

Shomei Yoh
葉 祥明
1946年熊本生まれ。'70年NYに留学、油絵を学ぶ。'72年初めての創作絵本『ぼくのべんちにしろいとり』出版。'77年第3回サンリオ美術大賞受賞。'90年『風とひょう』ボローニャ国際児童図書展グラフィック賞受賞。
葉 祥明 さん(絵本作家)
広々とした地平線にポツンと描かれた人、家そして木。
かつて私たちを美しいメルヘンの世界に招きいれてくれた葉祥明さんは、優しい絵や詩文の中で自然破壊、動物虐待、戦争、身体障害者の問題を描き、私たちの目を覚まさせ始めました。
このインタビューでの葉さんとの出会いをきっかけに、あなたの「本当の自分探し」が始まるかもしれません。
そういう人が実物の僕に会うまでは、おじいさんとか女の人だと思っている人が多いんですよ。等身大の僕はなかなか想像してもらえない。それで、会ってびっくりするの(笑)。僕はリバイバルなんですよ。20年くらい前にメルヘンブームで評判になったでしょう。その後沈んで、『地雷ではなく花をください(1996)』くらいからまた注目されるようになったんですね。

1986年のチェルノブイリ原発事故がありましたよね。あの時自然が破壊され、子どもや動物がたくさん死んで、放射能が地球上に充満した。それまで僕は、職業人としての葉祥明と個人としての葉祥明を分離させて生活してきたんです、まあ多くの人がそうだと思うのですが。それがあの事故で、地球上に生きる地球人として、そういうふうに分離していられないなと思ったわけです。それで、絵本作家という職業の中でも人間的に生きていかなければと、社会的なテーマを扱うようになっていったのです。そういうふうに変わっていった時の最初の本が『ぼくのあおいほし』、これはチェルノブイリ原発事故を扱ったものです。「原発」がテーマですから、最初は出しにくかったですよ。あんまり大人の社会の醜い面を出さないのが「絵本」ということになっていますから。ですが、その後もエコロジー関係の本を中心に社会問題を扱った絵本をたくさん出すようになりました。

『ぼくのあおいほし』葉 祥明 絵・文 (偕成社)
じつは、一番最初に描いた『ぼくのべんちにしろいとり』もエコロジーがテーマだったんですよ。大気汚染で飛べなくなった鳥を白い犬が助けて送り届けるというお話ですから、ボランティアと大気汚染と難民問題を最初の作品から扱っていたわけです。

『ぼくのべんちにしろいとり』葉 祥明 絵・文 (至光社)
いろんなテーマを扱うには、いろんなテーマを表現できる表現スタイルが必要で、僕の絵も変化していきました。とはいいながら、僕の場合、もともと絵本のほかにもいろいろあったんですよ。絵とはいっても、デッサン、水彩、油彩といろんな表現をしていましたし、詩を書いたり文章を書いたりもしていたんです。ですが、仕事の面では「メルヘン画家―葉祥明」だけが知られるようになっていった。ショーン・コネリーが『007』に出て有名になったので、ジェームズ・ボンドのイメージが定着してしまったのと同じですよ。
ある面が知られると、その面だけがクローズアップされてしまうんですが、実際には人に知られていない多面性が人間にはみなあるわけです。普通はそういう別な面をなかなか出す機会がないんですが、僕は自分からも単なるメルヘン画家―葉祥明ではない自分を積極的に出そうと思いましたし、世間からも引き出されていった。講演会で講師をするようになったというのが顕著な変化だと思います。最近は年間、70、80回やってます。
普通、詩を書いたり絵を描いたりする人は独りでこもっているのが好きですし、僕自身独りでいる時間を大事にしています。ところが『地雷・・・』の本が出て以来、地雷の専門家のように扱われるようになりました。各市町村の小・中学校で、地雷や平和の話をするわけです。
20年くらい前のメルヘンブームの時は、僕の準備がまだできていなかった。でも最近になって自分のやろうと思うことと、世間が僕に求めることが、一致してきたという感じです。


