

Naoki Ishikawa
石川 直樹
写真家。1977年東京都生まれ。高校時代にインドとネパールを一人旅。以来、世界中を旅するようになる。2000年にチョモランマに登頂し、当時の七大陸最高峰登頂の最年少記録を塗り替えた。
石川 直樹さん(写真家)
22歳で北極点から南極点を人力で踏破、23歳で七大陸の最高峰に登頂するなど、石川さんは世界各地を旅し続けてきた。その過程で知ったのは、自分の身ひとつで生きる知恵。つまり身体知の大切さだったという。どのような経験が石川さんにその考えをもたらしたのだろう。
今日まで旅をし続けてきたわけですが、チョモランマに登るにせよユーコン川を下るにせよ、そのための道具や装備が必要でした。
けれども旅を続けていくうちに、「実はそういうものに頼ることなく、ただ歩き続けることこそが本当の旅なんじゃないか」と思うようになりました。
機械や道具に頼らず自分の身体を最大限に使い、ただ歩いて行く。それだけでいいんじゃないか、と。そう思って『全ての装備を知恵に置き換えること』というタイトルを、著書につけたんです。

20歳のときに「星の航海術」と出会った経験も大きいと思います。星の航海術とは、星をはじめとして、あらゆる自然現象を頼りに海を渡る航海技術のことです。
僕はミクロネシアのサタワル島出身のマウ・ピアイルグという人物に星の航海術を学びました。彼は近代機器をまったく使わない伝統航海術を復活させ、数々の航海を成功に導いてきた人です。
例えば、いま僕たちが夜空にある満天の星を見たら「きれいだな」と思うかもしれません。しかし、伝統航海術を受け継いだ人々は、その星々の光を、自らの身体を通して知識や情報に翻訳し、知恵に置き換えることができます。
「あの星があの位置にあるからこの方向に進めばいい」とか「いま自分のいるところはどこか」といったように、夜空を読み解くことで、目指す方角や現在地を知ることができるのです。
しかも、航海術はすべて口承です。「星の歌」といって、長いものだと1時間以上も続く歌があり、それが地図になっている。星の歌というのは、歌に詠み込まれた地図なんです。
太平洋に生きた昔の航海者は、目に見えないものも知覚して、身体の中で熟成させながら、それを情報としてアウトプットすることができる人たちでした。そういう人々の存在を知ってからは、あらゆる装備を知恵に置き換え、ただ歩いて行きたいと思うようになっていったんです。
それまでは、世界を知るために、あらゆる場所に行って、とにかく自分の目で見て、耳で聴くことが全てだと思っていました。でも、ひとつの物事を深く追求していくと、そこから大きな世界に繋がることができる。
たとえば南方熊楠は粘菌を研究していましたが、ミクロな世界を見つめ続けることによって、彼はすべての世界と接続することができた。

自然と密接に結びついて暮らしている人のところに行くことが多いため、厳しい環境で生き抜くための知恵を間近で見てきました。彼らのように頭の先からつま先まで全身を使って生きている姿には、やはり憧れます。
けれども東京に戻ると、全身を使って生きるという感覚が消えてしまう。都市は、そうした五感が閉じていても生きていけてしまう環境なので、次第に感覚が鈍っていくわけです。
チョモランマでは、生きることを常に意識していないとすぐに死が忍び寄ってきます。登頂したその日、僕は頂上に向かう過程で登山者の遺体に出くわしました。自分もそうなってしまう可能性があると思った瞬間、膝ががくがくと震えました。
恐ろしいと思う反面、そういうぎりぎりの世界に触れると、自分の身体が逆に目覚めていく感覚もあります。
旅に出ることはもちろんリスクもありますが、それ以上に様々な新しい世界と出会います。それがわかっているから多少リスクがあっても止められないですね。
エベレストの頂上からスノーボードで滑ったり、パラグライダーで飛んだりするような人がいますが、毎日会社に通ってきちんと仕事をしている人たちから見たら、そんな行為には何の社会的な価値も見出せないし、きっと酔狂な人間の道楽にも見えるでしょう。
でも、僕は自分の生命を賭けて、ひとつのことを追求する人は単純に格好いいと思う。それが、熱気球であろうとスキーやスノーボードであろうと、心から応援したいです。
決別とまでは考えませんでしたが、10代の頃から今にいたるまで思っているのは、「自分に嘘を吐きたくない」ということでした。
やりたくもないことなのに、さもやりたいような顔をして何かをこなしたり、「仕事だから」と言い聞かせて、割り切ってしまうようなことをしない。自分で自分に嘘をつきたくないんです。

