全部取り込まれ、国体(注3)を越える思想や良心、宗教は根こそぎなくなってしまいました。
では、そうした帝国の精神みたいなものは、戦後どうなったのか? 天皇制の存続により、靖国神社や君が代、日の丸がかつてとは違う形であれ、いまも存続しているわけで、そうした中で本当に思想や良心の自由は成り立つかと言えば、かなり疑問です。
たとえば天皇の戦争責任は今のメディアでは発言できません。そうした問題に触れるのはある種の覚悟をしないといけない。非常に不自由を感じますね。
アジアを欧米の植民地から解放すると称して戦争していましたが、実際はアジアを植民地支配していたわけです。そこには根本的な矛盾があります。
靖国神社の考えは、「日本の戦争は自存自衛のためで、しかもアジアの解放のためだった」というものです。もちろん日本を裁いた極東軍事裁判は認めていないし、戦犯も認めない考え方です。
かといって、靖国神社参拝を支持する人もその歴史観まで支持するかと言えば、小泉首相の国会答弁に象徴的に現れていますが、彼は「自分は参拝するけれど、靖国神社と考えは同じであるわけではない」と述べています。また世論調査すると首相の参拝についての賛否は拮抗しています。
おそらく参拝を支持している人も靖国神社の歴史観そのものを受け入れているのではないと思います。そういう歴史観を持っている施設のようではあるけれど、日本軍の兵士たちが「靖国で会おう」と言って死んで行ったのだから、その霊魂を慰めるために参拝することは、どうしていけないのか?という思いを素朴に抱いている人が多数派ではないかと思います。

中国や韓国との外交は重要なので、政治レベルで扱うのは当然ですが、それでは両国の批判がなかったら、首相は参拝していいのか? あるいは靖国神社に問題はないのか?という疑問がそこにありません。「批判されるから配慮すべきだ」か「批判に屈するのはおかしい」という考えには、参拝の是非を主体的に考える姿勢がないので、弱い議論にならざるをえません。
中国や韓国からの批判がなくても参拝や靖国神社そのものに問題があると理解しなくてはいけないと思います。
中国政府が参拝反対に掲げる理由に、「靖国神社にはA級戦犯(注4)が合祀されている」という問題がありますが、仮にA級戦犯を合祀から外せば、首相や天皇が参拝しても問題はないのか。決してそうではないのです。
まず靖国神社とは何か。また、なぜ政治家や政府によっていまも利用されようとしているのか、を理解しないといけない。
靖国神社は、日本国民の精神を戦争に向けて動員するための最大の装置だった。模範的な日本国民、当時は天皇の臣下という意味で臣民と言いましたが、模範的な臣民のあり方が靖国神社に凝縮されています。国のため=天皇のために身を捨てる。それが英霊で、それが当時の国民の最高のあり方ということです。
靖国神社および靖国思想は、戦争で死んだ兵士を祀るというけれど、靖国神社という形を取ったのは、近代日本の特殊な事情でしかありません。特殊性を取り去って残るのは、戦争で死んだ兵士の功績を讃え、英雄として祀るという近代国家であれば必ず持っているシステムで、国家はこぞって戦没者を英雄視し、ナショナリズムを高揚させてきました。
国民が戦争を嫌だということになれば、国家は戦争を遂行できない。だから、国民の犠牲を肯定する装置が必要で、日本ではそれが靖国神社という宗教的な形を取りました。
日本は神道を国民統合の装置として天皇制と結び付け、国家神道をつくり出しましたが、それを靖国神社という形にした。国家神道というイデオロギーが戦没者の祭祀に利用されたわけです。
たとえば東条英機を神として祀るなんてとんでもないという指摘は、A級戦犯批判の議論で言われることです。確かに1960年代までA級戦犯に対する国民感情は悪く、だから厚生省から靖国神社に向けて戦没者の候補リストが送られても、靖国神社は国民感情の反発があることを恐れ、A級戦犯の合祀を控えました。1978年になって国民感情もクリアーできるのではないかと合祀し、79年にそれが発覚しました。

