岸 朝子 さん(食生活ジャーナリスト)
テレビの料理番組で「美味しゅうございます」と品のあるコメントをされていた姿が印象的な岸朝子さん。審査員として活躍される様子をメディアで見かけることも多い。岸さんは料理記者としてのキャリアが長く、戦後日本人の食生活を観察する立場にいた。日本人の食生活の変化について尋ねた。
主婦の友社という出版社に入って記者を始めたのが32歳の頃です。それ以前は普通の主婦をしてました。
私の夫は陸軍の軍人でした。日本は1945年に戦争に負けましたから、職業軍人の経歴が長かった夫は、なかなかほかの仕事に就くのも難しい。とにかくどうやって生きていこうかなと思っていたら、たまたま私の父がアメリカでカキの養殖を学ぶなど、養殖業を手掛けていまして、千葉県で仕事をすることになりました。食糧難の時代でしたから、良質のタンパク質を含むカキの養殖は人の暮らしに役立つと思いはしましたが、何せ夫も私も経験がありませんから苦労しました。
カキの出荷シーズンにカキ剥きの手伝いをしていただく女性を仙台から迎えるのですが、水道もガスもありません。井戸水を汲み、薪で調理してと20人分くらいの食事をつくるのは大変でした。ただ料理するのは楽しめましたね。養殖業のほうは、やはり素人だからなかなかうまくいかず、53年に東京に戻ることにしました。気付いたら子どもが4人もいましたよ。

そりゃ生きていくためです。ちょうど「料理が好きな家庭婦人を求める」という主婦の友社の募集があったので応募しました。会社に行って「掲載する料理をつくればいいんだ」くらいに思っていました。それまで文章を書いたこともありませんでした。
ただ、栄養大学の前身で女子栄養学園という学校を出ていまして、そこで食事と健康の関係や、和洋華の料理を学んだので役に立ったと思います。
私の場合は、夫が就職したとはいえ、経済的にはなかなか苦しく、食べるに困ったから選んだのです。特に職業に理想は持っていませんでした。ただ、若い頃から料理は好きで、食べることが好きでしたから向いていたのかもしれません。
入社してから最初の2週間は封筒の宛名書きや名簿の作成、それから日記を毎日書かされました。校正の方がそれをチェックし、社長まで読むのですが、句読点の使い方をはじめ文章を書くイロハを学びました。日記はどこも訂正された赤字だらけでした。原稿を書くことを覚えつつ、原稿を取りに行ったり、届けに行ったりといったお使いをしていました。
書籍の編集でいまでも覚えているのは、『日本料理の基礎』『西洋料理の基礎』『中国料理の基礎』という本をつくったことです。当時の料理の先生は原稿を自分で書かないため、調理場に入ってそれぞれの料理を基礎から学ぶことができました。いまでは一般的になった料理でも、特に中国料理は知らないものばかりだったので、すごくためになりました。
知らなかった料理に出会うことがおもしろかったし、栄養と健康の関係の理解を深めたことが一生の宝になっていると思います。
いまは健康にいい食事から各国の珍しい料理から、いろんなデータがいっぱいありますが、知ってはいても実践しようがないことが多いのではないかと思います。それにいまの高校生の親御さんだとひょっとしたら食事と健康の関係も、身を以て知らないのかもしれないですね。おばあさんの世代でぎりぎりわかるんじゃないでしょうか。

69年から『栄養と料理』の編集長を務めましたが、そのとき問題として取り上げたのがビタミンB1の欠乏による脚気(注1)でした。脚気は戦後なくなったと思われていたのに、若い人に症状が現れるようになりました。なぜかといったらその頃、ジュースが市場に出回るようになって、要するに糖質の摂り過ぎで脚気になったわけです。
本当に日本人の食生活は取り返しがつかないくらいに変わりました。戦後しばらくは「胃袋で食べる時代」でした。食べるものがなかった上に海外から多くの人が帰ってきて人口が増えたので、さらに食糧難になりました。
アメリカ軍の放出物資でトウモロコシの粉とかマーガリンが配給されました。とにかく米にふさわしいカロリーは配給されたのだけれど、使い方がわからない。蒸しパンをつくったりしましたね。
だから、食べられるものは、それこそ芋のつるから葉から何でも食べる時代でした。小麦粉を練ってスイトンをつくったり、私も茶がらの佃煮をつくったことがあります。白いご飯を日に三度食べることがを夢見た時代です。
50年代は「舌で食べる時代」です。ちょうど米の生産量と消費量のバランスがとれて、みんながお腹いっぱい食べられるようになってきました。私が主婦の友社に入社したのも、この時代ですが、料理本が売れたり、料理学校や料理教室が出来はじめましたから、とりあえず食べることから、料理を学び、つくることに興味を持ち出してきたのだと思います。
その頃から、インスタントラーメンやカップラーメンが登場し、それからインスタント食品やレンジで食べられるものができてきました。
やがてお金さえあれば何でも手に入るし、何でもいくらでも食べられる時代を迎えました。かろうじて70年代は家で料理つくる文化が残っていた印象がありますが、いまはもう外で食べることも多く、買ってきたものを食べる「中食」の時代になっていますね。
おいしく感じるものは、たいてい脂肪や砂糖が多く、カロリーオーバーです。また交通の便がよくなって歩くことも少ないのでエネルギーを消費することもない。生活習慣病になる可能性が高い時代です。

