

Usagi Nakamura
中村 うさぎ
1958年、福岡県生まれ。同志社大学英文科卒後、コピーライター、雑誌ライターなどを経て91年「ゴクドーくん漫遊記」で作家デビュー。主な著書に『人生張ってます 無頼な女たちと語る』(小学館)『屁タレどもよ!』(フィールドワイ)ほか多数。
中村 うさぎ さん(作家)
月に何百万円とブランド品を買うなど、無頼な生活ぶりを週刊誌で発表し、注目された中村うさぎさん。
浪費からくる借金苦に七転八倒していると思いきや、どこ吹く風の涼しげな様子だ。
なんでそうなるのと誰しも聞きたいところ。
今回はその胸の内を尋ねてみました。
買ったら気が済んじゃうんです。手に入れることが大事みたいですね。大金をつかったときの気持ちよさ。それとブランドものを手に入れたときの達成感のほうが大きいのでしょう。さすがに手に入れた直後は大事にしますよ。ただ、一回着たり、持って歩いちゃうと、もう自分のものになった感じが強くなるので…、たぶん結婚すると奥さんを大切にしなくなるのと同じです。
ブランドものを買う気持ちですか?例えば、ロールプレイングゲームで経験値を積むと、高い武器が手に入りますよね。私にとってはそのようなものです。

確かにある程度までいくと虚しくなってしまいました。私も途中で買い物に飽きて困りましたねぇ。だったら買わなきゃいいんですが。
若い頃、思い描くようなハッピーエンドと言えば、成功するだとか、お金持ちになるとか、そういった漠然とした目標でしょう? 私もいつかシャネルのスーツが着られるような、エルメスのバッグを持てるような女の人になりたいって思ったことがありました。でも、そういう夢も、ゲームなら達成したらそれで終わりますが、私の人生はそれでは終わらなかった。
買物は、エルメスのバッグをいくつ持っても自分が偉い気がしなくなって止めてしまいました。で、次がホストクラブ。そこで高いお酒を注文して、みんなに凄いと言われて鼻高々になる。そういう遊びにしばらくはまってました。

いまは大きいお金がつかえなくなりまして、実はもう前借りができなくなっちゃったんです。来年分の前借りもしてしまって…、まだ出ていない単行本の、それも文庫本になる分も借りている状態です。
働くことは好きですね。出した結果がお金として現れる。そういう単純なシステムが大好きなんです。サラリーマンだと一生懸命働いても給料は変わらないけれど、私のような仕事はランクが上がると原稿料も変わるし、本が売れたら印税も増える実力主義です。そういう常に試されている感じが好きです。
よくない結果にへこむことはあっても長続きしないです。むしろそういう試されているという緊張感が心地いい。お金をつかうときも、通帳に何百万円もあって十万円単位の買物をしても楽しくない。数十万円しかなくて何百万円もする買い物をしたとき、「どうやって生きていったらいいんだろう」というギリギリ感が気持ちいいわけです。出版して売れるか売れないかの緊張感もそれと同じですね。
小さいときから文章を書くことに向いているんじゃないかと、漠然と思っていました。大学生のときにその能力を活かして翻訳家になろうと英文科を専攻しましたが、4年間英語づけの生活を送るうち、すっかり英語嫌いになってしまい、卒業後はとりあえずOLをしていました。

1年半のOL生活でわかったのは、自分がそれに向いていないことでした。お小遣い帳もつけたことのない私が伝票整理ですよ。毎日電卓を叩いていたわけです。後は電話の応対か営業の男性社員にお茶を淹れるくらいで、そんなこと自分でしろよと思っていましたね。
そんなとき、たまたまコピーライターをしていた友だちと話していて、やらないかと誘われてコピーライターになりました。
私でもフリーランスで食べていけるくらい景気はよかった。やがて雑誌の仕事もするようになり、ゲームが好きだったことからゲーム雑誌のライターをするうちにバブル経済が崩壊しました。広告の仕事は減ったけれど、その頃ジュニア小説界で一大ファンタジーブームが起き、ファンタジー小説が飛ぶように売れたんです。
それまではジュニア小説と言えば恋愛や学園物が多かったんですが、そういった書き手は急にファンタジーを書けない。ゲームを好きな人なら誰でも知っていますが、約束事やセオリーが盛り込まれていないと成立しないんです。そこでゲーム雑誌ライターにも声がかかるようになり、私も「売れるとデカイよ」と言われ、書き始めました。そうしたら、本当にブームだったみたいで受けたわけです。で、気が付いたらこうなっていた。

