

Hikaru Yajima
矢島 光
1970年東京生まれ。多摩美術大学プロダクトデザイン科卒。デザイン事務所勤務を経て95年渡伊。バッグを中心としたファッションアクセサリーのデザインの仕事に携わる。97年にミラノで「icaru」を立ち上げ、イタリア生産のオリジナルバッグのデザイン開発をスタート。
矢島 光 さん(バッグデザイナー)
矢島さんがデザインする「icaru」ブランドのバッグは、奇をてらっていないのになぜか個性的。その丁寧な作り、色使いや素材使いが落ち着いたたたずまいを見せる。手にすると不思議にしっくりなじむのは、使い心地の先にある「持ち心地」に気を使っているから。それは彼のモノ作りに対する思想の、ひとつの反映でもある。
「僕はバッグ屋さんでもアーティストでもなく、商品を作るデザイナー」。企画・デザインから販売まで1人ですべててがける矢島さんが見据えているのは、バッグの遥か彼方。それは、分野を超えた新しいカテゴリーのモノを生み出すという未知の地平だ。
プロダクト(工業)デザイナーだった父の事務所が自宅と同じ敷地内にあって、そこに遊びに行っては絵を描いたり何か作ったりしていました。楽しかった。そんな自然な流れで、高校卒業後に美大のプロダクトデザイン科に進みました。やっぱりただ絵が描きたいというのではなく、何かモノを作ること、それも平面じゃなくて立体、3次元的なモノ作りに惹かれたような気がします。家庭環境による「刷り込み」みたいなものかもしれないけど、立体と言っても彫刻じゃなくて人が使うものを作って売る、商品というものに興味がありました。
プロダクトデザインというと一般的に家電や車なんですが、僕が大学生の頃はバブル真っ只中の大量生産・大量販売の時代で、企業に入ってもおもしろいデザインができないという抑圧感のようなものがありました。人と違った個性だとかちょっと変わっているとかそんなことが、家電のように何万個と作る世界では当時許されなかった。それは、卒業後に就職した業界最大手のプロダクトデザインの事務所で実際に感じたことです。生意気かもしれませんが、1年半くらい仕事をしながら、「こうだから日本のデザインはおもしろくないんだな」と日々感じていました。

日本では見つけられなかった、吸収したいと思えるような指標が欲しかった。美大を卒業しただけで、プロとしての勉強を何もしないでやっていけるような甘い世界ではありません。たまたま父の知り合いで、バッグなど自分のブランドを持っているプロダクトデザイナーがイタリアにいたということもありました。そして2年間、地元の職人さんと一緒にモデルを開発するなど、そこの仕事に関わらせてもらいました。非常にモダンなオフィスから、少し歩いていくと昔ながらの工場で職人さんがサンプルを作っている。そんな環境がものすごく楽しくて、大好きでした。

僕のバッグも高級婦人服専門の縫製工場で作っているのですが、日本の技術は世界のトップレベルです。ただ、それをディレクションできる人が少ないから、分野によっては衰退を余儀なくされてしまっています。よくデザインで産地を復興しようなんて話はあるのだけど、変わったデザインのものを作ってそれで終わりだったりする。でもそんな変わったデザインのものが簡単に売れるわけはなく、売るところまでトータルでやらないと。
ただ最近、産地から売り場までトータルでディレクションできる人が徐々に現れています。例えば家具なんかも工房スタイルで商品にまで仕上げて納める。かつてはデザイン画だけを描いて職人に作らせていた時代もあったけど、今はそれでは商売になりません。自分自身、デザインしてモノを作るところから売るところまでやっているけど、それをやらないと出すものも出せないというか、必然性があるからやっている。基本的に、プロダクトデザインというのは商品を作るためのデザインであって売れないものは商品と言えないから、いかに売るかというところまで考えないといけません。そこまで含めてデザインと言っていい。

イタリアでバッグの仕事にかかわらせてもらったことが直接のきっかけですが、まず、プロダクトデザインとしてみると、企画から製品化までじっくり何年もかける車や家電に比べてその工程が早い。ファッションアイテムの宿命として早くできる分早く死んでしまうということはありますが、そのスピード感が面白いと思いました。僕が作っているようなバッグって、プロダクトとファッションがリンクしたところにある。そこに魅力を感じています。

