北原 みのり さん(「ラブピースクラブ」代表)
電車の週刊誌の広告にテレビ、CMと右を向いても左を向いても、恋愛とセックスの情報は花盛りだ。でもよく見ると、男性にとって都合のよい価値観が多くはないだろうか。女性が男性の欲望を受け入れ、成就するのを恋愛やセックスというなら、ずいぶん不自由な話だ。自分の体と欲望を取り返すため女性のためのセックスグッズを提供している北原みのりさんに自分の体と心に耳を澄ます術を尋ねました。
10代のころ、私も当然のように「人を好きにならないといけないんじゃないか」「誰かとつながらないといけないんじゃないか」と思っていました。"自分の気持ちを伝え、親密な関係を築いていく"とか"恋人と向き合って成長していく"とか。それをセックスと結びつけたり、結婚とつなげて考えたりするようになるわけです。そういうことは漠然とであっても、10代のころならみんな思っていることじゃないかな。私はそうでしたが、でもその後、大きな失恋をしたという喪失体験から、いわゆる「正しい恋愛」って何だろうと思うようになりました。

同性愛の方の多くが、気づいたら男しか、女しか好きになっていなかったといいます。でも、そういう言い方をするなら、私は自分のセクシュアリティがよくわからない。相手が男、女だから好きだ。そういった理由で相手を好きになったことがないんです。むしろ、男の多くは気があわないし、女だからといって仲良くなれるともまったく思っていません。
私の場合は、ほとんどヘテロですが、時々は女性とセックスする機会もありました。じゃあ、自分はバイセクシュアルなのか?というと…、そのあたりの区分がわからない。人を好きになることはどういうことなのか、本当にはわからないですね。自分のセクシュアリティが相手とどういった関係を望むかで規定されるのだとすると、そういう決められ方も違うかなぁと思うんです。
私は基本的に相手を好きになって、恋愛関係を結びたいというよりも、まずはそういう時間やエネルギーを自分に向けたい。自分を好きになりたいし、自分の体を大事にしたい。そういう志向を持っているので、恋愛にかまけたり、誰かと関係を結ぶことに一所懸命にはなれないですね。
バイブをはじめてつくったの96年で、それまでは女性向けにデザインされたものがなかったんです。これでみんな喜んでくれるだろうと思って、特に女性誌に向けて情報を流しました。けれど、取材に来てくれたのは「フライデー」と「東京スポーツ」という、いわゆる「男性メディア」だけでした。掲載してから気づかされたのは、女がセックスを語ることのリスクを甘く考えていたということです。「もてない女が…」と笑うか、冷やかすことでしか語れないんです。女のセックスについては、これが政治的になると、妊娠中絶とかピルの話になってしまって、欲望やセックスを語ることにはならない。語れない、言葉を持たないということは、そういう問題は存在しない、考える必要のないことになってしまうわけです。

自分の体とセックスについて肯定的に語りたいということです。自分のセックスなのに、つきあっている男との関係でしか語れない、恋愛のある状況を通じてしか語れない。確かに「彼とこういうことをしたんだけど…」と話す機会はあるでしょう。けれど、そこで自分のオナニーについては語らない。自分の体については話さないのに、誰かとの関係に引き寄せてセックスを、あるいは自分の体について話す。それは不自由なことですよね。
10代、20代とセックスを経験していく中で、何だか相手の快楽に取り込まれている気がしていたんです。まず"自分が気持ちいい"のに、相手に「ありがとう」とか「させてくれる」と言われるなど、言葉の中では、いつも私が受け身にさせられてしまっていた。
一方では「そんなに簡単にさせていいの?」「そんなんじゃ結局女が損をするのよ」、あるいは私に複数の恋人がいることを指して「結局は遊ばれているだけ」とも言われました。そうすると段々、自分の欲望が見えなくなってしまったんです。
私にも欲望はあるし、自分を語る言葉はある。自分なりに考えてやっているのよ!という思いが、そういう周囲の声でことごとく消されてしまう気がしました。だから、自分の性欲とか体について語る場所と友だちが欲しかったですね。
そう思いますね。あと、女性は体について知らないことが多い。恋愛のハウツー本やキレイになる本、彼を喜ばせるテクニックなんかは、いっぱい雑誌に書いてありますよね? でも、生理がどういう仕組みで起きているのか。その血液量とか、他にも女性器の色は他の人と比べてどうなの? とか、そういうことを含めて知らないことが多すぎます。まず自分で見て、知って、自分の体に起こる快感を自分で確かめてみる。そこからはじめるのが大事じゃないかと思う。

