

Michiko Fujiwara
藤原 美智子
美容学校卒業後、ヘアーメイク・アーティストの松永タカコ氏に師事。その後CLIPに所属。92年、独立しLA DONNAを設立。第一線のヘアーメイク・アーティストとして雑誌の表紙やCMなどのヘアーメイク、エッセイ執筆と幅広く活躍中。
藤原 美智子 さん(ヘアー・メイクアップ/ビューティ ディレクター )
「メイクはきれいな顔をつくるのではなく、顔からきれいを引き出す」藤原美智子さんはそう言う。
だとしたら、きれいさはどこからやって来るのだろう。どうやらそれは意識しないとつかまえられないもののようだ。誰でもない自分だけのきれいさ。それを得る秘訣についてうかがいました。
自分を認められる自分になる。メイクはそういう自己表現のひとつだと思っています。若い頃は、「あの子のほうがかわいい」と思ったりして、自分を否定しがちですよね。でも、そのときに、ただ他人を羨むだけではなく「自分が思うような顔になるにはどうしたらいいのかな」と考え、そうなるように努力することが大事。そうしたら「あ、私って意外とかわいいじゃん」と思えるようにもなりますよ。どうせなら、自分で自分を認められるようなメイクができたほうがいいでしょう? それに美人になるためのメイクのセオリーはあるし、「今年の色はこれ」と押さえてれば、いちおうきれいにはなるものなんです。でも、その通りにやっただけでは、AさんもBさんも同じような印象になってしまう。そこで"いかに自分の個性を引き出すか"を考えないといけない。少なくとも、自分らしさをメイクで表現しようと思うのならね。

自分を見つめる作業が大事ですね。例えば、鏡を見た時に、自分の欠点しか目につかなかったとしても、それは鏡を見ないと発見できなかったことでしょう?それと同じように内面も見つめないと見えてこない。自分は何をきれいだと思うのか、とかね。そんな風に突き詰めて考えていくと、見たくはない自分の欠点も見える。誰でもそんなのは見たくないものだけれど、でもメイクをする時に長所だけではなく欠点をきちんと見る、ということが大事なの。たかがメイクだけれど、そこには自分をきちんと見つめる力が必要なんです。
自分を見つめた上で、長所を目立たせるメイクからはじめても、欠点を隠すことからはじめてもいい。でも、長所からはじめたほうが、人からは誉められるかも。「その眉かわいい」なんて言われたら人って案外、単純だから一生懸命メイクをするようになるものでしょ。やる気が出てくると、欠点も「それをいかに個性として輝かせられるか?」と前向きに考えるようにもなる。人を羨んでいるだけでは感覚は磨かれないし、何もはじまらないのではないかしら。
考えるだけじゃダメで、行動しないと磨かれない。いくらきれいな絵が好きでも、家に閉じこもって、美術書を見ているだけじゃダメ。実際に外を歩いて、展覧会に行き、本物を見てみる。やってみなくちゃはじまらない。感覚は抽象的だけど、絵空事じゃない。自分の手で触り、目で見て感じ、舌で味わう。それが感覚ということなんだと思います。頭の中で理解することじゃないんです。服だっていろんなものを試してみて、これは似合う、似合わないと試してみないと、自分に似合うものが何かわからないのと同じ。

イメージが大切なのは、それが具体的なきれいさを作り出すものだからです。いわば、人間の芯を形作る背骨のようなもの。その回りの筋肉は、流行みたいなものかしら。季節はめぐって葉は落ちても、木の幹は枯れないように、芯を立たせるのが大事です。
でも、私は情報や流行に流されてもいいと思っているの。その一方で、「自分は何が好きなんだろう」と考え、好きなものに出会うために流行を試してみる、というのであれば。実際に店に行って手に取ってみないと、「この色は似合わないと思っていたけど、意外と似合うな」といった、自分についての発見はないわけですから。
27歳くらいかな。その頃になると基本的なテクニックはいちおう身についたと思ったのね。そしたら「こうやればきれいになるというテクニックは身に付いたけど、自分の個性って何だろう」とふと思ってしまった。
こういう仕事は個性がなければ成立しない。ただ上手なだけではなく、「このイメージには藤原が必要だ」と思ってもらわなければ、アーティストとしての意味がないと思うの。それからかな。自分らしさというものに向かい合うようなったのは。

