

Satoshi Tomisaka
富坂 聰
1964年生まれ。北京大学中退。「週刊文春」記者を経て、現在はフリージャーナリストとして中国問題を中心に活躍。主な著書に『龍の伝人たち』(小学館)『北京「中南海」某重大事件』(講談社)『潜入-在日中国人の犯罪シンジケート』(文春文庫)など。
富坂 聰 さん(ジャーナリスト)
去る8月7日に北京で行われたアジアカップの決勝戦では、「小日本」「打倒日本帝国主義」など、日本に住む若者にとっては馴染みのない言葉で日本人選手、サポーターが罵倒されていた。その様子をテレビは報道していたが、「なぜそういう事態になっているか」までうまく説明してはいなかったようだ。「悠久の歴史」や「日中友好」といった修飾でとかく語られがちだった中国。リアルな中国のいまの姿とは何か。中国問題のジャーナリスト、富坂聰さんに尋ねた。
重慶で行われた予選では、日本人サポーターにペットボトルが投げつけられたり、罵声を浴びせられたと聞いていました。北京の決勝戦では偶然にも日本と中国が試合をすることになって、これは実際に見ないといけないと思い、足を運びました。
当日、会場の正門前では警察がシェパードなどの大型警察犬を数頭並べ、入場者に対して「何かあれば直ちに制圧するぞ」といった様子で威嚇していましたし、公安当局が観客の暴徒化を懸命に抑えようとしている様子がよくわかりました。というのも、とかく盛り上がったと報じられた試合ですが空席が目立ちました。これは当局のよくやる手なのですが、チケットを売らせなかったからです。1万5000人くらいの警官で会場を警備していましたが、観客が多いとそれでは間に合わなくなりますから。
実は試合会場に行く前に日中間で懸案になっている尖閣諸島(中国名・釣魚島・注1)の問題について活動している「中国民間保衛釣魚島連合会」のメンバーに会っていたのですが、彼らに対して公安当局は事前に「サッカー会場に行かないように」と連絡があったと言います。それくらい神経を尖らせていました。

そうした事件の背景のひとつとして、日中関係が非常に難しい時期に来ているという事情があります。またもうひとつの要因として反日感情がありますが、これは中国の国内問題といっていいでしょう。確かに中国人は日本人を嫌っています。でもその理由を尋ねるとはっきりしません。何がなんだかわからないけれどとにかく嫌いという。人間だからそういうことはあるし、理解できないでもない。全体的な雰囲気として反日感情を持っているに過ぎません。
実を言うと日本に対する反応も複雑でひとつではないのです。あれだけの広さを持つ国ですから、中国はひとつに見えて現実にはそういうことはありません。いろんな考えを持っています。しかしサッカー会場では日本に対する厳しい反応が出た。
中国では1978年に改革開放(注2)により、経済成長の促進をはかりましたが、90年代に入ると高度成長の反面、民衆の格差の広がり方は深刻になりました。今まで同じ貧しい暮らしをしていた隣人が豪邸に住み、自分たちはその日の生活に追われる。そんなことが各所で起こっています。豪邸に住む人は一握りで後は従来のままという貧富の広がりが、中国の悩みの種です。そうした変化の痛み、軋みに対するはけ口が反日感情として噴出しているのです。
確かに戦争を直接経験していない若い世代が反日を口にするのは、愛国主義教育の影響もあるでしょう。しかし、これは当局からすれば現政権を維持するのに必要な措置でもあります。つまり中国共産党はその求心力を絶えず高める必要があるからです。
例えば「ブッシュはバカだ」とよく言われますが、それでも一応は大統領選を経て選ばれたという強みがあります。政権担当者に正当性があります。しかし、中国共産党の独裁体制はそういう民主的な手続きを経ていません。では、何が権力を保証しているかというと、かつて中国が欧米や日本に侵略され、蹂躙されていたときそれを救ったのは共産党であった。それしかないのです。だから政権の正当性は?と問われるとその原点に戻って行くしかない。自分たちの国を、政権を銃口によって作り上げた。ではその銃口はどこに向けられていたかというと日本です。共産党独裁の正当性を示すには、日中戦争を戦い、新中国を作り上げたという原点に戻っていかざるをえない。
今後、いろんな問題が起き、世論が政府の政権の正当性を問うてくると、ますますそのことを強調せざるをえない。矛盾しているようですが、現政権は日本との関係を大事にしようと思いつつ、反日を鼓舞するという捩じれたことになります。

なぜそうなるかと言うと、ひとつは中国には世論が今までないと思われていました。国民は唯々諾々と従っていると思われていました。とはいえ、政府への不満が募るとかなり過激なことをします。天安門事件(注3)がそうでした。日本なら問題があっても国民はあまり行動を起こさない。学生が政権を打ち倒したこともありません。でも中国はそうではありません。学生をはじめ民衆がいったん動き始めると怒濤のような勢いになり、政権を倒しもする。当局はそれを怖れています。
ですから、反日活動家と言われる人たちを見ていると、自分たちの力をおもしろがっている風があります。自分たちが騒ぐと政府が慌てる様子をおもしろがっている。自分たちは政府に対する影響力を持って来たのではないかという手応えを感じ始めているようです。
社会に争乱をもたらすことに厳しい中国でも唯一許されるというか、押え込むと押え込んだほうが窮地に立たされるのが反日です。免罪符が与えられているので、政府に不満があればあるほど反日の気運が高まるという構図になっているわけです。
中国人に手を挙げたこともなければ、罵倒したこともない日本人なら「自分たちがやったことでもないのに、いつまで戦争責任を問われないといけないのか」という思いはあるでしょう。しかし、私が学生のとき中国人の友人にこう言われました。「あなたは日本が豊かであることの遺産も相続している。生まれながらにあなたは私よりも裕福だ。負の遺産を引き継ぐ理由がないなら豊かさを引き継ぐ理由もないだろう」。こうも加害者と被害者の受止め方は違います。
ただ、新たな時代には歴史問題についても「もうここまでにしましょう」という線引きが必要になると思います。例えば、中曽根康弘元首相は「戦後政治の総決算」を唱え、靖国神社の公式参拝を行った。また小沢一郎議員は「普通の国になるために憲法改正の必要もある」と言った。これは「戦争問題はもういいでしょう」というメッセージでしたが、加害者が言ったことでもあったため、両国の抱える問題の線引きにはならなかったし、むしろ反発を買いました。いまなお中国に首相が行くたびに謝るようなメッセージを送っていて、それでもしっくりこない。
実は日中関係はそういう意味で非常に悪い。両方が被害者意識を持ちつつあって、そういうフラストレーションがお互いに募っています。

