

Shiro Tenge
天外 伺朗
作家。1942年兵庫県生まれ。本名は土井利忠。64年、ソニー入社後、CDやエンターテイメントロボット・「AIBO」を開発。現在、ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所社長。主な著作に『宇宙の根っこにつながる瞑想法』『理想的な死に方』など多数。
天外 伺朗 さん(作家)
知性というと物事を的確に判断し、行動に移していくことだと考えられがちだ。でも、判断とは割り切りでないとは限らないし、曖昧なものを直視しないとも言える。天外伺朗さんは作家活動のかたわらソニーで世界で初めてCDを開発したり、AIBOを世に出したエンジニアだ。いずれも社内の大反対を受けながらの大ヒットになった製品だ。既成の考えに従って世界を見ないことが知性の本当の姿ではないだろうか。
私は46歳で会社の役員になりました。そうしたら年が若いということで引退した役員がよく話に来たのですが、だいたい愚痴を言うのです。現場を退いて相談役や顧問になって、それでも高い給料を貰い、秘書が付いて、どこへ行くにも会社のハイヤーが使える。いい大学を出て、偉くなって何千人もの部下を使い、引退して、誰もが羨む生活をしているわけですが、精神状態は決してよくない。
また、コンピュータビジネスの責任者を7年くらい務めたので、アメリカでいわゆるアメリカンドリームの成功者と付き合う機会を持ちました。彼らは会社を創って上場し、あるいは他の企業に会社を売って何十億、何百億というお金を手に入れ、西海岸にプールやテニスコートのある豪邸を建て、海にはモータークルーザーがあって、と絵に描いたような成功者の暮らしを実現していた。ところが何年か経つと、非常に多くの人が鬱病になってしまう。アメリカンドリームの行く末は意外とそういうもので、決してハッピーじゃない。
一所懸命勉強していい大学へ行き、就職して偉くなってということ自体がまったくの砂上の楼閣で、要するに非常に空ろなピクチャーに過ぎなくて、そういうもので人は幸せにはなりはしないことに気付いたことが大きいですね。
だから高校生のみなさんにまず話したいのは、自分自身の価値観を築いていくことの大切さです。いまの風潮としては、いい大学に入っていい会社に入り、高い賃金と高い地位に就くという一本道の道筋が示され、それに向かってみんな予備校に行ったりするんだと思います。必ずしもその道はバラ色じゃありませんね。

言葉にすると空しいのですが、基本的にはわれわれは宇宙の一部であって、宇宙とともに存在する感覚がしっかり身に付くことが重要で、勉強で得た知識は人生を本当に生きる上では、これっぽっちも役に立たないと思っています。それよりも自分が大地に根付いた存在であることを身体感覚として育てるのが本当はいちばん大事で、教育の最初にそれを持ってこないといけないのです。残念ながらいまは単なる知識を教え、名誉とかお金とかに人々を駆り立てていて、世の中全体がちょっと間違っていますね。
近代になって産業革命が起き、いろいろ科学技術が発達しましたが、それをいち早く取り入れた国は軍事力を強化し、遅れた国を植民地にしていった歴史があります。植民地にされては大変なので、多くの国が近代化に走って、日本も明治維新によって近代化しました。いきなり西洋文明に曝されて、植民地にされるかもしれないという恐れの中で教育システムも創られたわけです。いわば非常に切実な理由があって、教育システムができ、富国強兵に人々を駆り立てていった。
第二次世界大戦が終わっても、富国強兵から産業立国に目標が変わっただけで、その傾向は変わらず、ともかく産業を盛んにし、「貿易戦争で勝たないといけない」と一貫してやってきました。人を駆り立てていく風潮は、近代国家が成立したときの生き残りをかけた切実な要求から出ていると思います。そのときには仕方なかったのでしょうが、人類社会にとってそれが自然な姿かというと決してそうではありません。

