

ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2011-12-09 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
「え??」
一瞬、あたしはポカーンとした。
高尾のカフェには、とっても風変わりなお客さまがやってくる。
先日コーヒーを買ってもらえませんか?と突如現れたインドネシア人のディマスさんもその一人だった。
「おいくらなんですか?」
「ソ、ソレガデスネ……」
値段を聞いたら、そのへんにある普通のコーヒー豆の約12倍。
まあ、2倍3倍ならわかるけれど、12倍って!?
しげしげとも一度、人当たり柔らかな、太陽の匂いを感じさせるディマスさんの笑顔を、疑いの目をもって覗き込んだ。
「ハイ、このコーヒー、トクベツですからね」
年の功か、一瞬にして頭の中にいろいろな物語が、同時に降って湧いた。
(ディマスさんの後ろに、とんでもないボッタクリ仲介人がいるのかしら?)
(それとも、この包装が有名デザイナーの作で、だから商品がお高いとか?)
(もしくは、このコーヒーがとんでもないストーリーを持っているとか?)
(まだ市場にでまわっていない、新興種の豆だから、とか?)
そこで単刀直入に感想を述べてみた。
「いやー、それは驚くほど高いなー。笑。だって日本より物価が安いインドネシア産のコーヒー豆がどーしてそんな値段なのか、ちょっと理にかなっていませんものね……。ところで、ルアックってどういう意味なんですか?」
するとディマスさんはぼそぼそと話はじめた。
「ルアックは、インドネシア語でジャコウネコのことなんです」
その一言で急にピンときた。
(こりゃ、コーヒーはコーヒーでも、かなりの奇妙な物語があるんじゃ……)
「もしや……ジャコウネコが一度飲み込んだ豆、とか……笑」
話を持ち込んでくれたディマスさん自身、どうやらそのコーヒーの希少性をよく理解していなかったらしく、「ワタシ、ハナシ、ジョウズ、アリマセーン!」と言って、恥ずかしそうに下を向いた。
なので、こちらですぐにパソコンで調べてみた。
(や、や、や、やっぱり!)
『コピ・ルアック=ジャコウネコの糞から採られる未消化のコーヒー豆』
とあった。
へえええええ!
つまりは、『ウンチから取れる世界最高級のコーヒー』(笑)。
なんとまあ、遊び心をくすぐるお話!
市場価格は、一杯1800円から、リッツカールトンホテルでは一杯5500円、ロンドンの専門店では一杯8000円で提供されているのだそうな。
確かにアフリカ縦断をしていた時に、同種のもので“サルコーヒー”というのは聞いたことがあった。けれど、アジアにジャコウネココーヒーなんてものがあったとは。しかもアメリカではイタチコーヒー、ベトナムではタヌキコーヒーと呼ばれているとかで、オモチャのような、冗談のようなシロモノ。
それでも最近は映画でも取り上げられて、少し知名度をあげたらしい。
ジャコウネコの口から腸の中に入ったコーヒーの実は、まわりの実の部分のみ消化され、豆の部分はそのままの形で腸内に残る。
それが消化酵素やら腸内細菌などによって発酵、化学変化を起こし、なんともいえない独特の香りがついて、世界の食通を虜にするコーヒーになったというのが、ストーリーらしい。
が、しかし。
なんでそんな奇妙なものを、わざわざコーヒーとして飲む必要があったのか。
それはインドネシアがまだオランダの統治領だった頃。
オランダ人にコーヒー豆の収穫を禁じられた地元の農民達が、それでもなんとかコーヒーを飲みたいという衝動に駆られ、苦肉の策で見つけたのが、ジャコウネコのウンチに交じっていたコーヒー豆を焙煎して飲むということだった。
飲んでみたら意外とまずくなかった、どころか、コーヒーの苦みは少ないし、他のコーヒーにない不思議なフレーバーがのっかっている。
ウンチという最も好まれないモノから生まれた割には、そこでの化学変化が功を奏して、世界最高級の商品に生まれ変わっちゃったという、サクセスストーリーを持つのが、この、コピ・ルアックだった。
「ぜひ飲んでみてください〜!本当に、独特の味ですよ」
ディマスさんに勧められるまま、おちょこ一杯のコーヒーを試飲した。
最初に香り立つ湯気を大きく吸い込んだ時。
「肌の温もりを凝縮させたような匂いがした」(笑)。
言い換えれば、生き物の肌の生っぽい香りを凝縮させたような。
まろみを帯びた、なんとも言えない生物的香りを楽しんだ後は、茶色い液体を口に含んでみる。
そちらはどうってことのない、薄味のコーヒーのように思えた。
その場に居合わせた友人は、こうも言っていた。
「そうだなあ、例えて言うなら、八丁味噌の香りを立たせる、比較的味が薄めのアメリカンコーヒーって感じかな」(笑)。
うーむ、これを「スバラシイ味」と言おうか「とんでもなく下品な味」と言おうか……。な、な、なやむ〜〜〜〜!!
唯一確かなのは、この味が“他に二つとない味”であること。
コーヒージャンルの中では、異端中の異端。
だって、腸内排泄物なんですもの、確かにコーヒー界の異端児です(笑)。
「ところで、気になるのですが、この豆、糞にどういう形で交じってくるんでしょうねえ?」
走り出した好奇心をとりあえず満たそうと訊いてみると、ディマスさんは一枚の写真を見せてくれた。
「コレ、デスヨ」
そこには未消化のツブツブの豆がぎっしり寄り集まって、棒状の固まりになっている絵面があった。
(……ほ、ほ、本当に……驚。思わず無言……)
誰がこんなものを最初に飲んでみようと思ったのか。
あたしはその人を、心の底から讃えたい。
何年生きていても、知らないことってまだまだあるなあ……(笑)。
せっかくだから,カフェでお客さんにこの世界最高級ウンチコーヒーを提供してみようかな。興味ある方は、ぜひ飲みにいらしてくださいね。