

Taro Gomi
五味 太郎
1945年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ID科卒業。工芸デザイン、グラフィック・デザインの世界を経て、絵本を中心とした創作活動に。主な著書『絵本を作る』『ぞうがいます』など350冊以上。
五味 太郎 さん(絵本作家)
五味太郎さんの絵本の魅力は絵や文を追うというよりも、そこにただよう流れに乗ってついページをめくってしまうところにあって、それは弾んだおしゃべりの輪に入ったようなものだ。実際にお会いした五味さんもやっぱり淀むことなく話していて、それは「留まることなくこの場で力を出し切る」というところで作品に共通している姿勢に思えた。350冊を超える絵本を出した五味さんは、「いまも企画を自分で立てるから切りがないよね」と笑う。いったいそうした力はどこからやってくるのだろう。
ある目的のためにやっているんじゃないのさ。出版ってある意味遊んでいることなの。ひとりでジャンケンしてもおもしろくないけど、相手が一応いるってことで「ジャンケンしようぜ!」というようなもんなの。勝手に「読み手がいる」ことを前提に、書き手という側に自分がなって、そうしないとこの仕事は成り立たないわけだし、オレはそれが好きなんだと思う。
読み手のことを意識しないまま表現活動できる人もいると思うけど、オレは無人島だったら絵は描くかもしれないけど本は出さないな。ヤシ蟹相手に本は出版しないだろ? やっぱり誰かに見せたいんだよ。夜中に作業していて、「これいいな」って誰かに見せたくなる。それが気持ちのピークなんだよ。
描き始めてしばらくして「オレの本を見てくれるんだ」ということがわかったとき、予想以上にうれしかった。で、その中にガキがいたわけさ。あいつらよく見てくれるし、けっこういい客だけど、残念なのは金持ってない。そういう下種なところがオレにはあるんだけど、だから子どもたちのために何かをする意識で作家になった人とは話にズレがある。
ガキからの反応がいけているわけさ。こいつらに受けたら大丈夫みたいな感じがあるわけさ。だって、あの人たちつまんなくなると捨てるからね。大人はもとを取ろうとか、あるいは文句、評論してやろうと思うけどさ。でもガキは単純だから一番きつい読者で、奴らに最後のページまで滞りなくめくらせたい。それだけは絶対にやりたいって思う。
子どものためにという切り口が無理なんだと思う。たまたま80歳のバアさんに受けたとか40代後半の親父に受けたというのは楽しい。また外国で出版されて、縁もゆかりもない人が喜んだりするような事件が起きるわけだけど、そういう明るい事件が起きることがたまらないから、この仕事はどうもいいなと思っている。

