

Han ahn soon
ハン・アンスン
1976年大阪生まれの在日コリアン3世。大阪朝鮮高級学校を経て地元の服飾専門学校を98年3月に卒業。その2ヵ月後に自らのブランド「Han ahn soon」を立ち上げる。99年11月、大阪コレクション新人ジョイント出展。
ハン・アンスン さん(ファッションデザイナー)
生まれも育ちも大阪・生野区のコリアンタウン。「デザイナーになるつもりはなかったんです」。でも、裁縫は得意だった。バイト先で出会ったおばちゃんにもらったチマ・チョゴリ用のチュールレースで作ったワンピースが評判を呼び、いつの間にかデザイナーが職業になる。つねに人との出会いが彼女の服を作ってきた。そして人とのつながりが彼女の服を変えてきた。これからも、日本でそして海外で、あふれ出るアイデアを上品なスタイルの中に込めていく。
ブームに乗ったと思われると少し悔しいのですが、やはりまずは音楽と出会いました。DJの友達がたまたまザ・ピーナツをかけていたのを聴いて、すごい、かっこいいと思って。そこから母が好きだったという山口百恵、小さい頃の記憶がおぼろげにあるピンクレディーなんかに広がっていきました。聴いているとどんどんイメージが広がって、これテーマに服作れるという感じになってきたんです。
ただし、当時のファッションをそのままというわけではありません。それなら日本の古着を探して着ればいいわけで。むしろドレープ感とか、レトロなプリントとか、そういうディテール面でイマジネーションがわきました。実際、その後にビデオを見たら自分が思っていたのとかなり違っていたりして。だからやっぱり、あくまでも私が勝手に頭の中で想像した「昭和」です。
今回、結構プリント物が多かったのですが、生地はほとんどヨーロッパのインポート。それを私なりに「昭和」っぽくアレンジした物であって、いわゆる本物の昭和とはかなり違うはずです。当時を知っている人から見ると全然違うって言われるかもしれないって、作っているときから思っていました。むしろ、どんな反応が出るか楽しみでした。私にとっての「昭和」のイメージは、「カッコよくて派手、パワフルな古きよき時代」です。

テーマ昭和やし、昭和のアニメやしって感じで、ノリで入れちゃったんですが…(笑)。だから、歌謡曲の方とは違ういきさつから来ています。ただ、ガッチャマンで初めてメンズもできて、とても楽しかった。ガッチャマン=鳥=羽=ウエスタンって発想で、モデルさんにはウエスタンブーツを履いてもらって頭には羽をつけましたが、羽をつけたのはメイクさんのアイデアです。

東京だからという気負いはそんなになかったのですが、おもしろいことをしたいなとは思っていました。ただ、あまりやりすぎるとまた「大阪の色物だ」って言われるかと心配で、そのバランスが難しかった。ただし、音楽や映像など様々な分野のスタッフみんなが力を合わせていいものを作ることができたと思っています。おかげさまで好評なようで、安心しました。
そう感じてもらえてうれしいです。今回生地のレベルも上げて、そのおかげで価格も上がってしまったのですが、アクビちゃん(アニメ「ハクション大魔王」のキャラクター)のセーターにしてもあえてプリントではなくイタリアの糸を取り寄せて編み込みにしたりとか、結構凝っています。カジュアルダウンしていくのではなく、大人でも着られるものにしていく方がおもしろいと思って。自分で言うのもなんですが、全体的に今回は結構がんばったと思っています。お店もオープンしたのでお店に置くものまで、つまり半年分の商品を考えなきゃだめで、だから思いつくものはすべて作りました。
だから、いつも終わると一瞬は不安になるけど、結局は大丈夫。つねにやりたいテーマはすごくたくさんあって、その中から、次は何にしようか考えます。生地の展示会で生地を見ながらとか、こんな感じのショーがしたいからとか…。

