

Taketomo Takahashi
高橋 武智
1935年東京生まれ。東京大学仏文科卒。同大学院で18世紀仏文学・思想を専攻。現在、翻訳家、著述家。元「わだつみ会」理事長。主な訳書に『SHOAH』(作品社)『崩壊したソ連帝国』(藤原書店)など。
高橋 武智 さん(翻訳家・著述家)
1933年ドイツを掌握したアドルフ・ヒトラー率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)は、反ユダヤ主義を政策に掲げると、ユダヤ人を迫害する施策を次々に行った。やがてアウシュビッツ収容所に代表される絶滅収容所へとユダヤ人を移送し、組織的殺りくを行うようになった。クロード・ランズマン監督のドキュメンタリーフィルム『SHOAH』は、ナチスによるユダヤ人大量虐殺とはなんであったかを追った作品だ。今回お話をうかがった高橋武智さんは『SHOAH』の日本公開に奔走し、また書籍『SHOAH』の翻訳を行った。どういった思いでこの作品に深くかかわったのだろう。
『SHOAH』という作品は、1941年以降のナチスによるヨーロッパ・ユダヤ人の抹殺政策をテーマにしたドキュメンタリーフィルムです。
まず"SHOAH"という言葉について説明します。これはヘブライ語で「破局」「絶滅」を意味します。ユダヤ人の大量虐殺を表す言葉として「ホロコースト」がありますが、これはユダヤ教で「神に捧げられた供物」という宗教的な意味があります。それでは犠牲になったユダヤ人は「神への生贄だった」と捉えられてしまう恐れがあります。
そのためランズマン監督は、映画の表題として「ホロコースト」ではなく、ユダヤ人の言葉であるヘブライ語で絶滅を表す"SHOAH"をつけたわけです。

ナチスが行ったことの全体像をすべて示すのは無理ですが、絶滅収容所から奇跡的に生還したユダヤ人、収容所の警備、管理を行っていた元ナチスの親衛隊、ユダヤ人を移送する汽車を見ていた農民。そういった体験者の証言で構成することによって、ナチスによるヨーロッパ・ユダヤ人への迫害をひとつの作品の中に凝縮させようとしています。
この作品の特異さは、9時間30分という長編でありながらも、音楽も資料映像も使っていないことです。たくさん人が殺された事実を追いかけているけれど、フィルムの中には血の一滴も流れなければ、死体もいっさい出てきません。それでいて集中力を途切れさせず、観客に起きた事件を刻みつけるという強い力を持った作品です。
85年に完成され、翌年のベルリン映画祭に出品し、カリガリ賞を受賞したことで世界中に広まり、上映・放映されました。私は『SHOAH』を86年から知っていました。作家の小田実さんが西ドイツのベルリン(当時、ドイツは統一前で東西に分かれていた)でこれを見ていて、小田さんの強力な勧めもあって、ドイツ語字幕つきのビデオを上映する会を日本で開きました。私が原書の『SHOAH』を見ながら、即興の弁士をつとめました。
残念ながら映画配給会社の反響を呼ばなかったんですが、でも私はこの作品に打ちのめされたので、なんとしても紹介したいと思いました。そこですべての証言をおさめた『SHOAH』をまず翻訳出版し、それが評判になれば映画業界が動くかもしれないと思ったわけです。
ユダヤ問題との関わりでいえば、65年にフランスに留学したのですが、その頃、ヨーロッパ中の記念碑や博物館を見て回り、歴史的な側面に接するようにしていました。
実は私の遠い親戚に特務機関に所属していた元軍人がいて、直接本人からではなく周囲の人から聞いたことですが、1930年代、ナチスを逃れたユダヤ人が東ヨーロッパからシベリアを通って、満州国(注1)の国境までたくさん押し掛けて来ていたのです。でも、日本のビザがないと国境を越えられない。彼らは上海か神戸を経由してアメリカへ行きたかったんです。
私の親戚は特務機関長をしていて、相当悪いこともしたと思いますが、そのときは独断でユダヤ人たちにビザを発行した。戦後その親戚が戦犯に問われなかったのは、ユダヤ人の運動が相当あったからだといいます。彼は若い頃、ポーランドの日本大使館付きの武官だったりと、彼なりに国際的な視点を持っていた。そういうこともあって、私はユダヤ人の迫害の記念館などを訪ねるようにしていました。
当時、ベトナム戦争(注2)の反対運動でヨーロッパは盛り上がっていたけれど、67年6月に第3次中東戦争(注3)が起きました。これによりヨーロッパの関心はベトナムから離れました。というのも第2次世界大戦中にヒトラーがあそこまで突出し、ユダヤ人を殺したことにヨーロッパ人は罪の意識を持っていました。一方で同じようなユダヤ人への差別意識を持っていても、絶対にそれは出せない。ヒトラーに類する行為は完全に否定されなくてはならなかったのです。だからユダヤ人ならともかく、ヨーロッパ人までが、悪いのはナセル(注4)だとして、親イスラエルに動いたのです。
しかし、私はそこにヨーロッパ人の反アラブの差別意識を感じました。その頃からアラブ人がヨーロッパでも増えていましたからね。外面的な親イスラエルはその意識の裏返しでもあることが非常に良く見て取れました。