外交は非常にたくさんの情報を判断して行っているわけで、外から見ていると納得のいかない選択に見えるでしょう。民主主義ですから、いろんな人が外交について意見を述べるのはいいけれど、それが外交判断に直接影響を及ぼすようになり、たくさんの人が納得する判断を求めるようになると「イエスかノー」という単純な答えになりがちです。外交の現場はそう単純なものではありません。中国政府も民衆の不満を抑えながら舵取りをしているわけで、日本に対して言っていることの半分は国内に向けて言っている。これは日本も同じです。
そういう捩じれたことが続いているのはきわめて危ないのですが、変化の過程で通らないといけない道ではあります。
日本のテレビクルーのカメラに向かって罵声を浴びせる光景を見て、驚いた人はいるでしょう。何でこれほど憎まれているのかと不思議に思ったことはよかったことではないでしょうか。いま初めて距離が近づいたとも言えるわけです。これまでは日中友好という中身のない言葉だけでの付き合いで、相手の嫌なところが見えなかった。何が友好なのか問わなかった。今後はそれでは済まない。
これからは経済的に互いに切っても切れない関係なのですから、新時代をつくっていくしかありません。そこで中国にも変化の兆しがうかがえるのは歴史問題にピリオドをつけてもいいという声が聞こえるようになっていることです。日本では友好という言葉を間違えて捉えがちだったのは、中国は永遠の友人でなければ、永遠の敵でもないことです。外交には永遠の敵も友もいない。その時々に選んでいく冷静な関係を築くことが大事です。
私は学校が大嫌いで16歳で大学検定資格を取った後、台湾に行き、それから一瞬日本に戻りましたが、ほとんど中国と関わる生活をしてきました。中国で自分はつくづく日本人だと思い知らされましたが、それでも中国に関心を持ち続けたのは、日本で育つ中で身につけた常識と想像の範囲を超えた国だからです。悪人の下を探したら際限がない。よい人間についても同じことが言えます。比べて日本人の振る舞いは予想の範囲で、上下の幅があまりないから暮らしていて楽です。でもそれが息苦しくなります。
特徴的なのは、中国で改革開放以来、豊かになった人はそれまで社会の最底辺にいた人でした。それがいまや社会を動かす存在になりつつある。革命は起きていないけど、権力の逆転が起きたわけです。それがいまの中国の国内問題です。
感心するのは、軽蔑されていた人たちが社会の表舞台に立っても、要人に見劣りしない舵取りをすることです。それは人の上に立とうという心構えがあるのです。一方の日本は野心を持つことに後ろめたさを感じ、上昇することより与えられた場所で努力することを美徳とする。自然、上に立つ準備もできていない。でも彼らはそれができる。
それだけ中国はチャンスがあるし、彼らは自分たちの可能性に蓋をしません。ただ敗者に対しては厳しくて、飢死する人もたくさんいます。日本と中国のどっちがいいとは一概に言えません。ですが、日本は権力層が固定されているのに比べ、中国は何百年にいちど大きく変わります。実際、農民が皇帝になったこともありますし、いまの中国共産党だってそうです。
時々くたびれて日本に帰りたくなることもあります。そういう国ではありますが、若いみなさんにはできるだけ行ってほしいと思っています。中国を嫌いになってもいい。チャンスにあふれて活気がある国ですから、きっといい刺激になるのではないかと思います。

(注1) 沖縄県、八重山諸島の北方にある諸島で石垣市に属する。日本は1895年から領有権を主張、中国と台湾は1971年より領有権を主張。これは68年10月、国連海洋調査団が東シナ海の海底調査を行なった際、海底に石油資源が理蔵されていることが明らかになったためと考えられており、いまなお領有紛争は続いている。
(注2) 78年12月、党中央委全体会議で改革・開放の方針を決定。これにより外国資本の導入、市場経済への移行が開始。以後、中国は共産主義でありながら資本主義経済重視の路線を歩むことになる。
(注3)1989年6月4日、北京の天安門広場で民主化を要求して座り込みをしていた学生と市民を人民開放軍が武力で排除した事件。軍の無差別発砲で多数の死傷者を出したとされる。これにより民主化要求運動は反革命暴動とされ、徹底的なひきしめが行われた。
Satoshi Tomisaka
富坂 聰
1964年生まれ。北京大学中退。「週刊文春」記者を経て、現在はフリージャーナリストとして中国問題を中心に活躍。主な著書に『龍の伝人たち』(小学館)『北京「中南海」某重大事件』(講談社)『潜入-在日中国人の犯罪シンジケート』(文春文庫)など。
【富坂 聰さんの本】

『龍の伝人たち』(小学館)

『北京「中南海」某重大事件』(講談社)

『潜入—在日中国人の犯罪シンジケート』(文春文庫)