確かに「バイブを使ったら男が必要なくなるでしょ?」と聞く人はいますが、「だったらあんたはバイブなのか」って言いたくなりますね(笑)。それは誤解です。男は女を気持ちよくさせる存在だと思い込んでいるから、セックスにおいて男が責任を負おうとするんです。
女は自身で快感を得られる体なんですよ。それに、みんなバイブを挿入すると思っているみたいだけど、調べてみるとそういう人は少ない。おちんちんの代用として使うんじゃない。寂しい女が使うとか、相手のいない女が使うといったものではないんです。
セックスは誰かのものじゃないので、ひとりでするのも、ふたりでするのもセックス。基本的に気持ちのいいことをしていたいというのが理想です。ただ、セックスが何かと定義するのは難しいです。いろんな感情が交じっているので、すばらしいという言い方も嘘になる。経験でしか語れないことが多いから、ひどい思いをした人に「素敵だ」といっても通じない。
密な行為だから自分を傷つけるセックスもあれば、豊になることもあります。自分がどうしたいか、どうしていていたいか。その欲望をちゃんと見つけることができたらいいなと思いますね。それも体調や感情、朝とか昼によっても変わるし、人によっても変わるので何とも言えないですが。

基本的に自分の中の妄想で射精したいのならオナニーをしていればいい。「男の性欲処理のために従軍慰安婦が必要だった」という人がいるけれど、だったらオナニーしていればよかったはずだけど、そうは言わない。やはり女という幻想が必要だった。じゃあ、その幻想というのは何か?よく言われるのは征服欲とか力の証明ですね。
そんな幻想を持っている男ってどれくらいいるんだろう(笑)ロマンティックで対等な…とか、そう言う男性の恋愛観や結婚観を聞くと、どこかで男女の役割があるみたいな考えを持っていて、セックスについても支配被支配のファンタジーがすごく根強い。私の中にもそれは抜き難くありますが。
フェミニズムの感覚を持っている男性でも、頭で悪いとは思いながら、相手が身動きとれない中でのセックスを気持ちいいと感じてしまうこともあるでしょう。頭の中はしょうがない。かといって、「セックスは本能」とか「男は征服欲がある」といったくだらないことは言わせないようにしようとは思ってます。

購入した人の中でいちばん多い声は、「なんだ、やってよかったんだ」です。まるで50年前の男子中学生みたいなんですが、それだけオナニーすることに罪悪感を覚えていたんですね。それが肯定されることに驚いているようです。自分の快楽についての肯定感を得たという声がいちばん多いです。
高校生から寄せられるメールも多くて、それを読んでいると学校の教師はおかしいなと思うことが多いですね。性教育の時間で、ボランティアがコンドームの付け方を教えてくれたけれど、その人たちが帰った後、教師は「コンドームは捨てろ。おまえたちには必要ない」と言った。また別のボランティアがHIVの話をして、いろんなセクシュアリティの人同士が共に生きていくんだという話をしたのに、教師は「エイズにならないように気を付けよう」とまとめてしまった。教師たちはすごくセックスに、体の快楽に否定的だということがわかりますね。
セクハラやドメスティックバイオレンスの問題を見ると、10年前に比べれば、制度的な問題はよくなってはいるでしょう。そうした言葉ができたことで「嫌なことは嫌だ」と言えるようになってはいる。一方、ジェンダー化は進んでいる気がします。例えば、モーニング娘。で、あれは一種のチャイルドポルノだと私は見ています。幼い子どもに「恋愛は素敵。彼が好き…」といったメッセージを歌わせる。ああいった"女の子らしさ"を訴える傾向が強まっていると思います。性差別についてものを言えるようになった一方、「もっとセクシーであれ」とか「美しくあれ」といったスローガンが「自分のために」という言葉のもと、強く打ち出されている気はします。

そんな現状では、ブスで、ヤリマンでババァということはなんて素敵なことかと言いたいですね。自分で自分を肯定していこうと思うんです。自分に貼り付けられたネガティブなメッセージから自由になるためにも。フェミニズムが学術的に認められ、権力的な言葉になっていく中、最先端の理論はあっても相変わらずくだらない現実があって、「いつ結婚するの?」とかなんとか言うオヤジがいるわけですよ。いちいちオヤジに構うのも面倒くさいから相手にしたくない。でも、まずは感じた痛みや腹の立つことから、自分の言葉を探していこうとは思いますね。
積極的にかかわらないようにしようと思うのは、そういう人と接することで自分が失われることが多いからなんです。たぶん女性でそういう経験をしている人は多いと思うんですが、電車に乗るだけでも嫌な視線にあったりするわけです。
10代のとき、タクシーに乗ったら、運転手にプライベートなことや失礼なことを聞かれた。大人になったらこういうことは言われないんだろうなと思っていたら、そうじゃなくて、いまでもからかわれる。この間も、祖母とタクシーに乗ったら今度は何もできないおばあちゃん扱い。若くても歳とっても女は一人前の成熟した人間として扱われない。生きているだけでエネルギーを吸い取られる社会だと思いますね。
まず自分が元気になりたいし、自分の中でパワーをためていきたい。そうすれば、いつかくだらない現実を駆逐する方法も見つかるかなって思います。

Minori Kitahara
北原 みのり
女性のセックスグッズストア「ラブピースクラブ」代表。主な著書『はちみつバイブレーション』『フェミの嫌われ方』『オンナ泣き』『男はトキドキいればいい』
「Love Piece Club」:
http://www.ummit.co.jp/love/
【北原 みのりさんの本】

『フェミの嫌われ方』(新水社)

『はちみつバイブレーション』(河出書房新社)

『オンナ泣き』(晶文社)