2000年前にその根拠があるというより、2000年にわたって差別意識が続いていたと思う方がいいと思います。
映画の中にラウル・ヒルバーグという歴史学者が出てきます。彼はオーストリアに住んでいましたがアメリカに亡命し、第2次世界大戦が始まると従軍して、ドイツと戦った人です。彼はこう言います。4世紀くらいにはキリスト教の宣教師はユダヤ人に「あなた方はユダヤ教徒として我々の間に生きてはならない」と言った。中世になると世俗の支配者たちは「あなた方は我々の間に生きてはならない」と言い、追放を命じました。最後にナチスが登場して、こう言った。「あなた方はもはや生きてはならない」と。
とにかくナチスが実行したことは、こういう意味でヨーロッパの歴史の延長上にあります。ヨーロッパ人が敵を求めると決まってユダヤ人になるわけです。
私の世代に共通しているとはいちがいに言えないけれど、戦争体験をかすかに持っていて、それが私の生き方を決めているんだと思います。
私は35年生まれで、小学校が日本の教育制度になかった時期、つまり「国民学校」で6年間を通しました。国民学校はナチス・ドイツの「フォルクス・シューレ」を真似たもので、日本軍国主義の純粋培養機関でした。
ですから、今では冗談みたいだけれど、「天皇陛下は神様だ」と本当に信じ、「日本は神の国だ」と信じていました。
1年生の時に、太平洋戦争が始まったのですが、形勢が悪くなっても「日本は必ず勝つ」と思っていました。戦争が激しくなると親と別れて東京の立川から少し山に入った所に疎開しました。付近に飛行機の地下工場があったため、アメリカの爆撃機の空襲を受けました。焼夷弾が防空壕の中まで入ってきて、死ぬかという思いもしました。
でも、そういう恐い目にあったにもかかわらず、親戚の男の子とその直後に話したことを今でも覚えています。その時、私はこう言ったのです。「恐かったね。僕ら死ぬかもしれない。でも僕らが死んでも日本は勝つよね」。それくらい徹底的に教育されていました。
しかし日本は敗戦しました。日本は必ず勝つとか神の国だとか、すべてひっくり返ったわけです。はっきりと裏切られたという思いをしたのは、親と教師の考えが見る見るうちに変化したからです。「もともと日本は勝つと思っていなかった」とか「戦争は嫌いだった。本当は平和主義者だ」と言い始めた。本当にそう思っていたならなぜ言ってくれなかったのか。大人は建前と本音があって、複数の価値観を使い分けられるからいい。でも、子どもはそうではない。だから「自分は子どもを騙すような大人にだけはなるまい」と思い、それを誓いとして生きようと思いました。 それから戦争に対する見直しも始めましたが、決定的なのは『きけわだつみのこえ』(注5)です。死んでいった人たちの声を知り、戦争の意味が初めてわかりました。そのことで戦争のほかの局面、植民地問題も見えてきました。