『地雷ではなく花をください サニーのおねがい』
葉 祥明 絵 柳瀬 房子 文 (自由国民社)
1時間に3人も地雷で亡くなっていると思うと居ても立ってもいられず、それ以前よりも早いスピードで集中して絵を描くようになりました。
僕が学生の頃、ベトナム戦争、ヒッピー、と地球上の先進諸国が騒然としていたんです。だけど僕は学生紛争もやらずヒッピーにもならず、ベトナム反戦にはちょっと関わりましたけど、僕としてはナチュラリストだったんです。少ないですよ、そういうタイプは。人間界がゴタゴタしたって、地球が残ればいいや、って思ってたわけです。ところが1986年の事故で「おいおい、人間だけじゃない。放射能で自然もやられてしまう」と思ったんです。その後もレイチェル・カーソンの『沈黙の春』などに触発されて、最初はエコロジーに向かっていった。そしてその後、戦争は終わると思ったら全然終わらないので「平和も大切だぞ」って思うようになっていった。そうして、物心ついてから関心のあった世界を、全部絵本で表現するようになったわけです。いうなれば、30年経って、一人で、ヒッピー、学生運動、ベトナム反戦、エコロジーをやり始めたわけです。そしたら、それに共感してくれる人が多いと気づいた。

『幸福を生きる-人生の意義を問う40の贈り物』
葉 祥明 著 (ビジネス社)
親が実業家だったこともあって、単純に経済学部に入っただけなんです。ずっと選ぶ学部を間違ってしまったと思っていましたが、今になって「人生、経済、ライフスタイル」をテーマにした本を出すことになったんです(『幸福を生きる』-ビジネス社)。その本では、経済の根本にある哲学のようなものを書いています。エコロジーとエコノミーは語源が一緒なんですよ。富の源泉は何か? みんな「お金」って思っているけれど、そうじゃない。お金は人生の目的ではなく手段なんです。エネルギーの問題も、経済、環境、戦争、人間の問題も、出発点はみな一緒、スピリチュアリティー(霊性)なんです。
従来であれば宗教とか神とか言われていたでしょう。それを含むけれど、なぜ人は生きているのか、なぜこの世界は存在しているかという問題の原点なので「哲学」と言ってもいいでしょうね。ルーツを探ると「すべてのものは生きている、存在している」ということに行き着くんです。すべてのものは原子でできているわけだから、止まっているように見えるものも、みんな動いているんです。人間の細胞も、ここのテーブルやペンだってみんな原子がより合わさって振動しているんですから。地球も銀河もみんなそう。「自分も宇宙も同じもので出来ているんだ、そしてそういう微細なものを動かしているのが、霊的なもの、スピリチュアリティーなんだ、全ては一つなんだ」ということを解き明かせればと思っているんです。
もともと僕の作品は、そこから出発しているんです。僕が絵を書き始めたのは、食べていくためだけれど、何のために食べるかというと「何のために生きているのか」ということを考えたかったからなんです。そのために必要最小限度の労働によって、食べるためのお金を稼ぐ方法として、絵本作家を選んだんです。ロマンチックじゃないけれど。
現世的、つまり表面的にはそうだけれど、自分という魂は、この世に生まれる前から存在して、今生に生きる環境として相応しいと思われる両親を選んだわけです。じつは、自分が今なぜここに生きているのかといったルーツも社会のルーツも地球のルーツも、みんな一つなんです。
僕が急にこんなことを考え出したんじゃなくて、人類の歴史の中では「自分たちが何者で、何のためにこの世に生まれ、何処に行くのか」ということを考えた人たちがいたわけです。ギリシャの哲学者やお釈迦様やイエスだってそうですよね。人類のある条件が整った人たちが、人々にその真理を告げてきたわけです。普通の人たちは食べるためにあくせく働いて考える暇がないから、代わりに誰かが考えて分かりやすくみんなに伝え、それが常識となって文明が発展していった。科学だけでなく知識・知性といった面でもね。
もしかして、僕の前世は修業僧だったかもね、はっ、はっ、はっ(笑)。僕は絵本作家というのが職業だけれど、実質は哲学者・思想家なんだと思います。これまでの宗教家も哲学者も言葉を駆使して表現してきたけれど、表現が難しくなりすぎてしまった。ところが僕はきれいな絵と易しい言葉で「世界・人生・平和・命」について伝えていっているわけです。
地平線があることでホッと一息つける。まったくの虚空だと不安になってしまう。ちゃんと大地があって、向こうに行くと何があるんだろうなというロマンもあるし、行かなくてここで見ていてもいいし。そしてポツンとあるのは、この広大な世界に人間というのは慎ましく存在しているべきではないかという考えとか、あれは自分なんだと思ってもいいです。そうすると安全で平和な気持ちに満たされたりするわけです。