相手の存在が意識の中にあったところで大したもんじゃないし、相手のことをわかったような錯覚に陥らないほうがいい。(目の前のタバコを指差し)このマルボロの赤を見て、「この赤」って思う。でも君の網膜に映った赤とオレの感じている赤が同じかどうかの確認作業はできないよね。生物の能力としてさ。「いいよね」「ええいいですね」でお茶を濁すしかない。
これと同じで、他人様を理解することはあんまりやんないほうがいい。「いいよね」「よかったね」くらいでいい。他人のことはわからないんだねと思い、一方で「でもわかったらいいのに」ってわがままみたいな感じ。ないものねだりが文化だと思う。それはわからないことを前提にしておいて共有する冒険だよ。でも答えはないんだと思う。そういうことが不得意な人はハンコをついて「書類が足りないからダメ」といった仕事がいいと思う。バカにしているわけじゃないよ。
アインシュタインがそうだけど、ある種の数を扱う人はファジーなものよりきっちりした共有の数式ですべてが語れるんだという野望を持ってるじゃない。数を扱う人は100から99ひいた1と2から1ひいた1は同じもんだよって思う。でもオレとしては、100もあったのに99も持っていっちゃうの?って感じで、2から1ひいた1は半分も残っていると思う。1は同じと見ないといけないってルールの中でものを見るのがいいと思う人もいる。オレはどっちの考えもいいなと思う。どっちの見方もしないといけないのが現代なのかもしれない。両方楽しむ自分がいる前提で絵本をつくる作業が好きだね。
いや、基本的に飽きっぽいよ。「野球やろうぜ」なんて仲間内でユニフォームつくったけど2年くらいで飽きたし、スキーとかもそう。でも本をつくるのは飽きないね。自分で感心するくらい。
絵本作家という肩書きにこだわってないし、なろうと思ったわけでないし気がついたらなっていたんで、途中であっちのほうが面白いと思ったら、そっちに行きそうな気がする。だけど、本をつくるのが一番面白い。やってみてそれがわかって「やめないなぁ」と思ってさらに好きなのがわかって、ここまで来て、「本当に好きなんだなぁ」と思うくらいだからさ。まあ、やりながら考えるしかないよなって思う。
若い人に特別言うことはないんだけど、動きながら考えたほうがいいとは思うよ。考えて動くんじゃない。車だって動き始めてからステアリング回さないと回しにくいじゃない。だから死期を感じたら教育論の本を書くつもりなのさ。いまの教育は順番が逆で動かないガキにまず教えてしまう。お勉強してから、練習してから行動する。やってから練習すればいいのに。
仲間とテニスをやっているんだけど、集まったらすぐ試合するんで隣のコートの人はびっくりしている。誰も準備体操しないからさ。そういうのは個々やってこいって話で、運転しながらでも柔軟するわけ。「こんにちは」ですぐ試合始めるのさ。やっているうちに足が痛いとかあるけど、その中で弛んでいけばいい。
人生もまったく同じで、わかんないことは動いてみてからいっぱい出てくるのさ。わかんないから学ぶ状態ができている。
子どもって全然疑問を感じてないのさ。平和に生きているの。朝が来て、ご飯食べて、「なんかいい感じ!」みたいな…。それで新しい運動靴なんかあればもっといいじゃない。前の日からわくわくして早起きしたりしてさ。で、靴履いてトコトコ行って、犬がいたり木があったり、友達がいたりして、学校行って「なんか楽しいな」って。
それが急にいわゆるお勉強が始まると、この字が何だとか、こうしちゃ駄目よとかいって、それはいいんだけど、こっちには疑問がないわけよ。それが「この字は何だろう?」とか疑問持ち始めたら教育は少し役立つものでしょう。
なにしろトレーニングがあってから本番が始まるってのは間違いだと思う。いかにもトレーニング的な教育は不毛だよ。
いまはむしろ学ぶことの大変さ、面倒臭さ、あるいはそれらに対応することへの努力でほとんどのエネルギーを使ってしまっていて、そういう学校へ行くことに価値があるみたいになってて勿体ない。
動いてしまえばもっとわかんないことがいっぱい出てくるから、それに対応するシステムが教育。それを社会が持っているというだけで、個人というのは勝手にしておかないとつまんなくなるよな。

言ってしまえばいいんだよ。「考えてから言う」のと「ものを言う」のとは違う。うちの娘がロンドンにいるんだけど、彼女はわりと早い頃から向こうに行くことを決めたのさ。高校の友人たちが「私も行きたい。住みたい」っていうんで、エージェントみたいなことをやっていた。聞くと面白いのは「イギリスに住みたいけど、もう少し英語の勉強してから行く」という子は来ないことが多いし、来てもすぐ帰ることが多い。どういう子が暮らすかというと「いまヒースロー空港にいるんだけどどうやってそっちに行けばいいの?」っていきなり電話かけてくる子は居着くんだとさ。
ロンドンに行ったら英語を話さなくちゃいけないかどうか本当はわからない。最初に会う奴がフランス人ってことも十分ありえるわけじゃない? 準備しないと行動できないタイプは、現場感覚が弱いからそこで躊躇する。ロンドンで暮らすっていうのは、言葉の問題ではないんだよね。万が一、言葉が通じなかったら次の手がある。世の中を理解し、自分が行く場所で最初に何をするかがだいたいこなせるっていうのは、たぶん子どもの頃から身に付けた「生き方に対する気楽さ」だと思う。それでもトラブルは起こるんだし、言葉を全部やらないとってなると今度は知らない言葉に対する恐怖感を持つ。でも言葉はほとんどわからないもんなんだよ。
学ぶことでかえって不自由になっているんじゃないか。なるべく学ばないほうがいいんじゃない。必要もないのに学ばないほうがいいよっていうくらいは知恵としてはあるよ。動き始めたら本当に必要なやるべき勉強のカテゴリーが見えてくるもの。
保身って何を守っているって話さ。オレは基本はバカだからってのがあって質問する癖がある。「それ何?」と言って、うるせぇってよく言われた。一般的にガキってキョロキョロしてるし、「それ何?」って聞く奴多いじゃない。あのノリのまま生きているかもしれない。みんな不思議がらないのかなって思う。人の食べているもの「どんな味?」とか言うのは確かに大人っぽくはないんだけどさ。絵でもそうさ。展覧会では気取って絵見ないよ。「どうやって描いたんだろう、この野郎」って思う。もし生きている絵描きなら「どうやって描いてんの」って尋ねるね。
テニスでもどうやって打ってるの?とかさ。聞いて「ああ、あそこまで腰下げないとダメなんだ」とわかって、やってみるんだけどでも腰下がんない。そこで自分の限界とか方向が違っているとかわかって、そういうやり取りの中での自己確認しか手がないよね。
オレの場合は自分の周りの大人だったんじゃないかな。まあ親だよね。うちはお気楽だったよ。親父は法政大学の教授で暇なものだから「野球見に行こうぜ」って誘うんだよ。「学校だ」と言っても「野球見に行くほうがいいよ」ってタイプ。「まあ学校ってのもあるよね」という考えの家庭だった。そのノリのまま中学入ったらズレがあったけどさ。親に教育的配慮がないから、そういう意味では一貫性がないわけさ。オレも娘たちに対してもそう。
でも、基本に生命の安心感があると思う。何があっても「最後はここで飯が食えるんだ」っていう安心感。いまはバラバラで暮らしているけど、ここ一番の連絡はあるし、そういう意味でちゃんと礼儀があるよ。「親しい奴に礼節を」ってのは、祖父ちゃんくらいからの伝統だよ。