就職で悩んでいる人を見ると、「どうやっても生きていけるのにな」と思ってしまいます。「これをしなければ生きていけない」とか「こうでなきゃダメだ」とか、そういうルールなんて本当はどこにもありません。
だから、若い人に言いたいのは、あまり思いつめる必要はないし、どんなふうにしても生きていけるよ、ということです。
日本ではブータンは「幸せな国」と紹介されていますが、住んでいる人すべてが幸せな国など、どこにもないと思っています。だから、僕は彼らの言う「幸福」の奥底にあるものはなんだろう、と思ってブータンへ行きました。今後も訪れる予定です。
二度目の訪問で感じたのは、ブータンは幸せのハードルがとても低いということです。たとえば、東京は、欲望が極度に肥大化した場所です。自由であるがゆえに、欲望はどんどん大きくなる。それをかなえていけなければ、自分は不幸だと思い込む。
一方、ブータンは選択できる自由の度合いは低く、人の耳目に入って来る情報も少ないので、ちょっとしたことで幸せを感じることができます。
極端なことを言えば、日々自分が生き、畑に作物が実れば幸せである、と。そういう場所だから、東京などに比べたら欲望の範囲も狭いし、幸せのハードルが低いのではないでしょうか。
似ていますね。僕がそう感じるのは、生きることに集中しないと死んでしまうような場所を何度も歩いてきたからかもしれません。
僕は舌が肥えておらず、何でも美味しく感じてしまうので、行列ができるラーメン屋もそうでないラーメン屋も等しく美味しく感じてしまいます(笑)。
食事ができるだけでありがたいという気持ちがあるので、何を食べても美味しく思えてしまうんですね。
服に気を使ったり、美味しいご飯を食べることで得る喜びも大切ですが、それ以上に、ただ生きていられるだけでありがたいと感じる瞬間があります。だから、僕もブータンの人と同じように幸せのハードルが低いほうかもしれません。
物事には成功も失敗もなく、目の前で起こったことはすべて正しいと思っています。そうやって目の前の出会いをすべて受け入れていきたいと思っています。
最初はA地点を目指して歩いていても、その途中で「あっちのほうがおもしろそうだな」と思ったら迷わずに針路を変える。目的が重荷とならず、身軽でいたほうが、より多くの出会いがあると思っています。
そのため、特にキャリアプランなどというのはもっていませんし、ただ歩いていく、それだけですね。今後も旅に出て、そこで得たことを表現して生きていけたらいいなと思っています。
マウは見返りを求めず、伝承されてきたことを純粋に実践し、指導をしていただけでしたね。ブリコラージュという言葉があります。自分がいる環境を最大限に生かして、ありあわせのもので生きていくという意味です。マウはまさにブリコラージュの人でした。
お金をたくさん稼いで、いろんなものを買い揃えて生きていくのではなく、自分の周囲にあるものを使い、自分の能力を最大限に活かして生きていく。そういう人間でありたいと思っています。

