

Teruyuki Hirota
広田 照幸
1959年、広島県生まれ。東京大学大学院教育学研究科教授。主な著書に『教育には何ができないか』(春秋社)、『教育不信と教育依存の時代』(紀伊國屋書店)など。
広田 照幸 さん(東京大学大学院教授)
犯罪が起きるたびに家族の問題に焦点が当てられる。「教育が、しつけがなっていないのではないか」という指摘がマスコミをにぎわす。はたして「家庭の教育力が落ちている」という指摘は本当なのか?『日本人のしつけは衰退したか』(講談社現代新書)の著者、広田照幸さんに尋ねた。
家族が小さな独立した単位になってきたのは17世紀くらいで、それまではお金持ちの家に作男のように住み込んで一生を過ごす人がたくさんいました。江戸時代になると開墾が進み、個々の農家が小さな家族で暮らしを営むようになりました。これは「小農自立」と呼ばれています。
ただし、そこではムラ共同体の影響力が強かった。ムラのルールの中で暮らしていけば、自然にいろんなことが身に付く、という考えが普通で、親があまり教育的な配慮をすることはありませんでした。商いの取引や訪問客が頻繁な豪農や豪商を除くと、普通の人は「自然に放っておけば一人前になる」という考えが当たり前でした。
変化が起きたのはサラリーマンの原型が出てきた明治の終わりくらいです。幼い頃からいろんなことを覚え、学校教育で成功することで「よりよい仕事に就き、よりよい人生を送るチャンスを得られる」というライフコースができた。
教育熱心な親は大正期から昭和にかけては、まだ社会のごく一部分の階層にいただけですが、1960年代の高度経済成長期に日本全体に広がりました。子供は学校を卒業することで職を得て、働く。誰もが雇われて働く社会になって、同時に、それなりの豊かさが家庭の中で実現してきたとき、時間やお金をかけてきちんと子育てをする。そういう「教育する家庭」が社会に広がったのです。

昔だと、男の子の場合、高等小学校を出た14歳くらいで家を出て、住み込みで働きました。女の子だと、7・8歳ぐらいで子守り奉公に出されたりしたケースもあったし、14歳ぐらいで女中奉公や女工として稼ぎに出ました。奉公先では、男の子の場合でいうと、最初は風呂焚きや掃除をし、いつの間にか仕事を覚えていく。何年間か見習いをやって、いずれ独立した。今は学校に在学する期間が長くなっているから、「ここで切れ目」というのがはっきりしません。1974年くらいに高校進学率が90%を超え、90年代になると大学や専門学校への進学率が上昇し、昔だったら社会に出て自立せざるをえなかった年齢の青少年が、今では家庭の中でずっと親子関係を続けています。
これまでにないことです。もちろん昔も跡取りの長男は家に残りましたが、それも14、5歳になると若者組と言われる村の青年集団に属するようになり、親のコントロールから離れていった。ある段階で家族の一員から村の一員に変化したけです。それが今では、地域的な集団がなくなり、閉じた家の中で、切れ目のはっきりしない親子関係を続けていくという、これまでにない事態になっています。
村の中のルールを覚えるわけですが、決して教育的なことばかりでありませんでした。今の家庭教育とは全然質が違います。
地域青年団の育成に努めた山本滝之介が若者組について書き遺していますが、それによれば村の若い者は集まって猥談にふけり、酒や煙草をのみ、目的もなくぶらぶら過ごし、女郎宿に行ったりしたみたいです。私が研究していた山形県の村だと、「土洗い」といって、稲刈りが終わるとみんなで遊郭へ繰り込む習慣もあったようです。