プロダクトデザインの基本は、「誰に向けて作るか」というマーケティングです。でも、このバッグに関してはそういうことをやめようと思った。もっと作るこちら側の部分というか、モノになるまでのプロセスを重視したい感じです。話がすごく大きくなるけど、僕は何か新しいモノのカテゴリーを作りたい。物を入れて持ち歩くモノというカテゴリーをたまたまバッグという名前で呼ぶのだとしたら、バッグと呼ばれるカテゴリーの中の何か、バッグではないカテゴリーの何か。最終的には新しいモノの呼び名、新しい普通名詞を生み出したい。ちょっと抽象的な話になってしまったけど、デザイナーとしてモノを作る以上、そこまで行きたい欲望があります。
だから今作っているバッグは、手段というかプロセスです。最終的にバッグである必要はまったくなくて、自分がモノを作るプロセスや考え方っていうのが一番大事で、模索しながらもそれをずっと突き詰めていったら、例えばそれは人間が座れるものだった、とか。それは椅子という名前から始まるのではなくて、そういう分野を超えたモノ。自分のモノの組み立て方を、今はバッグを通じて追求しているという感じです。
例えば持ち心地。バッグの使い心地としては基本的に機能性と耐久性、さらにファッションの要素としてビジュアルのおもしろさなどが求められるのが普通ですが、ここで今やろうとしているのはさらに感触とか質感とか、持っているときの気持ちよさの部分です。でもこうした部分ってなかなか伝わらないというか、じわじわと、使ってみてなんとなく感じるくらいのことなのですが、実は一番大切な部分だと思っています。表面じゃなくて、奥に潜んでいる部分。ブランドネームを見なくてもうちのバッグはすぐに分かるとよく言われますが、色彩感覚などの表面的な個性の部分はもちろん、今話したような見えない部分がじわじわ伝わっているのだったらとてもうれしいです。
インタビューを受けながらこんなことを言うのもなんですが、実はこうして能書きを語るのは好きではありません。だって、使う人にとっては使いやすければ、可愛らしければいいのであって、あまり関係ないことだから。自分の考え方だとか産地の情報だとかは自分の中でかみ締めながら、僕はただ可愛らしいものを作ってそれを売る。それでいいと思います。今、可愛らしいという言葉を使いましたが、僕にとっての「可愛い」は、「ファンシー」ってことではなくて、かといって仰々しく「美しいね」でもなく、「いいね」って感じのニュアンスです。イタリアにもニュアンスの近い表現があって驚きました。

楽しいのは、何か新しい要素との出会いかな。この秋冬物では、テキスタイル(布地)もオリジナルで作りました。全部の商品というわけではないですが。でも、僕くらいの規模で素材からオリジナルでやるって結構大変なことで、価格の問題など色々な問題をひとつずつクリアしながらなんとか実現させています。
苦労するのは、モノを作っている以上は永遠のテーマですが次に何をやるかということ。僕の場合、いったん作って発表したものはもういやになってしまって次にはまったく違うものを作りたくなります。でも残すべきところもあるわけで、いつも守るべきところと壊すべきところのせめぎあい、自分とのたたかいです。ただ、さっきから何度も言っているような内面的なところが変わらなければ表層の部分はまったく変わっちゃっても構わないと思っています。

僕はバッグメーカーではなく基本的にはデザイン事務所でありたいから、バッグだけを伸ばしていくことは考えていません。商品の寿命とか販売量などには必ず適正値があって、それを超えたときにおかしくなる。基本的にこのバッグは爆発的に売る、売れる性質のものではありません。これをきっかけに、自分の活動範囲が広がっていくのが望ましい形だと思っています。
実際、例えばあるバッグメーカーのデザインの仕事や、コンランショップ(ロンドンを拠点に東京、パリ、NYなどに支店を持つ、トータルなライフスタイル提案型のハイセンスなインテリアショップ)のオリジナルグッズの仕事など、少しずつ色んな仕事の依頼が来るようになりました。

やりたいという純粋な気持ちは大事にした方がいい。今や、こうしなくてはならないというセオリー、ルールは存在しません。例えば同じバッグだって色々なやり方があって、どんなやり方をしてもうまくいく可能性は等しくあります。とにかく実践して、失敗しながらもやるしかないのではないでしょうか。
そのためにも、あまり若いうちから専門的すぎるところで勉強しない方がいいと僕は思っています。幅が狭くなってしまうから。これから時代はもっと複雑になっていくから、幅広く勉強していないと対応できません。自分とまったく違う分野の勉強が大切になってきます。
自分の世界を信じられる人、そしてそれを貫き通せる人。自分がいいと思うことを他人にもいいと言わせることの出来る人。第3者に素晴らしいと言わせるのはものすごく大変なことで、耐え抜く力とか、根性とか、そういうものが必要な世界かもしれない。1人でモノは作れないし、人との交渉力というかコミュニケーションの力も大切です。自分の企画をいかに形にしていくか、だから。作っても他人に認知されなきゃ意味がないし、1人で山にこもってもいいモノはできない。自己満足とそうじゃないものの境界はものすごく大きいし、何の関係もない第3者に賞賛される、買ってもらうところまでの道のりはとても険しい。自分が信じたクリエーションを信じてそのままそこまでいけるかどうか。ただ自分さえよければって思ってしまう人も多いけど、それではダメ。そこで必要なのが根性。根性って言葉はよくないか、じゃあ気力とか気合とか、とにかくモノに気が宿るくらいのね。

Hikaru Yajima
矢島 光
1970年東京生まれ。多摩美術大学プロダクトデザイン科卒。デザイン事務所勤務を経て95年渡伊。バッグを中心としたファッションアクセサリーのデザインの仕事に携わる。97年にミラノで「icaru」を立ち上げ、イタリア生産のオリジナルバッグのデザイン開発をスタートさせ、99年にはパリ・プルミエールクラス(ジュエリー・靴・バッグなどアクセサリーの世界的な展示会。毎年2回、パリコレの時期に開かれる)で「icaru」ブランドを発表。東京のセレクトショップを中心に展開を始める。 99年からは東京に拠点を移して幅広く活動中。「icaru」のバッグは現在、TOMORROW LAND、EPOCA THE SHOPなどの有名セレクトショップのみならず、伊勢丹、西武などの有名百貨店でも取り扱われている。
icaruウェブサイト(通販もあり):
http://www.icaru.net/