

Isao Matsumoto
松本 功
ひつじ書房代表取締役。1961年生まれ。早稲田大学卒。90年。桜楓社を経て、ひつじ書房創業。95年、学術出版社としてはじめて、自力でHPを作る。01年ビジネス支援図書館推進協議会副会長就任。
松本 功 さん(ひつじ書房代表取締役)
出版社と聞けば、本を売る会社と思いがち。でも、本という知を世に出す仕事には、いろんな可能性があるはず。今回、登場いただくのはひつじ書房の松本功さん。松本さん曰く「知と出版の関わりについて日本でもっとも考え、行動している出版社」。いったい出版という仕事を通じ、何を社会に働きかけようとしているのでしょう。
出版もビジネスですから、今ここにあるニーズを受け入れた本を出すのがビジネスとして正しいことなはずなんですが、その方針だと大きい出版社の方が何倍も売ることができますし、勝負にならないんです。小さな出版社が、売れる本を出そうとしても逆に2番煎じになってしまいます。それなら、人があまりねらわないところを掘り起こして、すごく利益があがるというのではないけれども、「それは大事なことだよ、本を読んで気づかされた」というような本を出していって、本を出すことによって、新しい地平が開けるような本を出したいと思ったんです。へそ曲がりなのかもしれないのですが、できるだけ普遍的な価値があって、それなのにほとんど気づかれていないような内容のものを出したいと思ったんです。
その方が編集者として面白いですね。小さな学術出版社は、それまでになかったテーマに取り組んでいる新しい書き手と組んだ方が、いっしょにつくっているという気持ちがあじわえるし、こちらが勉強すれば、自分のアイディアも出せますので面白いと思います。もっとも普遍性が高くて、ほとんど注目されていないものが、「市民の知の循環」と「市民のコミュニケーション」じゃないかと思って、それをテーマの一つにしたんです。

起業する以前は、日本の古典文学の研究書を出す出版社に勤めていて、そこで現代日本語を研究している日本語学の研究者に出会い、いろいろ教わるうちに「この分野はおもしろそうだ」と思いました。その頃、日本語学の分野を扱っている出版社はあまりなく、だったらやってみようと思った。29歳になった年に創業しました。ちょうど前の年にベルリンの壁が崩壊する時代で、そうした状況の後押しもあったんでしょう。それまで経営者になろうと思ってはいなかったですから。
日本語学というジャンルは、外国人に日本語を教える中で生み出されてきたもので、私たちが習った学校文法と呼ばれている旧来の文法を問い直すものです。言語という世界であたらしいものを生み出す勢いがありました。ただ、出版社をつくったとき、「世のため人のための本ですとは言いにくい本を作ろう」と思ったんです。社会問題に関する本を出版するのもいいのですが、それを商売にすると、「いい内容が書いてあるんだから、読まない人は悪い」と思いがちになります。「正しい本を出しているから買ってください」という正義を押しつけるのは傲慢です。
言葉を研究する本にあまり社会の正義は直接関係ありません。研究している人がいて、必要な人に向けて本をつくり、それを買う人がいるという、ある意味幸福でシンプルな関係ですみます。このシンプルさは悪いものではないと思っていました。

日本語学というジャンルを求めている人が一定以上いるとわかった時点で、大きな出版社が参入してきました。この人に書いてもらおうと思っていた著者が他の出版社にとられたりしたので、そこでわれわれのような小さな出版社は、世の中よりもかなり先を行かないと生きていけないのだと考えました。
さらに、ちょうどインターネットが普及し始めた頃でした。これは出版社にとっては激震でした。従来、本は取り次ぎと書店を通じてしか届けられないはずだったのに、そうではなくなった。またオンラインで電子的にコピーもできる。誰でも書けて、発信もできるようになった。また電子図書館の構想が議論され始めていて、必要な知識が電子図書館やネット上にあって、それを誰でもタダで読んでいいことになったら、出版社はいらなくなるのではないか?と考えました。そういう流れの中で、出版の役割をさらに考えることになりました。
タダの情報に勝つためには、今すぐ必要とされているものを、インターネットに接続していろいろ探し回っているよりもコストの安いと思わせるものを出すという方法があります。数年前から続いている新書ブームは大手出版社によるそうした対応策だと思います。われわれはそのような方法はとれません。その方法は資金力の大きな出版社が得意な方法ですので、対抗できません。生き残るためには他が真似できないことをする必要があります。自分たちの関わっているジャンルで、専門性と先進性のあるものを出すという方向に進もうと考えたのです。専門性は専門書を出すということですが、先進性について振り返ってみた時に、自分たちが関わってきた日本語というものが未開拓なジャンルだと気が付いたんです。しかも、私たちは、日本語を使ってコミュニケーションをして、社会をつくっています。社会をつくる根幹であることばというものに関わろうと思い直したんです。「世のために役に立つ」ということから、遠いところから、出発したはずだったのですが、足下に「世のために役に立つ」ものがあったんです。役に立つテーマではなく、世の中を変えるメソッドのについて関わりたいと思ったんです。ことばやコミュニケーションというのは、テーマと言うよりもメソッドですから。
といっても、今すぐ、必要なものだということが世間に受け入れられているものであれば、需要がすぐそこにあるわけですが、まだ、認識されていない先進性のあるジャンルは、読者がまだ少ないということになります。読者が、少ないなら、そのジャンルは出版社として成り立ちませんが、尊大な言い方になりますが、自分たちが進めていることが先進的すぎて、まだ受け入れてもらえないのであれば、そのようなものを受け入れる社会をつくってしまおうと思ったんです。そのための一つの方法として、公共図書館を作り替えてしまおうと考えました。
NPO関係の取材をしている岡部一明さんという方の著書から知ったのですが、アメリカの図書館はNPOやSOHOを支援するために、市民に情報を提供しているのです。市民に必要な知識だから図書館が提供する。新しいことに気づいた著者がいて、出版社がそれを世に出し、人々がそれが重要だと気が付く前に図書館がそれを紹介する。図書館を利用する人、本を読む人が、さらにまた次の考えを育てていく。その循環によって、市民の知恵が成長していく。変動する出版業界ではあるけれど、そういう必要な情報を提供することで21世紀を生きていけるのでは?と思いました。
まず、正しいことがどこかにあるということではなくて、みんなで作り出していくということになります。これまでの学校では先生がしゃべり生徒が聞く、従うという仕組みでしたが、これからはそうはいかないでしょう。例えば環境問題では、誰かが単に正しいことを言ったとしても一気に解決できたりしないですよね。高度消費社会では私たち自身も環境に関わっていますので、私たちが原因でもあります。みんなで議論して、納得することができてはじめて、実効性のある対策をたてることができます。そのときに議論の仕方や話し合い方がうまくなかったり、あまり意見を明確に言えない人でも取り込んで行けるような場をつくることが大事になります。
学校に正しい知識があって、それを人に広めるのではなく、実際問題に取り組んでいる人たちの知恵を研究者に問いかけたり、先進的な研究成果を市民に問うたりするようなコーディネーターに出版社がなるとおもしろいのではないかと思っています。