Han ahn soon コレクションより
9月にオープンしたばかりです。コレクションの準備に追われあまり足を運べていないのですが、とてもうれしかったです。 少し作りが変わってるんですよ。ロフトみたいな中2階があって、そこが私のアトリエです。蕎麦屋の蕎麦打ちみたいな感じで、私が働いているところを買い物に来たお客さんが見ている。おもしろいでしょ。思ったより居心地もいいし、お客さんと接するのは楽しいです。
今後は、ショップにアトリエがあるというより、アトリエの中にショップがあるという逆の発想からの展開をしたいと思っています。落ち着いたら、オリジナル商品や海外で仕入れたセレクト品を置いたり、バッグや靴など、他のクリエーターとコラボレートしたものを置くなど、いろんなことをしたいですね。
お店のある北堀江はこれからの街で、まだそんなに人通りが多いわけではなりません。ただ、ここ数ヶ月だけでもどんどん新しいお店がでていて、数年後にはすごい街になっているかもしれない。できちゃっている街ではなくて、街とブランドが一緒に成長していけるような感じでかえってよかったと思っています。

商品ひとつひとつの着こなし、コーディネートまですべて考えながら作るようになりました。以前は、単品でぐっと濃いものを作ればいいやと思っていたけど、実際に着るってそういうことじゃない。やっぱりお客さんと接するようになって、組み合わせ、セットにした時のバランスまで考えるようになりました。こうしたひとつひとつの商品のいきさつのようなものが伝わりつつあるかなと、最近感じています。
シーズンごとに違ったテーマはありますが、幅広いバリエーションで様々なアイテムをそろえるようにしています。実際に客層が幅広いので、どんな人でも必ず気に入るものがひとつはあるって感じにしたい。やはり会社と契約して、ビジネスの視点を入れることでやり方が変わった部分はあります。それを踏まえたうえで、好きなことができたら一番いいと思っています。
商品を通じて伝えたいメッセージってとくにないんです。着てもらえて、喜んでもらえたら。着てすごくほめられたとか、着て行ったら面接に受かったとか、そういう手紙をもらうことがあるのですが、何よりうれしいですね。

やっぱり、最終的にはファッションの本場、ヨーロッパで勝負したい。ただし、パリコレクションにしてもただ出るだけっていうのは悲しいです。ちゃんと評価され、着てもらいたい。海外進出も徐々に考えています。
あっちと差があるなって感じるのは、例えば言葉とか単純にコミュニケーションの問題。そこがクリアできて、同じようにやったら商品それ自体にそんなに差があるとは思っていません。勝負はできるはず。ただ、歴史的に培ってきた仕組み、システムの問題が大きいと思います。
もし私がヨーロッパでやるなら、韓国の文化を持ちながら日本で生まれ育ったという、コリアンでも日本人でもない自分にしかできないラインを出していきたい。日本でも、在日だということで注目されることもあってそれはそれでありがたく思っていますが、デザインの面では打ち出す点だと考えていません。本場での勝負のためにあたためています。
うーん、ありますね。どこに何をぶつけるか、その辺はすごく考えています。ニューヨークでならあえてフレンチっぽく、東京ではあえてなんちゃってオートクチュールとか。本場フランスでなんちゃってオートクチュールやっても「何それ?」ですからね(笑)。

Han ahn soon
ハン・アンスン
1976年大阪生まれの在日コリアン3世。大阪朝鮮高級学校を経て地元の服飾専門学校を98年3月に卒業。その2ヵ月後に自らのブランド「Han ahn soon」を立ち上げる。99年11月、大阪コレクション新人ジョイント出展。2000年、「ジャパンフローラ2000」女性アテンダントユニフォームをデザイン、(株)ルシェルブルーとデザイナー契約。2002年4月、2002-03秋冬大阪コレクション出展。同年9月、大阪・北堀江にフラッグシップショップオープン。同年10月、2003春夏東京コレクションに初出展。華やかで独特な色使い、刺繍やスパンコール使いなど凝った装飾、女らしいラインが特徴。
問い合わせ:株式会社ルシェルブルー 03-5159-0559
http://www.lcb.co.jp
Han ahn soon大阪店(北堀江) 06-6110-8186