葉祥明さんの絵:'Spiritual Sunrise'
『葉祥明作品集-Hearts&Art』(葉祥明美術館)より
例えば、崖の上にいるとして、その崖を一歩間違えば死に至る危険なものとして恐れるか、崖から広大な景色を見渡してワクワクする冒険心を感じるかで変わってくるわけです。ネガティブに考えるかポジティブに考えるかといった違いです。
何か不運に遭遇したり、ショックキングな出来事にあったりしたとき、そのものの原因や意味を探ろうとしがちだけど、それはもういいの。それをきっかけに、心の中に波風がたったということを感じることが大事。座禅を組んでいて後ろから棒(警策-きょうさく)でトントンと叩かれるようなものなんです。叩かれるのは、罰なのではなくて、「おいおい」って目を覚まさせてもらっているんです。失恋も病気もケガも、みんなそういう「おいおい」ということだと思えばいいんです。
苦痛を超えた先にある、天国のような世界の存在を知ることが大切です。例えば、僕の絵を見ることで天国みたい、夢みたい、って思うわけ。思うことで癒されて元気になる。絵なので劇的じゃないですけどね。
それが臨死体験だと劇的になる。天国を垣間見て、そういうところがあるということがわかっただけで日々の生き方がずいぶん違うわけです。魂のよりどころ・帰るところがあるという安心感がもてるわけです。だから臨死体験をした人っていうのは、たいていすごくいい人になっているんですよ。僕も言うなれば「精神世界」というか「死後の世界」を知ったことが僕の活動を積極的にさせているんです。

葉祥明さんの絵:'春はすぐそこまで'
『葉祥明作品集-Hearts&Art』(葉祥明美術館)より
実際に臨死体験をしたわけじゃないけれど、長い間そういうことを模索してきたし、内省せざるを得ない状況があったからでしょう。多くの人にはみんなあるんですよ。悟るきっかけはいっぱいあるんです。そしてきっかけはみんな違うんです。何事が起こったかはあんまり問題じゃない。それをどのくらい深く受け止めるかが重要です。普通は「まあ、いっか」って思う、そうじゃないと生きていけないしね。だけどこれをきっかけに「生きるか死ぬか」と考えたときに「何のために自分は生まれてきたんだ」という悟りをひらく人もいるかもしれない。そしてその人にとってそれが深刻であればあるほど、精神的な世界を体験しやすいでしょう。
でも、深刻であるということは苦しいことですから、みんな避けようとするわけです。そうして避けるからみんな悟る機会を逸してしまうんですね。苦しみや辛いことを直視して逃げないで立ち向かう、するとその向こうに光が待っている。暗闇の中にポツンとろうそくの光が見えてくるわけです。
悩み多き若者は多いと思うのだけれど、何でもいいからその悩みをきっかけに「何のために自分はこの世に生まれてきたのか」とか、「自分て何だ」ということを考えるといいんです。『ソフィーの世界』でも「考えなさい」と言っている。「考えるということが哲学っていうんだ」って教えているわけです。そうなると、学校の勉強で頭を使うというのは、たいした使い方じゃないんです。今言ったようなことを考えるためにこそこの脳はあるんだ、って言いたいくらい。

「考えること」=「勉強」じゃないの。本当の「考えること」は生きていく上で必要不可欠なことだけど、受験勉強はそうじゃない。
人間は脳を3%~5%しか使っていないそうです。アインシュタインでさえ7%くらいだそうですよ。ですから10%使ったらどんなことができるかっていうことを考えてみるといいんです。
今後の人類が変わるとすれば、手が3本になるとかそういうことじゃなくて、脳をあと何%か活性化させた人間が出てくる、ということになると思うんです。それはもう始まっていて、今の子どもたちはそうなんですよ。我々年長者よりも活性化しているんです。この情報量の多さや刺激から言っても。そういう活性化した脳には、「受験勉強して、就職して、結婚して、子どもを作って、おじいさんおばあさんになる」というスタンダードな生き方はやってらんないわけ。もうその必要を感じていないの、そういう型にはまった生き方には。
彼らは、次の世界のために生まれてきたわけであって、今までの世界を維持するための人間ではない。だから多くの子どもたちは学校に行く気がしないの。今の子たちがおバカさんだからじゃないんですよ。こういう話を高校生や小・中学生にすると、みんな目がキラキラ輝いてきますよ。「もう親の言うこと、学校の言うことなんて聞かなくていいぞ。学校行きたくない人は行かなくていい。勉強しなくっていいぞ。自分が本当にやりたいことをやっていいんだよ!」って言うんですよ。最初はそう言うと遊んじゃうかもしれません。でも遊びも飽きちゃいますからね。そうなると、自分はこの世で何かをするために生まれてきたんだという、奥底の自分にたどり着くわけです。僕は僕なりに考えてたどり着いたわけ。僕は30年かけちゃったけど、みんなはもうそんなにかけなくていい。