古い意味での教養というものは、すでに尊重されなくなっているのではないでしょうか。もっと、違う意味の教養が求められていると思います。例えば、若者が公園でたむろしてうるさくて困るとして、いきなり「出入り禁止」という張り紙を張り出すことでは解決しません。なぜそこに居るのか尋ねてみたり、顔見知りになる中で、ただ追い払うのでない方法で解決するやり方があるんじゃないか。そうした現場でうまれる知恵、知り合い方、出会い方、話し方に基づいたものが知だと思います。
本の中の知識を取り出すのではなく、現場の関係における知的な活動を遂行するノウハウだと思います。そのようなノウハウと連動して、実際の課題に取り組んで、解決するまでのソリューションを生み出せるような知的活動だと思います。その活動に書籍も参加しなければなりません。
今は「進化する図書館の会」など通じて、図書館にかかわっています。図書館と言えば、小説を貸すところという印象になっています。それも大事な機能ですが、それだけではなくて、課題のある人が何かを解決するときに役に立つ機関にすることができないかなと考えたんです。
例えば、地域の寂れた商店街を立て直そうとなったとき、その町の図書館には経営学の本、商店街についての本もあるかもしれないですし、海外の商店街の活性に成功した例を報告した本もあるかもしれません。でも、いまの図書館には、そういう情報を提供しようとはあまり考えてきませんでした。それならば図書館が各地域が抱える様々な問題の解決に向けて機能するように変えればいい。
実は図書館はいろいろなアイデアが組み合わせられる場なんです。ジャーナリストの菅谷明子さんによれば、ゼロックスというコピー機がありますが、この発想が生まれたのは図書館です。コピーのない時代、特許を調べるため弁理士がニューヨークの公立図書館に通っていました。コピーがないから手書きで写していたのですが、当然間違いや不十分なところもあります。なんとかそのまま写す方法はないかと考えていて、たまたま理工系の文献を読んでいたら、ある方法で光を反射させると複写ができると書いてあるのを見つけた。偶然読んだその本とニーズを合わせてコピー機をつくってしまった。そういうふうに図書館はアイデアを結び付ける場所でもあるんです。私も中心の一人としてビジネス支援図書館推進協議会という運動をつくりましたし、公共図書館の可能性については、どうぞ菅谷明子さんの『未来を創る図書館』(岩波新書)をご覧下さい。

そうなったときに気になるのは、いまの学校です。例えば、高校の学びはどうなっているか。大学によっては、入学生がレポートを書けないし、本も読めないから新入生向けの導入教育が必要になっています。大学の先生は「高校までは正しい答えを求める勉強だったけど大学は違う。自分で考えて目的を見つける場だ」と言います。裏を返せば、高校までは「独自に問いを立てる」ことはやらなくていいことを意味していますよね。
そういう状態でいいのであれば、学校は受験のためのものにすぎず、社会に必要な知識を学ぶところではないということになってしまいます。調べもの学習は提唱されていますが、調べもののロールプレイのひとつになってしまっているのではないか。大学以前に「問いを立てる」教育には何が必要かを考えないといけないと思いますね。
教科ごとに分割されてしまっている高校の授業が大学に入る前には、考えるという要素を排除しているのなら、自分の人生を設計する気持ちで自分の人生を題材にしてみてはどうでしょう。キャリアプランを立ててみるのもいいと思います。看護師になりたいなら、どういう知識が必要か。実際にどういう職業なのかを深めて考える。間違っていてもいいから、具体的に何が必要かを深めて考えてみることで、問いを立てることになるんじゃないかと思います。それから、知りたいと思ったことを思いつきでも何でもいいのでとことん考えてみる。大学の先生だって、社会だって、答えのない課題というのはたくさんあるんです。一生、一つの問いを考えながら生きていくということもある。そういう問い自体を見つけることができると、学校教育を相対化することができるのではないでしょうか。

ひつじ市民新書 加藤哲夫『市民の日本語』
Isao Matsumoto
松本 功
ひつじ書房代表取締役。1961年生まれ。早稲田大学卒。90年。桜楓社を経て、ひつじ書房創業。95年、学術出版社としてはじめて、自力でHPを作る。01年ビジネス支援図書館推進協議会副会長就任。2002年、ひつじ市民新書創刊。『市民の日本語』(加藤哲夫)は、NPOの世界で必読書になっている。