

Hiromi Kawakami
川上 弘美
58年東京生まれ。80年、お茶の水女子大学理学部生物学科卒業。82年から86年まで教師生活を送る。94年『神様』でパスカル短編文学新人賞。96年『蛇を踏む』で芥川賞。01年『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞。
川上 弘美 さん(作家)
踏んづけた蛇が女の姿になる。
熊が普通に人の言葉で話す。
拾った男の雛型と、束の間の恋が芽生える。
川上弘美さんの描く世界は、この世ともあの世とも境のつかないことやものが多く登場します。
でも、どういうわけか切なさや優しい気持ちが読後に芽生えるのです。
そんな川上ワールドはどのように生まれたのでしょうか。
何か表現したい気持ちがあるとして、それを表す手段をどのように選ぶかというのは、どれだけその手段に馴染んでいるかによると思います。私の場合は小さいときから小説、というか児童文学が好きで、文字に馴染んでいたんです。生理的に合うというよりも馴染みのある世界だったので、自然にその世界に入っていったという感じです。

学生が抱く夢のようなものはありました。ずっと書いてはいましたが、文学賞に応募したりはしなかったです。
小さい雑誌に掲載されたことはあっても、それで生活していけると考えるのは難しい。大学を卒業後は研究生をしながら、2年くらい小さなSFの出版社でアルバイトをしていました。家族からは「何をしているんだ」と白い眼で見られていました(笑)。
それで、これはきちんと職につかなくてはいかんなぁ、と大学を卒業して2年目に教師になりました。私の通っていた大学はみんな真面目で、就職するか大学院に行くか、たまに結婚する人がいるか。どれでもなくてふらふらしていたのは、私くらいでしたね。
そうですねぇ、なんというか「私は空っぽだ」ということを書いていた気がします。何かを書きたいけれど、書くことがなかったんですね。教師になってからは、仕事が忙しいことを理由にしばらく書かない時期が続きました。でも、本当に書くことがあれば、書けたはずなんです。その後、「拘束のある生活」、つまり働いたり、子供を育てたりという、気ままな時間のとりにくい、ごく「平凡」な生活を送っていくうちに、なぜだか再び書けるようになったんです。不思議ですね。

何もないんですよ。高校生の頃は何も考えていなくて、人の後ろに隠れて、といっても体が大きいから無理なんだけど(笑)、先頭には立たず人についていくタイプでした。
夢中になったものですか?うーん、照れますが、へたくそなバンドを組んでいました。

いやー、もう大変。当時の日記を読むと、びっしりと「世の中に対する意見あれこれ」が細かい字で書いてありますよ。大した内容じゃないですけれどね。「大人はわかってくれない」といったものがめんめんと…(笑)。
でもね、私はごく普通の家庭に育ったので、大きな不幸もない。それに私たちの世代は「三無主義の世代」と言われ、私たちより上の世代の団塊の世代の人たちのように主義主張があるわけでも、したいことがあるわけでもなかった。ともかく空っぽである、何も自分には語るべきことがない、という気持ちが強かったんです。
だから、小説を書こうとは考えられなかった。なにしろ書くことがないと思っていましたからね。たとえば大江健三郎のような物語は絶対に書けない。かといって普通のことを書いても仕方ない。そうした無力感と、大人はわかってくれないという思いがありました。
小さい頃はおもに翻訳児童文学を読んでいました。もうちょっと年をとるとヘミングウェイなど、文庫で読める翻訳小説をずっと読んでいました。カート・ヴォネガットJr.などにもこったなぁ。日本の小説をきちんと読むようになったのは、大学に入学した後です。
うん、確かにすごく違和感を感じました。ただ、本能的にそういうのは避けていたんでしょうね。日本文学の中にも、むろん私、というか、その時代の若者の実情にあったものも多くありました。
内田百や深沢七郎、色川武大などは「実情にあった」感じとして愛読しました。文章が好きで読んだのは、吉行淳之介です。

いや、あまり観察が深くないんですよ。ものを書く人間だと、じーと人を見るものだと考えられがちですが、どちらかと言えば、見ているようで見ていない(笑)。
何なんでしょうね…、自分の見たいように世の中を見るということが大きいのかもしれないです。実際にあるものを鋭く捉えるのではなく、「こうだったら面白いな」と思うんですね。例えば、電車に乗っていて、前の座席にいる7人くらいの乗客を勝手に家族と想定したりして、この女性は家族の中の次女、この男性はいとこ、などと想像して楽しむ。そういうふうに想像をして楽しむことが昔からすごく好きだったんです。
こういう可能性があるのかな、と解釈して面白がることから、私の書くものはうまれている気がします。
悪意ばかりを書く小説は、やはり嫌いなんですね。「悪」が出てきても、それをどう描くか。それによってその小説の善し悪しが決まるようにも思います。私自身は、悪意を正面切っては書こうとは思わないですね。

そうですね。町に出るとよく人にぶつかるしなぁ(笑)。ただ、どうも現代は荒んでいるという言われ方が一般化しすぎているように思います。全員をひとくくりにはできない。一人の人間だって、多面的なものです。いい面・悪い面がある。さらに、いい面・悪い面と言ったって、それがひっくり返って、いい面が悪い面に、悪い面がいい面になることもあるうると思うのです。
私はそんなに平和的でもないです。人を憎むこともそれはありますよ。つい小説に嫌だという生な気持ちが出てしまうこともあります。でもそれをそのままにしては小説として面白くない。だから何回も何回も書き直しました。そういう意味では自分を律していたいんです。
小説としては、のほほんと、不思議で、こわくて、おかしい感じが出ればいいなと思っています。けれど、私自身は平和な人間でもない。堪え性のない短気な人間なんです。

腹が立つとすぐにお店とか出てきちゃいますよ。「出ますっ」とばしっとお金を置いてね。それが格好良く決まればいいのだけど、この間も席を立つときにテーブルに足をぶつけてよろけてしまって…、武勇伝になりませんね(笑)。
やはり人間は、自分で選べる自由を持つことが一番の幸せだと思うのです。時代がこうだから、自分はこうなんだと、そう言って埋もれてしまうのではなくて、何もできないけれど、それでも思っているよりも自由はあるかもしれないし、また、それを得なきゃと思うことから人間の生活は始まると思います。
自由を引き受けることは、一面でこわいことでもありますよね。でも、人は自分で選んでくるおしいような恋をすることもできれば、実直な人生を送ることもできれば、厳しい境遇にわざと身を投じることもできれば、いい加減に生きてへらへらすることもできる。自分で決めることの素敵さ、こわさ、スリルだとか、そういうものが自然に描けたらなと思います。

Hiromi Kawakami
川上 弘美
58年東京生まれ。80年、お茶の水女子大学理学部生物学科卒業。82年から86年まで教師生活を送る。94年『神様』でパスカル短編文学新人賞。96年『蛇を踏む』で芥川賞。01年『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞。
【川上 弘美さんの本】

『蛇を踏む』(文芸春秋)

『いとしい』(幻冬舎)

『溺レる』(文芸春秋)

『椰子・椰子』(新潮社)

『神様』(中央公論社)

『センセイの鞄』(平凡社)