

Shonosuke Okura
大倉 正之助
神戸生まれ。室町時代より650年続く能楽囃子「大鼓・小鼓」大倉流15世宗家故大倉長十郎の長男。9歳で小鼓の初舞台を踏む。大鼓という日本古来からの伝統打楽器を通じて、幅広い世界を縦横無尽に横断しながら、伝統文化の伝承と秘めた可能性を追究している。
大倉 正之助 さん(能楽囃子大倉流大鼓伝承者)
音楽は何のためにあるのだろう。和らぐため。心地よくなるため。自己表現のため。いろいろな楽しみ方があるだろう。では、人が世界に音を響かせたいと初めて思った時、何をそこに込めたのだろう。650年続く能楽囃子である大鼓を伝承している大倉正之助さんは「一音は自然と人をつなぐ思いを込めて打つ」という。一音に込めるその思いを尋ねました。
日本の伝統的な舞台である能では囃子といって器楽を演奏する人がいますが、私はその器楽である大鼓の演奏者です。また伝統の舞台だけでなくいろいろな分野の方々、世界各地の打楽器奏者及び音楽家や他の芸術家との交流を行っています。そういう意味では伝統の枠だけに留まらない実験的な活動を行っていると言えますね。

やはり10代の頃は迷いました。物心ついた頃から師匠でもある父から鼓を教わってきましたが、私が生まれたのは1955年の高度経済成長期で、日本が急変貌した時期でした。その時代は自分たちの文化を顧みるよりも、アメリカやヨーロッパの文化に憧れ、目指していました。非常に活気はあったけれど、文化的な面では、やはり地に足が着かない中で成長していたと言えるでしょう。
それに学校教育でも日本文化はほとんど顧みられませんでした。当然、子どもは日本文化とほど遠い生活に浸っていました。
ご多分にもれず私も伝統の家の人間でありながら、社会環境がそのような状態で正直、伝統を尊重する気持ちを表すことに日々大変悩みました。「こんな状況で日本の伝統を継承しても将来の展望が開けないのではないか」というものでした。
何と言っても同世代に鼓に興味のある人はほとんどいませんでした。能や謡を観てみようなんて同世代の若者にとってはまったく興味が無く、いまはようやく日本文化を見直そうという動きになっています。2002年より学校教育に邦楽を選択する事が義務付けられるようになりました。当時はまったくそういうものはありませんでした。
生まれた時から鼓を継承する事と定められ生きてきた訳ですが、いったん外の世界に出て、農業に携わりたいと思うようになりました。
ちょうどその頃、自然農法で育てられたトマトや茄子といった夏野菜が家に送られてきて、それを食べたのです。みずみずしいし、味が濃い。いままで食べていた野菜は何だったのかというくらいでした。農業という仕事がとてもすばらしく思えました。おそらく能に手応えを感じられなかったせいもあったでしょう。それを境に家を出て、農業を中心とした生活を始めました。
19歳で親元を離れ、農業に没頭する暮らしが続いたのですが、そこで出会った農家や大工といった手に職を持った若い人がものすごく疎外感を持っていることに気付きました。私からすれば、すごい技術を身に付けているのですが、本人たちは「もう辞めようと思っている」と言う。
時代は使い捨てだとか簡易な利便性とか、そういうものを尊んでいました。大工仕事も誰でも機械で釘を打てるようになっていく。どんどん社会がそうなっている中でやる気が保てないわけです。
私は周りの人の「仕事を辞めたい」という相談をよく受けました。「君たちの持っている技術はすごいよ。どうして捨てるのか」と話しましたが、ハッと我に返ったのです。鼓の奏者も世の中から評価されない分野だけど、自分は鼓に触れるのは嫌いじゃない。ただ社会との違和感に腑に落ちなかっただけだ。そこで、もう一度鼓を通してやれることを自分なりに考えてみようと思い、戻ることにしました。

