

Zhang Shao Cheng
張 紹成
1962年北京生まれ。10才で京劇俳優養成の最高機関である中国戯曲学院に入学。9年間の厳しい修行を経て、人間国宝級の中国現代武生(立ち回りを得意とする二枚目役)の最高峰である王金路氏に師事。国劇宗師・楊小楼の一脈の流派の第三代の重要な伝承者である。
張 紹成 さん(京劇俳優)
赤や緑の隈取り、豪奢な衣装、激しい立ち回り、哀切ある歌。清代に成立した京劇は歌、舞踊、アクション、音楽などが展開される総合演劇。その演目は1000以上あるといわれます。体で喜怒哀楽をダイナミックに、ときに繊細に表す。そこには中国が育んできた伝統的な身体表現や人生観がかいま見られます。幼い頃から京劇の厳しい修行を積んで来た張紹成さん。今回は京劇の魅力と演技を通じて学んだことをうかがいました。
京劇は200年ほどの歴史があります。世界に存在している演劇のすべての要素が入っているところが魅力です。歌、せりふ、踊り、立ち回り、そしてトンボ返りだとか雑技的な部分。こういった要素をすべて持っているのは京劇しかありません。だから総合演劇と言われているのです。
確かに魅力的でありますが、それだけに厳しい世界でもあるのです。

それがどれほどの苦労であるかは、いまの子どもには絶対に想像つかないでしょうね。私が当時、京劇俳優養成の学校、中国戯曲学院で受けた教育は、いまの子は耐えられないと思いますよ。
現代の教育は好きなことを学べたり、将来を考えた教育を受けることができますが、私の受けた教育は、「これが楽しいからする。これは嫌だ」とは言えないものでした。決められた通りにやるしかありませんでした。それをやらなかったら? 当時はまだ古い教え方でしたから棒で叩かれました。1時間の授業が終ったら体のあちらこちらが紫色になっていました。そういうのを聞いたら「これは教育か?」と思うでしょうね。
先生によって違いはありますが、よくできても叩かれました。「ヨシ!おまえはよくできた!」と言って叩く。それでも先生の機嫌がいいのはわかります。思いきり叩かないから(笑)。そういう教えた方を10歳から9年間受けました。
両親が望んだわけでもなく、また自分で希望したわけでもありません。ちょうど文化大革命の途中で、国を代表する芸術家が必要だとの考えから、政府が全国から子どもを選びました。その選抜された子どもをさらに試験し、中国全土から103名が選ばれた。それが1973年のことです。選ばれて「今日から京劇をやれ」と言われたようなものです。何万人にひとりの割合で選ばれたわけですから喜びはしました。国がすべてのお金を出して養成してくれるわけですから、光栄には思いました。
私が育ったのは文化大革命の最中だったので、伝統劇を見たことはありませんで、その代わり現代革命京劇、いわゆる現代風の「模範劇」を見て育ちました。これは8つしか演目がなく、これが10年間中国全土で演じられ、国民は強制的に見させられました。ラジオでも毎日放送されていたので、自然と内容は覚えてしまいました。戯曲学院に入り、勉強して3年くらい経ったとき四人組が倒された。その後、はじめて京劇についての映画を見ました。「え、これが京劇? じゃあ今までやっていたのは何?」って思いました。隈取りとかあるし、変だなぁと感じました。自国の文化なのに外国の文化というか、変なものを見たという感じがしました。そのときの私は「模範劇」が京劇だと思っていたのです。

最初見た時は笑ってしまいました。なんて不自然な動きをしているんだろうと。私のやっていた現代革命京劇は、舞台が現代ですから、現代風の服装をして、拳銃持って立ち回りをしたりしていたのです。比べると伝統的な京劇の衣装は飾りがいっぱいあって…、とにかくまったく知らない世界でした。
不自然な動きに見えたのは、それは動きを誇張することで美化していたからです。京劇ではつくられた型があって、感情表現にも型があります。例えばいかにも堂々と胸を反らしてしゃべるとか。つまり普段の暮らしで行っている動作そのままで舞台に登場してはいけません。そこに不自然さを感じたわけです。
とにかく私が伝統的な京劇出会ったのは、四人組が倒されてからで、そこから本格的に勉強し始めました。
そうですね。でも、ある芝居では言葉がひとつもなく動きで表現するのです。京劇も歌舞伎と同じで身体表現です。体の形で表現する。だから意味のないものはないんです。
最初習うときに、先生は「この型はこういう意味がある」と教えてくれましたが、成長するとさらにその背後にある意味に気づきます。それをどう表現するかで悩みました。悩みながら追究し、自分のオリジナルの表現になるよう努力しました。
個人がどうしようと思っても、国の政策が優先された時代です。私は中国京劇院という劇団に配属されました。そこはトップクラスの俳優が集まったところなので、海外に公演に行くことも多いなど恵まれた劇団でした。
でも学校ではうまかったのに、劇団に入った途端に演技がダメだと言われました。やはり習ったものを応用するには経験するしかありません。乗り越えるしかなかった期間でした。稽古が仕事でしたから朝9時から夕方5時までみっちり行っていましたね。
そういう考えはありませんでした。というか、子どもの頃から京劇しかやっていないわけですから、辞めても他のことは何もできません。京劇をがんばって極めるしかない。京劇は総合的で深い芸ですから、これは一生かけないと中途半端になるという思いがありました。

