高橋 義雄 さん(珈琲豆専門店「南方郵便機」店)
東京は府中の閑静な住宅街の一角、甘いコーヒー豆を煎った香りが漂う。
サン・テグジュペリの作品からとった「南方郵便機」がそれだ。
世は空前のカフェブーム。
バリスタという言葉も定着するなど、コーヒーをめぐる仕事の認知度も高まりつつある。
何と言っても日本は世界第2位のコーヒー消費国。
今日は東京・府中でコーヒー豆の自家焙煎を行っている高橋義雄さんにコーヒーにまつわるお話をうかがいます。
コーヒー豆といいますけど、本当は豆じゃなくて果物の種なんです。その固い部分を脱穀したものが「珈琲豆」と呼ばれています。果物にも種類があるように、珈琲も焙煎する種類によって香りのフルーティさにも違いがあります。例えばモカだとフルーティさが強く甘いですが、ブラジルだとそうでもないです。

カフェといいながらもコーヒーを飲むところではなく、甘い物やワンプレートの食事を楽しむところなので、あまりコーヒーの消費量には関係ないですね。

インスタントコーヒーや缶コーヒーの消費をのけて、店舗で人が流れているのはスターバックスやドドールでしょうね。ほかにも500円以上の値でコーヒーを出している店は多々ありますけど、チェーン展開している店以外で繁盛しているのは都内で言えば10件あるかどうかじゃないですか。
主にエスプレッソを飲みます。ああいった200円台の値段でそれなりのコーヒーを出せるのはすごいことだと思いますよ。値段も条件も問わずどれが一番おいしいかを比べたら意見は違うでしょうが、安い値段でそれなりの味を提供できることは、大したものだと思います。多くの人が利用できる店をつくるというのは、コーヒーだけではなく、人々に何が受け入れられるかわかっていないとできないことですから。

そうですね。それだけじゃなく「コーヒー道」志向もありますが、うちはそういうのは好きではない。ごく普通においしいものを焙煎して売っていきたいです。
本当においしければ取り立てて騒ぐことではない。まあ、店のイメージは普通よりはちょっとは素敵であったほうがいいけれど、おいしいものとまずいものは歴然と差があって、自分がそれを知っていればいいと思いますね。
1ヶ月あれば焙煎の技能はつくものです。後は開店する人が新しい釜でちゃんと焼けるまで実地に指導します。釜の大きさや煙突の長さが変わると味も異なりますから、その店にあわせたマニュアルを作成するわけです。ただ基本の焼き方はあっても、それ以上おいしくしていくのは後は個人の問題です。
そもそも開店指導という発想が昔はなかったし、この業界は先生の後ろについて技を覚えるといった徒弟制度のような古典的なやり方だったようです。僕は誰でもできるようにしたいんですけどね。
ただ最終的にはマニュアル通りにできる仕事ではないところがおもしろい。季節の移り変わりで豆はどんどん変わるので、したがって味も変わるわけです。今年とれた新しい豆は水分を含んでいて固いので、なかなか焼けない。水分が抜けると繊維も柔らかくなるけど、こげやすくなってしまう。でも、それもある程度の慣れによって解決していけるので、そういう技能は1ヶ月くらいで学べますね。

教えてくれた人はいますが、それも順序立ててというわけでもなく、いっしょに豆を焼く中で覚えたという感じですね。そこで自分の焼き方を確立させていったので、だから他の人がどういう焙煎の仕方をしているか知らない。でも焙煎した味がすべてだから、職人だと言っている人でも美味しいものもあれば、まずいものもあるので、こだわりがあるからうまいものができるわけではないんですね。
こういう取材ではそうであって欲しいのか、「何かこだわりがありますか?」と尋ねられることがありますが、こちらがあまり要領をえない返事をすると、つまんなそうな顔をするんですよ(笑)。
実際に難しいのは焙煎よりも売ることです。売れないと商売にならないのに、どうも焼くことばかりに目が行っています。売れない豆屋が多々あるというのはそういうことだと思います。

豆屋を始める人を大別すると、非常にマニアックな職人志向と後は喫茶店をやりたかった人が代わりに始めたというのがあると思います。喫茶店を開店するための専門学校がありますが、そこで4ヶ月くらい習って、開店には1000万円から3000万円くらいかかるのに、その程度の知識で本当に店を出してしまう人が結構いるんですよ。そこで資金面で折り合いつかず喫茶店を諦めた人が豆屋ならできるかもしれないと始めることもある。安易に商売を考えているんでしょうね。喫茶店はまあカフェブームのように当たれば利益もすぐ出るけれど、豆屋は2年くらい儲からないので、そういう考えで始めてもどうしようもない。
質を問わなければどこにでも店はあります。でも、その割りに値は安くない。「普通においしい豆」であれば、そこそこの値でしかもいろんな場所で手に入れられるはずですが、そういった普通さを求めることがマニアックになってしまっている。業界としてお客さんに開かれているわけでも、儲かるシステムにもなっていない。
そうなったのは商売をしている人が誰に何を売るのかという訴求の方向を明確にしていないせいもありますね。それでは売れるものも売れないでしょう。売るものにせよ、売る過程にせよ、そこに何を込めるのか。それを散漫にやってしまっては伝わらないでしょう。

これまではそこまで考えなくても会社や組織が守ってくれたからうまくいっていた。でもいまは社会が、政治がダメだからと言って、何かに守ってもらって生きようとしたって無理でしょう。守ってもらうのは、確かにリスクはないけど、一定の固まった生き方しかできないので、それになれた大人はともかく若い人がそう考えるのは怖いですね。
僕は以前は馬券や車券を販売する仕事に携わっていたんですけど、それが嫌で仕方なかった。組織にいることで得られる安心と、したくもないこともしなくてはいけないことの嫌さ。安心を優先させて組織に残ったほうがリスクは少なくて済む。けれど最終的にはやりたいことも、またやりたくないことも自分で決めていきたいと考えて、10年前に仕事先を辞めました。ただ、そういうしたいことを実現するには、大きな事業をする力はないので、それで始めたのが自家焙煎店だったわけです。
組織に属すことがどうしても向かない人はどの世代であれ一定の割合いると思うんですが、組織に属せないからといって、誰もがアーティストや一流のアスリートになれるわけじゃない。特別な才能はない普通の人でも組織に属せない人もいるわけです。そういう人のために自営業はあるんじゃないかなと思っています。そういった意味でも若い人が何か商売を始めるのはいいことだと思いますね。

Yoshio Takahashi
高橋 義雄
1949年生まれ。会社を辞め91年、東京・府中に自家焙煎珈琲工房「南方郵便機」を開店。以降、上北沢、多摩センターに店を開く。
ホームページ:
http://www.nanpouyuubinki.com
【自家焙煎珈琲工房「南方郵便機」店舗のご案内】
府中店:
東京都府中市府中町 2-20-13 遠藤ビル1F
tel/fax : 042-335-5292
多摩センター:
東京都多摩市落合 1-1-2 上之根荘1F
tel/fax : 042-357-4700
上北沢店:
東京都世田谷区上北沢 3-34-19
tel/fax : 03-3304-5720
いずれも営業時間は午前10:00~午後7:00(火曜日定休)
http://www.nanpouyuubinki.com