

Yoco Morimoto
森本 容子
埼玉県川口市生まれ。10代の女性に絶大な支持を得て、着用するものはほぼ完売してしまうほどの売り上げを記録するなどカリスマ販売員として注目を浴びる。現在はプラチナム マウジーの代表取締役を務めながらプロデュースおよびデザインに関わる。
森本 容子 さん(プラチナム マウジー代表取締役)
女性誌を開けば必ず名前を目にする森本容子さんは、かつて流行語にもなったカリスマ店員のひとり。マスコミの注目を浴びた森本さんはその後、23歳でマウジーというブランドを立ち上げ、若い世代の女性から絶大な支持を集めた。現在は、プラチナム マウジーという新たなブランドをつくり、デザイナー兼社長の多忙な日々を送っている。森本さんに憧れてショップスタッフを目指す人も増えたというくらいの影響力を持つ。女性の気持ちをつかみ続ける服づくりの秘けつや発想はどこからやってくるのだろう。
「シンデレラストーリーを歩んでいる」と言われたりすることもありますけど、とんでもないです! 本当に周りの人に助けてもらって何とかやっていけていて、たまたま私が取り上げられ、目立っているように見えるからそういう扱われ方をしているだけです。
雑誌では「セレブ」といった紹介のされ方もしますけど…好きなものは、煎餅やかりんとうだったり、原付きにも乗ってますし、取材がなければけっこうラフな格好ですし、どこがセレブなんだろう?って自分では思います。
サクセスストーリーを歩んでいると思われるのか、講演を依頼されることもありますが、まだ起業して5年の駆け出しですからね。私に話せることなんてないって思いますし、むしろ先輩方の経験を聞きたいくらいです。まだまだこれからです。

確かにストレスで耳が聞こえなくなったりしました。毎日慣れないデスクワークが続いて、書類ばかり見ているうちに飽きてしまい、こっそり抜け出して店に立って販売をしていたこともありますけど、でも基本的には自分の好きなものを作って、それがお客さんに喜んでいただいているのでうれしいですね。
ほかの企業のことはわかりませんが、私はマーケティングとかリサーチだけに頼っているわけではないんです。デニムにしてもいい具合の色落ちとか、どうダメージをつければかっこよくなるかな?と探っていたら、たまたまそうなっただけです。
あとはお尻を小さく、足を1センチでも5ミリでも長く見せるにはどうしたらいいかなって考えていました。
スタイルがちょっとでもよく見えて、着心地がよくするにはどうすればいいかというのは、フィッティングをする中で探っていきました。
男性デザイナーのつくった服もかっこいいなと思うんですが、中には着てみると窮屈だったりすることもあります。理想でつくっているからでしょうかね。
実は以前、女性社員の首周りや腕の長さなどを計ってわかったんですが、私は標準的な体型なんです。だから私が着てみて心地がいいって思うのは、多くのお客さんにとっても「リアルだ」と感じていただけるんじゃないかと思っています。
ずいぶんと騒がれましたが、自分としては「なんでみんな騒いでいるんだろう」って感じでした。私は何も変わってないのに不思議でした。
お客さんに来ていただくのはうれしかったのですが、自分とは別人の「森本容子」という人物像が作られている感じで距離感はありました。雑誌の取材を毎日のように受けるようになって、表紙に載ることもありました。よく考えると、それまで雑誌に一般の人が載ることなんてなかったから驚きですよね。
雑誌に取り上げられるのは「うれしい」という気持ちはあったんですが、食事をしていても、トイレに行こうとしてもサインや写真をねだられるようになって、ちょっと戸惑いました。私は芸能人ではないし、自分でも「何様のつもりだよ」って思いました。
雑誌に掲載されると商品が売れるので、経営側からはどんどん出て欲しいと言われる。けれど、売れることが優先され、だんだん自分がいいと思う服を勧めすることができなくなって、心身ともに疲れたので、99年の秋に辞めました。
ただ当時のカリスマ店員ブームで、ショップスタッフにスポットが当たったからスタッフになりたいという子が増えたと思うので、それはよかったかなと思います。

ギャルというと「派手な格好」というイメージがあって、露出が多いことからバカにされがちだし、男目線を気にしていると思われがちですよね。でも、いいか悪いかはともかく、ギャルと呼ばれている子って本当に自分がいいと思ったファッションをするでしょう。
私が渋谷109で働いていた頃、仕事では派手な服を着ていましたけど、通勤ではデニムにカットソーというシンプルな格好をしていたんです。その格好がそのときの私がいいと感じたスタイルで、それだけで勝負したいっていうか、とにかくシンプルに体のラインをきれいに見せたいなって思ってました。それも昔のボディコンシャスみたいな男性を意識したラインを強調するのではなくて、骨格をきれいに見せたい。誰のためでもなくて、まずは自分のためにかっこよくありたい。だから「媚びない」という提案をしました。
幼い頃は特に服に興味はありませんでした。父はスーツにこだわりをもって細身のパンツをはいたりしているせいか、地元では「ダンディー森本」って呼ばれてますけど、その影響を受けた記憶はないですね。
中学までは細くて色が黒くて、拒食症じゃないのって心配されるくらいガリガリで、それがコンプレックスだったんです。でも安室奈美恵の登場でコギャルブームになって、細くて色が黒いのがいいってことになって、みんな日焼けサロンに通い始めたんですけど、私は表を歩いているだけで焼けるからあまり通わなくてすみました(笑)。変わったのはそれくらいからでしょうかね。

