

Mannojo Nomura
野村万之丞
東京都出身。野村万蔵家直系の8代目当主。国士舘大学21世紀アジア学部教授。総合芸術家。大河ドラマ「利家とまつ」では時代考証を行うなど、様々な媒体で活躍。著書に『マスクロード』(NHK出版)
野村 万之丞 さん(総合芸術家)
野村万之丞さんは、加賀前田藩お抱えの狂言、野村万蔵直系の8代目当主。
伝統を担う一方で、「文化は形をかえて心を伝える」と舞台芸術や大河ドラマの芸能考証など様々な場所で活躍している。
時代を超えて心を伝える、そうした野村さんの仕事に対する考えをお尋ねしました。
私のうちは伝統の家です。伝統の家だからといって、決まった生き方だけをしなくてはならない理由はない。僕自身は暴走族もやればシンナーも吸っていたし、警察の厄介にもちょっとはなった。そんな僕は高卒です。だけど、いまは大学教授です。そう聞くと皆さんも、規準に従って生きなきゃならない理由はないと思うでしょ。鳥も花もそれぞれの個性を持って生きている。なのに日本人は決められた設計図があるかのように生きている。なんでだと思う?
注1) 約1500年前、百済の味摩之(みまし)によって日本に伝来し、寺社などで盛んに上演された芸能。伎楽面が正倉院や法隆寺に残るが、どういう芸であったかは不明。

じゃあ、何でそれが楽だと思うようになったか。高校生のみんなは意外に思うかもしれないけど、そこにはアメリカの影響があるんだね。西洋に追いつけ追い越せを日本は目指した結果、第2次世界大戦で西洋の中で最も歴史の浅いアメリカに敗れた。そこで日本人はアメリカのシステムを取り入れた。それが数の原理だ。言葉も違う多民族国家だから、数で国をまとめる。何エーカーの土地を持っているかとか、確率が何%であるかとか数の価値観を重んじる。これはアジア的また日本的ではないね。
「いい加減」という言葉がある。ファジー、アバウトという意味。例えば韓国は恨(ハン)の文化というけど、これは相手を恨むというのではなくて、本来いっしょにあるべきものが離れているから悲しいということ。だから韓国と北朝鮮の関係は恨なわけ。本当は、国境線はひけないもので、山を越したところがたまたま異国だって考え方で、いい加減なんだ。そこに38度線というはっきりわけるアメリカ文化が入ってきた。日本で言えば、いまの高校生の両親の世代がそのことを教育されてきた。その結果、例えば、2LDKという家に住んで、週末はどこかに出掛けて、8時から始まるドラマを見るとか。そういう現代社会ができてきた。
僕はそれより前の世代の祖父に育てられた。中学生のとき、JRがまだ国鉄だったころストをやったんだ。でも、国有鉄道だからストをやっちゃいけない。だからそれはストの権利を要求するためのストだったんだ。で、とりあえず学校が休みになったので、家にいたら、爺さんが「貴様何をしている?」「学校が休みです」「貴様もストと同じでさぼる気か」と殴られた。それが明治時代の人の考え方。数字とか何とか関係ない世界なわけさ。僕なんて3歳から舞台にあがっているから、数の原理で言えば児童福祉法違反でしょう。虐待だ(笑)
日本は古き良き価値観がどんどんなくなっていって、やがて自由と平等をはき違えて、エコノミックアニマルと言われ、金のためだけに生きるようになった。それがいまの60代、70代。文化はいらないただ経済が大事。簡単に言えば、金を持っているから偉いという考え方だね。これも数字が規準なんだ。

戦おうと思うと苦しい。かといって迎合してはダメ。狂言に限らず、こういう世の中をしのぐには3つの要素があると思う。1.好きこそものの上手なれ、2.一期一会、3.素質の開花。
何事においても好きだという気持ちがないと、それも100%じゃダメで200%くらい必要だ。何かを好きになったら、それが好きな人と必ず巡り会う。それが一期一会。出会いがないとしたら、本当にそれが好きじゃないからさ。好きなら出会う。だって酒好きは酒場に、煙草好きは喫煙所に行くでしょ? 好きなら巡り会うもんさ。そうして一期一会で出会った人は、必ず人を磨いてくれる。それが素質の開花になる。
あのね、素質のない人間はないの。ダイヤモンドの原石と同じ。まず何かを好きになるとそのちょっとした輝きを見つけてくれる人がいて必ず磨いてくれるよ。