先生もそうだけれど、あとは教える内容に意味があるかないかだね。簡単な読み・書き・計算を覚えたら、後は勝手に勉強すればいいの。子どもの頃は、学校へ行くのが運命だって僕も思ってたわけですよ。でも、僕が今子どもだったら学校に行かないですよ。僕の教室は図書館と野原でいい。
簡単な話なんですよ。僕は12歳の子に「君何が好き?―〇〇が好き!―そう、じゃあそれ伸ばしたら」って言うんです。これからは義務教育じゃなくて自由教育なんです。人生はこれからはフリースタイルですよ。古い形にこだわらなくていい。とにかくみんな嫌なことをずっと我慢させられているわけ。そのために生まれてきたわけじゃない、それぞれが魂の計画を遂行するほうが第一なんですよ。

はっきりいって公立高校はガチガチで、先生が「静かに!」なんて怒鳴って、あれはもう軍隊ですよ。私立の方がまだいい。仏教系とかキリスト教系とかはもっといい。でも、どういう高校に行ったとしても大学受験のための勉強をしているならばそれは間違い、時代錯誤です。
学校というシステム自体がもう時代遅れなんです。江戸時代の寺子屋から明治維新以降高等学校や中等学校ができて大きく変わったでしょう。今は江戸時代から明治に変わるようなことが起こっているのに、まだ受け皿ができていない。各地でフリースクールとかやっているけれど制度としてまだできていないんですよね。
常識を変えないといけませんね。古い世代はどうしようもない。ああでもない、こうでもないと、今までの既得権や利益を維持しようとしているのが戦前生まれの人、経済の中で戦争をして、企業戦士だった人たちです。
みんなは、誰かがでっちあげた世界・教育システムを受け入れちゃっているわけ。それ以外のものがあるし、自分独自のものだってあるのにね。だから僕はお金、時間、人間関係、愛とかあらゆることを、既成の考え方とかあり方ではなく、全部一つ一つ考える。「僕の経済、僕の恋愛観、僕のファッション」ってね。メニューを自分で作るようなものですよ。みんなは、はっきりいって、ラーメンとハンバーガーくらいしか食べてないわけ。食べ物はいっぱいあるのに、限られたメニューから選んでるだけ。そうじゃなくて、イタリア料理とかフランス料理とか別のものもあるし、自分でもメニューを作れるんだよ、ということを僕は言っているわけです。いわば自分で自分の人生のメニューを作りましょうということです。
全ての人がそれぞれにやりたいことをオリジナリティーをもってやればいい。でもみんな我慢してるの。自分に正直に生きるのが怖いんです。まず食っていけるかどうかとか、誰かに何か言われるんじゃないかとか。そうじゃなくて、100%自分の心に正直に生きたらいい。ただ、犯罪に関することはするといけませんからね。ルールは一つだけ、「自分と他人を傷つけ苦しめないこと、その限りにおいてまったく自由だよ」ってこと。

今の社会や古い世代がいわば王様で、みんな王様にひれ伏している。でも、僕は子どもの心をもっているから「あの王様は裸だ!」って言ってるわけ。すると「じつはそう感じてたんだ」ってみんなが言い出した。それまでは、言うと捕まるし、みんなに白い目で見られるから言わなかった。でも子どもが言ったから、みんな「ワハハーッ」て笑ったわけ。ただし「ノー(No)」っていうと闘いになるから、僕は「今の世界は裸だ」って言うの(笑)。
学校教育とマスコミによって一方的にゆがめられた情報がまだまだ伝えられているわけだから、インターネットによって、より真理に近い情報が多くの若い人に伝わっていくと、本当に革命ですよね。
ソ連邦の崩壊とかベルリンの壁の崩壊の原因は二つなんです。一つはがっちり体制を守っていた年寄りたちが世を去ったこと。なおかつ、20、30代の人たちに、衛星放送やラジオやビデオで、こういう世界じゃない世界が世界中にはいっぱいあるんだということが情報として伝わったこと。
今だって同じです。5年後はもっと変わるし、10年後は年寄りたちがもっと消えるでしょう。そしたらもう今のような時代じゃないですよ。
そして、それに期待するだけじゃなくて自分が変わらなくちゃ。早く変わった方が勝ち。変わるのを待って後で変わろうなんて思ってちゃだめ。明治維新だって50年とかかかったわけじゃなくて、わずか10年そこそこの出来事なんですよ。どっちかって言うと明治維新に加わりたいでしょう。あれは、昔のことじゃなくて、今も維新の最中。そして若い人がその担い手なんです。

