ネパール留学中、大陸をまたぐ"国際路線バス"を企画立案。1994年『ユーラシア大陸横断バス』、1998年『アフリカ大陸縦断トラック』を実現。2002年には『南米大陸縦断バス』を実現予定。
2006-07-21 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
20歳になる頃まで、この人についていけば何が起こっても大丈夫と思っていた人が、こちらが成長して世の中のことをよく知るようになるにつれ、アレ?と思うことが、人間にはあるらしい。
あたしは30歳を越えた頃から、父をよくそう思うようになった。
中学生の頃から母が病身だったため、頼るのはいつも父だった。
就職活動に失敗した時に「お前を採用してくれないような会社には、自分から行くな」と言われて、そうだなあと思い、どんなに危ないところへ行っても「やりたいことをやって死ぬのだったら親としては本望です」と周りに言っているのを聞き、ごもっともだなあと頷き。
そんな感覚を当たり前と思って今まで育って来たのだけれど、お店をやり始めてから、どうも父に教え込まれた自分の感覚の方が常識からするとかなりずれているのかなあと思うようになった。
つい先日のこと。
あたしは鎖骨あたりにあったヘンな穴がただの感染症を起こし、病院で切開してもらうことになった。
いつもせかせかとお店と家の仕事をするあたしと、退職後、飄々とどこか天上人のように暮らしている父。
もともとがお役所仕事ばかりしていた父は、何をするにも不器用で、理想を言葉で語っても、それを自分の手足体を使ってやるのは大の苦手というタイプ。
頭の中に次から次へと湧いてくるらしい理想郷をお店に創り上げるために、あれやこれやと一日に三回は自分のアイディアをあたしに伝えてくる。
どれだけ言葉で語ってみても、口を動かしてみても、実際にヤルことは何百倍も何千倍も労力が要ると思っているあたしは、毎回話半分で聞き流すようにしていた。
そんな時に起きた珍事。
あたしを探す父に、ちょっとスタッフの女の子が、イタズラ心を働かせてこう言ったらしい。
「由紀さん、病院へ行きましたよ。なんでも忙しさのせいか腫瘍ができているらしく、今精密検査を受けているとのことで、まだ良性か悪性かわからないんですって」
すると父は自分の用事があたしに伝達できなくて困ったなあという顔をして、ワハハと笑いながらこう答えたらしい。
「いやあ、うちの娘はね、ガンくらいなった方がいいんですよ」
えっ?? びっくりしたのはスタッフの女の子。
自分が悪い冗談を言ったつもりが、それを逆に肯定されてしまったからたまらない。
笑っていいものやら驚いていいものやら、ポカンと口をあけたまま、次の言葉を待ったそうな。
「ガンくらいかからないと、人の痛みが理解できませんからねえ……」
病院から戻ってきたあたしに、スタッフの女の子は目を丸くしながらその話を報告してくれた。
ちなみにあたしの妹は画家をやっており、シュールレアリスムという日常からのずれをモチーフにした題材を描き続けているのだけれど、父はそれに輪をかけて昔から何かがズレている人だった。
でも何がズレているのか、娘のあたしは客観的に理解ができていなかった。
のだけれど。
スタッフの人がうちに出入りするようになって、自分の育った環境のズレぶりが理解できるようになった。
一週間ほど前もこんなことがあった。
うちのテラスに住み着いている猫が帰ってこなかった。
ちょっぴり心配したあたしは近所を探した。
猫は翌々日戻ってきた。
あたしはカフェテラスに座る猫をメッと睨んで言った。
「いなくなる時は、ちゃんと宣言してくれないと、周りが心配するでしょ?」
するとカフェから聞き慣れた声が飛んできた。
「オレはいなくなる時にはちゃんと、これから逝くよー!と言って行くから大丈夫だよ」
父だった。
お店のスタッフは笑いを噛み殺している。
父のことなんて聞いてないのに。猫の事を話していたのに。父はにやにやしながら自分のことを話す。
なんかヘンだなーと思いながら、可笑しくてスタッフの女の子とお腹を抱えた。
そういえば。
(昔、父の部屋を覗いた時に“自分の人生計画”と書かれた紙が貼ってあって、昇天する時期、及びその方法、その時が来たらベートーベンの第九をかけて欲しいなど、綿密なプランが書かれた紙があったなあ……)
