岩本 ゆり さん(NPO法人「楽患ねっと」副理事長)
毎日のように殺人事件を報じるニュースを見聞きする。
でも、画面の中の死は他人事で、いずれ自分に降りかかるものとしてはとらえにくい。
やがて人は死ぬ。
当たり前の事実だが、死とは何か。
どういう形でそれは来るのか。
死が確実になったとき人はどういう態度をとるのか。
それらについてニュースは語らない。
今回は、患者と社会とをつなぐ場を提供している「楽患ねっと」の岩本ゆりさんにその活動内容を尋ねた。
病気の体験や死を、悲しいもの、つらく怖いものとしてだけ捉えるのではなく、患者さんとその周辺の人たちをつなぎ、新しい何かを生み出す力に変えることを応援する団体です。
私は以前、病院に看護師として勤めていました。多くの医療関係者は患者中心の医療を実現しようと働いていますが、患者自身が「どう思っているか」はなかなか聞かれないことでした。病院では「これはオフレコだが…」という話で耳にすることはあっても、きちんとした形で患者の考えていることが伝わらない。というのも、世話をする人とされる人といった関係があるので、なかなか本音が言えないという事情があります。いかにして本音を聞けばいいのか悩んでいました。

同じ病気を持った人同士でつくっている患者会というものが疾病ごとにあります。医療関係者の立場から見れば、患者会は権利団体で、要望が多いという印象を抱きがちなのですが、そこに本当に必要な聞くべき患者の声があるのではないかと思いました。
そう思ったきっかけは、癌が再発し、治る見込みのない人が入院してきたことがありました。私はそれまで病院の中でしか患者とかかわっていなかったのですが、彼女が大阪から出て来たばかりで知り合いもいないということで、休日にお見舞いに行ったり、食事に行ったりしました。そこで見えてきたのは、いままで見なれていたはずの病室がすごく無機質で、寂しく感じられたことでした。自分だったらこうして欲しい。そういう思いが出てきました。
実際、患者会の人から「面会の時間を長くしてほしい」「食事をもっとおいしくしてほしい」「気軽に外出、外泊したい」という声を聞きました。そうした情報をまず医療現場に知らせ、そこから患者の声を実現するにはどうしたらいいか。そうして同じようなことを考えていた仲間と楽患ねっとを始めました。患者と社会、病院、他の患者といろいろな人の橋渡し役になれたらと思います。

楽患ねっとを始めた当初は掛け持ちで行っていましたが、いまはフリーの看護師をしています。フリーの看護師とは想像がつきにくいと思いますが、口コミで紹介された患者と一緒にセカンドオピニオン(主治医以外の治療に対する意見)を聞きに行きます。医者がどんなに詳しく説明しても、その場でわからないこともあれば、質問しにくいこともありますから、そのあたりの通訳を行うわけです。
また、セカンドオピニオンを聞いても、どういった治療を選んだらいいのかを決めるのは難しい。治療法をいくつか見せられ「はい、どうぞ選んでください」と言われても、簡単に選べるものではありません。その人が人生の中で何を大切にしているか。そういうことを考えないと結局決められません。
今後の人生を考えた上で、どういう治療をしたいのかを一緒に考える。カウンセリングのようなかかわりが多いです。