今日で云う伝統の流れとはある意味では違うかもしれませんが、外から見た経験で何が必要なのか少しずつ見えて来た気がします。事実、その後の出会いは、「何が大事なのか」を教えてくれる出会いでもありました。単なる儀式的な形ではなく自然を大事にするネイティブアメリカンだとか、アフリカのミュージシャンや中でも韓国のパーカッショニスト、金大煥さん(注1)との出会いは大きいものでした。
そういう人たちとの出会いで、姿形や見え方は違うけれど表現している精神は共通していると思うようになりました。そうして初めて自分が鼓というものの本来の姿、原初の姿を探るようになって、ほかの分野の人との交流を積極的にするようになりました。
音の原初の姿を探るようになったのは、社会環境が大きく変質している中で人の求める価値は何にあるのか?を考えるようになったからです。いまは経済至上主義でモノ、金が一番尊ばれます。それをたくさん持っている人が「偉い人」というような、非常にわかりやすい図式ができあがっています。
この世界は人間が作り出した現象で、ひとつの法則で営まれていると思います。それは精神性や心、「思い」や「祈り」と呼ばれるもので、それがあってはじめていまの世界が成り立っていると思います。
どちらが主従かといえば、まず「思い」があって、世界が成り立つ。じゃあ音に携わっている我々の役割は何だろうか。
音を生み出す。音を打ち鳴らす。何かを具体的に生み出すわけではないけど、思いの内側、深みにあるところの「世の中のため、人のため」とか「豊かな稔り、無病息災」といった祈りが音の本来の姿ではないかと思います。現にアフリカのパーカッションが打ち鳴らすのは、その村の繁栄や幸せ、豊かな稔りで、それを念じ、音に打ち鳴らす。その音によって祈念した世界が訪れる。
音にはそういう力があると思います。でも、世の中ではそうした世界を導く「思い」よりも、目の前に現れている現象に重きを置きがちです。現象に捕われて、それだけを追い求めている。いかに音を通じて本来の姿を立ち上げられるか。
現代では金やモノがまず動きます。「思い」や「魂」がないままに、少しでも多くの人を騙して巻き上げようとか、少しでもたくさん売れる仕掛けをしてやろうとか。人間ですから欲望もあってOKです。でもバランスを崩してまで追い求めるとどうなるか。善悪は人間の知識の範疇でははかりしれないものです。
能の謡には「善極まれば悪になり、悪極まれば善になる」という考えが表されています。確かに善が極まってくれば押しつけになり、悪となっていきます。
世界は善悪が表裏一体になってうごめいています。でも、それでも人の「思い」が本当に豊潤な世界を呼び起こすのではないかと思っています。

人間は堕落しようと思えば、すぐにでも堕落できます。日々崖っぷちを歩いているようなものです。ですから、私は現代における禊のようなものが必要ではないか。それは何だろうと考えています。
そのため古代の人は山籠りや奥がけ(山岳で心身の鍛錬と自然との一体化を行うための修行)をして熊野へ詣でました。現代的な営みを享受する中で、そういうものはどうすればいいのだろうと考えました。私はバイクが好きで、バイクに乗って毎年5月に熊野へ行きますが、そういうのもひとつ視点を変えれば、現代における奥がけのようなものではないかと思っています。バイクは身体を外界にさらす危険なものです。安全に制御されることを尊ぶ世の中ですが、バイクは現代におけるひとつの原初的な感覚を与えるものではないかと思っています。人間はいつの世になっても感覚、感性を研ぎすましておくためには禊が必要で、危険を越えていったときに初めて享受できるものがあると思っています。
日常というひとつの流れと決別して旅をする。そういう過ごし方で生まれ変わってくる。いまは情報量があまりに多いし、すべての物事が目まぐるしい。1年に1度くらいはそういう行為が必要なんじゃないかと思います。
バイクは真剣に前へ進むと身を自然にさらします。そういう事で心身が研がれる中で、様々な情報により想念や創造力が鍛えられます。この様な経験が大鼓に対する打ち込みの強さになり、その打ち込みに思いが深まるかと思っています。

実は、私は伝統の家に生まれてこの方、鼓を打つ意味を直接的な言葉で教えられたことはありません。鼓は「打つ」と言い「叩く」とは言いません。なぜ「打つ」というのか。師匠から言われたことはないのです。
自分で調べるうちに「うつ」とは「うたう」と同義であって、メッセージなんじゃないかと思いました。メッセージとは我々の生きる自然と人がつながる喜びや豊かさへの願い。ですから鼓は打つ前に、一つの音を生み出す前の間に「込・コミ」を取ります。コミとは我々の専門用語です。この音を出す前のコミが大事と言われます。では、コミとはそこにひとつの思いが込められることではないかと考えています。
祈りを、思いを込める場所がコミであって、その結果として音が出る。思いがあって、それに連動して動きがついてくる。そういう音に意味がある。一つの音として成立する。その一音が現像世界に作用を起こし、その結果を自然に訪れさせる。最近そういう仕組みがわかってきました。
そういう意味ではいまの時代はにせものというか、中身がすり換えられたものがたくさんあります。だからこそ出会いが必要なんだと思います。人やものとの出会いの中で授かるものがあります。
人間は負の部分を補うバランスを保っていて、ひとりひとりは何らかの価値を持っている。ある人は目が見えない。でも見えている人以上に気配を感じることができる。その意味ではハンディキャップはないんじゃないか。それは健常者が勝手に決めているだけかもしれない。マイナスとされる部分を持つということは、それ以上の感性を持たされていることでバランスが取れているのではないでしょうか。
子どもたちは、ジャンクフードで体を蝕まれたりしているかもしれないけど、何かの瞬間に吹き出すような力を与えられているんじゃないかと思っています。
私はアメリカや日本の学校を600校くらい回りました。その学校でいちばん悪い生徒といわれる子が一番集中して見てくれる。終わった後もそばに来て、興味を示すから先生がびっくりします。
見かけで判断して、「どうしようもない」と思ったり、現代生活の中では負の存在でも、ある時ひっくり返るととんでもない力をもたらすのではないか。その中にあるひとつの力の価値ははかり知れないものがあると思います。