だって他人はわかんないでしょ? 他人は気が合えば付き合えばいいし、合わなきゃ離れればいい。でも肉親はその自由がない。親子の血縁は不自由だから礼節があったほうがいい。家庭は個人の集まりで、関係づけるしかない宿命的な人間関係で、切ったところで切れないから礼儀が必要さ。お互いに一目置かないといけないの。子どもといえども他人なの。自分のものじゃないの。
親に対する礼節は敬語使うとかじゃない。親父には親父の、おっ母にはおっ母のワールドがあって、夫婦のワールドは子どもの干渉することではないんだってこと。
だからオレが中学1年で警察に捕まったときに親父は「そいつの問題だからしばらくそいつに任せてください」って電話切った。オレがごまかすか謝るかしかないわけさ。警官は「お前の親は冷たいな」って言ったよ。

停めてあった外車にキーが付いていて、車が動くかどうか試したの。子ども4人でさ。そしたら本当に動いた。いま考えるとローギアのまま走っていて、隣町で煙吹いちゃった。で、自動車泥棒ってことで捕まって、みんなの家に電話あって、でもうちだけは親が来なくて、立川警察署でご飯食べて、しょうがないってんでパトカーで家まで送ってくれた。門のところに親父がいて、「どうもどうも」とか言って、警官は帰ったんだけど、親父の言い種が面白いのは「お前さぁ、ああいうことして面白いの?」「ちょっと面白かった」「ふーん、オレはやんねぇな」。それで終わりさ。そういう人だから、「オレ、愛されてない?」って思ったことはある。親父もそういう態度に自信があったんじゃなく、そういうタイプの人だったってこと。祖父さんものんびりしてて、だから個人主義で「それ、お前の問題」っていう血は流れているみたい。
親のメンツとか何もないから楽だけど、親はそういうもんだと思ってたら、後で世間はそうでもないとわかった。娘に対してもやっぱりそうだったけど、「いつもオレはここにいるよ。ピンチだったらできることはやるからさ」ってのはあるよ。それが幼い頃の安心で、生命的な保証になって、それがあるからそのうち自分で動くことを自然に獲得するんだと思う。
その準備のない段階から責任問題や義務の話をされてもピンとこない。お茶を濁したままだからこの無責任な社会ができている気がする。だって大人が銀行問題で自己責任って言ってる。それって預金するときに使う言葉じゃないよね。自己責任なんて言葉が取り繕うみたいな形で出てくるから自己責任がない社会なんだなって思う。
言葉を選ぶのも色を選ぶのもすべて自己責任だろ? そういうことも含め「あなたの人生なんだよ」っていう基盤に立った文章や絵の教育が行われていないってことだよ。そう思うと、とっても貧しい環境で子どもたちが生きている。
よく「いまの世の中はよくない」って言うんだよ。じゃあ、「いまの世の中いいですね」って言えた時代あったのか。子どもが荒れてない時代はあったのか。この頭の悪さは度しがたい。いつだって時代は悪いって思えば悪いの。いつの時代もいいなと思えばいいの。
もっとわかりやすく言うと、美味しいものがあるんじゃなくて、美味しく食う方法があるの。基本的に動いて腹減って、わーい!って食えばかなりうまい。
いまの時代悪いよねっていうのは癖だよ。もっと客観的に言ったら、どこかのバカのように戦争やってる状態ではこの国はない。水道もなかなかいい。どこの公園でも水が飲めるってかなりスペシャルだぜ。道歩いていても車は信号で止まるし、夜にコンビニが開いているなんて夢みたいだよ。アルバイトやっても生きて行けるとか。この社会って全然問題ないんだよ。あとは選択の問題と方法の問題さ。悪いと思えば悪いの。
文句言おうと思えば言えるし、それが趣味な奴はずっと言ってればって感じ。「いまの時代がよくないから、ここから脱するために…」って考えはトリックだろうな。仮想敵が必要なのかって思う。
いま世の中で一番悪いのはJR西日本ってことになってる。(2005年5月現在)でも三菱自動車は?緑十字は? ちょっと我慢していたら次のが出てくるのさ。誰かの責任にしようというのは切りがない。そうなるのが恐いからみんなが動けなくなっている。