母親が美容室を経営していたんですが、それを継ぎたくなかったから、というのがきっかけですね。美容学校に入ったのも母親の勧めで…、あまり主体性はありませんでしたね。卒業するときに、美容師になりたくないし実家も継ぎたくないなぁと思っていたら、私の師匠である松永タカコさんが雑誌で紹介されていて、ヘアー・メイクアーティストという職業を知ったんです。当時は税理士への申告で「ヘアー・メイクアップアーティスト」と書いても「何ですか?」と聞き返された時代でした。
普段、私は腰が重いんだけれど、そのときはなぜかすぐ電話して、面接を受け、アシスタントとして雇っていただいたんです。でも、仕事の内容はよくわからなかった(笑)。
きれいさへのこだわり、かな。例えば、ジュースをコップに注ぐときも、コップの割合に対して、どれだけのジュースと氷を入れたらきれいに見えるかとか…、何気ないことについても、「こっちのほうがいいでしょ」と、きれいさへのこだわり、感覚を学びましたね。手取足取りでなく、日常そのものが勉強でした。

いいえ(笑)。先のことは考えない性格なので、明日の撮影はどうしようとか考えたりしているうちに時間が経ちました。辞める勇気がなかったというのもありますね。この仕事がおもしろいと思い出したのは、36歳くらいから。自分の個性というのがはっきりしてきたし、そんな私の個性に合った仕事が多く来るようになったからかしら。作りたいイメージ通りにできるようになってきた、というのも大きな理由ですね。それに自分自身がラクになってきたから、ということもありますね。やっと大人になってきたっていうことかしら(笑)。
わからないですね。雑誌などの企画テーマにあわせ、メイクをどうするか考えるわけです。すると、ある人は「ナチュラルがうまいわねぇ」と言い、ある人は「ゴージャス!」、他の人は「流行と定番のさじ加減がすごい」と言う。依頼されたテーマによって言うことは皆さん違いますからね。
また、私は自分自身がきれいと思うことを表現しているに過ぎないけれど、それを「カッコイイ」と思う人もいれば、「かわいい」と思う人もいる。受け止め方はその人の思いによって違いますもの。ただ一貫して評価していただいているのは、「透明感がある」ということですね。自分自身はそれを意識して作っている訳ではないのですけれど。

他人の評価を気にしていたら、やっていられないですよ。やったことに自分が満足できるか。ただそれだけです。それは誉められたら嬉しいし、そうでなかったらガクッときます。でも、それよりも大事なのは「自分はこれでいいのか?」ということ。自分には嘘をつけないでしょう? 自分で自分のしたことにただ納得したいだけなんですよね。それに人間は見方が違うし、自分の思いたいようにしか思えないものだ、ということをわかってますから。それにいちいち意識していたら、何もできなくなってしまうでしょ。だから、「しょうがないか」と気持ちを切り換える能力は発達したかもしれないですね。
体をまっすぐにするため、凝りをほぐすこと。最近これにこっていますね。メイクの仕事では、相手の体に回り込み、体をひねった姿勢になるので、そういう状態を長年続けてきた結果、体がゆがんでいるの。それが整体に行きはじめてから、じょじょに歪みがとれ、筋肉の凝りがほぐれてきておもしろくて止まらない状態(笑)。仕事中もお風呂に入っている時もずっと凝りをほぐしているんですよ。おかげで、歩いているときも大地にちゃんと足が着いている感じがわかってきて、それが気持ちいいんですよ。本来の体に戻っている気がするので楽しいです。

