

Florent Dabadie
フローラン・ダバディ
1974年パリうまれ。。アメリカUCLAに留学後、パリ東洋語学院日本語学科に入学。98年、映画雑誌『『PREMIERE』の編集者として来日。同時にサッカー日本代表のトルシエ監督の通訳に採用され、2000年から2002年までパーソナル・アシスタントを務める。
フローラン・ダバディ さん(エディター・ライター)
サッカー日本代表、トルシエ前監督の側で、彼以上に声を張り上げ、時に拳を振り回していた姿があまりに印象的だったダバディさん。サッカーはもちろんだけど、知性を磨くこと、芸術に携わることにもそれ以上の
情熱を傾けてきたといいます。今回は、少年時代の経験やこれまで培った人間観についてうかがいました。
フランスは確かに階級社会です。サッカーは労働者のスポーツで、社会的な地位はそれほど高くはないのです。私自身については、少年時代のサッカー経験を除けば、労働者階級の生活を経験したとは言えないし、むしろ苦労を知らずに生きてきました。だから、そういった感受性は、どちらかというと99%アーティストである両親の教育の結果ですね。
あとは父の選んだ学校の教育がすぐれていたおかげでしょう。父は博愛主義者で、彼の選んだ学校も国際人でヒューマニストを社会に送り出すという教育方針でした。恐らく私のアイデンティティが確固としたものになったのは、家庭と学校の教育のおかげですね。

そうですね。私は98年、映画雑誌『PREMIERE』の仕事で来日したわけで、ずっと日本にはいなかったから昔のことはわからないけれど、近頃、慶應や早稲田といった大学へ講演に行って思うことがあります。それは理想を抱いていたり、個性を磨いている人たちを受け入れる企業や大人は割と少ないということです。そういう人はいるんだけど、マイノリティです。マイノリティが活躍するのは芸術分野だったりしますが、メジャーなビジネスにだって活躍の余地はあります。
見事に企業体質の若返りを成し遂げた日産のゴーンさんは、自分の所属している日産を大事にするという意識がなくても、人間関係やコミュニケーション能力、特に英語力のある人を絶対採用すると公言しています。そうなると自分を磨く人のほうが大切にされます。
そこで私が学生に言うのは、自分の磨いた知性に自信を持っているのなら、例え採用されなくても損することはないということです。採用しながった企業が間違っているんです。「あなたは個性が強すぎる」と言われたのなら、そういう企業は今の時代なら5年以内になくなるでしょう。それなら辛抱強く人との出会いを待つことです。とは言っても、人生はなかなかうまくいかないこともあって、一生そういう人と出会わないこともありますから何とも言えませんが。
芸術的な感性の持ち主、個性を大事にしている人です。もともと何事かを考える人はマイノリティですね。自分はどうしてここにいるのか。自分の人生はどうすべきか。根本的にそれらを問う人は、日本であれ、フランスであれマイノリティです。日本にはそういう存在は1割しかいないかもしれない。でも、残りの9割のために生きる必要もないし、その人たちに認められる必要もない。

そういうイメージを語っても仕方ないですよ。日本の組織力はすぐれているし、それは維持しないといけないと思います。組織の中で個性と知性を伸ばすことは不可能なことではない。行きすぎた個人主義になると、いまのフランスみたいに社会的、政治的にもボロボロになってしまいます。でも、「日本かフランスか?」という問いには意味がないですね。私はいつも人間の問題だと思っています。フランス人が社長の優れた会社があるとして、優れているのは彼がフランス人だからではなく、彼の人間性です。その人の素晴らしさは所属している国や国籍ではなく、人間性にあります。
さりげなく周囲に影響されたんだと思います。何かきっかけやショックがあったかというと、私はあまり苦労はしていないものですから…。
強いて言えば、16歳のとき、あるフランスの政治家と一緒に極右の台頭に対する抗議デモを行ったことがあります。そこでパリの町を歩いて、大人の世界に対する不満を横断幕に書き連ねて歩いたんです。学校をさぼって自分の力で外に向かって訴えた。高校生のデモだから、メディアの注目もありました。力のない高校生であっても、他の人がやっていないことをやることで、ちゃんと見られるんだな。毎日の生活をただ送るだけでなく、自分の意志で何かをやることは大切なんだなと思いました。
すべて楽しかった思い出なんですね。だから、病気だとか、愛している人を失うといった経験がないので、自分が本当に強いのかどうかは、まだ試されていないと思います。恵まれて苦労のない人生だったから、少なくとも自分の身につけた、幸せや愛を人に伝えることはできますし、自分の理想も伝えられます。でも、それはたんなる理論であって、例えば、私がコソボ自治州の特派員になったとしたら、自分の理想とか博愛主義を通じてその問題が解決できるかといえば、恐らくできないでしょう。そういうときは、もっと実際家の、ハードワーカーが必要なんだと思います。