庶民の実態とかけ離れていますね。幻想です。全人口のごく一部に過ぎない武士や豪農、豪商の家庭が、「しつけに厳しい父と優しい母」のイメージの原型になっています。そうした豊かな層から知識人や政治家が出てきていて、その人たちが書いたりしゃべったりしてきた影響からか、豊かな階層が持っていた文化があたかもみんなすべてがそうであったかのような幻想が広がっちゃっている。
それは難しい問いです。ただ、幼い頃から子供を熱心に教育するというのは、社会の一部でずっと続いていて、それが「男が外で働き、女が家で子育てし、家庭教育する」というふうに分業したのは明治の後半です。そうしたプロセスをもう少し研究しないと厳密にはわからないです。
ちなみに武士の家庭では、男の子のしつけは父親が担っていたそうです。明治の後半に家庭教育が広がった際、母親が家庭教育の全面的な担い手になりました。これは欧米から輸入された家庭像を反映していると言えます。
そうですね。まず子供観の違いがありました。民衆レベルの子供観では、「七つまでは神の内」と言われるなど、小さい間はまだ物事の分別がつかない、と思われていました。いずれ大きくなってきたら自然に物事の善悪がわかってくるんだという子供観です。「小さいうちから厳しく」という欧米と対照的でした。日本の場合は、いわば植物と同じで、適当な水と日当たりだけ確保しておけばそれなりに育つ。小さいうちにあれこれいじってみてもどうしようもない、と考えていたようです。
わが子に対する愛情は昔もあったけれど、子育ては大の大人が手間ひまかけてやることではない、と思われていました。働けなくなった年寄りや年長の子供が子守りや世話をしていました。子供を産んだ母親は、嫁として農作業や夜なべ仕事で休みなく働くので、仕事の合間に子供に乳を与える時なんかが唯一のほっとできる時間だった。産んだ子供への愛情は昔も今もあるでしょうが、昔はなかなか手をかける余裕がなかった。生活に追われているし、子育ての優先順位が高くなかったのです。
つまり、一人前の労働力を持った母親が子育てに時間や熱意をかけるのは、決して当たり前ではなかった。また、少し大きくなれば、奉公先や村のネットワークでしつけをしてもらう。だから、礼儀作法をはじめとして社会的に必要なスキルの多くは、家庭の外で身に付けるものでした。
地域社会の共同体性が失われ、教育期間が伸びるにつれて親子関係が長期化していく中で、親が子供の面倒を見続ける時代になっています。何十年か前までは、今の高校生に該当する年齢の子供の多くは、他人の家に住み込んで働き、社会の中で孤独に自立に向けて戦っていたわけで、そういう意味では、今はありがたい時代でしょう。ただし、これはこれで、いい面もあるけれど、難しい面もある。今ほど親が子供をかわいがっている時代はありませんが、あれこれ親が干渉し続けるのは、思春期を迎えた子供にすればうっとおしいことですよね。

子供を育てきれない家庭がよそに子供をあげてしまうのは日常的にありました。3歳くらいでよそに引きとられたり、7歳くらいからあちこちの家を子守として転々としたりしたとか。孤独でしんどい思いをして育った子供は多かったですよ。
それがベースにあります。「食っていけない」家庭は、自分たちの子供を養育権ごと他の人にあげてしまった。子供を育てきれない家庭や、子供を早く奉公にでも出してしまわないと家計が維持できないような家は多かった。
大正期くらいから、子供に目一杯手をかけることがよい子育てになる、と言う考え方は盛んに言われるようになっています。豊かさを手に入れた層は、子供に手をかけるようになっていった。ただ、1960年代から目に付くようになったのは、孤立した家庭の中で密度の濃い子育てをするため、かえって母親がノイローゼになったりするようなケースです。
どちらもしんどい時代になってきています。親は長期間、親としての責任を果たさないといけない。子供はすぐに自立しなくてよくなった反面、いつまでも親の保護と干渉を受け続ける。親離れや自立が、いつどういう形で達成されるのかが見えにくい時代ですね、今は。

