

Kendi Otsuki
大槻 ケンヂ
ミュージシャン。66年、東京都生まれ。88年「筋肉少女帯」としてメジャデビュー。94年、『くるぐる使い』で日本SF大会日本短編部門「星雲賞」受賞。現在はバンド「特撮」で活動のかたわら、インディーズバンド「電車」でのライブも行う。
大槻 ケンヂ さん(ミュージシャン)
顔にヒビの入ったメイクがすっかりおなじみの大槻ケンヂさん。バンド活動をはじめ小説、トーク番組にと大活躍だ。ところが、今の多才ぶりから考えられないことに、10代の頃は悶々としたさえない少年だったという。大槻さんの意外な素顔に迫ってみました。
俺らの頃はバンドする奴というのは、そうじゃなかったんだけどね。俺の中高時代は友達も少ないし、内向的でさえないダメな感じだった。閉塞感があって、自分をわかって欲しいという思いが強かったね。

ふつうはオシャレしたり、女子のハートに訴えかけたりするもんでしょ?でも俺は名画座へ映画を観に行ったり、本をたくさん読んだり、「知識があるから俺は間違っていない」という方向に行っちゃった。そのころまだオタクという言葉がなかったけど、いわゆるオタク的な性格があって、それがものすごくコンプレックスでした。
数少ない友人の家にたまたまエレクトーンがあって、それがきっかけだったの。やってみてわかったんだけど、ロックってね、「自分はさえない」というコンプレックスを声を大にして訴えられる表現手段なのね。いかに自分がダメかを訴えることがパンクだったりする。
文学も太宰治は自分のダメさ加減を書いて、それが小説になるけど時間かかるでしょ。おまけに90年代以降、小説なんて誰も読みやしない。その点、ロックは比較的手っ取り早くできるし、なにせ最低3人集めて楽器を持ち寄ればバンドはできちゃう。
初めはベースだったんだけど、あまりにも下手でクビにされちゃった。で、「リーダーをクビにするのはあんまりだ」と言ったら、「じゃあ声は出るから歌にすれば」と言われてこうなっちゃった。
初ライブは中3の時、児童館を借りてやった。実は当時、学校のもてるグループもバンドを組んでいて、そいつらが「おまえら俺らの前座やれよ」と言ってきた。同級生なのに前座で出された。でも、いけてる奴らだから、いけてるサウンドをやろうとするんだね。トトか何かだったけど、そんなの中学生にできるわけないじゃない。一方、俺らは受け狙いに走って、なんでか銭形平次の歌とか歌ってました。それでお客さんに妙に受けてしまった。
いや、高校に進学しても1時間目から6時間目まで黙っているような、本当に教室内ひきこもりみたいな、暗い高校生だった。ただ、バンドのメンバーが他の高校で軽音楽部にいたんだけど、どうも変な奴らが集まる場所だったせいで、俺を面白がってくれた。一緒にライブやろうと声かけてくれたね。そんなんだったから高校時代、特に女の子と話したのなんて10分程度だったよな。
それも、かっこいいという目立ち方ではなかった。そのころには筋肉少女帯というバンドを組んでいて、俺はポスターカラーで顔におしろいを塗って、上半身裸でブルマはいて、網タイツはいて。ウギャーとただ叫んでいた。そのままの格好で楽屋をうろうろし、ジュースを買いに行ったりしてと、どうも「あいつはおかしい」ということで一目置かれていたようで、まあ珍獣扱いでしたね。
俺ホントにダメな奴で…、ダメなんですよ。自分がしたくない仕事、アルバイトってそういうもんですけど、3日間だけ駅前でフィルムを売る仕事をしたことがあったんです。けど1日目で「ちょっと僕あわないのでやめさせてください」と言っちゃって「何考えてるんだ君は」と怒鳴られた。
あと、店の物を無断で食べたりしてましたね。これが、ちゃんと防犯ビデオに映っていて、やめさせられたんですけどね。でも次の日「バイト代ください」と言って訪ねたりして、店長や店員が完全にひいているのも気づかない奴だった。いや、今思うとホント危ない奴だったなー。レッサーパンダの帽子かぶっているくらい危ない奴だったよ。
あと、これは高校卒業してデザインの専門学校にいたころだけど、それまでと一変して、女の子にもいろいろ声かけるようになったのね。でも映画も『死霊のはらわた』に誘うし、なんでか詰め襟の学生服を借りてデートに行ってたりしてた。ほんと、メル友を呼びだして、殺しちゃうような感じだよね。