蕎麦にしようか、うどんもいいな。でも、ご飯もいい。セットにしたらカツ丼に蕎麦がついていたりする。あれは人間心理をうまくついているよねぇ。でも、うまく生きるためには選択肢を広げるんじゃなく、好きなものを食べるための選択肢を消していくのがいいと思う。消していくためには、逆に好きなものをたくさん蓄えていないとできない。ふるいにかけて、好きなものを見つけていく。そこで蕎麦を選んだら、蕎麦好きと巡り会えたり、蕎麦屋で働くことになるかもしれない。そうやって人生はあるもんだと思う。
何が好きかわからないというのは、自分を信じられず他人を信じるからだ。それは他信です。雑誌を見て、行列のできるラーメンベスト10を頼りにするんじゃなく、自分の舌を信じてみなよ。
マクドナルドでいいやって思うか、少々月謝を払って何がうまいかを探るか。早い・安い・うまいなんてのは、世の中にはないんだよ。ファストフードがうまい例しはないんだから。冗談抜きに口、目、耳から入ってくるものが感性を育てるんだよ。ファストフードを食べ、ユニクロを着、髪を染め、ヘッドホンで大音量の音楽を聴いている。まあ悲観論になる必要はないけどね…。
両親の世代が、やれアイビーだとか言ってアメリカかぶれして青山辺りでうろうろして、日本文化も捨ててしまった。でもいまの20代はお金がないからかえって頭を使うようになってきている。そこで急に和とアジア文化が注目されはじめた。しかし自分の指針が定まらないから、インチキな和の文化やアジア文化にエキゾチックさを感じたりする。日本人なのに日本にエキゾチックさを感じて、何でもない雑貨に「かわいい」と言ったりする。10代はそれとは違うと思うね。だから期待するんだけど、僕はこれからはU.S.Aの時代だと思っている。ユナイテッド・ステイツ・オブ・アジア。アジア合衆国の時代。ひょっとしたら早稲田大学よりも、拓殖大とかのほうがアジア通のプロパーになる早道かもしれない。英語より中国語を話す方が格好いい時代になるかもしれないよ。

意識なんてほんのちょっとのことだ。男だったら、知らないうちにオチンチンが大きくなることはあるでしょ?。それは必ずしも意識して無理しているからではない。心の奥底の何か揺れ動くものが…あるんだね。そもそも人体の80%は水でできているっていうし、何か環境が変わったら、バランスが体内でとれるようになっているんだから、そういう人の体が自然にする無意識を信じたいね。
"ワッ!"(インタビュアーに向かって突然大声を出す)いま一瞬体が動かなかったでしょ? 体を意識する上で音は大事なんだ。現代人はヘッドホンをつけたり、絶えず音を聞いているから、とっさの反応ができないんだ。技術が発達した反面、何か大きな変化が起きたとき、思わず体が動くといった動物的アナログの感覚が鈍っている。音のコミュニケーションツールは体にとって大事なんだよ。
ヤッホーといってヤッホーと返ってきたら素直に嬉しい。アフリカではトーキングドラムといって、タタンタタンと叩きあう。それが「ご飯よ帰ってきなさい」「もう少し遊んでから」という意味で、いまでもやっている。また身体表現がダンスにもなる。
例えば、袖を振りながら舞う。「振る舞いに気をつける」というけど、あれは神と同じ動きをしているからなんだ。そういうコミュニケーションは、身体があってのことさ。だから体をつかうことが大事なんだ。知らず知らずに情操教育になるもんだからね。

体の次に言葉。それも雄弁に語る必要はない。「俺、オレ…」しか言えなくても、相手に好きだという気持ちは十分伝わったりするでしょう。その言葉がやがて字になる。
メールでは心は伝わらないよ。面と向かって言えない、電話で伝えられないことは伝えられるけどね。別れ際に「じゃあどうも」としか言えなかったことも、メールでは「今日はありがとう。君に会えてよかった」とできる。それは本質の言葉とも言えるけど、言葉に編集作業が加わるから、その場での即興の力は弱い。だからメールをやった数だけ、アナログな会話を同じように使ったほうがいいよ。肉も食うなら野菜も食べろってことさ。未来のことを考えるなら、歴史を知れってことさ。
アクセルとブレーキを忘れないことだね。いまの時代、諦めるための恰好の情報は多いよ。女性にふられたと相談されて「どうってことない。彼女だけが女性じゃない」と言うのは、絶対よくない(笑)。「俺が悪いんでしょうか」と言ったら、「そういうのナルシストっていうんだ」と返す。「アイツが悪い」と言ったら、「被害者意識が強い」って言う。貯めたエネルギーを他人の意見で簡単に処理しない。そのエネルギーをどう転嫁するかは、その人がどれだけ引き出しをいっぱい持っているかにかかっている。それがアクセルだね。
ブレーキは、そういう自分を離れて見る客観性の力。自分は正しいかどうかを自分で見る。他人ではないよ、自分で考えるんだ。
例えば、人を殴って警察に捕まるのでもなく、自分が悪いと思い詰めるのでもなく、その両端を除いた間で自分というものについて考える。行きすぎず、行かなさすぎない。それがいい加減さ。そのいい加減を持たないといけない。過ぎて、殴って乱闘になるのは、ブレーキが自分の中にないから。ブレーキをいつも両親に踏んでもらっていたからね。でも、これからはブレーキは先生でも親でもない。もう自分で踏まなくちゃね。

Mannojo Nomura
野村万之丞
東京都出身。野村万蔵家直系の8代目当主。国士舘大学21世紀アジア学部教授。総合芸術家。大河ドラマ「利家とまつ」では時代考証を行うなど、様々な媒体で活躍。著書に『マスクロード』(NHK出版)
【野村万之丞さんの本】

『マスクロード 幻の伎楽再現の旅』
(日本放送出版協会)