それを見て育ったあたしは、それぞれの家のお父さんはみんな、昇天の時期まで計画表にまとめているものなんだと本気で信じていた。
自分の頭の中に次々に浮かんでくるプランに沿って物事が進まないと納得できない芸術家肌の父は、今なんでカフェの食事メニューが完全に揃っていないのかが最近、気になって仕方がないらしい。
「それは人手が足りないからだよ」
するとゆっくりと首を傾げてオカシイナーという表情をする。
「? じゃ人を雇えばいいじゃないか」
「……。口で言うのは簡単だけどね、人を雇うってムズカシイことなんだよ」
「なんで?」
あたしは規模は小さいながらも、個人事業主という自分自身の経営をやってきたタイプ。
どこいら辺に最大の成功が見込まれて、どこいら辺までいくと最悪の状況が待っていて、じゃどこに妥協点を見いだせばいいかを常に考えながら、仕事を進めていく。
けれど、もともと予算が与えられて、その中でどういう事業をしていくかという発想で何十年も仕事をしてきた父には、“仕入れ”の経費がまずあって、そこにサービスという仕事を加えて、資金を回しながら事業を健全に行っていくという感覚がどうにも理解できないらしい。
あたしは一生懸命説明した。
スタッフを増やすということは、それなりの資金が必要で、そのためにはまずサービスのシステムをきちんと作って、たくさんのお客さまに来て頂けるように環境を整えて、お給料をもう一人分支払えるくらいの“流れ”を作らなくっちゃいけないんだ、と。
「はぁ……」
「わかった?」
「よくわからないなあ……」
なんだかあたしは吹き出してしまった。同じ家族でも、こんなに発想が違う、なんて、文化の違う外国人とコミュニケーションを図る前に、父という宇宙人と理解しあわなくっちゃいけないよなあ、と。
とりあえず楽しいカフェ作りに参加してもらうために、不器用な父にもできそうな仕事を用意することにした。
それは芝刈り。
美しい緑が、毎日ぐんぐん伸びていく。
『よし、この芝生のメンテナンスをやってもらうことにしよう』
今まで芝刈りなんて生まれてこの方やったことのない父に、電源に入れ方から教える。
「そうそう、電源にジャックをさすでしょ、で、延長コードを間違えて芝刈り機で切ってしまわないように、コードを肩からかけてやってね」
「こんな感じか?」
「そうそう、で、そのまま芝刈り機を引っ張って」
父はぐいぐいと芝刈り機を引っ張る。
「なんだ、簡単じゃないか」
「でしょ、もううちの庭は、うちの庭じゃなくて、近隣の皆様のための庭だから、頑張ってね」
がりがりと芝生をこする音がする。
と。いきなりエンジン音が止まった。
「おい、なんか突然動かなくなったぞ」
「あーっっ!!」
コードが芝刈り機に抱き込まれ、切断されていた。
あたしはぷんぷんしながら言った。
「あれだけ、コードを切らないように注意してやってね!って言ったのにぃ!」
「おかしいなあ、ちゃんと由紀が言っていたように、コードを肩にかけたのに」
もうっ!とあたしは憤慨した。
「かけてるだけじゃダメなの!コードを誤って切らないように注意するのが目的なんだから、どれだけ肩にコードをかけていてもダメなの!」
それでも不思議そうな顔で、どうして切れちゃったのかなあとコードを左右の手に持ち、眺めている。
「どうしてもなにも、自分でコードの上に芝刈り機を乗せたから切れちゃったんじゃん!」
父は自転車をこぎ、延長コードを弁償しに初めてのホームセンターへ走った。
帰ってきてもう一度挑戦。
今度は自分で考えて、長いコードを絶対に切らないように、コードをまるでアフリカのどこかの部族のようにぐるぐると首飾りのようにかけている。
コードで胴体が見えなくなるくらい、ぐるぐる自分の首に巻き付けて、えっちらおっちらと芝刈り機を押す父。
あたしは再び吹き出した。そして声をあげて笑った。
(この人がどんなに不器用で、ズレていても、なんだか憎めないようなあ……)
あたしの友達は、そんなピントのずれまくっている父を癒し系と呼ぶ。
「やあやあミナサン!これがボクが作ったキュウリです!」と左右の手にキュウリ二本を持って、初対面のお客さんに唐突に話しかける父に、こういう宇宙人がいてもま、いいのかなと思い直すのであった。