そうだよね。でも、そういう生理ってそれ以外には何の価値も持ってないわけだから、それやったところで着地どころがないわけだよ。次の着地どころを探し続けて、むしろ生理を得るかたちで探しているために、いわゆる仮想敵を、軽い敵を大きな敵として見て行く方法になってしまう。実はそれが世界の政治がいまやっていることでアメリカ型の考えだよ。誰がいま悪いか。それで産業を作ろうという構造なの。これの小型版が個人で、誰が悪い? 学校だ! うちの子は被害者なんだ!って言うような精神構造が傾向としてある。昔はないパターンだった。
でも、それだっていつもどこか新しい方法を見つけて優位に立とうという明治以降の日本がやってきた歴史そのものかもしれない。政治のやり方はイギリス、工業はドイツから、ソフトな感じをフランスから取った中で、向こうに責任ありってことにしといて、初めからエクスキューズを持ったやり方だった。開国したくなかったけど下田に来たからしょうがないから開国したような、オレたちがしたくて、成熟したくて開国したというのではなかった。
いまも自分たちが「こういう暮らしを望んでしている」というのを持ちにくい精神構造なのかもしれない。いつも言い訳を探しておく。難しく言えば、そのための天皇だっていう結論になるんだけど。大きなエクスキューズを必要としていて、ある空虚なものを真ん中に置いておいて、だから自由、あるいは不自由なんだよねって適当にできる。いいも悪いも「それは天皇のせいなんだよ」って言える。誰かの責任にできるものを必要としていて、それの小型版が世の中にいっぱいあると気付くと社会の構造が見えてくるよ。
例えば役所を頼りながら文句を言うとか。そういう関係の中でしか自分たちの思考を組み立てられないのは不毛だよなって少し気が付いたときに、「自分で組み立てたほうが勝ちよ」って、この言い方は下品だけど、そのほうが楽だよ。それが「自らの暮らし」って意味じゃないのかな。そういうことで言えば、「だいたいこの線で行こう」っていう度胸をつけておくのが高校の頃じゃないかな。
仕事を手伝ってくれている若い子がみんな気持ちいいんだけど、だいたい高校から大学である覚悟をしているの。それは「自分の得意な人生で行こう」っていうことで、何かしらあるものを捨てている。全方位外交は止めようってどこかで思ったみたい。まあ、ひとつにはできなかったんだろうけどさ。捨てざるをえない思いを味わって、でも元気に生きていこうと大なり小なり思っている。何かを得て来たよりも捨てて来たほうが大事みたい。きちんと捨てて、あとに残したもので生きていく。
翻って、やや器用であちこちにいい顔ができてきたくらいの実力があった人、象徴的に言えば四大まできちっと出てきてしまった優秀な人たちが難しい。いろんな企業に就職活動して、給料がいいからということで選んだ人間がめちゃくちゃ空洞なわけさ。人生って、いつか「あれは何だったんだろうな」と気付かざるをえないのさ。本当に私は生命保険が好きだったのか。報道が好きだったんだろうかって。

何の根拠もないけど人生の本番は40代がいいと思う。20代で決まるのは不幸だと思う。10代で度胸決めて、20代で情報収集して、30代で始めて40代でいいなって感じが絶対いい。周りを見ていて思うもん。
オレも本気になったのは40代だし。寿命が長くなったのも加味してんだけどさ。35くらいから本番が来ていいし、それより前に来ないし、来たら嘘だと思う。たんなる実感だけどさ。ただ度胸のつけどきは高校くらいだなって思っているよ。
Taro Gomi
五味 太郎
1945年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ID科卒業。工芸デザイン、グラフィック・デザインの世界を経て、絵本を中心とした創作活動に。主な著書『絵本を作る』『ぞうがいます』など350冊以上。
【五味 太郎さんの本】

『絵本を作る』(ブロンズ新社)

『ぞうがいます』(文化出版局)

『じょうぶな頭とかしこ体になるために』(ブロンズ新社)