「日本列島」と言われるように、日本は島の連なりです。北海道島があって本州島、四国島、九州島、そしてトカラ列島や沖縄の島々があり、そして台湾やフィリピンに続いていく。国境や領土という概念を取っ払うと、島々の連なりとしての環太平洋地域が見えてくる。
北はカムチャッカやサハリン、南は八丈島、小笠原からミクロネシアまでつながっています。海には縦横無尽に張り巡らされたネットワークがあり、昔から人は国境や領土と関係なく行き来していました。そうやって培われた文化が、日本の沿岸部にはあるんですよね。
島や半島というと、どんづまりで辺境というイメージがありますが、本当は海から見れば、島も半島も岬も、ネットワークの起点であり、昔はそこから拡がる世界が確かにあったはずです。
あらゆることを知っているつもりになって切り捨てず、ちゃんと知覚することじゃないでしょうか。歳をとるにつれ、僕らはいろんなことを知ったつもりになって、物事をどんどん切り捨ててしまいます。
たとえば目の前にコップがあったとして、コップだとわかっているから人々は特に興味ももちませんが、初めてこれを見た赤ん坊は何かわからず、触ったり、匂いを嗅いだり、いろんなことをしながら、目の前のコップを、世界を、知覚していきます。
「周りにあるのは知っているものばかりだ」と思ってしまった途端、僕らの暮らしから驚きはなくなり、あらゆることを忘れ去っていく。驚きをもって物事を見なくなると、どんどん時間の流れが早くなってしまいます。
いろんなことを知っているつもりにならないで、自分の身体を使って知覚していく。そういうふうに世界を見たほうがおもしろいと思います。とにかく、驚き続けていたい。そう思いますね。
そうですね。それに「言葉で表せることは常に断片でしかない」という思いがあるからです。写真を撮り始めてからは特にその考えが強くなっています。
たとえばネコの写真があるとして、そこに「家族と離れて物憂げなネコ」というキャプションをつけたら、その写真は突然そういうものになってしまう。でも、それはおかしいですよね。たんなるネコの写真なのに、キャプションによってイメージが固定されてしまう。
だから雨が降っているなら、ただ「雨が降っている」と書けばいい。「身も心も溶かしてしまいそうな雨」とか叙情的なことを書いてもしょうがないと思っています。
写真を撮影するときも、天候待ちはせず、雨が降っていたら、そのまま撮る。文字や写真に自分の主観を強く反映させたくないんです。自分の意識や価値観で世界をねじ曲げたくないな、と。

写真を撮ることを「世界を切り取る」なんて言うことがありますが、そういう言い方は好きじゃありません。むしろ僕は、向こうから飛んで来る何かをカメラというグローブでキャッチする感じでいます。
自分の意識で世界を切り取ったり表現するのではなく、世界そのものを受け取ってそのまま出していきたいんです。
もちろん、自分が存在している限り、自意識を完全に排除することなんてできません。でも、なるべく自意識を投影させないようにはしたい。しかし、それが新たな自意識を生んで結局は堂々巡りなんですけどね。
たかだか34年くらいの時間で培われた美意識で世界を切り取っても、世界を矮小化させてしまうだけです。目の前にある世界、風景のほうが大きく強いわけですから。
写真に関して言うならば、それよりも身体の反応に任せたほうがいい。自分がびっくりしたらすぐに撮るし、ときどきファインダーをのぞかずに撮ったりもしています。
僕が死んでも世界は存在し続けます。そういった世界のあり方を、写真や文章で示していきたいですね。
繰り返しになりますが、どういうことをしても生きていけます。実際、世界を旅すればわかりますが、お金に頼らずにブリコラージュの作法を使って生きている人はたくさんいるわけです。だから、やりたくないことをして自分に嘘をついてまでお金を稼ぐ必要はない。
「そんなことを言っても」という人はたくさんいるでしょう。だったら世界を見に行ってみればいい。
世界を見るといっても、海外旅行をしなくてはいけないという意味ではありません。自分にとっては「旅」というものが、いろんなことを認識する上で最適な方法でした。
しかし、それは万人に合うものではないでしょう。それぞれに追求し、自分に合う方法で世界の核心に触れていって欲しいと思います。好きなことを追求していけば、そこから世界はどんどん広がっていくはずなので。
[文責・尹雄大 撮影・渡邉孝徳]

Naoki Ishikawa
石川 直樹
写真家。1977年東京都生まれ。高校時代にインドとネパールを一人旅。以来、世界中を旅するようになる。2000年にチョモランマに登頂し、当時の七大陸最高峰登頂の最年少記録を塗り替えた。主な著書に『Mt.Fuji』『全ての装備を知恵に置き換えること』『いま生きているという冒険』『最後の冒険家』など多数。
公式サイト: http://www.straightree.com/
【石川 直樹さんの本】

『Mt.Fuji』
(リトル・モア)

『全ての装備を知恵に置き換えること』
(集英社)

『最後の冒険家』
(集英社)