世の中の傾向や思惑なんて全然気にしないですね。まあ、一発当たって舞い上がっていたんでしょう。小説家になるまでは、ちょうど離婚とかゴタゴタがありました。
でも本が売れたことで、別れた夫や広告業界のセクハラオヤジなど、これまでの事柄に対する「ざまー見ろ感」が出てきたわけです。で、うっかりシャネルのコートを買ったら、ものすごい達成感があったわけです。なにがしかの雪辱だったんでしょう。そうでないとあれほどムキにならなかったと思います。
「私はここまで来たわ」といった成功のシンボルをいっぱいかき集め、それをレベルアップしていかないと、先がなくなるような感じを持っていました。手に入れるのを止めたら、人生の目標がなくなる不安や、自分が成功した裏付けがなくなってしまう感じです。
結局、不安なんですよ。本が当たったといっても、それが自分の実力かどうかわからない。普通の小説家だと、好きな物を書いて新境地を開くのでしょうが、ジュニア小説は、「少年ジャンプ」と同じでひとつ売れたら、作者が書くのを止めたくても売れている限りは続けなくてはいけない。
ジュニア小説の読者は中高生なので本当に怖い。飽きっぽいし、こちらのテンションが少しでも落ちるとすぐ離れていきます。大人だと、「好不調はあるから次回は良いもの書いてね」と物わかりはいいのでしょうが、子どもはそうはいかない。
ちょっと面白くないと不満の手紙がどっと来る。自分の実力でここまで来たという自信がなかったので、私は大丈夫だといった自己確認のために買物をしていたのだと思います。
うーん、確かに分相応にしていれば、こんなことにならなかったと思うことはあります。でもね、"分"て何でしょう。
人はやはり他人の評価を気にするもので、自分がどう見られ、どこに位置しているのかランキングを気にせずにはいられない生き物だと思います。
高校まではテストで学年何位とか、はっきりと数字に出るから、学力での"分"はわかります。でも大学では、勉強できるかどうかなんてどうでもよくなりますね。途端にいちばん大切なのは、男にもてるかどうかになったりしますし。
さらに社会に出たら仕事で評価されるわけですが、私の場合は稼ぎでしか量れない。それに売れっ子になったとしても、それで小説家としてのレベルが必ずしも高いわけではないから、売れなくてもいい作品を書ける人へのコンプレックスはある。
「たまたま売れたんだ」と言われるのを耳にすると…、本当にそうだわと思います(笑)。さすがに運だけでやってこれたとは思わないけれど、それも大きな要素でしょう。
運は才能と違って、見えないもので、本当に持っているのかどうかわからない。それに明日にはなくなっているかもしれない。曖昧なものでも、持っているんだと信じてやっていくしかない。それにできると自分に言い聞かせれば、実力以上のものが書けたりするんです。分相応になんて思っていると大したものなんて書けないから、こういう職業を選択した以上、分なんて言っていられないですよ。

まあ、自らイバラにしている傾向もあるでしょう。売れているうちにコツコツお金を貯めて事業を始めるとか、とりあえず不動産を買うとか、そういうことをすればいいのでしょうが、そうすると書けなくなりそうなんです。だから、いまだに不動産は賃貸です。
どうも、いつもヒリヒリしていないと駄目みたいですね。でも、いつかは瀬戸内寂聴みたいになりたい(笑)。うまくやっているなぁと思いますよ。やっぱり小説を書く体力なくなったら尼さんになるしかない!
高校生に質問されたことがありました。「どうやったら成功しますか」「どうしたら夢を実現できますか」と。それはその人の人生ですからわからないですが、年をとればとるほど、人生の岐路に立たされることは多くなります。それに大人になれば、自分でどちらかを選ばなくてはならなくなる。
たいていはどっちの道が正しいかを考えますが、正しい道なんてないんですよ。そこはゲームと違います。自分の選んだ道を自分で正解にするしかないわけで、私もいまに至る道を選んだことがよかったのかわからない。大人しく主婦になればもっと幸せだったかもしれない。
でも、やっぱり正解なんてなくて、正解にするための努力が大切だと思いますね。岐路に立ったら責任をとれるほうを選び、それを果たすことに血道をあげる。それが大切だと思います。

Usagi Nakamura
中村 うさぎ
1958年、福岡県生まれ。同志社大学英文科卒後、コピーライター、雑誌ライターなどを経て91年「ゴクドーくん漫遊記」で作家デビュー。主な著書に『人生張ってます 無頼な女たちと語る』(小学館)『屁タレどもよ!』(フィールドワイ)ほか多数。
【中村 うさぎさんの本】

『屁タレどもよ! Usagi bad-mouths(Book of dreams)』
(フィールドワイ)

『人生張ってます-無頼な女たちと語る』
(小学館)

『崖っぷちだよ、人生は! ショッピングの女王 3』
(文芸春秋)