死ぬことが怖かったからです。小学生くらいにそう思い、中学、高校になるにつれて恐怖はどんどん強くなりました。小学生のときテレビで殺人事件のニュースを見ると「明日は我が身かもしれない」と思いから夜眠れないこともありました。自分の存在がなくなることが怖かったのです。
だから看護師になったのは、存在がなくなる直前の人たちはどういう生活をしているのかに興味があったからでしょう。死ぬのは嫌だと泣いて暮すのか。自殺してしまうのか。また心安らかに死ぬことはありえるのか。本当のところはどうなんだという思いがきっかけです。
看護師になってからの3年は産科の病棟で助産師をしていました。死が怖かったから、お産という生のほうに向ったんだと思います。でも、産科でも死は隣り合わせだし、すぐに亡くなる赤ちゃんもいます。
その後、大学病院の婦人科に行きました。そこで初めて大人の死に立ち合いました。その人はずっと長く癌を患っていたのですが、入院してまもなく亡くなってしまいました。
夜中に容態が急変し、「死にたくない」と私につかみかかって、それで亡くなってしまったのです。すごくショックでした。
ただ、その後ご主人が「いままでよくがんばったね」と体をさすっているのを見て、彼女は少なくとも孤独ではなかったということがわかりました。そして、死ぬまでの期間を家族とどう過ごしてきたかが大事なのではないかと気づきました。死の瞬間のつらそうな場面だけを見、死は怖いと思うのではなく、その前までのかかわりから見ないといけないのではないかと思いました。
婦人科は医療の経過が長く、2、3年治療をして亡くなる人が多い。最後まで戦って死ぬ人が多いのです。患者は長いスパンの中で死が近づいて来るに従い、達観とは違うのでしょうが、自分自身の存在がなくなることは仕方のないことだという思いになっていくようでした。死ぬときの痛さ、苦しみへの不安はあっても、存在がなくなることへの怖さは薄らいでいくようで、むしろ後に残す人との別れを寂しく思う気持ちが出てくる。私は最期まで怖いといって亡くなった人を見たことがありません。
私自身も死を恐怖する気持ちはなくならないけれど、そういった患者を身近に見るうちに薄らぎました。自分は消滅するけれど、いまを充実させることで恐怖感は薄らいで行くことを知ったからです。自分もいつかそうなれるんじゃないかと期待が出て来ました。

死を忌み嫌ったり、死について考えることを避ける。また、どうせ死ぬならいまの生活を楽しく過ごせたらそれでいい、と考えがちですが、もっと死を多角的にとらえたほうがいいのではないかと思ったことがきっかけです。
教育者ではないので、何かを教えることはできませんから、患者さんが話したいことをサポートしています。「死の恐怖からの心の変化」や「愛する人を失うということ」といった体験に基づく話を子供たちにしてもらっています。
最初は、少しでも何か感じてくれたらいいと思っていたのですが、子供たちはもっと深く理解しているようです。自分の祖父母が亡くなったことを振り返って、「自分のしたことがおばあちゃんにとって幸せだったんだとわかって嬉しい」「何もしなかったから寂しかったんだろうな」とか「人に簡単に死ねと言っていたけど、すごくひどいことだと知った」と、死について考えるようになった様子がうかがえました。

「天使の時間」という話をします。亡くなる1ヶ月くらい前に必ず人は周囲の人と心を触れあわせる時間を持つと言われています。それまで「痛い」「苦しい」と言っていた人が少し元気になる時期があって、そのとき「ありがとう」と感謝の言葉を口にしたり、楽しかった思い出話をしたりします。人にはそういう時間があるのですが、でもそれは誰かがそばにいないと分け合うことができません。誰かがいるからこそ「ありがとう」の言葉も、残された人の胸に響く、贈り物になります。
死にそうな人がいるとき、怖いから近づきたくないと思う人がいます。でも、そうした人のそばに行くことで、大切なものがいただける。向き合って直視することでわかることがあります。
だから、これまで死に行く人を看取った中でつらかったのは、「天使の時間」を周囲が拒否していたことでした。癌を告知されていない人が、本人はもう自分が死ぬことをわかっているのに、家族や周囲が嘘をついて、「がんばれ」「大丈夫だ」と励まし続ける。
あるとき、その人が子供たちを呼んで、「いままでありがとう」と言ったのですが、「そんな弱気にならないでがんばって」とその人の気持ちを受け止めなかった。私としても患者と家族がいい時間を過ごす土壌をつくれなかったのが残念でした。

その定義は難しいですが、孤独で死ぬことはかわいそうだと思います。家族がいない。また家族がいても誰も来てくれない。家に帰りたくても引き取ってくれない。最期になって、人と語らえる時間が過ごせるのは、そういう間柄をこれまでつくっていたからで、そういう付き合いがない人は最期はつらくなります。表面的な付き合いでないかかわりが大事だと思います。
自宅で死にたいですね。病院では、例えば小腹が空いても気軽に言えないですから。最期は人の手を借りないといけないし、家族だから悪態もつけることもあります。私は自分の死を親しい人に囲まれて自宅で過ごしたいですね。

Yuri Iwamoto
岩本 ゆり
NPO法人「楽患ねっと」副理事長、医療コーディネーター、看護師。
「楽患ねっと」:http://www.rakkan.net/