まず「裸だよ!」って言えるのは、女性です。これからの時代に必要な、「調和・平安・優しさ・思いやり・軽やかさ」というのは女性的資質なんです。
それに対して男性論理は「闘争・支配・権力・分離・破壊」という要素なんですよ。でもそれは意味があるんです。生物として子孫を残すために戦ってきたから。でももう人口は十分なんですよ。女性の「産む性」であるという役割、男性の「戦って、なわばりや子孫を守る」という役割はもうあまり必要でなくなった。それこそ地球上が平和になったら軍隊はいらないっていうことです。人間同士が殺しあうっていうことがなくなったら、人口もそんなにいらなくなる。もうすでに出産・育児が第一の女性の役割じゃなくなってきている。だからそれぞれがもっと自由になれるわけ。
これからはもっともっと女性の時代になるんです。アメリカだって将来女性の大統領が出るかもしれませんよ。日本だって女性の首相が出るだろうし。もう男の時代じゃなくなってきてるの。小泉さんだって、今までの首相からみると、見た目ですが、かなりフェミニンですよね。すでに変わり始めていますよ。女性の大臣だって5人もいるわけですし。でも、まだそれはあくまでも象徴的なものなので、やっぱり政治・経済・文化あらゆる面で女性がもっと実質的にトップに立たないとだめですね。
問題は、女性の社会の中で働く経済力とか地位とかがまだ整備されていないから、まだ女性の大半は家を出れないと思いこんでいる。でもその前に内面の自立が必要ですよね。今までは女性は自活できなかったから、結婚していないと生きていけない。男性も結婚してないと変と言われる。でも今はもういいの。だからよほど運命的な出会い以外、結婚はしなくていいというわけ。
僕の本は、すべての人間に対してのメッセージだということです。『おなかの赤ちゃんとお話しようよ』という本があるんですが、今後、おなかに入る前の赤ちゃんのことも描くし、年とって死んだ後のことも全部書くつもりです。
どんどん今までの世界では考えられなかったことを絵と文で表現して、今の世界が少しでもよくなるお手伝いをしたいですね。

『おなかの赤ちゃんとお話しようよ』葉 祥明 絵・文
リッキー・ニノミヤ 英訳(サンマーク出版)
Shomei Yoh
葉 祥明
1946年熊本生まれ。'70年NYに留学、油絵を学ぶ。'72年初めての創作絵本『ぼくのべんちにしろいとり』出版。'77年第3回サンリオ美術大賞受賞。'90年『風とひょう』ボローニャ国際児童図書展グラフィック賞受賞。'96年『イルカの星』第31回日本造本装幀コンクール展入賞。『地雷ではなく花をください』で’難民を助ける会’に協力。日本絵本賞読者賞受賞。'99年『JAKEの森が海をつくる』、2000年『星空のシロ』が共に北海道けんぶち絵本の里ひばからす賞受賞。絵本だけでなく、画集、詩画集、エッセイ、本と多彩に活躍。郵政省のかもメールや記念切手、ユニセフのクリスマスカード用の絵も描いている。
■葉祥明美術館HP:
http://www.iris.dti.ne.jp/~jake/
■JAKE HOUSE-オリジナルショップ:東京都目黒区自由が丘3-8-1-201
Tel:03-3725-5895
営業時間 11:00~19:00 水曜休み
【葉 祥明さんの本】

『葉祥明画集野のしらべ-世界の自然詩人のうた』(サンリオ)

『ぼくのあおいほし』葉 祥明 絵・文
(偕成社)

『ぼくのべんちにしろいとり』葉 祥明 絵・文(至光社)

『地雷ではなく花をください サニーのおねがい』
葉 祥明 絵
柳瀬 房子 文
(自由国民社)

『幸福を生きる-人生の意義を問う40の贈り物』
葉 祥明 著
(ビジネス社)

『おなかの赤ちゃんとお話しようよ』
葉 祥明 絵・文
リッキー・ニノミヤ 英訳
(サンマーク出版)