靖国神社がそういう政治的性格を持っているのは当然で、国家のつくった神社だからです。天皇の意志によってつくられ、合祀は遺族の意志にかかわりなく行われる性格を持っているのです。
そもそもの起源は明治政府、つまり天皇の政府を確立するために功績のあった人を祀ったわけですが、明治政府をつくる上で最大の功労者であった西郷隆盛は、明治政府から顕彰されたけれども、後の西南戦争で賊軍になったため、いまも祀られていません。新政府を樹立した薩長土肥と旧幕府のどちらも戦死者は出ましたが、官軍側の戦死者だけを祀っています。こうした戦死者の選択自体が国家の都合ですから、靖国神社は極めて政治的な存在と言えます。
靖国問題の着地点は難しいですが、政治性を抜いて行くことが、宗教法人として存続する上でベストだと思います。
首相が参拝を続ければ、憲法上は政教分離に反するという訴えが繰り返されるでしょう。現に小泉首相の参拝については7つの訴訟が行われ、2年前の福岡地方裁判所、昨年の大阪高等裁判所では憲法違反だという判決が出ています。首相や政府と関係を持ち続ける限り、批判は絶えず起こって来ます。
政教分離原則に反した参拝が曖昧な形で続けられてきたことが問題で、首相や政治家の参拝がなくなれば、その点での批判は起こりません。
後は合祀取り下げの問題があります。韓国や台湾の遺族が靖国神社に家族が祀られているのは屈辱的なことだから取り下げて欲しいというものです。日本の遺族からの取り下げ要求も60年末からありますが、靖国神社はこれを拒絶していて、裁判になっています。
政教分離原則を考えると靖国神社自らが要求に応じるのが解決の方策ですが、なぜ靖国神社が拒否するかと言えば、明治以来、天皇のために死んだ人をひとり残らず永遠に祀るという目的で靖国神社がつくられたわけで、この「ひとり残らず永遠に」が靖国神社の特権性です。ひとりでも外せば、その原則が崩れる。それを恐れているのでしょう。
けれど、合祀取り下げ要求を拒絶する限り、人権問題として批判され続けるでしょう。祀って欲しいという遺族はいいのですが、宗教法人としては、信者の信教の自由を受け止めるのが憲法下で認められる立場のはずです。「ひとり残らず祀る」とは、戦前の帝国の考え方そのもので、それを断念しない限り、批判はいつまでも続くでしょう。

伝統的な宗教観ではなく、明治政府が決めたことです。それ以前はそういうものはありませんでした。
戦前は仏教もキリスト教も国家神道に取り込まれました。戦後になって仏教やキリスト教の団体は、戦時協力を誤りと認め、歴史の検証を行ってきたわけですが、靖国神社にはそうした反省がありません。
生まれる前に行われたことに罪を負うことはありえません。ただ、自分が生まれ、一定の義務を果たしつつも権利や利益を享受している国家というものがあります。自分の帰属している国家がかつて行った戦争によって甚大な被害が生じ、被害者がそれを訴えているにもかかわらず国家が謝罪や補償をしていないなら、戦後生まれの世代も国家が責任を果たすよう主権者として働きかける責任はあると思います。そのためには歴史を知らないことには始まらない。
高校生にとって大事なのは、日本とアジアの間で何が起きたのか。その事実を知り、知った上で自分なりの判断をすることだと思います。そこではじめて責任を果たす行動がありうることになる。

それは難しい問題です。絶対的、唯一の歴史は語りうるのか?という問いでもあります。歴史はひとつの山を見るようなもので、どこから見るかによって違った現れをするという考え方は、いまでは一般的で、歴史認識論としてはその通りだと思います。
だからといって日本人には日本人の歴史の見方があるので、中国や韓国とは相容れないと言ってしまうのも極論に過ぎると思います。えてして日本が行ったことには、「いろんな見方がある」と言っているような人は、北朝鮮が拉致事件を起こしたことについては、「すべての日本人が糾弾すべきだ」と考えたりしがちです。都合が悪いと感じることについては、「いろんな考え方がある」と言うのです。
いま求められているのは、歴史全体について判断を一致させることではなく、かつて行われた戦争や植民地支配において、どういうことがあったのか? それは正当化できることなのか? 被害者に何をすべきなのか? と、そういうことについて考えることであって、それは歴史観が違うと言って済ませられる問題ではないと思います。
(注1)「新しい歴史教科書をつくる会」に見られるいわゆる「自虐史観脱却派」を指す。
(注2)明治新政府がつくり出した神道。宗教としての神道を国家本位の立場に立って利用したもの。国民に天皇崇拝と神社信仰を義務づけた。
(注3)天皇を頂点とする国家を意味する概念。
(注4)極東軍事裁判において、侵略戦争を指導した罪で被告とされた東条英機をはじめとする28名を指す。