市川猿之助さんのスーパー歌舞伎とのジョイント公演がきっかけです。かなりの刺激を受けました。これからの京劇をどうすればいいか。自分の演劇をどういう方向に持って行くかについて考えさせられました。
京劇は伝統劇なので、なかなか革新することは難しい。かといって、伝統だからそれでいいわけではありません。いちばんの問題はお客さんが見ないこと。自分がいくら「京劇はいい」と思っていても、お客さんが来ないのなら意味がない。どうやって人に見てもらうか。これは伝統を守るのとまた別の問題です。俳優の使命は伝統芸能を最大限発揮し、いかにお客さんを呼ぶか。市川猿之助さんはそういうところでがんばっていました。彼のスーパー歌舞伎という試みは伝統的な歌舞伎に対して悪いことだとは思いません。現実に若い世代のお客さんが見に来ているわけですからね。

日本でも「腹が大事だ」とか「この俳優は腹が座っている」と言いますね。中国でも「気は丹田におろす」と同じことを言います。日本では落ち着かないとき「気があがる」と胸のあたりまで気が上がった様子を表します。この気を下におろすと「腹が座る」。それができないと演技になりません。
例えば歌舞伎と比べたら、京劇のほうが立ち回りは激しいという違いはありますが、基本的な芝居の芯の部分、体の表現は違わないと思います。立った姿から俳優のレベルがわかる。そういう演技の見方があるのは中国も日本も変わりません。
そこに伝統文化と現代文化の衝突があります。現代科学は何でも分析してデータで表そうとします。伝統文化はそういうことはしないで全体を見ます。データでは表せない、見えない世界を扱いますから、感じることしかできない。丹田も気もデータで表せません。針を刺すときのツボだって体を解剖しても何も出て来ない。でも針を刺したら反射が起きる。中国医学では、経絡は気の走り道。でも切ってもそれは見えない。
目で見えないし、頭で理解できないことにもっと興味を持つべきじゃないかと思いますね。「目で見えるから信じる」ではなく、見えないけど確かに感じられるものがあります。現代は目に見えるデータしか信じてないけれど、それはおかしいと思いますね。

私は気功も武術もやっていて、どれも腹が大事だと言われます。数値に表せないけれど、力がお腹に確実に充実している感じがあります。それが発声、演技として発揮されます。感じるには訓練しかないです。
東洋と西洋の文化の違いがあって例えば西洋の体の使い方がそうですが、スポーツを見てもわかる通り、筋肉の力で表現します。東洋には体が小さくても強くなれるという智恵があります。だから体の内部を鍛える、工夫する文化がうまれました。
でも、いまは現代的な西洋的なトレーニングだけがすべてだと思いがちです。体をどう使うかという智恵が忘れられていますね。
例えば、いまの小学校の子どもは立ち方、座り方を知らない。肩が下がったりしているなど正しい姿勢ができてないのですから、先生もそこから教えたほうがいい。立つ姿勢は神経の流れと関係あるから、肩が下がったような立ち方で元気になるわけがありません。元気な体があった上で、その次に何をするかが大事。それには正しく立つ、座ることができないといけない。
いま日本でも古武術の身体操作方法がスポーツ界から注目されていますが、それも同じような現象だと思います。力を抜いて、正しく落ち着いてから動き出すこと。演技で言えば、ちゃんと静かに自分が立てたとき、それだけで何もしなくてもお客さんは見ます。
そういう体についての昔の文化をいまの学校教育に入れないといけない。ラジオ体操で、ただ体を動かして疲れたというのでは意味がないでしょう。人は天地の間に生きているのです。どうやってその天地のエネルギーを取り入れるか。そのことでどうやって自分の存在を確かに感じるか。そういう基本が大事だと思います。

伝統京劇の魅力、演じる俳優の身体表現、その楽しさを伝えていきたいですね。もともと京劇は中国各地の演劇のいいところを取って大成しました。せっかく日本に来たのですから、日本をはじめ世界中のいいもの取り入れ、自分なりの新しい京劇をつくりあげたいです。それに新しい指導方法も考えたいですね。昔は1時間の授業で体が紫色になり、先生は鬼だと思いましたが、振り返るとそれがなかったら私の人生はありません。
中国のいまの戯曲学校では生徒をいっさい叩かないのですが、いい俳優があまりいません。どっちがいい悪いではないですが矛盾です。
私が指導するなら叩くことはしないし、もっと合理的な方法で教えたい。
教育とは苦労すればいい結果が出るようにするもので、苦労だけしていい結果が出ないような方法ではいけないと思いますから。
[舞台写真撮影:木村武司氏]
Zhang Shao Cheng
張 紹成
1962年北京生まれ。10才で京劇俳優養成の最高機関である中国戯曲学院に入学。9年間の厳しい修行を経て、人間国宝級の中国現代武生(立ち回りを得意とする二枚目役)の最高峰である王金路氏に師事。国劇宗師・楊小楼の一脈の流派の第三代の重要な伝承者である。優秀な成績で中国戯曲学院を卒業後、国立中国京劇院の主役俳優として活躍する。86年、89年に来日公演を行い、市川猿之助のスーパー歌舞伎と合同公演。92年、日本初のプロ俳優による京劇団「東京京劇団」を結成。日本各地での京劇公演のほか、ワークショップを積極的に行っている。
オフィシャルホームページ:http://www.kyogeki.info/
張紹成さんの活動予定
2004年11月22日(月)
『張紹成京劇団公演』(練馬文化センター)
2005年4月21〜26日 来日15周年記念公演
『張紹成プロデュース京劇エンターテイメント悟空』(主催読売新聞社・労音)