トルシエ監督がそうでした。彼はどちらかと言えば、貧しい家庭の出身で、苦労をしてきた人です。とても論理的で実践的、それに完璧主義者です。何か問題が起きたら、具体的に解決できるタイプ。私はすべてうまくいっているときにものを輝かしくできるタイプ。
トルシエ監督にはアートやスタイル、エレガンスさは足りないけど、私には苦労や完璧さ、歯を食いしばる力は足りない。だから一緒になったときにパワフルになったし、正反対の性格だから理想的に物事を進められました。
すごくつらいことを経験したら、そういう傷やコンプレックスがすごいエネルギーとなって、物事に立ち向かおうとします。でも、その過去に経験したつらさが、幽霊みたいに取り憑いて、絶えずそれと戦うことになってしまう。私の父も、トルシエ監督もそうです。精神的に安定していると言えないですね。そんなことが言えるのも、私が青春時代に旅行だとか、ちょっとした贅沢だとか、経験できたからです。でも、そういう物質的な世界に住みたいとは今は思わないです。車を買いたいとも思わないし、広いマンションに住みたいとも思わない。そういう成功してからの贅沢というのは、大人にとってのオモチャだから、そういう子どもっぽいことはもうないですね。

バブルは弾けましたが、世界中の子どもと比べても、いちばん恵まれているのは日本の子どもだと思いますよ。それなら物質的な豊かさからくる余裕をもっと活かしたほうがいい。
ところで脳細胞が発達するのは25歳までだと知っていましたか?モーツァルトにしても、ピカソ、ダリも最高の作品をつくったものはその年齢までなんですよ。感性が鋭いし、体力の衰えもまったく感じない。まして今の子どものように、経済的にも問題のない理想的な環境があれば、いろんなことを経験しないとダメですよ。
ダメというのは、知性のいちばん輝く黄金時代が終わったときに何も残らないということです。そこからがんばろうと思っても、頭はうまく回転しなくなっているし、元気もないし、子ども時代のように両親に守られているわけでもない。毎日の生活をただ送るだけで、時間もエネルギーも費やしてしまい、自分を磨く余裕はなくなってしまう。
だから、若い人には映画をつくりたいと思ったのなら、映画学校を卒業して30歳になってから取りかかるのではなく、今つくって欲しい。弁護士になりたいなら、いま勉強して欲しい。今のエネルギーをもとに、限界までがんばって欲しい。
大学にしても高校にしても、ただ呑気なまま何かを受け身に経験するのではなく、行動を起こし、経験して欲しいですね。大人になったら行動できないこともたくさんあるんです。
大人の持つ能力は、経験によって物事を見極める力ですから、行動力は若いときのほうが優れています。だから、政治家は今のように70歳で体力も知性もない人たちに任せてはいけないはずなんですけどね。金権政治になるのは当然といえば当然なんですよ。

「サッカーの話をしてくれると思ってたのに…」という人もいますが…、自分の道を貫こうとする若者にも出会います。マイノリティは確かにいるんだなと思います。いつの時代もマイノリティが世の中を支えるんですよ。
私はこれからに期待しているんですよ。だから、日本の経済にはどんどん悪くなって欲しい。金融機関は潰れて欲しいし、政治家はどんどん汚職して欲しい。会社も政治家も頼りにならないとわかったときに、「なぜここに私はいるのか」と考えるはじめるでしょう。仕事やお金一辺倒だった人がそれらを失って、どうすればいいのかと考え込んでいるとします。ひょっとしたら、カフェで一杯飲みながら隣の人と話をすることが、彼のすべきことかもしれない。30年間、仕事以外のつき合いで話をしたことがないのなら、知らない人に声をかける機会が人生の中でうまれたのは、その人にとって幸いなことではないですか。そうすれば、日本はもっと社交的で人間的な国になると思います。その中でアーティストやクリエイティビティのある人たちの力で、構造改革ができるかもしれないですよ。
その一方で、こんな時代ですから、石原慎太郎東京都知事のようなナショナリズムを喚起する人も台頭します。メディアを通じて人気はあがるでしょうが、そういう人は絶対にマイノリティが許さないと思います。ヒーローでもない人の本がたくさん売れ、いっぱいメディアに出てますが、もっと早く彼の素顔を明らかにしたほうがいいんじゃないですか。
若い人は「とにかく我々のヒーローじゃないし、どんな政治家も腐っていると思うから別にいいや」と言う。でも、知識と能力のない人が政治に携わることには賛成できないですね。だから、若い人にはもっと政治に関心を持って欲しいなと思いますよ。

Florent Dabadie
フローラン・ダバディ
1974年パリうまれ。。アメリカUCLAに留学後、パリ東洋語学院日本語学科に入学。98年、映画雑誌『『PREMIERE』の編集者として来日。同時にサッカー日本代表のトルシエ監督の通訳に採用され、2000年から2002年までパーソナル・アシスタントを務める。 現在、アシェット婦人画報社の『ELLE JAPON』『PREMIERE』や日本版『ELLE DECO』などでライターとして活躍するほか、俳優・モデルとしても活動。主な著書に『モダン・マン-異端に生きる28の法則-』『「タンポポの国」の中の私』『黄金時代』など。
【フローラン・ダバディさんの本】

『「タンポポの国」の中の私』
(祥伝社)

『黄金時代 日本代表のゴールデン・エイジ』
(アシェット婦人画報社)