これが恐ろしいことにデビューしてからもそんな状態だったのね。レギュラーの番組の司会をまかされるようになって、そういうのは学生のバイトと違って逃げられないでしょ。だから、社会にはそういう枠組みがあるんだと気づいたのは25歳くらい。でも、同じ司会者だった久本雅美さんを放って逃げたことが一度あるんだけどね。
とにかくデビューしてからリハビリが始まったって感じ。だから最近、ニュースで社会と自分の接点がわらかない奴が事件を起こしたりするけど、あの気持ちわかるんだよね。

自分はただ運がよかったって思うんだよね。宮崎勤事件も地下鉄サリン事件もそう、まかりまちがっていたら俺もという思いはあった。妄想を膨らまして社会との接点をもちえず、犯罪に走ってしまった。自分もそんな線路を走っていたんだけど、自分はそうならなかったのは、なんでだろうと考えたことがあった。
結局ね、必要なのは表現の手段だってこと。俺はたまたまロック、バンドに出会えた。これが大きな違いなんだよ。ロックのいいところは、「俺はひきこもっている」といったコンプレックスを歌える。だから現実逃避型の少年少女にとっていいのではないかと思う。
元ボクシング選手が「そんなのは、とりあえずボクシングやればいいんだ」と、けっこうむちゃくちゃなこと言っていて、それと同じかもしんないけど、俺はとにかくバンドやればいいと思うんだ。楽器できなきゃボーカルやればいい。ホントそう思うんだけどなー。
「もてない、表現できない、さえない」という三重苦なら「三重苦」という曲を書けばいい。「俺はもてないー」と歌えばいいんだよ。高校生のロックでしかもパンクなら8ビートで、ベースが適当に動いていればそれで成立するし、ずーとやっていけば何となくできるようになるもんだ。

中学のときの音楽の成績は1だったし、それにいまだに楽器をひけない。バンドは3人からでも、いや今は打ち込みできるからひとりでもできる。それに、ラップもあるしね。ラップはいいよ、韻さえ踏めば誰でもできる。
とにかくね、もてない、さえない、ダメな奴。そういう奴こそバンドだよ。いけてる奴はね、もてるからバンドやらなくていいの。
本当にステージに立つ必要があるのは、さえないダメな奴だよ。そういう人をステージは待っているんだから。ライブハウスステージは待っているよ。最低ひとりからロックはできる!
とにかくね、だまされたと思って、まず名乗るといい。「バンド組んだ」と宣言する。それで「ライブやるからお前入らない?」と周りを誘って巻き込めばいい。
彼女ができるという魔法のペンダントあるでしょ。あんなのよりバンドやれば絶対に彼女できます。これは断言します。彼女もできるし、エッチも絶対にできるから。悩んでいる人は絶対やるべき。

そう、スタジオでリハーサルやるにもお金払わないといけないし、ライブハウス押さえようとすれば、ブッキングしないといけない。バンドもひとつの社会だから、喧嘩もある。それに、元がもてない、さえないバンドだと、ファンの女の子の争奪戦で血を見ることもあるしね。
繰り返すけど、もてなくてさえない奴こそ表現手段を持つべきで、注目さえ集めれば社会への突破口が見える。そして歌う内容は自分がいかにダメかを歌えばいい。でも、もてないのにB`zみたいな音をめざしちゃダメだよ。
Kendi Otsuki
大槻 ケンヂ
ミュージシャン。66年、東京都生まれ。88年「筋肉少女帯」としてメジャデビュー。94年、『くるぐる使い』で日本SF大会日本短編部門「星雲賞」受賞。現在はバンド「特撮」で活動のかたわら、インディーズバンド「電車」でのライブも行う。
【大槻 ケンヂさんの本】

『偶像列伝 オーケンの私はあなたが好きでした 大槻ケンヂ×元アイドル』(学研)

『くるぐる使い』(角川文庫)

『オーケンののほほん日記』(新潮文庫)

『グミ・チョコレート・パイン グミ編』(角川文庫)

『グミ・チョコレート・パイン チョコ編』(角川文庫)