絶対だった国家が崩壊したわけです。それからは「国家は悪だ」という考えを持つようになりましたね。個人を大事にしないといけない。そうでない国家は必要ありませんね。
国家こそ憲法を尊重する義務があって、それは国民の権利の保障とセットです。国家はいかに危険になりうるか。それをわかってもらいたいですね。ほんの60年前の話です。その体験をどう伝承していくかが課題です。
『SHOAH』に引きつけて話しますと、この作品が成功した理由はいくつもありますが、ひとつには証言者の記憶を復活させたことにあります。放っておけば消える記憶をまだ生存者が生きているうちに語らせた。監督自身がインタビューして、じっくり語らせた。そのことで記憶を蘇らせた。
語れば語るほど思い出すことがある。その長い待ちの姿勢が映画の貴重な素材を生み出し、作品の中で重要な鍵になりました。
見る者が非体験者であっても自分の想像力をかき立てられ、あたかも目の前に見えてくるような印象を与える。もちろん巧みなモンタージュの技法も貢献しています。涙を流す様子を撮る一方で証言者の日常を交ぜ、機関車が繰り返し現れることで、移送の記憶を印象づける。ああいう形で記憶を蘇らせることは可能だという道を示しています。

文献資料を集めて歴史を証明するのもひとつの方法です。でも、それを支えるのは個々人の体験です。書かれたものがないから「歴史がない」といった誤解もされがちです。
でも『SHOAH』はそれを覆した。無名に近い人が語った事柄が、実は歴史の根本ではないでしょうか。それがないと文献があっても何も語ったことにならないでしょう。文献がなくてもその語りがあれば歴史になる。祖父母や両親の話を聞く。そのことで想像力を培うことが大事ではないかと思います。
『SHOAH』は85年につくられたわけで、いまの高校生はそれ以降に生まれたことになります。だから、ある程度の予備知識を持った上で見ていただくといいと思います。図書館にビデオやDVD、それに書籍版の『SHOAH』(作品社刊)も置いてあるはずですから、ぜひ見てください。
(注1) 1931年、日本軍の起こした満州事変をきっかけに日本軍の強い影響力のもと中国東北部につくられた国。32年から45年まで続いた。
(注2) ベトナムの解放と統一をめぐる戦争。1960年に結成された南ベトナム解放民族戦線が61年、北ベトナムの支援のもとに南ベトナム政府に対し本格的な抗争を開始。63年にアメリカが全面的に軍事介入したが、73年の和平協定により撤退。76年、南北ベトナムの統一が実現。
(注3) 1967年6月、イスラエルはアラブへの先制攻撃をかけてヨルダンのヨルダン川西岸・エジプトのガザ地区とシナイ半島・シリアのゴラン高原を占領。6日で勝敗が決したため6日戦争ともよばれる。
(注4) イギリスとフランスが経営していたスエズ運河を接収するなど、エジプトのナセル大統領はアラブ=ナショナリズムを基本とし、アラブ統一を至高目標としていた。
(注5) 太平洋戦争で戦没した学徒兵の遺書を集めたもの。中にはBC級戦犯として処刑された学徒兵の遺書もある。

Taketomo Takahashi
高橋 武智 さん
1935年東京生まれ。東京大学仏文科卒。同大学院で18世紀仏文学・思想を専攻。現在、翻訳家、著述家。元「わだつみ会」理事長。主な訳書に『SHOAH』(作品社)『崩壊したソ連帝国』(藤原書店)など。