それは誤認です。昔に比べて家庭が子供の人格に与える影響は強まっています。社会学的にいうと、家庭は、以前よりも濃密な社会化空間になっている。
ただ、親としての責任は昔より重くなっていて、それを担いきれない家庭がどうしても出てしまいます。昔は飯さえ食わせておけば一人前になったのに、今は、子供の健康に気を配る医者としての役割、知識を教える教師としての役割、規範を教える宗教家としての役割、心の動きに配慮する心理学者としての役割を、親が果たさなくてはいけないといわれるようになった。親に求められる責任範囲が広がってきているのです。子育てどころではない複雑な事情を抱えた家庭では、それだけの余裕がないのは当然でしょう。それなのに、事件を起こす子供が出てきたとき、すべての家庭の教育力が落ちているような報道のされ方をする。
調査するとわかりますが、「世間では困った家庭が増えている」という回答は多いけれど、「あなたの家はどうですか」の問いには、「満足している」と答える率が高い。自分の家庭はうまくいっていると思っている人は実は多い。
親にとって負担が大きいだけでなく、親が心理学者のような振る舞いをしていくと厄介な問題も生じかねません。その場合、子供は自分の心が親に見透かされてしまう存在でしかないわけですから。自分の内面を親に見透かされたくない、と言う気持ちは、成熟や自立の時期にさしかかった子供は当然もつはずです。親にしてみると、子供が成長するプロセスの中で、子供の心の中がわからなくなる時期は当然あるのだ、ということがもっと自覚される必要がありそうです。

現実に起きているのは、社会の中の格差が広がっても国際競争力をつけるような教育を優先しようという動きです。その方向で伸びる子供を優遇し、できないものには手をかけないというふうな政策が打たれ始めています。これからの時代は、格差が小さくてすんだ高度成長期的なモデルが見直されるのは確かです。そうすれば、うまく機会を手に入れたり、能力をうまく発揮できたりする人と、何をやっていいかわからないで無為に時間を過ごして、チャンスから取り残されてしまう人たちとの分化が進んでいきます。
ものをつくって経済発展する社会が終焉しかかっています。知識や技術を身に付けて、ものや情報に付加価値をつけることで収益をあげていくような働き方。またはサービス業などで目前の人間関係をうまくやっていくことで生きていく方法。これまでと違う二種類の労働のあり方が、これからの時代に主流になっていくのではないでしょうか。
ただし、技術革新やシステムの変化のスピードが早くなっているので、学校卒業後に始めた仕事を一生やっていくことはできず、どんどん新しいことを学んでいかないといけない。だから、新しいことを学ぶための土台を学校にいる間に身に付けられるかどうかで、10年先に改めて新しい仕事を始める際のスタートラインで差ができてしまう。子供たちには、自立や自分さがしをあせらないで、きちんと勉強して、「力を貯めて」社会に出て行ってほしいですね。
昔は貧しくて、今の生活環境から抜け出したい、という思いがベースにあって勉強していました。でも、今のような豊かな状況だと勉強する動機づけがなかなか見つかりにくい。それは確かです。
けれど、豊かさの享受はいつまでも続きません。社会全体の分配の仕方も、平等な手厚い分配から、格差が広がる方向へ動きかけています。子供たちにはもっと危機感を持ってほしい。誰かが自分の生活を支えてくれるはずだ、などと楽観しないほうがいいでしょう。社会が大きく変化し、不安定さや不透明さが強まっている。秩序や構造の変動期ですね、今は。
二つのことを今の子供たちにお願いしたい。
一つは、あせって自立や自分さがしをするのでもなく、いつまでも親や誰かが何とかしてくれるだろうと甘えるのでもなく、学校に行っている間はしっかり勉強して、力を蓄えていってほしい。
もう一つは、一人ひとりの個人は、社会との関係の中で生きている、ということを理解してほしい。働くことも生活することも遊ぶことも、あらゆることが、「社会」を抜きにして成り立っているわけではありません。今の社会のしくみをきちんと理解し、今ある社会に適応して、その中に自分の居場所を見つけていくという側面も必要です。同時に、今の社会のしくみをきちんと批判し、これからの社会を新しく作っていく主体になるという側面も、若い世代に求められています。私もこれからいっそう努力しますけれども、若い世代の人たちも、自分の身の回りだけとか自分だけの人生とかを考えるのではなく、どうか社会的な関心をもってほしいです。

Teruyuki Hirota
広田 照幸
1959年、広島県生まれ。東京大学大学院教育学研究科教授。主な著書に『教育には何ができないか』(春秋社)、『教育不信と教育依存の時代』(紀伊國屋書店)など。
【広田 照幸さんの本】

『教育には何ができないかーー教育神話の解体と再生の試み』(春秋社)

『教育不信と教育依存の時代』(紀伊國屋書店)

『日本人のしつけは衰退したかーー「教育する家族」のゆくえ』(講談社現代新書)