それは進化だと思っています。進化といえば、いわゆるダーウィニズムだとかネオダーウィニズムだとか、突然変異で環境に適応していくという説がありますが、それとは別に環境変化に対し、選択的に突然変異が起きるという説もあります。より早く環境に適応していくという進化論ですが、戦後60年の間に人もやはり相当進化しているのではないかと思っています。
具体的にいえば、戦えなくなっています。戦うためには、アドレナリンやノルアドレナリンとか興奮を伝達するホルモンを分泌しないといけない。このホルモンシステムがなぜ発達したかというと荒れ狂う動物をしとめないと食べられないとか、猛獣から逃げないといけない環境の中で発達させてきました。でも、いまの人間にはそういう生活は必要ないし、きわめて平和に生きていけます。でも発達させてしまったホルモンシステムは存在するからスポーツで解消したり、ときに戦争で解消したりしてきたわけです。
われわれの世代よりも、いまの子どもは戦う力が減っていますが、これは進化だと思っています。ところが世の中全体は富国強兵以来の戦うシステムで出来上がっていて、そういった社会に適合できない人が当然出てきます。引きこもりやニート、フリーターはこれからも増えるでしょう。そういうことで世の中が変わっていくんだと思います。
戦っている人がちゃんとしているかというとちっともそうではない。むしろ戦いに逃げていて、戦っていないと安定しないのではないでしょうか。これは心理学的に説明できて後期自我といいます。自分の理性でコントロールできて、立派な社会人を演じられる状態で、演じている自分をペルソナ(仮面)といいますが、そういう健全な社会人のペルソナを強固に持っていられるのが後期自我です。そんな立派さからはみ出すところを当人は抑圧してしまうわけですが、それをシャドーといいます。シャドーの存在自体は自分でも気がつかないし、抑圧していることも知らない。
しかし、ほのかな不快感を覚えるから、それを誰かに投影してしまう。自分は確固として健全なペルソナを持っているため、常に「自分は正義で問題は相手にある。だから悪だ」というふうになります。戦いはそうして始まります。
現在の社会の指導陣にいる人はみんなそうでしょう。ブッシュ大統領を考えてみてください。自分のシャドーの投影を行い、戦っているときは安定していますが、戦いが終わると不安定になる。そうならないためには戦う対象を常に持っていないといけない。そういう社会は決して健全ではなく病理的です。
中世の魔女狩りでも、キリスト教の聖職者が率先して魔女を火あぶりにしました。これもシャドーの投影の結果です。500年間で何百万人もの人を虐殺したのですが、当時はそんな聖職者が立派な社会の指導者だった。いま分析すると社会の病理現象です。健全さと病理は時代とともに推移するので、いまの社会の常識を守って生きていたらいいかというとそうでもありません。

抑圧したシャドーという存在は大変なもので、なぜなら自己概念の外にあるわけですから、シャドーの存在を認めることは自己概念の崩壊を意味します。つまり死と同じ恐怖をともないます。だからなかなか認められない。そのシャドーと統合していくことが成熟した自我というレベルに向かうことで、そのプロセスは普通の生活をしていてもなかなか起きないと思います。いまの社会生活では、一所懸命生きて活躍すれば、後期自我には達せても、それから先へは行けない。
たとえば、宗教はそういうことを追求していたわけですから、宗教的な修行法は次につながる方法論のひとつでしょう。冥想や気功法、あるいはヨーガといった方法論がそうです。ボランティアなんていうのも有効な方法論です。