中学を卒業したら美容師になるつもりでしたが、母に「どうしても高校へは行ってほしい」と説得され、その代わり「校則は守らない」って約束で進学しました。パーマをかけたり、薄いピンクの口紅を塗ったりといった程度ですけど。
パーマは校則違反でしたが、なぜか私だけ大目に見てもらって、ときどき学年主任に注意されても担任の教師がかばってくれました。他の子は「なんで森本だけ!」って怒りましたけど、「似合っているからじゃない」と思ってました。だって、高校にはヤンキーが多かったんですが、彼女たちは赤系の口紅をつけるんですよ! そりゃ制服にも合わなくて目立つから注意されますよ。とにかく自分に似合う格好を探そうと命かけてたって感じでした。
いいえ、建築関係の専門学校に進学しました。でも、そこは美大の卒業生が来るような学校で、みんな眼鏡をかけてシャツのボタンを上までとめているようなまじめな人が多くて、私の服装はミニスカートとかショートパンツだったので浮いてましたね。ちょうど高校卒業と同時にアパレルのショップでバイトを始めていて、その仕事がおもしろくなったので専門学校は3ヶ月くらいで辞めました。
それまでのアルバイトは、「好きなことをするため」と割り切っていたので、勤務態度はいい加減でした。例えばファストフードの店で働いていたときは、ツイストパーマをかけたら制服の帽子が入らなくなったので、その日のうちに辞めました。そんな態度だったんですが、アパレルの仕事を始めてからは、まじめになりましたね。ショップの店長に掃除の仕方から接客の仕方まで厳しく仕込まれて、それは今でもありがたく思ってます。
正直何も考えてはいなくて、ただ、いずれ結婚するだろうなとは思ってました。先のことよりも友達と会ってしゃべって時間を過ごすだけでも楽しくて、どういうわけか「今しかない」って思いがありました。「20歳を超えたら終わりだ」と感じていました。今から思うと不安だったんでしょうね。だから足を出したりする派手な格好をしていたんでしょう。
今のギャルの格好を見ていても、私としてはかっこいいとは思わない派手な服もありますけど、若いし、不安だからそうした服を着るんだろうなと思います。ある意味戦闘服なんですよ。
大人から見るとギャルって定義できないから、「派手な格好をしている」ってひとくくりにされてバカにされがちですよね。でも、自分がかわいい格好をしているだけでバカにされる筋合いはないですよ。それにいま勢いがあるのはギャル系だし、裏原系ではないでしょう。
確かに地べたに座るとか電車内でものを食べたり、化粧をしたりするのは下品だし、止めてほしいって私も思います。
でも、例えば昔ちょっとワルだった男の子のほうが、大人になったときに幅ができて魅力的になるように、ギャルもそうじゃないかと思います。すべての子がそうなるとはいえないけれど。面接や仕事の場で出会う女の子で、受け答えも明るくハキハキしている子はやっぱりギャルを経験している子が多いからそう思うのかもしれません。
私も「どうせギャル系でしょ?」というふうに業界内では軽く見られることもあるんです。別にいいんですけどね。ただ「今に見てろよー」とは思います。
私にとってはギャルって誉め言葉なんです。自分がかっこよくありたいって思う気持ちがあるってことだし、年をとってもそう言われたいですね。

私からみなさんに特別アドバイスできることは本当にないんです。私は自分の好きなことしかしてこなくて、たまたまそれが仕事になっただけですから。
高校生の頃はそれこそ「箸が転がってもおかしい」じゃないですけど、毎日遊んでいた思い出しかなくて、だからひとつ言えるとしたら「学校の勉強はしたほうがいい」ってことですね。
社会に出てから「あのとき勉強しておけばよかったな」と思うことも多いです。文章を書くにしても人と話をするにしてもそう思います。
ただ、それもいろいろ経験してきた中でそう思うようになったので、学ぶことはいつだってできるものかもしれませんね。
Yoco Morimoto
森本 容子
埼玉県川口市生まれ。1998年、ココルル、カパルアなどいくつかのブランドを経て、エゴイスト渋谷109店入社。10代の女性に絶大な支持を得て、着用するものはほぼ完売してしまうほどの売り上げを記録するなどカリスマ販売員として注目を浴びる。2000年、マウジーを立ち上げ、プロデュースおよびデザインに関わる。2004年、プラチナム マウジーを立ち上げる。現在はプラチナム マウジーの代表取締役を務めながらプロデュースおよびデザインに関わる。