精神的なものも含めてそうですね。何でそう思うかというと、仕事できれいなモデルや女優にたくさん会います。でも、どんなにきれいな女優でも主役をはれない人はいるし、どれほどきれいでも人気の出ないモデルもいます。なぜかというと人間的なゆがみが魅力をさまたげていると思うの。持ち前のきれいさに、その人の魅力が素直に表れていないと、華は咲かないものなのでしょうね。

今まで多くの女性に接していますし、数をこなしているから、それはぱっと見てわかりますね。例えば、相手がどれだけメイクをしていても、私には素顔にしか見えない。それは職業的なもので、特別なものではないですよ。彫刻家が下絵も描かないで木を一気に彫り上げるようなものです。そういうのは見ただけでわかるわけです。やはり抽象的だと思われているイメージが、具体的な結果を引き出すということなのでしょうね。
年齢の問題はテクニックに限って言えば、齢にあわせた色だとか、肌が乾燥しているからしっとり系のファンデーションやスキンケアを使うとか、メイクにアイラインを取り入れるといった、ノウハウで補えることはたくさんあります。

面倒くさくなるんですね。でも、ひとつあきらめたらぜんぶが面倒臭くなってしまうものなんですよね。きれいでいることから降りたら、生活全般もどうでもいいやって思ってしまう…。降りることは簡単ですからね。ふんばるという気持ちが必要ですから。そう考えると、やはりきれいであるということは、メイクの問題だけではないということですよね。
10代の人は流行に敏感ですよね。でも、ただ流行のメイクをしていたら他人と同じようになってしまう。流行という一つの枠の中から選択するわけだから。でも何でも一生懸命に取り組むのはいいことだと思いますよ。それに「10代の肌を活かしたほうがいい」とも押しつけたくはないし、私も"高校生なんだから"と言われながらも、眉は細くしていたし…。
でも、大事なのは鏡を見た時に、みんなといっしょの顔で、それで「みんなと同じで嬉しい」と思うか、「私って何なの」と疑問に思うか、です。自分だけのメイクは、そこで考えるかどうかにかかってきます。それも流行を一生懸命取り入れるとか、とことんやらないと気づかないものですけどね。
私は「まあ、いいか」と思えない性格なんですね。だから、自分でも大変な思いをする訳なんですけど、今はそれがよかったかなって思っています。まあいいやと思ったら、すべてがそうなりますもの。
そういった意味では、10代から20代は悩むことが仕事みたいなものだと思いますよ。悩まない人がいたら、それでおしまいだって思う。でも、思い煩うことと悩むことは違うの。思い煩うのは、状況に身を置いているだけ。悩むとは「どうすればいいんだろう」と具体的に考えることです。悩みがあるほど伸びる確率が高いと思いますね。それと、悩みは他人と比較することではない、ということ。自分はどうしたらいいんだろう。私の経験から言えば、自分が納得するにはどうしたらいいんだろうと、とことん考えた方がいいと思いますよ。だから、私は10代、20代に戻りたいと思わないんですけどね(笑)。

Michiko Fujiwara
藤原 美智子
美容学校卒業後、ヘアーメイク・アーティストの松永タカコ氏に師事。その後CLIPに所属。92年、独立しLA DONNAを設立。第一線のヘアーメイク・アーティストとして雑誌の表紙やCMなどのヘアーメイク、エッセイ執筆と幅広く活躍中。著書に『きれいへの77のレッスン』(PHP研究所)『BEAUTY MAGIC』(扶桑社)など多数。
オフィシャルウェブサイト「きれいはとまらない」:
http://www.so-net.ne.jp/michiko
【藤原 美智子さんの本】

『「きれい」への77のレッスン 自分らしく美しくありたい人ヘ』
(PHP研究所)

『綺麗の法則 Body & soul & Beauty』
(三笠書房)

『メイクの神髄』
(講談社)

『 「きれい」を引き出すメイクの輪郭』
(講談社)