体も心も整え、意識の成長を欲している人がそれだけいるんだと思います。ともかく高校生のみなさんは、いまにふさわしい進化した生き方があるのだから、社会がどうであろうと自分で探らないといけないと思います。自分の人生は自分が責任を持つ。引きこもりも悪くはない。引きこもるなら自信を持って引きこもれと言いたいです。
つい先日、ラダックというチベット文化圏の土地を訪れたのですが、洞窟にこもった行者がいて、聖者として扱われていました。彼らは一生そこで終わるのです。村人が一日一回だけ食事を差し入れるわけですが、崖っぷちの洞窟にいるから上から食料をローブで下ろす。食料といってもツァンパといって麦こがしみたいな粉とお茶だけです。
お寺の中でも聖者が一室に入り、小さな穴だけ開けて塗り込めてしまい、そこで一生を終える。その姿を見て「これは引きこもりだな」と思ったのですが、そういう人たちが不幸かというと至福に満ちた表情をしていて、何にも欲していないのです。
現代人は外側に楽しみを一所懸命見出します。内側から込み上げてくる至福が足りないから外に求める。どうせ引きこもるならそこまでやってみたらどうかと思います。
逆だと思います。例えば坐禅です。「坐」とは、土の上に人が二人いますが、すったもんだしている自分とそれを超越している自分が存在することを意味していて、その両者がつながることが本当の意味で他者とつながることになるのです。自分の内側を断ち切って表面的に他人に愛を求めるからおかしくなるわけで、自分の中のつながりをいかに太くしていくかが大切だと思います。
静かな落ち着いた時間を必ず一日の中に持つことから始めるといいのではないでしょうか。瞑想もそうですけど、これからはそういうことが必要不可欠になると思います。

矛盾する言い方ですが、何かを求めて瞑想するとおかしくなります。瞑想は単に瞑想です。ただ、だんだん自分のことが客観的に見られるようになって、心の平安が得られます。
瞑想についての本を書きましたが、これは下手にのめり込むと危険で突き放していないといけないと思ったからです。(注1)神秘体験に憧れている人がものすごく多いのですが、はっきり言えば神秘体験を得ても何も変わりませんし、それを「悟りを開いた」と勘違いすると麻原彰晃になってしまいます。そういう経験をすると、精神のバランスを崩して人の心が読めるような気になったりすることがあって、舞い上がっておかしくなってしまう。
結局、そういう能力が身に付いたと思うのは、単にバランスを崩しただけで、人間としては故障しただけです。
父親がそういうことに興味があって、本棚にチベットの僧侶の手記があったのですが、それを中学3年生のときに読んだのがきっかけです。本格的に取り組んだのは12年くらい前です。
それまでは普通の価値観に基づいた猛烈な企業戦士でしたが、それが馬鹿らしくなったり、役員の成れの果てを見たり、アメリカンドリームの廃残者を見たりするうちに企業や社会の価値観から外れ、自分の価値観を追求するようになったわけです。
高校では弓道部に所属しつつジャズをやり、グライダーをやっていました。「真夜中のジャズ」という映画を見て感化され、仲間とやろうということでやったのですが、叔父からサックスをもらい、ドラムは校長室の灰皿がいい音がすると誰かが言い出して、盗んでシンバルにしてました。とにかく課外活動に懸命でしたが、ただ、なんとなく劣等感が強くて、「まともな社会人になれるかしら?」という不安を持っていました。
将来は目に見えないものを解明したいと思っていて、それには電子工学がいいと東京工業大学に進みましたが、すぐに全然違うとわかりました。
私は体も弱くて心が不安定で、すったもんだしてきましたが、結局、そのとき葛藤したことがいまに活きていると思えます。だから高校生のみなさんには、安心してすったもんだしてくださいと言いたいですね。不安定な時期には不安定な状態をごまかさないで経験する。それがいいんじゃないかと思います。

(注1)例えば禅では、座禅を組んで瞑想を続けるうちに幻覚らしきものを見る過程があるが、それを「魔境」と呼び、「宗教的に高い境地」とみなすような愚かさを厳に戒めている。
Shiro Tenge
天外 伺朗
作家。1942年兵庫県生まれ。本名は土井利忠。64年、ソニー入社後、CDやエンターテイメントロボット・「AIBO」を開発。現在、ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所社長。主な著作に『宇宙の根っこにつながる瞑想法』『理想的な死に方』など多数。
【天外 伺朗さんの本】

『宇宙の根っこにつながる瞑想法』(飛鳥新社)