そうですね。意識してほしいところです。生活習慣病について言えば、高校生でも中性脂肪やコレステロール値の高い人はいます。最近では、小学生でも血糖値の話をしていたりするそうですけど。
もちろん先天性の糖尿病もありますが、それにしても糖尿病が低年齢化しているのは、やはり食習慣が影響しているのは否定できないでしょう。
昔の日本人のイメージといえば、小さくて首からカメラをさげ、眼鏡をかけてというものでしたが、海外で活躍するイチローや松井選手など、子どもたちは身長は伸びた。やっぱり遺伝子だけでなく学校給食で牛乳を飲む習慣ができたこと、食生活や環境の問題は大きいでしょう。

特に女の子は食べると太るからといって食べない。だから貧血になったり、生理が止まったりします。
朝昼晩と食べるのが食事です。ところが一日中、だらだらとお菓子食べたりしたら食欲はなくなります。砂糖はとっても果物は食べないのも今の時代の特徴でしょう。柿が成っても採らないんだそうです。昔はよその家の柿を失敬したら「柿泥棒!」って言われたものですけどね。いまミカンの皮をむくのも面倒だといって、ジュースを飲むと聞きます。
先日、夜の地下鉄でチョコレートをかじっている小学生を見かけました。たぶん塾帰りでしょうけど、チョコレートを一枚かじっては、おそらく家に着いてもお腹は空かないでしょう。
そういう暮らしを送っている人に「食事をちゃんとしてください」と言っても難しいでしょうし、またこんなにコンビニが多くなってきたら、そうそうできないかもしれません。
でも、炭水化物というエネルギー源、タンパク質、ビタミンが不足するとめまいがしたり、気力がなくなり、傷が治りにくくなったりします。
以前、新聞のコラムにサッカーのトルシエ元日本代表監督が「日本人選手の体力のなさは、コンビニ弁当に由来している」といったことを書かれていて、それだけにちゃんと警告を発する人がいるのはうれしいですね。
高校生のみなさんにせめてお願いしたいのは、牛乳を毎日飲むようにしてほしいことです。男女問わず「もてたかったら牛乳を飲みなさい」って言いたいです。すらりとして足も長くなりますよ。

PTAに呼ばれて講演することもありますが、私が言っているのは、「一品でもいいから手作りのものを食べさせてください」ということです。
高校生のみなさんも「あれがいい。これがいい」じゃなく、まず出てきたものを食べてみる。おいしかったら実際につくってみる。つくると楽しいものです。それが人としての暮らしというものだと思いますし、人しての資格だと思います。
以前、神戸の震災に遭った方とお話する機会がありました。その方は女子栄養大学の通信教育を受けていらして、「何をどう食べたらいいか」がわかっていたから、家が全壊して被害をこうむっても、ちゃんと栄養バランスを考えて食事がとれたとお話でした。
なぜ、そういうことが大切かというと、ひとりになったときいったいどうするか。カップラーメンもないときどうするかと考えてみてください。食事は人のエネルギーの源ですが、それがなくなると途端にうら悲しくなるし、死にたくなったりするものです。でも、嫌なことはおいしい食事を食べているうちに消えます。
ファストフードのような満腹感がすぐ得られるようなものばかりを食べていたら、「野菜が足りない」という自覚も持ちにくいかもしれませんが、ご飯があっておかずがあって、そういう食事をしているかな?ってときどき思い起こしてほしいですね。
イライラしていると、心だけを問題にしがちです。でも、そういうときにご飯をきちんと食べてほしいです。私の母が言っていたのですが、「悲しんでいる人にはおいしいご飯を食べさせなさい」。そして「おいしいものを食べて怒る人はいない」。
そういう知恵を持っていればどんな混乱時でも恐くないと思います。
(注1)ビタミンB1の欠乏による病気。倦怠感や手足のしびれ・むくみ、末梢神経の麻痺や心臓衰弱を起こす。かつては日本人の国民病とされた。

Asako Kishi
岸 朝子
食生活ジャーナリスト。1923年生まれ。主婦の友社入社後、料理記者としてスタートを切る。その後、女子栄養大学出版部に移り、『栄養と料理』の編集長を10年間務める。その間、食べ歩き、器の楽しみなど新しい企画で販売部数を2倍に伸ばす。
1979年(昭和54年)、(株)エディターズを設立。料理、栄養に関する雑誌や書籍を多数企画、編集する。1993年(平成5年)より、フジTV系「料理の鉄人」に審査委員として出演。的確な批評と"おいしゅうございます"のことばが評判になる。主な著書は『岸朝子のおいしい長寿のお取り寄せ』『東京五つ星の手みやげ』『老いは楽しゅうございます』など。
【岸 朝子さんの本】

『岸朝子のおいしい長寿のお取り寄せ』(文化出版局)

『東京五つ星の手みやげ』(東京書籍)

『老いは楽しゅうございます』(亜紀書房)