私の人生にとって大きな存在でした。実父は私が30歳の時に亡くなりました。父は師であり親でしたが、金さんもまた師であり父でした。第二の父親でもありましたから、生きている自分にとって欠かせない人でした。ただ、一音成仏を目指し、最後は「立っているだけで音が聞こえる」ことを目指した人です。音も生き方もとても影響を受けましたから、それだけに亡くなったときの喪失感は大きく、辛く苦しかった。
しかし、そういうときにまったく違う世界をのぞいてみようと思いました。10代のとき描いた夢、サーキットで走ってみたいと思ったんです。それを50歳の手習いで昨年バイクレースに出ました。命がけのレースです。逆境だったせいか練習でも本番でも一度も転倒せず走り通した。
そこで得たことは、生きる知恵というか、図太くなっていくというか、あらゆる世の中の波に飲まれても「こうやって生きていける」という確信で、金さんには最後にそのメッセージをもらったのかなと思っています。
誰しも自分の中で「こういうことをやってみたかった夢」があると思います。私の場合は、自分の中の大きな存在がなくなったことで、やってみようと思いきれた。そうでなかったら一生夢で終わったかもしれない。
いまの子どもも似たようなことはあるんじゃないかな。若い子にはよい人、よいものと出会って欲しいですね。
自分がいちばん輝ける場所へ出かけることだと思います。そうすると「おまえは逃げているんじゃないか」といろいろ言う人が出てくるでしょう。「自分の好きなことだけをして楽をしている」とか「苦しいことから逃げている」とか。そういうことを言われ、自分の「本当はこれがやりたい」思いをねじ伏せて、苦しみに耐えていく人がほとんどだと思います。
実は自分がやりたいと心から思ったことをやっていても、苦しいことは起こります。嫌々なことでも苦しいことは起きます。どっちにしても起こる。
でも、苦しいことに耐えられるのは本当に望むことです。好きだから苦しみを超えられる力にもなる。そこで仕方なしに周りの目を気にして嫌々苦しみに耐えて我慢してやったとします。そういう人がどうなるかと言えば、「だからおまえもそうしろ」と周囲を巻き込む。ずっと自分を偽り続けている人は苦しみの帝王になって、苦しみを人に押し付ける。
若い人には自分の大事なもの。抱えた思いを大切に、邁進して欲しい。私も人に惑わされて後悔することが結構あったけど、そういう時は二進も三進もいかないことが多かった。周囲が大反対したことでも決断できた。そういう経験ができたのは、自分にとって幸せだったと思います。
(注1)韓国初のロックバンドのドラマーを振り出しに、韓国初のフリージャズのドラマーとして活躍。また米一粒に般若心経283文字を彫り、書家としても高名を馳せるなど総合的アーティストであった。60歳を超えてからハーレーを乗り回すなど、若い世代からも「理想の姿」と憧れられた。2004年3月死去。

Shonosuke Okura
大倉 正之助
神戸生まれ。室町時代より650年続く能楽囃子「大鼓・小鼓」大倉流15世宗家故大倉長十郎の長男。9歳で小鼓の初舞台を踏む。その後、大鼓方として能舞台の活動はもとより、自身で主催する能公演や、薪能、各種公演の企画制作、国内外の様々な分野の表現者との公演活動、教育機関での実体験を伴う講演活動など、大鼓という日本古来からの伝統打楽器を通じて、幅広い世界を縦横無尽に横断しながら、伝統文化の伝承と秘めた可能性を追究している。著作に『破天の人 金大煥』(アートン)。
【大倉 正之助さんの本】

『破天の人:韓国のスーパーアーティスト金大煥』(アートン)